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05 短兵急

「退け!! 少しずつ、囲まれないようにしろ!!」

 弾丸の雷雨の中で、ジェシーの甲高い声が耳を刺すように撤退を促していた

すでに前衛2つの塹壕を落とされた15ビバークは半壊していた。

前線の各所塹壕から飛び込む亜人兵を止めるために動線爆破が行われ、彼らの鋭敏なセンサーを破壊するオレンジ弾が投げ込まれている。

黄色や赤色の煙が立つあたりが、現在進行形で戦いが続いているライン。

防戦一方の15ビバーク、本隊へと這う煙が近づいている

「こっちはもう全滅よ、ああもう飯も食わずに死ぬバカがいるかよ」

 自ら銃撃を続けるマッカーシー、指揮する右翼側は総崩れだった。

打ち込む弾丸があっても、怪我を負った者が多すぎる。

1人の負傷兵を3人で引きずらないといけない少女兵にとって、仲間の負傷は完全な損耗だ。

マッカーシーは自分の前で「防戦不可能」と手をふる仲間に、ライトサインを送って後退を促す

「ジェシー副隊長!! 後退を!! ダフィ、援護!!」

「わかってるわ……もう無理ね、保たない……」

 本陣であるここに次々と襲来する迫撃砲を見るに陥落は時間の問題だ。

汗まみれ埃まみれ、炭を塗りつけた顔でジェシーはビバークの限界を感じ決断を迫られていた。

 ここを守るために死ぬ必要はない。

ここは点在する偵察拠点の1つというだけだ、重要な基地(キャンプ)でもないここを守って死ぬ必要はない。

判断は早い方がいい、むやみに踏ん張って死者を増やすのは楽しい事じゃあない。

 今日の奴らは本気の殲滅戦を展開している。

徹頭徹尾の人員破壊を目指したこの戦い、亜人軍は彼らの得意な戦闘方法をお手本どおりに実行していた。

 迫撃砲に込められたのは爆弾ではなく発煙弾。

場を破壊するのではなく、占拠するための戦い。

自らの姿を隠すと同時に15ビバークの指揮系統を寸断するにも十分な量だった。

遠目にみれば局所的砂煙りが立ち上がったかのように見える量の中で、ルツたちは声で仲間を指示する他ない

「ダフィ、そっちから何か見えないの?」

 叫ぶ、本当は叫びたくない。

亜人兵が得意とする殲滅戦、人間の目を晦ます煙の中を彼らは有利に動く、しかも音に敏感、声を察知し弾を打ち込んでくる。

こちらも奴らのセンサーを惑わす煙を上げるのだから、有線視界戦闘などまったく効かない状況だ

「何も……見えな……い、どこにもいい男なんて……いない、わよ」

 見張り台にいたダフィは煙にあぶられ喉を枯らしていた。

飲み込んだ煙で舌の根まで痺れてまともに返事などできない状況で、迎撃は続ける

「退け!! 退け!! バンの方に、後退しながらこっちに!!」

 ジェシーは発煙筒を持ち場所を示すと、塹壕下部から逃げられるようにバンの用意を始めた。

新しく手に入った移動手段であるバンに、こんな小さな器にどれだけの仲間を乗せられるのかはわからないが、これが最後の命綱だ

「援護しつつ怪我人を先に乗せろ!! 早くしろ!!」 

 危険すぎるが本陣にいる仲間を後退されるには声だけでは足らない。

何せ急に始まった戦闘で、誰もインカムをつけていない状況、始まる前からガタガタだった指揮系統。

 現状唯一確実な接敵をしているのはルツだけだった。

真っ赤に光る目が、突撃してくる敵を確実に討ち払っていた。

塹壕の中、左右をみわたせる一を陣取り一定の時間を打ち、走る。

走ってところで集中的な攻撃を加え、また走る。

頭数の足りなくなって今、他を頼ることを切り捨て前陣として働くルツだが限界は迫っていた

