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届け、心まで。

「俺はあきらめない! ハードトゥセイ!」

ゲーム機を開いてタッチペンで素早く操作した。

「ふっ、試してみて分かったろう? ボクがロックしたものはボクしか解除できない。この結界を修正しようとしても無駄だよ!」

静かにゲーム機を閉じた俺を見て、負の勇者が勝ち誇ったように叫んだ。

「彼女の心は動かんよ。彼女はここで幸せに暮らしていけるのだ。あちらの肉体が朽ち果てようともな」

負の勇者の言葉にマインちゃんが悔しそうに光の網を叩いた。

「ショウマ……どうすんの」

俺は顔を上げてマセリさんを見つめた。

「マセリさんに俺の心の底から湧き出る思いをぶつける!」

「な、なんて?」

「これでだめならそこまでだ!」

結界の向こうで負の勇者が苦笑していた。

「愚かなことだ。力ないものほど情熱だとか熱意なんてものの力を信じようとする。現実は非情なものだよ? 無力な自分を思い知るんだね」

俺は息を吸い込み、そして腹に力を入れてマセリさんの方を向いて叫んだ。

「マセリさん! 俺と一緒に戻ろう!」

結界の向こうでマセリさんは、ぼんやりとしていた。

俺は思った。心が足りないと。

「俺は……君のことを失いたくないんだよ!」

瞬間、マセリさんの体が反応した。

「さらしな、くん?」

隣にいた負の勇者が驚いてマセリさんを見つめた。

「な、なに? 彼女が反応した?」

「さら、しな、くん、さらしなくんなの?」

マセリさんが俺に気が付いて結界の方へ歩み寄ってきた。

「君と元の世界で、一緒にすごしたいんだ! こっちに来て! 一緒に戻ろう!」

すると負の勇者が体を震わせ始めた。

「なんだ、結界が、体が、保てない? 彼女の心が揺らいでいる? まさか、そんな……」

「ショウマの情熱が、熱い気持ちが奇跡を起こしたんや!」

竜の姿から戻ったマインちゃんが両手を上げて跳びはねた。

「奇跡なんてあるわけない! いったい何をした? ボクしか修正できないこの壁を通して話をして、彼女の心を動かしたのはいったい? はっ! そ、そこに隠れているのは誰だ!」

負の勇者が俺の背後に隠れている人物を指さした。

俺の背後からゆっくりとその姿を現した者は叫んだ。

「わしやわし。じゃじゃーん、わしがなんでも裏情報を知っておるオールドロックことロックじいさんじゃ」

「なんだこの薄汚いジジイは?」

「失礼なやつじゃ。わしは裏情報に詳しい長老じゃ」

かつて始まりの村の入り口にいて、今やこの世界の裏情報をつかさどるオールドロックは、白く長いあごひげを手で触りながら高らかに笑った。

「いったい、どういうことだ!」

焦った表情で叫ぶ負の勇者に、俺は余裕をもって話し始めた。

「ハードトゥセイで長老に新たな裏情報を話させた。そう。『俺の言葉は直接マセリさんの心に届く』という裏常識を書き込んだんだよ! つまり、声としては遮断されても心に直接響き渡るってことさ」

「そ、そんな手があったのか……」

脂汗を流しながらギリギリと歯を食いしばる負の勇者に畳み込むように俺は話し続けた。「言っとくが長老は俺しか修正できない。そして長老の裏常識は絶対だ。いかなるものでも覆らないと設定してある」

