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あなたと共にいられるなら。  作者: 某某
第一章 出会い編
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第一章04 取られた従者?と嫉妬してるご主人様

まずい、今回は10000文字ちょいしか書けなかった。なんということだ・・・・・・。

「・・・・・・ご用件は?」


 扉を開けてやりながら、フィヨルドに問いかける。

廊下に立つ彼は、手には剣を持ち。額には汗が浮いていて、つい先ほどまで一心不乱に剣を振るっていたことが見て取れた。・・・・・・そのまま一人でずっと振っててくれればよかったのに。

 昨日の今日で、何をたくらんでいるのだろうか。

 今度こそフィーリア様に何か言われる、なんて、訝しげにフィヨルドを見つめれば、底の見えない笑みが返ってくる。


「ははは、そんなに警戒しないの。そうだねぇ、ご用件は、一緒に汗でもかかないかってね」


「はい?」


 何? もしかして、一緒に遊ぼうとでも言いたいのかな、このお兄ちゃんは。

 そんなバカなことを考えるくらいに意図が分からない発言だった。


「剣は振れるかな?」


 この場合、どれほどの腕前か、というニュアンスでの問いだろう。


「素人ですが」


 何なら持ったこともない。ジジイの専門外だ。あの人は魔法専門。俺に魔法の才がないから、ジジイからは知識しか吸収できなかった。・・・・・・もっといろいろ教えてほしかったな。

 いくらか過去が恋しくなっていると、フィヨルドは俺の返答に首肯して言った。


「そっか、じゃあ教える。一緒に稽古しない?それとも、何か用事とかある?」


「フィーリア様を起こしに行かなければなり」


「フィーリアの起床時間までまだだいぶ余裕あるよね?知らないとでも?」


 俺の言葉を食い気味に遮って、威圧するように笑みを浮かべるフィヨルド。・・・・・・やっぱり家族のことだし知ってるか。引きこもりのくせに、情報網と剣だけは達者だな。


「現時点で真っ先にそれを持ち出すってことは、今すぐやらなくちゃあいけない用事はないってことだね」


 発言を利用された。ここは嘘でも何かしら用事を述べておくべきだった。だが、前言の撤回はできない。

 俺が何も言えずにいると、ムカつくくらい満足そうな表情を浮かべる。殴りたい、その顔。


「スカイ君を雇っているのって、誰だい?」


 急に話題が変わった。意図がわからず、そして脈絡の無さに呆気にとられつつ、答える。


「ヴラド様、のはずですが」


 フィーリア様はあくまで主従関係の主人。俺は直接フィーリア様に雇われているわけではない。大本の契約内容は全てフィーリア様の父であり、グランヒール家当主、ヴラドに管理されている。ヴラドがここを出て行けと言えば出ていくしかないし、留まれと言えばここにいるしかない。基本はフィーリア様に仕えている形だが、ヴラドにも逆らうことはできない。そういう契約になっている。

 俺が言うと、フィヨルドはそれを肯定した。


「そうだね、父さんだ。つまるところ、君は父さんに仕えていると言っても差し支えないわけだ」


「まぁ、書類上は。しかし、それが何なのでしょうか」


 今それを出してくる意味が分からない。


「だからこそ、父さんの娘である、フィーリアに仕えてる。それなら、父さんの息子である俺の言うことも、ある程度は聞かなくてはいけないんじゃないかな」


 要するに、大人しく俺の言うことも聞け、ってことか。・・・・・・全てはそこにたどり着くための筋道か。

 一見暴論だが、筋は通っているように思える。

 ようは、雇い主の子供に仕えているのだから、子供のどちらか一方ではなく、両方に従えと、そう言いたいのだ。俺のことを引き抜くのを諦めてないのか、この人は。


「ははは、頭が回るね。俺が口を動かす合間合間で、相当考えてるみたい。顔に露骨に出ちゃってるよ。俺の発言の意図は何か?俺は何を考えているのか?実は、それなりに頭が回る奴なんじゃ・・・・・・今考えてるのは、こんなものかな」


