インできる彼女
「なんだこのキャラ?」
見たことない少女キャラが画面の向こうで叫んでいた。
「ちょっと、むやみに電源切らないで!」
「なんで音声が出てんだ? そんな設定はしてないんだが」
「設定じゃないよ! これあなたのゲームでしょ?」
「そうだけど……いや、なんでゲームキャラと会話が成立するんだよ!」
「今あなたと話しているのはゲームキャラでなく、わたし、マセリ クミです」
「マセリ クミ……って、マセリさん、なの?」
俺はゲーム画面と隣で眠っているマセリさんを交互に見た。
「そう、その今寝ているのがわたしで今話しているのもわたしなんです」
「なんでこんなことが?」
「たぶん大丈夫だと思うんだけど、作りかけのデータ壊しちゃいけないからそっちからデータセーブしてゲーム終了にしてくれませんか?」
「わ、わかった、えっと、セーブして、終了、と」
その瞬間、突然ソファーで寝ていたマセリさんが飛び跳ねるように起き上がった。
目が点になった状態で見つめる俺に対してマセリさんは、くりっとした瞳で見つめ返してきた。
「はぁ、変なとこでシンクロしちゃった」
「いったい何がどうなってんの?」
俺の問いかけに対して、彼女は無言のまま俺の顔を見つめていたのち、口を開いた。
「あなた、お隣のサラシナ君だよね?」
「そ、そうだけど」
「確か、サラシナ……ショウマ」
「そう、更科翔馬だよ」
「わたしはマセリ クミ」
いや、知ってるよ! 引っ越しの時あいさつに来たじゃん! ま、改めて1対1で話すのは初めてかもしれないが。
「いや、ちょっと待ってくれ。なに普通に自己紹介とかしてるんだよ。そうじゃなくて、今のはいったい何だったんだってことさ」
「あ、わたしがゲームにインしてたこと?」
「イン?」
「つまりゲームの中に入り込んじゃったってことについてでしょ?」
「そ、それ、それ」
「わかったと思うけど、わたしがゲームに入っているときはわたしの体は爆睡しちゃってるから。その隙に変なことしようとか思わないでね」
「思ってねーよ! いや、それよりなんでゲームの中に入るとかできちゃうわけ?」
「できるんです」
vサインを作ってかわいらしい笑顔を向けるマセリさんに一瞬ひるんでしまった俺……いや、ひるんでいる場合じゃねえ!
「だ、だからなんで?」
「だって、できるようになっちゃったんだもん、しょうがないじゃん」
なんか開き直ったように普通に話されると、むしろ驚いている俺の方がおかしいみたいじゃん!
「ま、すべては神様のお導きだから」
そういって彼女は大きく伸びをしてから天井を見上げた。
「は?」
つられて上を見上げた俺だが、もちろん神様らしいものは見えなかった。
「神様のしたこと。だから驚くことじゃないでしょ?」
いや、驚くことだろ! 仮に神様の仕業でも驚くよ!
「か、神様?」
疑わしそうにしていたであろう俺の顔を見て、不思議そうにマセリさんが訊ねてきた。
「もしかして、神様の存在を信じてないの?」
「しょ、正直、信じてないけど……」
「だったら、自分に納得できないような出来事が起こった時、どうやって理解してるのよ?」
「いや、そういうものだって……今の段階では科学で説明つかないようなってことだと」
マセリさんはあきれ顔で俺の顔を見つめると肩を落とし、更にとどめのようにわざとらしくため息をついてきやがった。
「よくそんな曖昧なことで納得できるね。じゃあ、今わたしが話したゲームにインできるってこともそれで納得いったの?」
「ぜ……」
「ぜ?」
「全然納得いかない」
「でしょ? 世の中には人知を超えた出来事が存在するのよ。それはすべて神様がいるからこそだって思わないの?」
「逆に言えば、何でもかんでも神様のせいか?」
俺の返しに彼女は平然と頷いてみせた。
「神様の存在を信じていれば、すべては神様のお導きだということが理解できるでしょ?いい? 神様は懐の広いお方なんだよ。すべてを受け入れてくれる存在なのよ」
いや、さすがに都合良すぎな気がするが……それで心にわだかまりが残らないのならいいのかもしれないけどな。
「納得した?」
彼女は満面の笑みで微笑んできた。
「いや、だから俺は全く納得していないんだが!」
「信じる力が足りないわ……」
そこで首振ってため息つくなよ! 俺が悪いみたいじゃん!
「ただいまクミちゃん。あら、お客さん?」
なんと、外出していたマセリさんのお母さんが帰ってきてしまった。
「あ、お母さん、おかえり。隣のサラシナ君来てるの」
「お、おじゃましています!」
俺は慌ててソファから立ち上がって頭を下げた。
たまに家の前で見かけるとにこやかに挨拶してくれるほっそりとしたきれいなお母さんなのだが、改めて見るとマセリさんにやはり似ているような気がした。
いや、そんなことよりも親不在時にマセリさんと二人きりって、なんか変な風に思われてないだろうか?
「あら、いらっしゃい。確か、ショウマ君、だったわよね?」
「あ、ハイ! さ、サラシナショウマです。お留守中にお邪魔してまして、その、す、すみません!」
俺のオロオロとした焦りまくりの挨拶に、お母さんもマセリクさんまでもがクスクスと笑っていた。そういえばなに焦ってるんだ俺……別にやましいこともないのに、考えすぎだったかも。
「サラシナ君はゲーム友達なの。ね?」
普通にそう紹介するマセリさんだが、いつから俺は君とゲー友になったんだ?
