闘いのラメント
金属と金属のぶつかり合う音が薄暗い石室の中に響いた。
激しい息遣いと絞り出されるような短い叫び。
俺の目の前で彼女は激しく躍動しながら剣を振るい、目の前にいる身の丈2メートルはあろう獣人と戦っていた。
「なかなかやるのぉ、名もなき女剣士よ」
「わたしは名もなきものではありません。クミという立派な名前があり、そしてその名は今後おまえを倒した者として後世に伝えられるのです」
「口だけは立派なようじゃな。しかし、ここが限界じゃろう?」
そう言うが早いか獣人は身を沈めてから飛び出すように前に詰めてきた。
あの体格からは考えられないような身のこなしから、大きく手に持った大剣を振り上げた「死ねぇ!」
クミは素早く後方に控える仲間に手で合図をした。
「ヒルテンさん!」
クミの後方に控える赤い髪と透き通るような白い肌を持つヒルテンと呼ばれた女性が右手を前に出して、大きく指を開いた。
ヒルテンは強力な魔術を操るもので、その力は指先から発することができる。
「遅いわ!」
獣人の大剣は落雷のような素早さで振り下ろされ、クミの体を脳天から二つに裂き、その足元の石床をも砕いて剣はめり込んだ。
静寂が一瞬広がった時、多量の赤い飛沫が上がった。
それは獣人の後頚部から背中にかけて大きく裂かれた傷口からだった。
「な、なにぃ!」
驚き、そしてひざまづく獣人の後ろには、真っ二つにされたと思われたクミンが立っていた。
「もうあなたは術に嵌っていたのよ。あなたはわたしの幻に剣を振り下ろした。先ほどヒルテンさんが発動させたのは魔術で宙に塵のような状態で舞っていたわたしの体を元に戻す魔法だったのよ」
「このワシが、こんな、まさか……」
大剣を落とし、身を横たえる獣人は恨めしそうにクミを見つめるだけであった。
「さて、聖なる石をいただいていくわね」
クミは剣を鞘に納めると部屋の奥、祭壇の前へとすすんでいった。
祭壇には青くほのかな輝きを宿す表面が滑らかな石が祭られていた。
「これが偉大なる力を宿すという聖なる石。ついにここまで……来た!」
クミは感極まった表情でしばし石を見つめていたが、ゆっくりと手を伸ばし、少し震える指で石を包み込むようにしてつかむと祭壇から降ろした。そして持参してきた布で丁寧に石を巻くと、腰から下げていたレザーのバックにしまい込んだ。
「ここにはもう用はないわね。急いで岬に行きましょう」
赤い髪の魔術を操る者、ヒルテンがクミを促した時だった。
「お、お前ら……このまま、ただで帰れるとは思っておらんじゃろうなぁ!」
声の先に視線を移すと、先ほどまで倒れていた獣人が瀕死の体を引きずって部屋の隅に移動していた。
その手は壁の中にそびえ立つ鋼鉄製の機械、その先から延びるレバーを手にしていた。
「な、なによそのからくり装置のようなものは?」
「お前らはここから一生出ることはない、一生、な」
そう言うと獣人はもたれるようにレバーを下げた。
後ろに控える機械の中に組み込まれた大小の歯車たちが一斉に目を覚ましたかのように動き出した。
「な、なに? いったい」
地響きのような音がして、神殿全体が揺らぎだした。
「早く脱出しないと!」
その時、クミの背後に立っていた大きな柱が轟音とともに倒れてきた。
「ク、クミ!」
ヒルテンが叫んだ時はすでに遅く、振り返ったクミの目の前まで倒れてきた柱が迫ってきていた。
「くっ!」
「……ク、クミ!!」
「な、なに?」
「え、柱、ほら」
「うん、もうダメ……なんだけど、あの、あれ?」
柱は寸前で止まっていた。
先ほどまで聞こえていた地響きも聞こえなくなり、神殿もそのままだった。
「こ、壊れてこないよ、神殿」
瀕死の状態でレバーを引いていた獣人も起き上がって周囲を見渡し始めた。