「っ・・・・・・」


 ・・・・・・何で、わかるんだよ。

 思考が乱されるのと同時、目の前に立つ青年が、とてつもなく恐ろしい存在に思えてならなかった。


「ははは、焦ってる焦ってる」


 心理的にも、口の回りも、もちろん頭の出来も。フィヨルドの方が上手。遥か高みにいる。考えてることが大方読まれてる。と、今こう考えていることも、お見通しなのだろう。

 自分より五歳は年下の奴をやり込めるとか、大人げないと思わないのだろうか、この人は。・・・・・・思わないんだろうな。


「で、どうかな?稽古」


 ニマニマ、そんな音が似合いそうな意地の悪い笑み。フィーリア様のイタズラっぽい笑顔とは、まるで別物なその表情にはこちらを嘲笑う色が多分に含まれている。

 拒否権など、無いだろうに。

 仮に拒否しても、そのための口実のことごとくを潰して、俺を誘いに頷かせるのだろう。

 そうであるのなら、


「わかり、ました」


 俺は頷く。拒んでも結果が同じなら、頷くしかない。

 俺の反応を見たフィヨルドの満足そうな顔は、しばらく忘れられそうになかった。





::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::






「まず、持ち方ね」


「あ、はい。お願いします」


「うん、こちらこそ」


 フィヨルドの剣の型は両手剣と片手剣の両方を扱える万能型。それが独学だって言うんだから、その道のとてつもない才を感じる。まぁ素人目にすごく見えるだけで、実際のところは他の流派に遠く及ばないレベルなのかもしれないが。

 基本ベースは両手持ち。状況に合わせて片手持ちに変更、というスタイル。しかし、妙なことがある。


「これ、やけに実戦向きの型ですよね。なんというか戦うために剣を振ってるっていうか」


「え?何当たり前のこと言ってるの?・・・・・・ほい」


 上段からの打ち込み。それに咄嗟に対応しようと、剣を横にして額の少し上辺りで構えるが、


「ーーーーーーーーーーぐげっ!?」


 足を払われる。体制を崩かれたところで、改めての上から一閃。もちろん刃のついた本物ではなく木刀。だが、かなり固く作られているため痛い。


「ちょ、ちょっと!?足を払っていいなんて、一言を仰らなかったじゃないですか!」


 剣の稽古じゃなかったのかよ。

 剣以外の武器を使われたことでちょっとした混乱状態になっている俺に、フィヨルドは笑いかけた。


「ははっ実戦は型通り進むわけないからね。多少は相手を出し抜くためにここ、動かさなきゃ」


 己の側頭部を人差し指でつっつきながら、フィヨルドは答える。実戦実戦て、この人は何故、戦いに拘っているのか。基本、貴族が戦場に出るなんていうことは滅多になく、あくまで指揮系統にいることが多い。一般兵の中に指揮官につらなる上位の位を設け、それらの人間が、戦場では戦記なんかでよくある所謂将軍役を担っている。鎧で見分けがつくようになっており、彼ら、或いは彼女らのうち一人でも討たれれば、その時点で撤退となる。貴族など、どちらかの領土に攻める攻めこまれるの関係になって初めて魔法戦になるので、決着がつく直前までほぼ最前線では出番なし。なのに、


「何故、実戦のための剣を?」


 貴族が好んで戦場に出ることはない。武勲をあげるにしても魔法ではフレンドリーファイアの危険性があるし、難しい。対軍魔法の使用は複数人での行使のため、武勲を上げるにしても手柄が分散されてしまう。それに、対軍魔法は戦争終盤まで使われないことが多い。最序盤に使うと、その使用した場所一帯で、しばらく魔法が使えなくなるためだ。ともかく、貴族が戦場に出ても、いい話がまったくないのだ。中にはしがらみに嫌気がさして一般兵として戦う貴族もいるらしいが、ほんの一握りだ。

 平民より貴族の方が魔法への適性が高い。俺に魔法の才がないのも、平民の血が流れているのが理由の一つであると考えられる。貴族の結婚とは基本は政略によるもの。恋愛結婚などレアケースだ。家柄だけでなく、相手の素質なんかも結婚の判断材料であるらしく、自然、魔法に秀でた者同士が子をなせば、その子はかなりの確率で魔法への高い適性を持って生まれてくる。魔の才は、受け継がれるか突如ある代で発現するかの二つ。武の才は、不確定なところが多い。本人達の感覚による面が多いからだ。よって、こと戦いの技術に関して言えば、一般兵と貴族で潜在能力に大きな差はないとされる。どちらかと言えば、一般兵の方が戦場で場数を踏んでいる分、近接戦闘では強い。

