「イっていいよ」と彼女が言うから
アルコール度数90%をこえる液体が注がれたグラスを前にして俺は固まってしまった。
「サラシナ君、いっちゃって!」
「ま、待ってよマセリさん」
酒なんか飲めないって! 俺、未成年だぞ? どうするんだこれ?
「サラシナ君、あなたならできるよ」
マセリさんがそう言って俺の耳元で囁いた。
「いくらなんでも……」
「あなたはこの世界で万物を創造する者……でしょ?」
あ……そういうことか!
「さあ、発動させて!」
俺は頷いてあの言葉を口にした。
「は、ハードトゥセイ!」
その瞬間俺の手のひらには携帯ゲーム機が現れ、画面内にクリエートモードが起動した。そして俺とマセリさん以外の周囲が、まるで時が止まったように動かなくなった。
「さあ、この酒を飲めるように細工してよ」
「うーん、じゃあ、ここの酒場の強い酒は……俺とマセリさんが飲むとウーロン茶に変化するって裏設定にしよう……って、どうやって?」
「そういう事実があるって、登場人物の誰かに話させれば?」
「なるほど。それだけでもこの世界の設定になるわけか」
「裏情報を語るキャラっていうのを作っちゃおうよ。それで、世界の隠された常識はその人に聞くと話してくれるっていうことにすればいいのよ。ただし、わたしたちしかその事実は聞くことができないってことにすれば」
「なるほど、俺たちだけが知りうるこの世界のルールができるってわけだ」
他の人が接触できないようなキャラか……あ、いたわ。
俺はタッチペンを操作してキャラ設定のモードからあるキャラを呼び出した。
「なんじゃ、いったい? あ、貴様はクリエーター! このたわけもんがぁ! わしを閉じ込めおって!」
そう。元は始まりの村の入り口に立っていただけだが、俺への無礼な振舞いから壁で囲んで隔離していた爺さんだ。
「いやいや、そう怒らないでよ。俺がこれからあんたをこのゲーム世界の最重要人物に変えようって思っているのに」
「なんじゃと?」
「街の入り口に立っているだけじゃつまらなかったでしょ?」
「そ、それはそうじゃ。わしならもっと重要な役をこなすことができるんじゃ、ようわかっとるじゃないか!」
「そこであんたを新たなキャラ、裏情報に詳しい長老、オールドロックというキャラに任命します!」
「なんじゃそれ?」
「あんたはこの世の裏の常識を語る唯一のキャラ。あんたの情報は絶対だけど、他の人はその事実を知らない、うん、これだ!」
「おお、ええぞ、ええぞ。わしもやっと日の目を見る時が来たようじゃのう!」
「そして最初の裏情報! 隣村についての裏情報で、酒場で出されたアルコールは俺とマセリさんが飲むとウーロン茶に変化するのじゃ、っと」
俺はタッチペンを駆使しながら、裏設定を書き込んだ。
「なんじゃそのちんけな情報は? もっと世界を揺るがすような……」
ジジイ、調子にのんなよ。まったく。
「で、このお爺さんは、どこに置いておくの?」
「あんまり人にペラペラしゃべられると困るから、人が来ないところ……そういえば作りかけの塔があったからそこのてっぺんに置いておこう」
「わたしたちは作成モードでいつでも話ができるからね」
「ちょっと待たんか。塔の上じゃと?」
俺とマセリさんの会話にジジイが口をはさんできた。
「一人で塔の上とかさみいしじゃろうが! せめて他にも誰かおいてくれんか?」
「え、例えば?」
「そうじゃな、パイオツカイデーなチャンネーとか」
絶句しているマセリさん。俺は面倒なことになるのが嫌だったのでさっさとこの場を収拾することにした。
「わかった。そんなわけで、さっき設定した酒がウーロン茶になるやつよろしくね」
素早くキャラ設定モードを閉じた。
「もう最悪なじいさんね。サラシナ君、ゲームモードに戻して」
「あいよ」
ゲームモードに戻すと周囲に時間の流れが戻った。
「おい、今ならごめんなさいで済むんだぜ?」
止まっていたバーテンダーが動き出して、俺たちに謝罪を求めてきた。
「サラシナ君、いっちゃって」
マセリさんの言葉に俺はうなずくと、グラスを手に持って口に近づけた。
しかし、その瞬間に早くもきついアルコール臭が鼻を突いて、思わずむせてしまった。
