――歯科技士―― 新人と先輩による、持つ者と持たざる者の戦い
歯医者へ治療のために訪れる。
視覚を奪われて、妄想が擬音となって脳内で表現される。
おっぱいの失敗によってちっぱいへと代わる。
当たりか、外れか。判定はどっち?
※擬音は某所のリスペクトです。
※歯科技士さんは真剣に仕事をしています。
その日、歯科医による治療が終わり、後は歯の型を取るだけだった。
後を任された歯科技士は背が低く、ちょっと猫背気味だった。
まだ仕事に就いてから、日が浅かったのだろうと推測できる。
その表情には新人らしい緊張と硬さが見られた。
挨拶を経て、仕事に取り掛かろうとする新人さん。
その挨拶も初々しい感じがした。
隣の椅子に座り、丁度良い高さに合わせようと機械を弄ります。
――ぼよん――
背の低い新人さんには結局一番低い状態に戻すだけなんですけどね。
そして声を掛けられてから、目を覆うようにタオルを掛けます。
ゴム手袋越しの手を私の口内に挿し入れて、唇を引っ張り舌を押さえ、作業個所を確認する。
あっちに動き、こっちに動き作業しやすい場所を探ります。
――ぼよんぼよん――
結果私の頭上から作業することにしたようです。
――むにむに――
覗き込むような気配を感じる。
背が低い新人さんには一番低い状態でもまだ高かったようです。
――ぽよんぽよん――
そして気付く。
新人さんには身長以外にも足枷があることに。
足枷となっているのは繋がれた大きな鉄球の如く、新人さんの作業を妨げる。
――ぱふぱふ――
その鉄球は極めて危険な物である。
新人さんの仕事を邪魔する防御力だけでなく、私にまで攻撃するその破壊力は計り知れない。
――ほわわん――
その新人さんの足枷となっている二つの鉄球は、正に名の通りの破壊力で私を攻撃する。
視覚を奪われた私にはどうすることもできない。
新人さんが山のような足枷を振り解くようにと右に左に動き回る。
――ぼよよんぼよよん――
足枷たちは新人さんの動きから一拍遅れで追随する。
それに合わせて私への被害は広範囲に広がっていく。
おでこや頭頂、側頭や果ては耳にまでも襲い掛かる。
齎される攻撃が腕ではないことは明白だ。
腕は両方とも私の口内を攻めることで塞がっている。
――ぷに――
掠る程度でもその威力に過敏にならざるを得ない。
視覚がないため、他の感覚が鋭敏になってしまうのだ。
その激しい攻撃にも終わりがやってきた。
非常に残念だ。私はまだまだ耐えられたのだ。
新人さんの攻撃に再挑戦したい。
しかして、その願いは即座に叶えられた。
失敗していたのだ。型取りに。
スレンダーな先輩技士にもう一度取って来てと頼まれていた。
再びやってきて、新人さんは申し訳なさそうに挨拶してくる。
第二ラウンドの始まりだ。
――ぐいぐい――
一度経験を積んだ新人さんは積極的だった。
――めろん――
失敗したからだろう、ゆっくりと慎重に事を進めているようだ。
だからだろう。私への攻撃も質が変わったようだ。
馥郁たる香りが鼻腔を擽り、芳醇な甘みのようなその攻撃は浸り続ければ舌が痺れてしまう。
――ずしん――
新人さんは山のような鉄壁な防御をぐいぐいと、よじ登るように責め立てる。
――ぴとん――
私の方は渓流にいるかの如く、大きな二つのモノに挟まれてそれに沿って流されていた。
左右から挟まれるその威力は正に倍。
手を上げて、うがいをして、仕切り直してもらう。
新人さんは妨害にも負けじと再度仕事を再開した。
――ぼよよんぼよよん――
新人さんの気合の表れか、攻撃力が増している。
――ほわわんほわわん――
倍と言わずに、もはや二乗だ。
こっそりと足を組む。もちろんテント設営を誤魔化すためだ。
――ぱふんぱふん――
挟まれて作業に合わせ、足りない高さを上下に覗き込むことで補おうとしている新人さんの動き。
挟まれて上下に!
――めろんめろん――
惜しむらくは動きが鈍いことか。
その最大の破壊力を受けてみたいものだ。
そうこうしているうちに終わりがきた。
それにしてもなんてエ……、いや、丁寧な仕事だ。
次もお願いしたい。
奇跡が起きた。またしても願いがすぐに叶ったのだ。
また失敗だったのね。
二度あることは三度あるってね。
新人さんは涙目で頭を下げている。
そうして第三ラウンドが始まるのだった。
――ずしんずしん――
新人さんは身を乗り出すように乗っかってきた。
鬼気迫る迫力で圧し掛かって来る新人さん。
その攻勢の前に足枷だった二つの鉄球も形を変える。
――むにゅん――
猫でも頭に乗せているかのようだった。
ズシリとくる重み。これは猫背にもなろうという重みだ。たぶん肩凝るんだろうな。
さらに猫にも匹敵する柔らかい感触。
――ぷよよ~ん――
柔らかい物が押し付けられて形を変える。
変えるほどの重量が押し当てられている。
――ぽよよ~ん――
それはより密着したということ。
――ぬくぬく――
今までは伝わらなかった体温もほんのりと押し当てられた頭に流れてくる。
冷房の効いた部屋ではその温もりは心地良い。
新人さんは妨害をものともせずに作業に没頭していた。
――ぷるるんぷるるん――
もはや「当ててんのよ」を超える「乗せてんのよ」は、新人さんがもう椅子から腰が浮いている証拠でしょう。
――むにゅんむにゅん――
まるで開拓者のようだった。
森(モリ)を切り開き、山を突き抜け、谷間の底へと誘っている。
その包み込む包容力の素晴らしさ。
気付けば新人さんは作業を終わらせていた。
そしてその妨害は鉄壁だった。その山の頂は未だ新人さんには高く険しく大きかったようだ。
先輩技士は痺れを切らしたようだった。
交代するみたいだった。
こちらは新人さんの弛まぬ努力に付き合っても構わなかったというのに。
先輩さんに枷となるものは存在しない!
――すかっ――
その機敏な動き。
――すかすか――
俊敏な動作。
――すっ――
一切の妨害も受けていない非常にテキパキとした準備を行う。
私にタオルを掛けて口の中を確認する。
――さくっさくっ――
空気も切り裂くが如し。
――すかーん――
妨害もなく作業が進む。
――すか――
当たる気配もなく。
――すかすか――
外れるばかり。
さすがは先輩さん。慣れているのだろう。作業は終わった。
だが、しかし。先輩さんも失敗した。
軽い調子で謝られてもう一度型を取ることに。
――すかーん――
それは新人さんの作業が夢や幻のようであった。
――すかっすかっ――
悲しい現実を突きつけているようだった。
――すかすかすか――
先ほどまでの新人さんの残像や幻覚が思い浮かぶ。
――すかすかすかすか――
何度やっても当たらんよ。
――ぜっぺき~ん――
虚しい戦いだった。
さすがは先輩さん。二度も失敗はしないようだ。
ようやっと治療が終了した。
そして新人さんと先輩さんの勝敗も着いた。
新人さんは持っていた、足枷を。山を。谷間を。
そして持たなかった、身長を。技術を。経験を。
先輩さんは持っていた、身長を。技術を。経験を。そして絶壁を。
そして持たなかった、山も。谷も。
新人さんは当たりだった。当たっていたからだ。当然だ。
先輩さんは外れだ。当たらないからな。
次も新人さんがいいな。
しかし願いは三度も叶わなかった。それ以後新人さんを見ることはなかったからだ。