 近の平民、遠の貴族。圧倒的に後者の方が個人戦闘では強く、そうそう平民による貴族領主への反乱が起きないのもまた、力の相性で圧倒的に不利であるからとされる。まぁ、この国の治安がいいだけかもしれない。

 閑話休題。


「武勲を上げて、次期当主の座を揺るがぬものにするため、かな」


 どうやら目の前の次期当主サマは、一般兵を目指しているようだ。 


「・・・・は?え、でも、どういうことです?だって、フィヨルド様は、グランヒール家の長男で」


 他に候補がいないのだから、次期当主という立場は揺るがないものであると考えられるが。

 すると、フィヨルドは普段の真意が見えない笑みではなく、少し困惑した様子で苦笑した。稀に見る、本心の宿った表情だ。


「あれ?聞いてない?僕、ちょっと昔にやらかしちゃってね。それが一時期問題になったんだな、これが。当主の座に相応しくないぞ、とか。分家のオジサン達に言われたりしてね」


 まあ、妹の従者を無理矢理連れ出してたり、妹の従者を横からかっさらおうとしたりするし。性格が悪いかと言えば、そうだと思うが。・・・・・・というかこの人、俺のこと構いすぎだろ。大好きか。

 だが、ことはそんな小さいものではないらしい。


「・・・・・・どういうことです?」


「複数人を殴っちゃった」


 てへっ、とでも言いたげに、茶目っ気をつけて衝撃的なことを言い放つフィヨルド。

 その発言と仕草に、呆気にとられる俺だった。


「・・・・は?一人で一方的に、ですか?」


「うん。抵抗する前に顔面に一発入れてから、全身くまなくズカンドカーン」


 シュッシュと誰もいない場所に拳を打ち込んで、当時の様子を再現してみせるフィヨルド。

 いきなりの新事実。やっぱりこいつヤベー奴だ。

 困惑する俺を余所に、フィヨルドは続ける。


「まあそれで、人を意味なく殴るやつが、グランヒール家の次期当主などあり得ない!と、まあそんな具合に。・・・・・・まあ、無意味に殴ったわけじゃないんだけどさ」


「訳があったんですか?」


 もちろん理由があろうと暴力を振るうのは常識的によろしくない。まあ、貧民街育ちの俺が常識を語るのは無理があるが。正直な話、一般的な見方では駄目だと思うが、俺個人としては、筋が通っていれば、拳の一発や二発くらい打ち込んでもいいと思う。流石に全身くまなくズカン、ドカーンは鬼畜すぎると思うが。


「ナイショ」


 どうやら教えてはくれないらしい。また一つ、こいつが怖くなった瞬間だった。


「・・・・・・じゃあ、フィーリア様が仰っていた心の色、というのは」


 色が真っ黒なのは、性格が悪いって解釈でいいのだろうか。


「あれ?もう『おくそこの眼』のことまで知ってるんだ?信頼されてるんだね、さぞ、君の心の色が綺麗なんだろうな」


「少しくすんだ黄色、とかなんとか」


「へー・・・・すごいねぇ」


 心底感心したような声音で言われる。今朝はやけに素直に感情を向けてくるな。少しとはいえ剣を交えた分、多少心を許してくれているのかもしれない。俺は流石に、底の見えないこの人をそこまで信頼できない。

 しかし、心の色がすごい、とは一体どういうことか。


「すごいって、何がです?」


「あれ?それは聞いてないのか。あのね?普通、人間ってのは、心がほぼ黒一色なんだよ」


「・・・・・・へ?」


 それ、俺が人間じゃないと言外に言われてるんじゃ?


