07 聖天使
音は空気を揺らし、黒煙と火花が色をつける。
大きな羽を持つハーキュリーズは星のまたたく夜空に騒乱という物騒を本気を持ち込んでいた
「……落下予想地点は、元フィッシュ・スプリング生物保護区北面……着水するようです」
「着水、機体は保たないのか?」
ピラ少佐は通信手の肩に手を、もう片方で自らのインカムを叩く。
車内に置かれたビーコンと動悸するレーダーは、円板状の画面に入り込んだ機体を光の粒として映し出す
「わかりません、ただ火災が止められないのでは?」
「そのための着水か……」
フィッシュ・スプリング生物保護区はソルトレイクほどではないが豊かな水を持つ湖水地帯、幸いな事に水深もそれほど深くないし、イエローストーンの災害以来水位はさらに薄くなっている
「ランディングギアにも不調があるという事だな……早くパイロットを呼び出すんだ」
「わかってます……」
緊迫が金切音と共にヘッドホーンへと入り続けるが、操縦手の声ではなく機械が分析した結果しか上がってこない。少佐は手振りで支度をアップさせる
狭いストライカー内部はジョークを飛ばしお国話で盛り上がっていた兵士たちが、装備の最終点検を終え、立ち上がっている
「少佐、不正規行動になりますか?」
「そんな洒落た事はしない、状況が不足の事態であっても作戦手順は変わらない!! そんなところから浮き足立つな!!」
非常事態であっても、訓練から外れた行動はしない。
訓練の延長上にそれがあるだけ、少佐の意識ははっきりしていた。
飛行機は最終的に破壊する予定だったのが、前倒しになっただけとはっきりとした指示をインカム越しに叩き込む
「あわてず、冷静に、正確無比に任務を行う。75レンジャーがあった時と同じだ、忘れるな」
「了解!!」
硬い口調には冷徹さをしっかりと織り込まれている。
ピラ少佐の変わらぬ指示にゴーグルをかけた兵士たちはいよいよ1つに纏まって行く
「ライトサインに反応あり!!」
「こちらのコードを送信!!」
向かってくるものをそのまま信じる事はできない、東武が偽の飛行機を飛ばしている可能性もあるりだ。
だが確認をしながら接近も必要とされる事態の中で、ピラ少佐はしっかり手順を踏む。
遊びに来ているわけではない、西アメリカの未来がかかっているのだから
「返事は!!」
バンプを飛び越えるたびに舌を噛みそうになる、体を壁と床で支え交信を待つ
「来ました……当該機はエウロパユニオン所属王立空軍ハーキュリーズC4・ベルソー、ニューメキシコに入ってから攻撃を受け右翼を被弾、同翼エンジンを2つとも損傷内1つは停止、高度を保てない状況」
「高度の事はもういい、もっと重要な事を聞け!!」
ドンドン大きくなる音の中でやっと繋がったライトサイン、通信手は必死にヘッドホンからの音を聞き取っていた。
こちらに響く騒音が、向こうでは直で聞こえる音だ。
双方が爆音の中で必死に連絡を取っている
「こちら西アメリカ共和国、特殊作戦小隊ファルコン。迎えの隊だ、荷物は無事か?」
「荷物は無事!! 荷物は無事!! 当機は被弾により着水する速やかに荷物の回収を頼む!!」
もはや綺麗に通信をしている場合じゃない、懸命の声が小隊の全てに伝わり一気に高まった緊張に鎮まる
「頼む!! エウロパは亜人の手に落ちた、正当なる人類国家樹立のために!!」
願いだ、ハーキュリーズのパイロットは命がけのラインディングに入っていた。
ギアが確実でない今、胴体着陸は最後の選択だ。
荷物は丈夫なパッケージングがされているから無事と思われるが、パイロットは衝撃に絶えられない、決死の願いを前にピラ少佐は頷き