咳き込んだ俺に周囲から嘲笑の声が上がった。
「坊や、いい加減にしな」
「カノジョの前だからって無理すんなよ坊や」
少し涙ぐんでしまった俺だが、気合を入れなおしてグラスを握った。
「サラシナ君、いっていいよ!」
マセリさんが俺の目を見て叫んだ。
俺はマセリさんに頷くと、
「坊やじゃねえよ! 見とけおっさんども!」
と力強く周囲に叫び返し、気合を入れた。
そして一瞬息を止めると素早くグラスを口に運び、一気にグラスをあおった。
「ぐっ!」
流れ込んできた液体は焼けるようなアルコール……ではなく、のど越し滑らかなウーロン茶だった。
「ぷはぁ!」
俺は飲み干したグラスを勢いよくカウンターに置いた。
皆呆然と俺を見つめていた。
「そ、そんなばかな?」
バーテンダーが俺の飲み干したグラスを手に取って顔を近づけた。
「げ、げほぉ! げほげほ!」
グラスに残った刺激臭で大きくむせこむバーテンダーの姿を見て、周囲の人たちが大きく笑い転げた。
「兄ちゃんスゲーな。たいしたもんだ」
「気に入ったぜ」
口々に賞賛の声を聴き、バーテンダーも渋々頭を下げてきた。
「飲み干して、しかもぶっ倒れねえとは恐れ入ったよ。こいつは詫びの印に俺からのおごりだ」
そう言いながら俺とマセリさんの前に瓶コークの栓を抜いて出してくれた。
「で、聞きたいことって何だい?」
「この村に勇者が来ているはずよ。ここに泊まっているはずなんだけど」
「ああ、確かジャークと一緒に昨日の晩ここで酒飲んでたよ」
予定通りだ。ここで話も弾んで深酒して、まだ寝ているんじゃないかな?
「それで、今朝早くに出立したぞ」
え? そんな馬鹿な!
「どうなってるの?」
マセリさんが御立腹な表情で俺に詰め寄ってきた。
勇者を足止めするイベントを入れたはずなのにもう勇者が旅立っている?
一体どうなっているんだ?
「なんでもう旅立っちゃってるのよ? 足止めはどうなったのよ?」
マセリさんが俺に詰め寄ってきた。
「いや、俺にもわからないよ」
「例のチャラ男、呼び出して」
マセリさんが眉間にしわを寄せながらため息をついた。
「チャラ男って、ああ、ジャークさんね」
ハードトゥセイを再び発動。時間が止まり、俺の手のひらには携帯ゲーム機が現れた。俺はタッチペンを動かしてジャークさんを呼び出した。
「ふっ、我が名はジャーク、孤高の剣士」
あ、なんか黒騎士っぽい感じ出てるじゃん。
「なんだ、貴様らは……あれ? クリエーターさんたちじゃないっすか! ちーっす!」
キャラ変わりすぎだろう、お前!
「ねえ、今どうなってるの? この街で引き止めているはずじゃなかったの?」
「なんのことっすか?」
マセリさんの質問に全く何のことか理解できていないジャークさんだった。
「だ、だからさ、まず昨夜は思い出話に花開いて深酒しちゃって、そんで今日は戦勝祈願で教会に行くとかイベントあっただろう?」
俺の説明に、思い出したかのようにジャークさんは手を叩いた。
「あ、そのことっすか!」
「で?」
「いや、まず第一に思い出話に花咲かなくて……」
は?
「なんか俺のノリとかマジで合わない感じで、結局一杯しか飲まずに、明日早いからって早々に寝ちゃったんっすよ」
あー、なんだか勇者の気持ちわかっちゃうわ、俺……って、おい!
「しょうがないから俺一人で夜通し飲んでイベントこなしたんで、今朝はめっちゃ二日酔いですよ」
一人で飲んでたのかよ! おまえがつぶれてどうすんだよ!(俺の心の中の突込みが火を噴いたよ)
「しかも、まだ薄暗いような早朝にたたき起こされて、無理やり教会に連れてかれて戦勝祈願ですよ? 神父さんだって、あくびしてましたから、マジで」
あきれ顔になりながらマセリさんが「じゃあ、今どこなの?」とジャークさんに尋ねた。
「竜の巣の森に向かってるらしいんですけど、よくわからん藪の中ずっと歩かされてるんっす! マジ勘弁っすよ!」
マセリさんは、思わぬ事態とジャークの愚痴にうんざりした表情になって、横から手を伸ばしてゲーム機を閉じ、スリープ状態にしてきた。
「どうするの?」
「どうするって?」
「足止め失敗じゃん。何か別のイベント入れてよ」
そんな急に言われても……うーん、もう一回同じような罠を張ってみるか?