「あーもう、そんなに深読みしないの。別に俺は君が人外だとか、そういうことが言いたい訳じゃない」


 ・・・・・・また読まれてるし。

 どうやら俺はかなりわかり易い人間であるらしい。もう少しポーカーフェイスになれるように頑張ろう。


「あのね?普通、黒一色なのが人間の心なんだよ。それだけ汚れてるってこと。真っ白なのは、それこそ母親の腹の中にいた間だけだろうさ」


「・・・・・・」


「黒一色をよーくのぞきこんで、かろうじて見えるかすかな色の変化。それが、人の心の色ってわけだ」


「やけに詳しいんですね」


「家族なんだし、当然だろう?」


 流石に他者の神眼の詳細までは、家族でも知らないんじゃ・・・・・・。

 少し言いたいことがあったが、そこから先は、フィヨルドの意味深な笑みからタブーの領域であると感じ、自重する。


「まぁ、そんなのが普通なはずで、そう思ってたフィーリアが、君に出会った。さぞ、驚いたろうね。孤児のはずなのにすごく心が綺麗で、赤の他人である自分を助けてくれる、なんてさ」


「・・・・・・私の素性、知ってらしたんですね」


 まあ、なんとなくそうだろうとは感じていた。フィーリア様と情報を共有したか、自力で調べたのか。少なくとも、前者とは考えがたい。そこまでフィーリア様とこの人が仲良しであるとは、フィーリア様の態度を見ていて思えないからだ。


「えぇ? 知らないよ、君の素性なんて。だって、君はホントのところは孤児じゃないんだろ? 俺はそれくらいのことしか知らないね」


 とぼけるように返される。


「・・・・・・流石に、孤児なのに礼儀作法知ってるとかそういうの、普通じゃないですよね」


「あれ?認めるの?」


「確かに私は・・・・・・俺は。一時期孤児じゃありませんでした。ちゃんとした学のある人物に拾われ、彼が亡くなるその時まで、彼と共にいました」


 すらすらとバラしてしまったのは、別にこれくらいなら言っても大丈夫だろうと高をくくったから。

 このまま探りを入れられて、俺が大罪人の養い子だったということまで知られたら、ただでは済まないと思ったからだ。今みたいな感じで大事なとこだけ伏せても、特に不自然な箇所は無いだろう。


「それが、君の秘密?」


 フィヨルドの笑みが突き刺さるかのようだった。嘘をつけば消す、そんな意のこもった雰囲気が、ひしひしと伝わってきて。


「はい。別に、どこかの諜報員だとか、暗殺者だとか。そういうそれらしいような経緯を持ち合わせてこの家にいるわけじゃないんです」


 正直暗殺が目的なら、俺は毎朝フィーリア様を殺す機会がある。眠ってる女の子を殺すのなんて、造作もないこと。やったことはないし、フィーリア様の寝顔が可愛くて殺意なんて寝てる時に限れば(ここ大事)湧きっこないし、ジジイに道徳心はそれなりのものを植え付けられてるからできないが。とことん、貧民街では生きづらい性質に育てられてしまった。まぁ、ジジイはもう貧民街に俺を戻す気はなかったのだろうが。


「まぁ、君はそういう類いの人間にはなれないよね。すぐ顔に出て、すごくわかりやすい。上手く隠し事ができないタイプだ。だからこそ、心が綺麗なのかもね。嘘をつけば自然、心は汚れていくものさ」


 そう言葉の上では俺の言葉を信頼して見せて、しかしその瞳は、俺の瞳を射ぬいて離さない。十数秒しっかり俺の目を見てから、フィヨルドは納得した様子で頷いた。


「・・・・うん。嘘は、言ってないね」


「これが俺の正体です。この家に危害を加える気はありませんし、フィーリア様に忠誠を誓っています」


「そっか。うん、よかった。でも、ますます惜しいね」


 フィヨルドが意地の悪い笑みを顔に浮かべたのを見て、何か嫌な予感がした。


「は?何がです?」


「その技能と、君がフィーリアにしか忠誠を誓っていないこと。どうせ、心の中じゃ俺のことなんて呼び捨てなんでしょ?」


「っ!」


「お見通しだ」


 ・・・・・・もう筒抜けすぎるわ。

 まぁ、ひとまず話は一段落ついたらしく、俺たちは止めていた体を再び動かし、剣を交えた。結局、彼が何故他者を一方的に殴ったのかだとか。俺が疑問に思っていることは有耶無耶にされてしまった。





