「そう。ゆっくりしていってね」
やさしく受け入れてしまうお母さん。
いや、いや、お母さん帰ってきたならもう安心だよな。
俺は早々にお暇させてもらおうかと思った瞬間、
「……ねえ、わたしの部屋行こう」
俺の横でそうマセリさんが言うと、ソファから立ち上がって俺の手を握ってきた。
「へ?」
「早く。行こう?」
そういうが早いか部屋の外に連れ出された。
「え、あ、ああ」
ああ、じゃねえ! なに流されてんの俺!
そして俺はマセリさんのペースで、そのまま二階へと連れていかれてしまったのだ。
自分から部屋に招くだけのことはあって、マセリさんの部屋は結構きれいに整頓されていた。
(少なくとも俺の部屋のような雑多とした感じではなかった)
でも白とかピンクとかって俺が(勝手に)思い描いていた少女チックな部屋ではなく、壁は落ち着いたベージュだし、家具はブラウンの落ち着いたもので統一されていた。
ベッドは、少しなんだか見るのがはばかられて、ちらっとしか見なかったが……。
「あんまりじろじろ見ないで。恥ずかしいから」
「え?」
俺そんなに見てたの?
気づかなかったんだが……ま、同級生の女子の部屋に入ったのなんて初めてだしなぁ。
ドキドキするし、なんか不思議といい匂いもするような……い、いかん、俺は何を考えているんだ!
「えーと、そ、そう言えば、マセリさんさぁ」
「なに?」
俺は自分が少し動揺していることを隠すために、話題をひねり出そうとしたんだよ、うん。
「ほら、お母さん、愛想いいっていうかその……」
「サラシナ君見て機嫌よかったよね」
「あ、そ、そう? ほら、一人で留守番していた年頃の女の子のとこに俺みたいのがいたら、その」
なにが言いたいんだ俺……自分でもわからん状態に嵌りかけているぞ!
「なんか……いやらしいこと考えていたの?」
嵌らなくていい穴に足踏み込んじまったー!
「そ、そうじゃなくて! お母さんとか心配しないのかなって……」
俺が焦って弁明していると、マセリさんが焦る俺の顔を見てニヤニヤしていることに気が付いた。
「大丈夫だよー。むしろわたしが友達連れてきたからご機嫌なのよ」
「へ? 友達連れてきたってだけで?」
「わたし、最近あんま友達と遊ばないから……お母さんたち心配してるの」
な……なにその暗い展開?
「意外だなぁ。マセリさんって、社交的なキャラに見えたんだけど」
「そう? ま、友達と遊ぶよりももっと大事な時間があるってだけだよ」
「遊ぶよりも大事な……あ、勉強か?」
「もちろん勉強もしてるよ。大学進学して、一人暮らしとかしたいじゃん」
なるほどキャンパスライフを満喫したいんだな。恋におしゃれに、サークルにって。
「一人になれば自由な時間が増えて、好きなだけゲームできるでしょ?」
え? そんなにゲーム好きなのか?
でも部屋を見渡しても小さなテレビに接続されているのは……『エフコム』という古いゲーム機だけだ。
「これ以外に他にゲーム機なさそうだけど」
するとマセリさんは愛おしそうにエフコムを見つめながら、ゲーム機の前に座った。
「このゲームをやる時間が欲しいだけ……それだけ」
そう言ってエフコムに刺さった一本のロムカセットを指さした。
「これは有名RPGデイ・クイックの三作目じゃんか……なつかしいなぁ」
「このゲームさえできればわたしは満足なの……なのに」
急にマセリさんは俺の方に振り向くと悲しそうに俺の目を見つめてきた。
「な、なのに?」
「大問題が勃発したのよ!」
「なに?」
「見て!」
そういって彼女は電源入れてゲームを起動して、データをロードした。
そしてゲームの再開シーン、セーブポイントからの画面になった。
「これが、なにか?」
「おに……わたしのやっていたゲームのキャラがいなくなっちゃったのよ」
そう言われてよくよく見ると、パーティーメンバーはいるのにメイン主人公キャラが外れていた。
「どうやって外したんだ? このゲーム、主人公はパーティから外れないはずじゃないのか?」
「そう。外れないはずなのに外れて、しかも行方不明なのよ!」
行方不明?
「他のキャラが待機している出会いの酒場にもいないの」
悲しそうに、そして少し不機嫌そうにマセリさんがキャラを動かして酒場に着くと、登録されているキャラのウィンドウを開いて見せた。
「確かに勇者はいないようだなぁ。バグったんじゃないの? データ破損とか。結構古いゲームだし」
「わたしも最初そう思ったよ。だからずっと絶望してたのよ……一週間ほど」
一週間も絶望していたのか……ま、俺も昔データとんだ時は二日ほど落ち込んだが、結局最初からやり直したしなぁ。
「またもう一回やり直せば?」
「いやよ! どんだけ長い時間かけてこのキャラ育ててきたと思ってるのよ!」
「でも、あきらめるしかないんじゃないの?」
「わたしだってあきらめようかと、そう思った」
「だったら……」
「そして気分でも変えようって、今日久々に外出しようとしたら、さっきあなたのゲームにインしたの」
「あ、そうなんだ」
ゲームにインできるっていう超常現象を普通に聞き流せるようになってしまった俺って、大丈夫なんだろうか?
「そして、見たの……」
「見た? なにを?」
「さっきあなたのゲームに入った時に、見たのよ。わたしの主人公キャラ、勇者を」
「はぁ?」
いなくなったゲームキャラが俺の作りかけのゲームの中にいた?
そんなわけのわからない話をする彼女の真剣かつ熱いまなざしに、俺は圧倒されていた。っていうか、こんな無茶な展開に困惑していた。
(つづく!)