「問題ない、無事着水してくれ。君と荷物を必ず回収する」
見た目好感度高いピラ少佐の温和な顔は厳しく固まり、兵士を見回すと手を打った
「ハーキュリーズは攻撃を受けて着水する。攻撃をした敵がどうでるかも不明、だが目的は変わらない。エウロパから来た荷物を回収し即座に撤退する、作戦行動開始する!!」
装備を固めた兵士はギラつく目の中に冷徹な意思を光らせ立ち上がり、着水へと身を滑らすハーキュリーズへとストライカーは走る。
長い夜は始まった。
「見事に落ちたねー」
ハーキュリーズは両翼をへし折り大きな波を起こして湖へと落ちた。
大音響で機体をヤスリがけのした音を響かせ、浅い水深を潤滑剤として胴体はなんとか割れずに済んだが、両翼に尾翼に窓ガラス、あらゆる部品を撒き散らしていた。
後は火花と煙、音のない世界に異臭の風が漂うばかりだった。
「うはー、ぶっ壊れたけど、あれどうするの?」
ルツはアトラクションを見る様に、真っ赤に光った目でマッカーシーたちでは見えなかった四散の状況を堪能していた
すでにここには通信手と居残りの警備兵だけ、ストライカーから小隊は出払っていた。
急停止したストライカーの中で思わず転がったマッカーシーは、腰を叩きながら開いた後部ハッチに見張りについていた
「偵察も無駄骨になったわね、お客が注文通りにこないんじゃあお手上げだわ」
「帰りの道案内が必要でしょー」
タバコを片手に鬱憤を晴らすマッカーシー、ルツは星と飛行機の間を見ながら自分の職務を告げる。
3人組が現場に行くことはないからだ。
当然後方車両に乗っていたアデーレも居残り組だ、作戦を実行する小隊を現場案内するだけが仕事。
あとは荷物が来て帰るだけ、この車を守り待機するだけだ
「あーもー、やったら飛ぶからあちこち打ったじゃないのよぉ、肌に黒いのできちゃうわよ」
アデーレはライフルをストレッチの道具のように使い、M2の台座にあぐらをかく
「ねえ、ここちょっと近くない?」
「特等席じゃない」
パイロットの腕は確かだった。
アフリカからアメリカまで衛星もGPSも効かない中を飛び続け、東アメリカの攻撃を食らったにもかかわらず見事に胴体着陸を成功させていた。
それも、湖のど真ん中ではなく岸に顎を引っ掛けるところまで
「なかなか見られるものでもないし、良かったと思えば?」
世紀のショーだった。
マッカーシーの素直な感想を前にアデーレは不機嫌そうだった
銃座から出て車の天井でリラックスタイム。
偵察とはいえフル装備の少女たち。ベストに弾丸、支給品である黒のベレッタ、お気にいりのインディアン・スカーフの下は物騒な重りのオンパレードだ。
ゴテゴテした武装が肩や腰にあたり痛めると、首を鳴らし肩を回す
「ていうかぁ、飛行機燃えてるのよ。爆発したら嫌じゃない」
「爆発するような部品はもうないだろ、羽根についてたエンジンもどっか行っちまってるんだし」
胴体だけ、羽根なんかとうにない。
大きな新幹線みたいな面が湖畔に乗り上げ、各所に火花が水面を照らすがなを暗い
「爆発しても私たちの車があるから大丈夫でしょー」
車両は2台、並んで置いてある。
アデーレが乗った車両はルツたちの車両より後ろにある、だから上に立たないと前にあるものが見えないのだ
小うるさいアデーレにルツは周りを警戒しながらも水面にみえる魚を追っていた。
涸れ谷と呼ばれるここはその名とは反対に水場で、ビバークがあった頃は洗濯や水浴びにきたものだ。
風呂に入る習慣などない、ただ暑い日が続けば体が汗と垢で粘り気をもっくる。酸味の強い匂いがビバークが満ちるのは不快で、ルツも夏には何どか狩のついでに通った
「あたい水浴びしようかなー、どうすぐにはおわらないんでしょ」