「あれ? おかしいなぁ。これ、目いっぱい引いてるんじゃが」
このなにもかもが止まってしまったかのような状態になった原因について説明を求める先は……そう、彼らは俺の方を見つめていた。
「ちょっと、どうなってるの?」
俺は頭を掻いた。
「えっと、すまん、この後のトラップのシーンまだ作成途中だったわ」
クミと呼ばれていた女剣士マセリ クミの表情がきつくなって俺のことをにらんだ。
「はぁ? うそでしょ?」
「すまん、そっか、このバトルの後トラップ発動させるんだっけか。悪い、作っておくよ、後で」
「後でって、まさかまたやり直し?」
マセリさんが不満爆発の表情で俺に迫ってきた。
「わかった、悪かった。じゃあ、脱出後のシーンに飛ばせるように変えるわ」
何とかここは収めようとした時だった。
「え、ちょっと、マジか? ワシの立場どうなるのじゃ! やられてそのまま?」
瀕死状態だった獣人がつかつかと歩み寄ってきて俺に猛然と抗議し始めた。
「いや、だって」
「はい、はい、そこまでそこまで」
俺と獣人の間に赤い髪のヒルテンさんが割って入ってくれた。
「ここでのメインイベントは終わったし、こんなもんでいいじゃない? さっさと先に進まないと、勇者の行方がまたわかんなくなっちゃうわよ?」
「いや、ちょっと、待てと言っとるんじゃ!」
なおも追いすがる獣人にヒルテンさんがしっかりと体を向き直して真正面から獣人の顔を見つめた。
「わたしが、いいって、言ってるのよ? この、ヒルテン・シュタルヒンが」
その途端獣人は頭を下げ、すごすごと後ろに下がった。
「じゃあ、そういうことで。石は手にしたし、ここのイベントは終了。次は神殿の石を持って虹の岬に橋架けるとこね」
神殿の外に出ると起伏のある草原が広がっていた。
俺とクミと呼ばれた女剣士マセリさん、赤い髪の魔法使いヒルテンさん、そして銀髪の小柄な少女の四人で草原の先の岬を目指して歩いていた。
俺の横を歩くマセリさんは大きく伸びをしてから俺の肩をつついた。
「ちゃんと作っておいてよ。わたしたちの進行に対して遅れ気味じゃない?」
「すまん。昨日深夜アニメ見ちゃってさ……あれ見た?」
「見てません……」
ため息をつくマセリさん。
穏やかに微笑みながら俺とマセリさんの会話を見つめていたヒルテンさんが俺の肩に手を置いた。
「それにしてもまだまだ穴だらけですね。がんばってくださいよ、クリエーターさん」
やさしくて大人の魅力あふれるヒルテンさんの笑顔を見て、俺は照れながら頷いた。
「が、がんばります、はい」
しかし、それを見ていた銀髪の少女が不機嫌そうに俺の腕に絡みついてきた。
「ショウマ、なにデレデレしてんねん!」
「し、してねえよ!」
「年増よりもうちの方が若くてええよ。意外と尽くすタイプやしね」
知らねーよ、自分でゆうな、自分で!
「あら、マインちゃん、今わたしのこと何か言った?」
ヒルテンさんが笑顔のままキツイ視線を俺の横にいる銀髪少女マインに向けてきた。
「よう聞こえてる、耳年増やなってゆうただけやけど?」
「相変わらず怖いもの知らずね……プチッとつぶしてもいいのよ?」
「そないに簡単につぶせるもんか試してみるか?」
あーもう……やむなく俺は二人の間に入ることにした。
「やめろよ、仲間同士の争いは!」
ホントに女複数いるともめるよなぁ。いちいち仲裁に入るのが大変だよ。
俺の横で涼しい顔しているマセリさんは焦る俺を見てニヤニヤしているだけだし。
とにかく近いうちに今言われたところを作成しておこう……。
そう。俺はロールプレイングゲーム(RPG)を作っているのだ。
そしてここを冒険する者たちに随行しながら手直しをしているのだが……どうしてこんなことになったのかと言えば、それは遡ること1か月ほど前のことだった。