 フィーリア様の起床時間。既に体が疲労で重たいが、いつも通り一応は扉をノックする。


「フィーリア様ー。起きてらっしゃいますか?」


「ここよ」


 背後から、ひどく不機嫌そうな主人の声が聞こえた。

 振り返りながら、恐る恐るといった声音で尋ねてみる。


「・・・・・・何か、怒ってらっしゃいますか?」


「・・・・・・別に。怒ってないわ」


 真後ろに、激しい憤りを含んだ可愛い顔があった。

 これで怒っていないわけがない。何かしでかしたというのなら、そのしでかしたことを聞き出して、謝罪した方が良さそうだ。


「・・・・・・いやいやいやいや!!その顔怒り狂ってるじゃないですか!何ですか!?私、昨夜何かしましたっけ!?」


「・・・・・・さっき」


 あ、案外あっさり話してくれるんだ。

 不機嫌さに似合わぬ素直さで、あっさり聞き出せそうだ。


「さっき?」


 同じ言葉を復唱し、続きを促す。


「なんだか庭が騒がしいと思って、眼が覚めたの。そしたら、スカイと兄様がいて、それで・・・・・・」


「・・・・・・はあ」


 見られてたのか。


「貴方が、私を捨てて兄様のところに行ったんだと思って・・・・・・怖くて、でも、貴方が離れていくのは嫌だったから。問い詰めようと思って」


「・・・・・・うん?」


 なんか方向性がおかしくなってきたぞ?は?フィーリア様を、俺が捨てた?


「それで、庭に行ったら・・・・・・スカイが、自分の素性を明かしてた」


「・・・・・・は?それだけ、で」


 言い終わらないうちに、()たれた。意味がわからなくて、硬直する。


「それだけって何よ・・・・・・?あなたは、今まで私がどんなに問い詰めても、答えてくれなかったじゃない!それをっ・・・・真っ先に兄様に言うだなんて」

 

 今まで抑えていたものが無くなったように、フィーリア様の瞳から涙が溢れ出した。何が何だかわからなくて、呆然としてしまう。

 この人は、自分の兄を苦手としている。いや、どこか嫌悪しているようにも見えた。

 そんな兄と、自分の従者であるはずの俺が、自分には黙って、一緒に稽古をしていて。挙句の果て、自分には一切明かしてくれなかった素性を、兄にはあっさり明かしていた。

 そこに、裏切りのようなものを感じたのかもしれない。


「それは・・・・・・」


 今までは、上手くジジイのことだけを部分的に隠し通せる自信がなかったから。だが、それは言えない。


「何よ、寝返ったの・・・・・・!?私より、兄様の方が優しいから?私より、兄様の方が待遇がいいから?私より、兄様に仕えた方がお給金がいいから?私より、兄様の方が面倒くさくなくて楽だから?私より、私よりっ・・・・」


 早口で捲し立てる。まるで、嫌々と反抗する子供のように。

 泣いているのは見たことがあるものの、ここまで取り乱したフィーリア様を見るのはことによると初めてかも知れなかった。


「フィ、フィーリア様・・・・?」


 一旦言葉の勢いが止まって、充血した目がよりいっそう悲しみに包まれたものになって。最後に短く、添えられた。


「・・・・・・私に、従者にさせられたのが、そんなに嫌だった・・・・・・?」


「っ・・・・・・」


 そんなわけがない。あんな、得たいと知れない人間より、俺にはあなたの方が何倍も何倍も輝いて見える。俺は、あなたがいるからこの家にいる。きっと、貧民街に迷いこんだのがフィヨルドだったら、俺は見捨てていた。きっと、心の内のどこか深いところで、フィーリア様に惹かれたのだ。だから助けた。当時はジジイへ報いるためだけだと思い込んでいたが、それだけではないと今ならわかる。俺は、俺に助けを求める真っ直ぐな目に。俺が何者だろうと構わないと助けを求めるその目に惹かれて、あなたの手を引いたんだ。