「寒いだろ、風邪ひくわよ。それに残りの兵隊さんに見られるわよ」
車両を警備するためにここには彼女たちの他に4人の正規兵がいる、アデーレが行水に服を脱げばそのヌードが彼らの目に入ることになる
「血をかぶってんのよぉ、気持ち悪いのよ、それに見たきゃ見ればいいわよ!! あたいは男に裸見られたって感じないしイカないから!!」
銃をぶら下げたまま、自分の体に艶めかしく指を這わす。
胸に、それに下に、身をくねらせて誘いのポーズを見せる15歳を、せせら笑うマッカーシー、アデーレは自分の匂いを嗅ぎながら言い返した
「風邪ひいたってライリーが温めてくれるもんね。そりゃもう隅から隅まで熱くしてくれるわ!!」
惚気が混ざってマッカーシーは手ふる、わかったわかったと。
少女たちの会話にいちいち棘を立て注意をするほど作戦中の兵士は暇じゃない、彼女たちの戯言に反応は示さない。
役目は見張り、帰りもまた安全な道を示すだけ。
走って行った小隊が何をしているのか、荷物がどれだけ大切かなんて年少兵である彼女たちには興味のわかないものだった。
実際工作音が響く機体をただ見続けるというのも退屈だ。
ストレッチが準備運動に変わったアデーレの姿に、伸びをしていたルツも別の楽しみを見つけていた
「アデーレが水浴びするなら、私は魚取っていこうかなー」
少ない火花の下に揺れる水面、水草の間を泳ぐ魚。
機体から漏れ出た油が虹色のオーブを見せる姿は美しいが毒だ。
だが学のなければ衛生に興味もないルツには関係ないことだ、思い出せば夕飯もまともに食べてない。
ビバークで熟成させていた肉の代わりも欲しかった。
この任務は荷物を確保したら後は帰るだけだ、帰ったらご飯を食べよう、眠気に下がった瞼で車から飛び降りた
「よし!! 時間がかかるのなら……私も魚を……えっ?」
水面に映った飛来、自ら飛び出すように見えたそれに身構えた。
外で変化が起こる少し前、着陸したハーキュリーズの中に突入した小隊は「荷物」と呼ばれる奇妙な箱を目の前にしていた。
床も壁も天井も、ゴムを重ね合わせたエキスパンションに囲まれており相当な衝撃に絶えられるように作られていた。
ワンルームの箱は緩衝材のおかげで八つの門の1つも凹ますことはなかったが、逆に機体のそこかしこに歪みを作っていた。
突入したビラ少佐たちは厳重に密封された扉の前に立っていた
「まさかこの部屋ごと持っていけとかじゃないでしょうね」
「中にある箱を持っていく、これはAmazonの梱包、その一番外側だ」
「安心しました」
ドアに張り付いた押し型のノブに手をかけ、開封コードを打ち込んでいた兵士は少佐にまだジョークを飛ばせる余裕があった。
後ろを2人が守り、ドアに4人、箱周りに4人、見に行った2人が今戻っていた。
熟年中尉であるロバート・ノートンは少佐と顔を合わせ首を横に振る、どうにもならないという堪らぬ想いはその仕草だけで十分に伝わっていた
「パイロットはダメでした」
「そうか……残念だ、凄腕のパイロットにあいさつをしたかった」
ノートン中尉の後ろには黒い袋に詰めた彼がいた
決して置いてはいかない、ここまでに尽くしてくれたのはパイロットの彼だけではなかった。
すでに何人かの搭乗員を包んだ袋が搬出されていた
「急ごう、まだ開かないか?」
「開きます」
ドアに付いていたデジタルコードが日めくりように代わり、赤色の箱から青いスターへと変わると同時に空気の抜けるような音がする。
ドアは内側からゆっくりと開いた、紫の光がドアパッキンの間にあり、それが完全解錠を示す言葉を走らせる。
兵士たちがライフルを前に2人入り込むと、ピラ少佐も自ら場へと踏み込んだ。