解説していた俺の横で、マインちゃんがちょっと眉間にしわを寄せながらオールドロックを見つめていた。

「なんや、元気そうなジジイやなぁ」

「まだまだハッスルできるぞ、お嬢ちゃん、試してみんか?」

そう言って腰を振るオールドロックを、マインちゃんが明らかに嫌悪感のある目つきで見つめていた。

「なんやの、このエロジジイ!」

いや確かに、このジジイ、ちょっと大きな役やったら、キャラも変わってしまったようなはじけ具合なんだが。

「マセリさん! こっちだ!」

俺は再びマセリさんに向かって叫び、そして手を伸ばした。するとマセリさんの周囲の結界がゆがんで隙間ができ、その隙間からマセリさんが手を伸ばしてきた。

「そうはさせん!」

負の勇者が飛びつくようにマセリさんの腕をつかみ、引き戻そうとしていた。

「は、離して!」

「俺の力の源、渡すわけにはいかん!」

結界の向こうでマセリさんと負の勇者がもみ合っていたが、こっちからは手が出せなかった。

「マセリさん!」

「サラシナ君!」

もどかしく感じていた時だった。

「ぐあぁ!」

負の勇者が腕を押さえた。風を切る音、黒い閃光が走って、マセリさんを捕らえていた負の勇者の腕が切り裂かれていた。

「な、なんだ、一体」

いつの間にか忍び寄っていた黒い影が素早く動き、滑らかな剣さばきで結界の光の籠を切り裂いた。

「今だ!」

マセリさんは結界から飛び出し、俺のもとに飛び込んできた。

「くそ! 誰だ、邪魔をしたのは!」

負の勇者が腕をおさえたまま苛立ったように叫んだ。

「フッ、残念だったな。お前のたくらみもここまでだ」

俺たちと負の勇者の間に立って、そう言い放ったのは……漆黒の鎧を身にまとった剣士だった。

「我が名はジャーク……。ジャーク・クロノワ」

「なに?」

「おまえの親友であり、そして黒騎士となっておまえの前に立ちふさがる孤高の剣士!」

黒い剣士は顔を覆っていた兜を外した。その顔はあの、そう、まぎれもない、ジャークさんだった。

「ジャークさん!」

以前あった時とは貫禄が違う眼差し、そして一層逞しくなっていたのは黒騎士化してレベルが上がったせいのようだった。

「フッ、久しぶりだなクリエーター殿」

なんかしゃべりも落ち着いて、グッとかっこよさが増していた。

「ジャークさん、助けに来てくれたんですか」

マセリさんがそう声をかけた途端、ジャークさんが軟体動物のように腰をくねらせた。

「あ、ちーっす! クミちゃん、相変わらずキャワイーね! つーか、やっぱ裏切りポイントつったら、ここしかないかなって思ってぇ、それに、黒騎士化でレベルも上がったんでぇ、手助けぐらいにはなるかなって感じっすよ!」

なんか全然変わってねーじゃん、中身は!

「なんやこいつ、そのままクールに決めればいいのに……あほやな」

マインちゃんにまでドン引かれてしまうコイツって、一体……。

「貴様! どけ! ぶち殺すぞ!」

負の勇者が顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。しかし黒騎士ジャークは優雅に微笑んで兜を被り直した。

「フッ、断る!」

「な、なに? この足手まといが! 貴様にこのボクが止められるともってか!」

「フフフ……フワッハハハ! ……ぜんぜーん思ってませーん!」

ジャークさんは舐め切ったような言葉で負の勇者を煽り始めた。

「でも、お前が今言ったとおり、お前の足は引っ張るには十分なんだよーん! なんせ、足手まといですから~」

いや、そこクールなままで行ってほしかったんだが……。

「どけ貴様!」

負の勇者が剣を振りかざして黒騎士に切りかかった。

黒騎士の剣は滑らかに動き、力強く負の勇者の剣を受け止めた。

「強いな勇者よ。だが……まだ、まだやられましぇーん! あ、残念でしたぁぁー!」

「そのふざけた口の利き方、ムカつくんだよ! そこをどけ! どけ! どかないかぁ!」

負の勇者が何度も力任せに剣を黒騎士に振り下ろしていった。

黒騎士は剣で受けるも、勇者の力の方が強く、何度も鎧に食い込みかけながらも、ガチンガチンと鈍い音をさせながらしのいでいた。

徐々に防戦一方になり、打たれ続ける黒騎士であったが、一歩も退こうとしなかった。

「クッ、さすが勇者だ。しかし、俺はまだ立っているぞ。かつてレベル99だったおまえもやはりレベルが半減したらこんなものか?」

ジャークさんの更なる煽りで負の勇者が更にヒートアップしてきていた。

「ふざけた奴、いつも俺の足手まといだった野郎が!」

大きく振りぬいた勇者の剣が黒騎士の剣を弾き飛ばした。

「ジャークさん!」

「来るな!」

思わず前に出ようとした俺たちの方を見てジャークさんがいつになく険しい声で叫んだ。

「フッ……手が痺れちまってもう受けきれなかったぜ。さすが勇者だな」

剣を弾かれ、跪いてもなお、ジャークさんは負の勇者を見上げてニヒルに笑った。

「なにがさすがだ! ボクに盾突くこと自体が間違っていたんだよ、このクズがぁ!」

勇者は膝をついた黒騎士に対して、大きく剣を振り上げた。ジャークさんにはもはや避けるだけの力がなかったのか、動こうともしなかった。

「ジャークさん!」

「俺は黒騎士! 最後は……壮絶に散るぜ!」

そう言って少しニヤリと笑ったジャークさんに、容赦なく負の勇者の剣が振り下ろされた。

ガシィ!