「・・・・・・なわけ、ないじゃないですか」


 だから、そんな思いを、忠義を疑われるのは、たまらなく悔しくて、腹が立つ。

 俺は、あなただけに仕えようと思ったから、今ここにいるというのに。


「でも、今朝兄様と会う予定があるだなんて、昨夜は言ってなかったわ」


「それは今朝急にフィヨルド様が俺の部屋に来て、無理矢理俺を外に連れだしたからです。約束なんて一切してませんでした」


「そうだとしても、賑やかに話してたわ」


 ただ賑やかなだけで仲良く見えるか?ふざけんな、俺はあなたと話してる方が、何倍も楽しい。何倍も心が弾む。多少からかわれたりもして、ムカつくときもあるけれど。少なくとも、あんな得体のしれないニコニコお兄さんより、フィーリア様の方がずっといい。


「あれは、互いに探り合いだったというか・・・・・・俺が一方的にいろいろ抜き取られたと言うか」


「・・・・・・」


「とにかく!俺、フィヨルド様につく気なんてまったくありませんからっ!フィーリア様以外にこの家で仕える価値がある人間はいませんよ」


 聞く人が聞けば顔面蒼白として、聞く人が聞けば即刻消されそうな台詞を口にしながら、誤解したままの主人に訴えかける。

 ヴラドもフィヨルドも。フィーリア様に比べたら、仕える価値なんてない。あなたほど真っ直ぐに人の内側を視てくれて、からかいたがりだけど、きちんと他人を気遣ってくれる優しい人は、そうそういない。

 力一杯言い切ってもなお、彼女の顔から疑いの色は抜けきらない。


「じゃあ、こうしましょう」


「・・・・・・何よ」


「俺を育ててくれたのは、この世で俺が一番大切だと思えた人で、俺に愛をくれた恩人です」


 ジジイは、俺に大切なものを大切だと思える心をくれた。


「・・・・・・それが、何なの」


「フィーリア様は、彼と同じくらいに優しい人です。こんなこと、今まで誰にも言ったことがありません。俺の、一番大事な秘密です」


 多少照れ臭くても、それで納得してくれる見込みがあるのなら、俺の羞恥心など、いくらでも煽ってやる。


「・・・・・・」


 フィーリア様は、何も言わない。俯いて、口を噤んで、唇を噛み締めて、震えている。


「それをフィーリア様だけに、明かします。これから秘密を持って、それを誰かに明かすときは、真っ先にフィーリア様に言います。だから・・・・・・絶対、あなたを裏切るような真似はしませんから。どうか、信じてください」


 フィーリア様が重々しく口を開く。


「・・・・・・そんな風に言うの、ずるいわ」


 最初に漏れ出したのは、駄々っ子のような台詞で。


「・・・・・・ごめんなさい」


 今の俺には、不安にさせてしまったことを謝ることしかできない。それだけ、彼女は俺に期待してくれているのだ。絶対、裏切るようなことはしない。


「っ!そういうところがずるいって言ってるの!そこまで言われたら私が疑い続けるの、バカみたいじゃないっ」


 ぷいっと、顔を背けられる。時おり見せる年相応のそんな仕草に、俺は柄にもなく見蕩れてしまうのだった。


「ごめんなさい」


「だからっ!・・・・・・謝らないでよ。私こそ、ごめんなさい。貴方を、疑ったりして。兄様にも、私に忠誠を誓ってるって宣言してたのにね」


「・・・・・・あの、ところでどこからどこまで聞いてらしたんです?」


 その下りを知ってるってことは、だいぶ最後の方まで聞いてたに違いない。


「心の色がすごいとか、その下りから、二人が稽古を始めるまで」


 ・・・・・・ほぼ全部聞かれてるじゃねえか。

 まずいな、恥ずかしい。少し前にもあったが、本人が聞いていると気づかずにぶちまけてしまう本心ほど、恥ずかしいものはない。

 

「信じるわ。スカイは私の従者。私から、離れたりなんてしない」


 腫れ物が落ちたようなすっきりとした面持ちで、ひとまずは納得してくれたフィーリア様が、噛み締めるように言う。


「はい、そうです。そばにいますよ」


 俺はそんな彼女に、言い聞かせるように。


「・・・・そういうところ、本当にずるい」


 一瞬拗ねたような顔をして、結局は最後に、彼女はイタズラっぽく笑うのだ。

もっと文量を増やす努力をせねば。

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