ドアの厚さかは400ミリはある、厳重なパッケージングの中にあるのは散らかった電子機器と、棺のような箱、隣にはクッションチェアーの入った女性がいる
「おおっおっおっおお!! メアリー・ルロワ博士じゃ!!」
誰もが緊張しながら部屋へ入っているのに、息を吸うことさえ気をつけている中に、全てをぶち壊すように飛び込んだのはラッセン博士だった。
半透明のクッションを球体型に膨らませたクッションチェアー、中心に固定されて座るメアリー博士を転がし、大玉ころがしでもしているように
「起きて下さいよぉぉお!! メアリーさんんんん!! 起きてぇぇぇえ!!」
「ラッセン博士下がって!!」
突然の乱入を必死に止める少佐
「転がさない!!」
運動会でもないのにあっちへこっちへと転がす博士を取り押さえる
「車で待てと言ったのに、落ち着け!! 博士!!」
突入した小隊の中にはラッセン博士は勝手に飛び込んでいた、車で待てと言われていたにもかかわらず、いつの間にか兵士の間を縫って興奮の渦中へと
「いやいやつ知り合いなんですよぉぉぉ、いやあこんなところで会えるなんて」
こんなところで世間話?
緊迫の指示を続けていた少佐も顔が酸っぱくなる。
最初に会った時から苦手だったこの不衛生の塊を蹴倒した。
嫌だが仲良くなっただろうというと、こけた足を引っ張って壁の方へと連れ出した
「知り合いってなんだ!! エウロパの研究者に知り合いがいるなんて初めて聞いたぞ」
「ええ初めて言いましたから、聞かれなきゃ言わないことですし。本当10年ぶりぐらいで嬉しくて」
テカテカに汚れた顔、よく見れば前歯が欠けて歯茎も汚い、こんな男に女性の知り合いが。
首を傾げたくなる
「……もしかして知り合いだとしても、今は下がってくれ博士」
「知り合いだなんてもっと親密ですよ、本当こんなところで再会なんて劇的ですよ。モテる男は辛いですねぇ」
モテる……絶句だ。
歯抜けの顔で口を横いっぱいに開いて笑う顔を殴りたくなる。
だがそうかもしれないという思いもある。
科学者、研究者とはどいつもこいつも癖のある者が多い、特に東西アメリカが分裂したあたりから、研究のタガやタブーが壊された感があり、変人と呼ぶにふさわしいイカれた学者は数を増やしていた。
大抵はその地位に見合った紳士型、淑女の程を持っており、表向きは小綺麗で変態度を測るのは口を開いてからになるが。
この男は見かけからして変態だ。
対するエウロパユニオンから来た女性博士は美しかった。
今しがたクッションチェアーから解放され、目を覚ましたメアリー博士は化粧気こそ薄かったがラテンの血が入った明るく白い肌、眉頭の優しい顔、40代、年齢相応の色気を持つ彼女と不衛生の塊であるラッセン博士が知り合いとは考えたくもなかった。
考えたくは、だが史実であったりもするのだ
「まぁデザード・ラッセン博士。嬉しいわあなたが迎えにきてくれて……」
「ああマドモアゼルぅぅぅぅ、あなたの愛しのラッセンですよぉぉぉぉん!!」
しっとりとした声色の顔が椅子の固定からの解放での苦痛で目を覚まし呼べば、旧知であることを理解せざる得ないが、かまわず女体に抱きついていくラッセンをどう見ていいのか
「キッスですぅぅぅ!! キッスぅぅぅぅ!!」
「わかっているわ、ラッセン。私アメリカに来れたのね!!」
そして始まる昼メロ。
熱い抱擁が即座に始まるなどこの緊迫の状態の中で考えもしなかった。
呆然とする兵士と共に少佐も意識が遠のいていたが、そこで止まって良いわけもない。