負の勇者の振り下ろされた剣は黒騎士の鎧に食い込んだ。しかし、浅いところで剣は動きを止めていた。いや、止められていた。

「待たせたなジャーク」

そこには負の勇者の剣を、ギリギリのところで力強く剣で受け止めている正の勇者の姿があった。

「ゆ、勇者?」

そして正の勇者の後方からヒルテンさんもやってきた。

「おまたせ。ちょっと生意気な偽魔王に少しだけ手間取っちゃったの」

「ヒルテンさん!」

ヒルテンさんの後ろにはボッコボコにされて顔が腫れあがった新魔王のおっさんが跪いていた。

「も、もう勘弁してくだしゃい……」

正の勇者は負の勇者の剣を払いのけると、ジャークさんに手を差し伸べた。

「ジャーク、お前はボクの足手まといなんかじゃなかった。いい相棒だったよ、これからもね」

「ゆ、勇者……!」

「さ、もう一度立ち上がる時よ。ジャークさん」

ヒルテンさんが先ほどはじかれた黒騎士の剣を差し出した。

「ああ」

「さあ……ボクたちの旅を終えようじゃないか!」

正の勇者と黒騎士が負の勇者と対峙した。

「さあ、行くぞ!」

「つくづく愚かな奴らだ! 二対一なら勝てると思ってか?」

「なにかまだ切り札を持っているようだな?」

その言葉を受けて、負の勇者はマントを脱ぎ棄て、両手を広げた。

「もしかして、クリエートする力ですでになにか特殊な能力を?」

「そのとおりだ! 俺は勇者などやめてやるぞ! 見て驚け!」

突如として負の勇者の体が変形し始めた。体が膨らみ、背中が盛り上がってきた。

「ぬおおおおおぉぉ!」

背中のふくらみは新たなる腕となり、更に真っ白い翼が突き出てきた。

「な、なんか大天使のような姿になったぞ!」

目の前には、体が二回りほどでかくなり、白い翼に四本の腕を持つ、ある種神々しい姿に変わった負の勇者が立っていた。

「フ、ハハハ。さて、この姿を見てもまだボクを倒そうなどと思っているのか?」

正の勇者と黒騎士が少し緊張した面持ちで剣を構えなおした。

「それでも、やるしかない!」

二人の目の前に立つ負の勇者の堂々としたその姿はものすごい威圧感を放っていた。

しかし、全く動じていない人がいた。

「あらあら、えらい派手な格好になれるのね。じゃあ、わたしもやっちゃおうかな?」

涼しい顔でそう言ったヒルテンさんの体が光り輝きだした。

「も、もしかして第二形態に?」

「はあぁぁぁー!」

ヒルテンさんの体がぐんぐんと大きくなり、赤い髪がさらにうねりを見せ、その間から二本の角が生えてきた。

背中から漆黒の翼が広がり、瞳は燃えるような色に変わり、白く美しかった下肢はトカゲのような細かい鱗に包まれたものに変わった。

「サア、ヤロウジャナイカ勇者……イヤ、負ノ勇者ヨ!」

声も深く響くような重い響きに変わっていた。

「す、すご……」

あまりの迫力ある姿に正直俺は驚いていた。

俺の横でマインちゃんが感嘆の声を上げていた。

「ひゃー、マジで魔王やったんやな、あの人」

「いや、だから最初からそう言ってたじゃん! あんなすごいのに喧嘩売るなよ!」

「ま、変身した姿やったら、うちの方がきれいやけどな」

おい、おい! 余計なこと口走んなよ! あんなすごいのとこの場でもめないでくれ!

幸いにしてヒルテンさんには聞こえていなかったようで、天が裂けるような雄たけびをあげてまっすぐに負の勇者にとびかかった。

「よし、ボクたちもいくぞ! ジャーク!」

「なんかすごいことになってきたけど、行っちゃいますかー!」

正の勇者と黒騎士もヒルテンさんに続いて負の勇者にとびかかった。

(つづく!)

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