「じゃあ……もう一人仲間に会うことにして、三人パーティーで。もう一つ出会いの村を作ろう」
そう言って、俺はハードトゥセイでゲーム機を開くと画面からジャークが顔を出してきた。
「あ、できればかわいい系女子魔法使いとか癒し系女子僧侶とか、お願いシャース!」
「ま、確かに、バランス的に女子は必要かもな」
「そうっしょ? 頼んますよ、ヤッホーイ!」
再びマセリさんが横から手を伸ばしてゲーム機を閉じてしまった。
「これだから男子は……」
「ま、まぁ、とりあえず新たな村作ったりしなきゃだし、時間かかりそうだからオフしようか?」
俺の提案にマセリさんは頷くと、俺の右手を握った。
一瞬の真っ白な空間からすぐにカラオケボックスの部屋の中に戻った。
「ま、今日はこんなとこかな?」
小さくため息をつきながらマセリさんが言った。
「そ、そうだね」
平静を装って答える俺なのだが、隣に密接して座っているマセリさんの体温が服の上から伝わってきて、少し焦りながらも、さりげなく腰をずらして距離を取るのであった……が、
「じゃあ、一曲歌おうか?」
という一言とともにマセリさんがマイクを渡してきた。
「いや、だから、歌わねーって言ったじゃん!」
「ねえ、『わたおさ』のオープニングテーマ歌ってよ」
「いや、ちょっと待ってよ。俺は」
拒否ろうと思ったら、マセリさんが囁くように言った。
「歌った方が、いいと思うよ?」
な、なんだ? なんか意味ありげに言ってくるこの感じは、何かあるぞ?
その瞬間、部屋のドアがノックされた。
「マセリちゃん、来てたんだぁ!」
二人の女子が入ってきた。こいつらは、確か隣のクラスの……。
「テルちゃん達も来てたんだ」
「マセリちゃん、カラオケ久しぶりじゃない?」
「今日はサラシナ君がどうしても練習したい曲があるってことでさ、付き合いできてたの」
「そうなんだ、あ、ほんとだ、隣のクラスのサラシナ君じゃん」
「あ、ど、どうも」
キョドっている俺に、マセリさんが彼女たちを紹介してくれた。
「同じクラスのテルちゃんとまゆタン」
「こ、こんちわ」
「こんにちは~。そっかー、最近隠密が多いと思ったらこういうことだったんだ」
なんだそのオンミツって? なんかマセリさんは余裕の笑顔だが、なんか勘違いされてないか?
「ホントに曲の練習なの?」
鋭く突込みながらまゆタンさんが俺の顔色をうかがってきた。
「え? いや……」
ただ焦るだけで適当な答えが出てこない俺。しかしそんな不甲斐ない俺にマセリさんが助け舟を出してきた。
「ホントだよ。ほら、この曲」
マセリさんが友人らにリモコンの画面をみせた。
「三つも同じ曲入れてる。ホントに練習してたんだぁ」
そうか、こうゆう局面を予想してマセリさんは歌を歌う準備をしていたわけか。
「……わたおさ? なにこれ?」
マセリさんの友人がそうつぶやいた瞬間だった。
流れ出したのは萌え萌えアニメのオープニング曲。画面にはきゃぴきゃぴの美少女たちが所狭しと……。
「あ、アニメ……なんだね……」
完全に痛い空気が充満してしまったこの狭い部屋で、俺は一人思っていたのさ……俺はこんな曲を練習しに来たわけじゃないし、こんな萌え系アニメ見ているわけじゃ、いや、見てはいるが、主題歌歌いたいと思うほど見ているわけでも嵌っているわけでもないんだぞ! と。
しかしそれを口にして「じゃあ、ここで何を?」って言われたら……どう答えるんだよ?
つまり、この場合、俺の選択肢は一つ……このまま流されるしかないってことか?
「れ、練習頑張って……じゃあ、マセリちゃん、また今度一緒に行こう」
「うん。またね、バイバイ!」
彼女たちは去って行った。
俺が深夜の萌え系美少女アニメに嵌ってるという間違った(?)認識を持ったまま。
そして部屋の中に流れる『わたおさ』のテーマ曲。
「さ、歌おうよ、サラシナ君!」
なんで……なんでこうなるのか?
「く、くそ! やけだぁ!」
俺はマイクを持った。
「あなたがインしたあの日から~愛のハイオク満タンOK! 注がれ~すぎて溢れちゃう~セルフもセフレも危険過ぎるから~従業員にお任せください、いぇいいぇーい、満タンラブマシーンでドライブアゴーゴー!」
「ゴーゴー!」
マセリさんが合いの手を入れてくれて、そして俺は歌ったよ、3回も……ほとんど歌詞を見ずに歌えてしまう自分を呪いながら。
それから2日ほどかけて、俺は二つ目の出会いの村を制作していた。
「もう一つの村……同じじゃつまらないから、今度は険しい山の中にある隠れ村にしよう」
俺はいろいろ考えながら村を作り、そして勇者に起こるイベントを考えて作成した。
(つづく!)