慌てて2人を引き剥がすと、両人の口に静かにしろときつく注意のポーズを見せる、まるで学校の先生のように一つ飛び抜けた身長のピラ少佐の前で恥ずかしそうに顔をあわせる2人に
「メアリー博士、実験体収容ボックスを回収したい、部屋の壁を解錠してくれ」
こっそり下で手をつなぐ2人を見ながら、腕時計も確認する、今は作戦行動中。
東アメリカ軍がこの騒ぎに殺到するかは不明だが、荷物を忘れて帰るわけにはいかない。
部屋の中央に鎮座する巨大な棺、そういって差し支えない横に長いボックスは今来たドアからの搬出は不可能だ。
合金をミルフィーユのように重ねた特殊な作りの箱はかなり大きい、横幅はゆうに1800を超えている。
これを部屋から出すために内側から解除キーを入れる、認証されるとパッケージングしていた部屋の壁が前にたおれる形で開く。
中身を簡単に取られないための仕組みだが、切迫したこの状態では面倒極まりない
「解錠を!! 急いでくれ」
「そうでしたわ、早くこれを」
メアリー博士は、白衣とは違うつなぎの作業着にあるファスナーを下ろし、胸元から透明なキーコードを打ったカード出した
「これを壁のスリットに、すぐに開けられます!!」
少佐は受け取るととすぐに壁に沿ったスキャナーに差し込み、まっすぐに切る。
その終着が似ても似つかぬ爆音へと繋がった。
ルツは最初それが何かわかっていなかったが、光が落ちて車を揺らしたところで即座に隠れた。一瞬で自分の後ろから破風に押され、水面の方へと転がされていた。
転がり身構えた銃、揺れる草木には何も見えないが、次の音でこれが迫撃砲であることを理解した
「攻撃!! マッカーシー!! アデーレ!!」
這うように後ろに回ったルツは、爆風で飛ばされ後部ハッチぶつかり気を失ったマッカーシーを見つけた
「マッカーシー!! マッカーシー!! 起きろ!! 敵襲だ!!」
同じように護衛に付いた兵士は少し先に飛ばされたが首を振って意識を取り戻している、状況はかなり危険だった。
気を取り戻した兵士がルツの声に気がつき、マッカーシーを引いて避難してくれたのは救いだった。
敵はかなり正確に迫撃砲を飛ばしている。
耳に届く錐揉みの音、頂点へとうねり落下へと切り替わる音に心が凍る。
次々と開いの奇跡が見えるが、集中してこちらに迫っているのは一目瞭然だった
「アデーレ!! どこにいる!!」
揺れる大地と波紋を広げる湖水、ルツは這った姿勢で上を見るが立っていたはずのアデーレの姿が見えない
「被弾? でもこっちの車なのに……」
弾が当たったのはルツたちの車、運転席付近に落ちたらしいが装甲車に弾かれ湖水の水際に落ち、小隊が持ち出したジェラルミンケースが破壊され粉々になっているがアデーレの姿はない
「こんな時に、マジ水浴びに行ったの?」
上にいない、落ちてもいない、有言実行で水浴びに出ているか。
今はまだ遠い砲撃だが、確実に間を詰める相手に対処する必要がある。
敵は飛行機が運んだ荷物を狙っているのだから、飛行機は残骸を含めて攻撃ポイントには含めていない。
最初の破壊ポイントとして迫撃砲は車を目指して飛んでくる、ハーキュリーズを盾に使うためにも車を動かし反対側に入り戦うのが上策だ。
ルツが考えることは運転手の兵士にもよくわかっていた。
車を移動させる、即座に荷物を乗せて撤退できるように
「動くぞ!! 乗れ!! 一緒に走れ!!」
声が聞こえるなら動けとインカムを叩き運転手は怒鳴った。
あたりには枯れ草を燃やす火が飛び、敵に居場所を示すガイドの役に立ち始めている
「アデーレ!! 服を着ろ!! 行くぞ!!」
マッカーシーは車に引きずり込まれている、所在がわからないのはアデーレだけだ、動き出した車の前へM4を構えて走りトリガーに指をかけた。
