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第1話

 高校一年生の夏。教室でお弁当を食べながら、ふと窓の外を見た。

 眩しい午後の日差しがグラウンドに降り注ぐ。その中で“彼”だけが、輝いているように見えた。

 

 「桜、また先輩のこと見てるの?」

 呆れたようにため息をつく椿は、しかし、お弁当を食べる箸を止めようとはしなかった。しばらく経っても私が、“彼”に見とれていたせいか、椿もお箸を口にくわえながら、「どれどれ」とグラウンドでサッカーをしている彼――宮内新太郎先輩を見下ろしながら言った。

 「この前の地区予選、うちのサッカー部、一回戦敗退だったってさ……。」

 「ホント、残念だったよねー。」

 窓の外の先輩を眺めていたら、どうしても顔がにやけてしまう。椿の話も話し半分で聞いていると、また椿はため息をついた。

 「顔と言葉が合ってないとはこの事だね。」

 そんな椿の言葉ももちろん聞いていなかった私は、それから一日中、授業そっちのけである考えを巡らしていた。まだ先輩と付き合ってもいないのに、先輩ファンの女子達に嫉妬されたらどうしようとか、腕を組んでデートしていたら行く先々で振りかえられる美男美女のカップルって噂が立って――――。

 「立たないつーの。」

 「へ?」

 「さっきから心の声、だだ漏れ。誰が美女だ……。」

 放課後のマクドナルドで窓際の席に座り、私の向かいでシェークをすする椿は言った。高校に入ってから友達になり、お互い部活に入るつもりもなかった私たちは、放課後は毎日のようにここに入り浸っていた。

 「そりゃね、宮内先輩はカッコイイと思うよ。顔よし、頭よし、性格よし。おまけにサッカー部の元キャプテン! ……地区予選初戦敗退の弱小サッカー部だけどね。」

 そう言って、再びシェイクをすする椿。まだ口をつけてないハンバーガーに手を伸ばそうとしたが、私はそのハンバーガーを寸でのところで椿から取り上げた。

 「あっ。」

 「いいの、弱小でも。宮内先輩カッコイイもん!」

 「顔がね。」

 椿が見透かしたように付け足した。私が力強く頷くと、椿は何かに落胆したように肩を落とした。なぜ椿が落胆するのか首を傾げる私から、身を乗り出してハンバーガーを取り上げた椿は椅子にドスンと腰を落とすと、深いため息をついた。

 「あ、雨だ。」

 急に降りだした雨に道行く人は駆け足で家路を急ぐ。私も椿も傘を持っていなかったが、どうせ通り雨だろうと、たいして焦りはしなかった。商店街の軒先で雨宿りをする人の中に宮内先輩の姿を見つけるまでは。

 「うっそ、どうしよぉ。ねぇ、どうしよ、椿ぃぃぃ!」

 立ち上がり地団太を踏む私に椿は冷めた視線を送っていた。期間限定のどでかバーガーに舌鼓をうっているんだから邪魔するなとその鋭い眼光が物語っているような気がした。口いっぱいに頬張ったハンバーガーをゆっくりと味わいながら名残惜しそうに飲みこんだ椿は、私の指差す方を見た。

 シャッターの閉まった本屋さんの前で、困った表情で灰色の空を見つめる宮内先輩は、程よく髪から雨のしずくが滴っていてカッコ良く、制服の白シャツも濡れて肌に張り付いて妙に色っぽい。

 「この、ド変態が……!」

 車がぎりぎりすれ違えるほどの道幅しかない道路を挟んで向かい側で立つ先輩にニヤニヤが止まらない私に、椿は吐き捨てるように言った。

 すると、先輩のもとに私たちと同じ橘高校の制服を着たピンクの傘の女がやってきて、しばらく話していたと思ったら、先輩はその女の小さい傘に入って、二人仲良く相合傘でその場を立ち去ってしまった。

 あまりの事に私は呆然と立ち尽くしていた。何より衝撃だったのは、先輩がその女の肩を抱いていた事だ!

 「あの女、それを狙ってわざと小さめの傘さしてたんだよ! 何なの、あの女!!!」

 「折り畳みの傘なら、あれくらいだよ、フツー。っていうか折り畳みすら持ってなかったあんたが、あの人を非難するなんて百万年早いよ。」

 あれからしばらくして雨はやみ、それぞれの家に帰った私たちだったが、腹の虫がおさまらない私は自分の部屋に入った途端、制服を着替えるのも忘れて、椿に電話していた。

 「もー! 誰なのよ、あの女。」

 ベッドに飛び乗った私は、クッションをばしばしと叩きながら、叫んだ。

 「サッカー部のマネージャーの福田梓先輩じゃないの?」

 「誰、それ?」

 聞き慣れない名前が突然飛び込んできて困惑する私に椿は言った。

 「桜はホント、宮内先輩しか見えてないんだね。」

 「でへへ。」

 「褒めてない!」

 そう言われて改めて考えてみる。サッカー部にいる時から、先輩はカッコイイなと思っていたけど、練習を見に行った事はないし、もちろん試合も応援に行った事はない。廊下ですれ違えば烈火のような勢いで自分の事を売り込んではきたけれど、実際のところ先輩が何組なのかも知らない。

 「あんた、それでよく先輩が好きとか言えるよね……。」

 確かに私は先輩の事をよく知らない。だから、知ってみよう。そうすれば、福田梓の正体も分かるはず。

 ベッドの上で立ちあがり、仁王立ちで、一人ガッツポーズを決める私に椿は電話の向こうでまたため息をついた。


 翌日の放課後、今日は帰りのマクドナルドは諦めて、サッカー部の練習を見学することにした。もちろん宮内先輩は、もう引退していないけど、情報収集は大事な一歩に違いない。私は乗り気でない椿を引き連れてウキウキ気分でサッカー部が練習しているグラウンドへ向かった。