一方で爆撃の振動を聞いたピラ少佐たちも行動を起こしていた。
壁がダウンし部屋の全面が開いところから、真ん中に据えられていた長方形の箱を兵士立ちは運び出していた
「どこからだ!!」
「グラニット・ピーク南の方からです、でも近い!!」
「まさか……強襲か?」
インカムで車に聞く。
車は移動していることも告げるが、打撃音に交信がなんども切れる。
大地が揺れるように空気も揺れ風もたわむ、交信がまともに続かない状態の中で指示を出す
「車両を活かさないと荷物は運べないぞ」
自らボックスの取っ手を持ち、カーゴスペースからの脱出を指示する
すでに電源の落ちている機内は、蓄電照明がわずかに光っているだけ、標的にはなりにくい
「来ました!! 亜人兵です、RAVに多数相乗りで一直線にこちらに、車両台数9」
「9……」
車両相乗りの教練から単純計算でも亜人兵は35人以上いることになる
「小隊規模だな」
「小隊最大規模での攻撃です。信じられない3時間前に一個小隊を使っているのにどうしてこんな無茶なことをするのでしょうか……」
「どうしても荷物が欲しいのだろう、とにか急げ!!」
東アメリカ軍の資金が潤沢とは聞いたことがない、ましてや小隊規模の戦いで先に20人以上人員を失ったばかりなのに、同じ規模でさらに進撃してくるなど正気の沙汰じゃない。
ピラ少佐は軍隊を動かすという観点で本気でそう考えていたが、化学者の意見はあっけらかんとしたものだった
「動物なんですから、目の前にご馳走があれば真っしぐらでしょう」
生餌に食いつく獰猛な野獣。
肉食動物との配合種として作られた亜人にとって、任務は美味しい餌だとラッセン博士は笑って見せた。
兵士たちは本当にそうなのだと背筋に寒いものを感じた。
目の前に飛び交う迫撃砲。
これを操る兵士も含めたら50人以上はいるだろう亜人軍、漆黒の荒野に浮かび立つ砂埃。
迫る影の彼らの姿が、地獄の幽鬼に見えるのは輝く黄金の目のせいだと言い切れる。
砂塵の中に揺れる目。
焦るなというのが無理なもの、兵士たちが浮き足立っているのはみればわかる。
このままなら10分も保たない
「屍体は諦める!! 箱だけ車に運べ!!」
ここに来る前、少女たちが仲間の屍体を駐留地ビバーク事放棄するのでも揉めた光景が瞼に浮かぶ。
仲間は連れ帰る、たとえ物言わぬ形となっても、そう心に誓ったのにこの皮肉。
少佐は苦渋を喉に収め、非情の命令を出し顔が歪めた
「今は第一目標が大切だ!!」
運び出しの準備が終わっていた黒い袋に一礼し、カーゴデッキから飛び出した外は炎にあふれていた
「焼夷弾か?!!」
段階を踏み確実に相手を追い詰める亜人軍の鮮やかな手管に騒然とした。
水の写す炎獄、渦巻く熱に酸素が奪われる、歯噛みしたピラ少佐の前を野太い爆破の風が襲っていた。
「いたっ……いたたた」
細くに幾重にも響く音に酔いながらマッカーシーは目を覚ましていた。
薄くめをあけた彼女だが、車両は停止したまま前の部分はハッチを突き破った砲弾によって運転席を失っていた
「なんだい……メインディッシュは終わったのかい……」
体につけていたライフルはまだある、手で確認、額を抑え立ち上がる。
奥歯に響く痛みで何度か首を振り、広がった世界に歩を止めた
「誰かいないのか!! アデーレ!! ルツ!!」
「ここにいるよ!! 起きるのを待ってた」
半開きだった視界の下、マッカーシーの足元でルツはライフルを構えていた。
首の根に使いところを真っ赤に染め、けがしていることは一目瞭然だったが銃器と弾のケースを並べ徹底抗戦で、マッカーシーの回復を待っていた。
ルツに合わせるようにしゃがみむ、ボッと突っ立っていたら簡単に討ち取られそうな空間で肩を寄せる
「撃たれたのかい?」
「破片が当たった……」
冷静で言葉が鈍いのではない、痛みで口がしびれていた。
ルツの毛皮マッカーシーが考える以上に深く、鎖骨が見えるほどに肉をえぐっていた
「痛くて寝ちゃいそうなんだけど……」
「寝たら死ぬわよ、ちょっと抑えるわ」
衛生兵を兼任していたルツが手前で少しの処理をしていたからこそ、まだ起きている。
現状を素早く理解したマッカーシーは、止血剤を染み込ませたバイオスキンテープをルツのポーチから取り出し両手で肩を挟む形に押し付けた
「腕あがる?」
「無理……痛い、痛い……」
迎撃のために小脇に抱えているM4、撃つのも辛い振動の中でよく頑張ったものだとマッカーシーは感心しながら自らを動かし傷口を固定した。
周りは波状攻撃で居場所を消された火の海、冷たい風が吹くはずの湖水の上に生ぬるく異臭が漂う。
集められた銃、M16を抱えたマッカーシーはルツと背中あわせの真逆を警戒する形をとると聞いた
「アデーレは」
「死んだよ」
単純な報告だった
「他は? 少佐さんたちはどうなったの?」
「飛行機に行ったきり、でもさっき大きいの落とされたからヤバいかも」
ルツの目線が告げる先、ハーキュリーズは残った機体の中程に大打撃を受けていた。
背骨を燃やすクジラ、肋骨がごとく機体の骨が天に向かった折れ曲がった図は十分に諦めのつく図だ。
マッカーシーは軽くため息を落とすと、ケリをつけるように聞いた
「アデーレはどこで死んだんだい」
自分が意識を失っている間にあったことを知りたい、同時にこの任務までを一緒だった仲間の死を知りたい、素直な気持ちだった
ルツは身構えたまま目だけを彼女に向けると、警戒態勢を解かない形で答えた
「向こうの車の上で。迫撃砲が落ちた時近くにあったケースに当たったの、それがぶっ壊れた破片が……」
自分を見るマッカーシーに向き直ると顔の真ん中に手を立てた
「スパッと頭の半分が破片に切られて無くなってた。即死だよ」
「即死ね……ほんとスパッと逝ったのね」
思わずタバコを吸いそうになった手が、警戒を察して泳ぐ。
なんども通った仲間の死だが、明るいやつが死ぬのはそれなりに堪える
「良い子だったのにね、ライリーになんて言えばいいのかしら」
「そんな事どうだっていいよ、ここからどうやって逃げるかを考えてよー」
背中を向けたルツは行く先を睨んでいた。
ここはまだ戦地だ、ゆっくりと感傷に浸っている時間はない
「どうする……やり過ごすかい」
「足がないと無理だよー……こっちの車はもう動かないんだよね、飛行機の向こう側にもう一台いる。マッカーシーが起きたから行ける」
ルツがマッカーシーを守ってここに居たのは、一人では逃げられない怪我を負ったからだ。
車は運転できるが、出血の酷い自分だけでは途中で意識が飛んでしまう。
気を失ってはいるが怪我を負っていないマッカーシーがいれば、車の運転を任せる事もできる。
自分が生き残れる事を精査した結果だったが、マッカーシーはそれを嫌という事もなかった。
生きるためにする術を恨んでいたら戦地ではやっていけないのだから
「オッケーじゃあそれで逃げよう。待ってくれてサンキューよ」
さらに言えばもはや任務の事など2人にとってどうでもいい事だった。
所詮使い捨ての年少兵、危なくなればピラ少佐も自分たちの事など放ったまま逃げるだろうし、今やその少佐が生きているのかさえわからない。
自分たちが今ある窮地を脱する事の方が大切。
足を欲するのは亜人の嗅覚を侮っていない、前線勤務の危機感にしたがっているからだ
「よし行こう!!」