 グラウンドには制服姿の女子生徒もちらほらいて、みんなフェンス越しに運動部の男子達を見つめてワーキャー言っていた。

 「まったく、ミーハーなんだから。」

 そう言いながら、サッカーコートがよく見える位置に回り込む私のあとについてきた椿がすかさず言う。

 「あんたに言われたくないわ……。」

 「ちょっと、どういう意味よ!?」

 立ち止まり、椿を怒鳴ろうとした私をすり抜けるようにして、椿はグラウンドを指差した。

 「ほら、あの人が福田先輩よ。マネージャーの。」

 少し、引っ込みのつかない怒りにイライラしながらも、私は椿の指差す方に目を向けた。

 「び、美人……。」

 「第一声がそれなの? まぁ、ああいう人と宮内先輩が付き合ったら、確かに美男美女のカップルだよね~。」

 含みのあるその言い方に、私はそっぽを向いた。

 「ふん! でもきっと運動神経は私の方が良いわね。あんなおっとりしてそうな人になんか、私、負けないから。」

 「なに張り合ってんのよ……。」

 やれやれというように肩をすくめる椿はしばらく、ふてくされる私の横で、試合形式で進んでいく練習の様子を眺めていた。

 「あの二人、今はまだ、ただの幼馴染みなんだって。」

 「え、そうなの?」

 「うん。今日の昼間、サッカー部の松本に聞いたから間違いないよ。でも、福田先輩は宮内先輩が好きで、二人、良い感じなんだって。……だから、桜の攻め入るすきはないって感じだよ。――――ってあれ!?」

 私は椿の忠告に耳も貸さず、グラウンドにズカズカと入り込んでいた。一直線に向かうは福田梓。私は彼女の前で立ち止まると、渾身の睨みを利かせながら言った。

 「私、新太郎のことが好きです。」

 今まで宮内先輩の事を下の名前でなんて呼んだ事もないのに、幼馴染みという言葉に触発された私は恥ずかしい気持ちを必死に押し殺しながらきっぱりと言い切った。

 「新ちゃ……、あ、いや、宮内くんを?」

 あっさり上を行かれてしまった事によけい腹が立ったし、照れて慌てて言い直すあたり、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 「そ、そう、好きなの。し、し、し……、新太郎が。」

 私も負けじと「新ちゃん」と呼んでやろうかとも思ったけれど、さすがにそれはハードルが高すぎた。

 気がつけば何だ何だと部員たちも練習を中断して、集まってきた。その光景にフェンスの向こうで練習を見ていた女子達もざわめき始める。

 「もぉ、何やってんのよ! 桜。」

 人ごみをかきわけやってきた椿が私の腕を掴む。

 「椿。」

 「どーも、お騒がせしました。うちら、退散しますんで、練習をお続け下さい。」

 今まで聞いたことがない丁寧な言葉使いでその場をいそいそと立ち去ろうとする椿に手を引かれて、私もグラウンドを後にした。

 「ホントっ! 何考えてんのよ、あんた!!」

 「……面目ない。」

 「だいたい、何よ、『新太郎』って。敵対心燃やすのも良いけど、いきなり呼び捨てとか有り得ないんだけど!!」

 校門を出てからというもの、私は椿に延々と怒られている。それもこれも、あの福田梓のせいだ。

 苦い顔をする私と怒りがおさまらない椿。すると後ろから私たちを追う足音が聞こえてきて、聞き覚えのあるしっとりとした心地の良い声が聞こえてきた。

 「ちょっと待って。」

 振りかえると、福田梓が走っている。顔に似合わず、足が早い。フォームも様になっている。長い黒髪をなびかせて、福田梓は私たちに駆け寄ると、息も切らさずににこりと笑った。スッと右手を差し出すと、どういうわけか私に握手を求めてきたのだ。

 「あなたが宮内くんを好きな気持ちを私がとやかく言うのはおかしいもの。だからお互い頑張りましょ。城野さん。」

 思わぬ展開に頭がついていかない私は、思わずその握手に応じてしまった。

 「余裕って感じね……。」

 福田梓が戻った後、椿は言った。私はというと福田梓と握手した右手を凝視しながら、唸ることしかできないでいた。


 「どこ行ってたの? 梓。」

 梓が学校に戻ってくると、梓のクラスメイトの真田凛が校門前で待っていた。

 「変な下級生が練習中に乱入してきたって聞いたけど?」

 「うん。新ちゃんが好きなんだって、その子も。だから、お互い頑張りましょ、って言って来たとこ。」

 梓はにこりと笑うと、何事もなかったように校門の中に入っていく。

 「言って来たって、わざわざ追いかけて!?」

 「うん。」

 悪びれた様子もなく頷く梓を追って校門を入った凛は、慌てた様子で続けた。

 「なに考えてんのよ。せっかく今の先輩と梓、良い感じなのに、邪魔されていいの!?」

 その言葉に立ち止まった梓は、凛を振り返ると、再び無邪気な笑顔を見せた。

 「誰と付き合うかは新ちゃん自身が決める事。」

 「そうだけどさ……。」

 「それに、あの子は新ちゃんには選ばれないと思うな。」

 急に梓を取り巻く空気が変わったような気がして、凛は息を飲んだ。表情は変わらないのに、まるでさっきまでとは別人のように見える。三年間一緒だった凛もこんな梓を見るのは初めてだった。

 「どういうこと……?」

 「さぁ?」

 うふふふと少女のように笑う梓は、意気揚々とグラウンドへと向かって行った。

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