ルツが集めていた弾を袈裟懸けに抱え、マッカーシーと2人車から飛び出し水面に走る。
煙を盾に、燃える草木の間を素早く突っ切り、ハーキュリーズの裂けた機体からカーゴデッキへと上がり身を隠してから後ろを確認する。
確実に迫っている亜人達。
すでにRAVの音はしない、破砕した機械の音と風の音、より亜人が得意とする平地戦に入っている事を実感する
「あいつら、じりじりきてるねー。そんなに荷物ってのが欲しいのかな?」
「違うわよ、きっと私がすごくデリシャスで食べたいのよ」
「ダフィみたいだよマッカーシー……あー男ってやだねー」
たわいない言葉の投げ合い、緊張で硬くなるのは良くないから
少しずつ反対側へと走る。嫌な汗を拭き、狼の毛を顔を隠すように目深にかぶる。
ストライカー装甲車はカーゴの真横に並んでいる、ハーキュリーズの隙間から見えるが手前に落ちた迫撃砲のせいで、やたら人が部品になって転がっているのも見えるがかまっていられない。
前衛として進むルツは後ろを守るマッカーシーにサインを送る
「こっちに援護するよ、先にいっ……」
伸ばしたルツの手をつかんだのはマッカーシーではなかった、顔を真っ黒に煤で汚した女だった
「少佐の隊の人、たすけて……あの子を」
焦った感じだが、声は凍えそうなほど小さかった。
爆破に巻き込まれたせいでそこかしこに怪我をした彼女は、自己紹介を手短にした
「私はエウロパユニオンから荷物を持ってきたメアリーです。荷物を運んで……」
掴んだ手は簡単に解けそうだった、だが必死の眼差しにルツは止まった
「あの子って何? 荷物って子供なの?」
ルツはメアリーが最初にこぼした言葉をしっかり聞き取っていた。
荷物だと聞かされていたものが子供だったことに反応したのは、特別扱いの貴重品と思い込んでいたものが、人身売買の子供のように価値を落としたからだった
「そうね、大切な子供なの……大切な……」
メアリーは口走ってしまっとことを後悔している顔色はしなかった。
むしろ母親のよう、我が子を助けてくれという顔を見せ、本気で縋っていた
その目が気に障った。
進み始めていた足をターン、後ろにある開かれた部屋へと飛ぶように走った
「ルツ!!」
後ろを守っていたマッカーシーは当然驚き、手を振りほどかれたメアリーは血と肉片でドロドロになった床ですっ転びそうになっていた
「ちょっと!! 待って!!」
「うるさい!! 引っ張り出した敵にやる!!」
細い体にたくさんのマガジンをぶら下げたタクティカルベスト、頭にかぶった狼の毛皮。
真っ赤に光った目は運び出される途中になっていた箱に馬乗りになっていた。
怒りでひん曲がった口から牙を剥き、物理の牙であるM4を構えて
「やめて!! 酷い事をしないで!!」
「うるさい!!」
枯れた喉から懸命に助けを呼ぶメアリーを無視する 爆破の煤をかぶり第一ラミネートが破られた箱、長方形のそれは半分がガラス面で作られていた。
中身の見えないそれに銃口を向けたルツ、ベストの中から紫の光が溢れ出していた。
「光ってる……」
構えたままベストから取り出した四面真っ黒の箱。
『Fallin' Angel type005b Aurarear』
あの日拾った時の音声が流れ、すりガラスのように中身を守っていた画面が晴れる。
人型に作られたベルベッドケースの中に眠る裸体、プラチナの糸を束ねた白銀の髪、閉じた瞳を飾る長い睫毛、くすみなどどこにもない真っ白な肌。
紫の光に浮き上がる美しい彼女の姿に、ささくれ立ち尖っていた心の棘が吹き飛ばされていた
「アウラリア……」
修道院の壁を飾った天使の姿が重なる、彼女に目を奪われていた。