「……弾が足らない……」

 近場に散らばっているマガジンを拾い腿で叩く、目の前に転がった仲間の屍体などかまっていられない。

本陣へと続く小高い丘に続く塹壕までの間

「なんでバラバラ弾(榴弾砲)を撃ってこないのかな?」

不思議な事に敵は搏撃砲もバズーカ等での陣地破壊をしてこない、そのせいで体を四散させ手足を失った屍体はない。

ただ撃たれ、体に穴を開けた少女たちの屍体が丘に沿って転がっている

「ファック!! なんでこんな日に!!」

 獣の目を見開いたルツは孤軍奮闘の中で頭上を飛ぶ音に気がついた。

もうもうと上がる煙の中に、青のレーザーラインを引く物体。

突っ込んでくる亜人兵たちの影をひかりで区分けする機体に背筋を冷やした

「ドローン? ……やばい!!」

 闇夜の空の下、煙を割って飛ぶ羽はサイレンを鳴らしていた。

犯罪者歴のある年少兵にとって聞き覚えのあるポリスカーのあの音を

「伏せろ!! みんな伏せろ!!! 全隊伏せ!!」

 ルツの声が後陣に響く、同時に雷は落ちた。亜人兵が侵攻してくる横っ腹に銃弾が飛ぶ、ドローンを使った観察射撃は並んでいた敵兵をなぎ倒す、体を引きちぎる発砲。

太く風と煙を切る弾丸

「……ママガン(M2機関銃)とか……」

 弾の音とは別の耳に痛い音、耳を狂わす音に進軍中の亜人兵は飛び上がり身をよじる、弾はその身を食いちぎるという殲滅戦。

頂点を目指し突撃真横を突然突かれた亜人軍小隊にはなすすべはなかった。

頑張りすぎた失敗だ、陣地攻略に必死になり過ぎ飛び出した兵士たちは次々と体を破壊され飛び散っていく。

 頭を破裂させ、白い花火のように脳を散らし。

体を抜けた弾に引かれ飛び出した腸は、出来立てのウインナーのようにズルズルと地面に転がっていく。

傾斜のかかった丘の上から下へ、吹きだした血は戻るところを知らない。

泥をはらんだ濃い液体が、そこかしこに生臭い模様を作っていく。

もはやルツたち一般兵にできる事はなかった、頭上に吹き荒れる嵐を伏せて待つばかりだった。



 嵐は終わった。

頭上に月がただ静かに輝いているのが不思議に思えるほど、正反対に荒れた大地で誰もが声をなくしている

ドクター・ラッセンを除いて

「素晴らしい!! これほどの量の亜人、サンプルを取るのにはまだ足らないが!!!」

 不満と満足を織り交ぜた発狂は、戦地で盆踊りをするようにも見える

血まみれで引きちぎれた亜人の屍体を物色し運ぶ博士の姿は狂人にしか見えない

「ああ、早く頭を集めて、体は大して人間と変わりませんから……助手くん、早く集めて」

 河原の石拾いのように、亜人の頭を集める。

うまく頭部だけになっているものは少ない、袈裟懸けにちぎれた上半身を引きずっていく。

 M2機関銃の威力は凄まじいものだ。

人体破壊を朝飯前で行う銃の前では人も亜人も変わらない。

横一線の掃射に、盾を持って進んでいた亜人軍前衛は胴体を真っ二つにちぎられる者続出、水風船が爆ぜるように体の真ん中から弾け折れた体から、腸が飛び出している。

銃弾の軌跡に引っぱられ、飛行機雲のようなラインを地面に残して。

 2つに割れた体の上半身を青いビニール手袋ををした手が広げたシートの上に手際よく並べる

「ああこれこれ、これですよ。この頭部のね、耳のところを重点的に研究したかったのですよ」

 不衛生なボサボサ頭、横に引っぱられたように広がりっぱなしの口。

デザード・ラッセン博士は集めた亜人の頭部を嬉々とした表情で切り開いていた。

亜人とはいえ顔は人間と変わらない、この戦場にいる亜人が人と違う部分があるとすれば、目と頭に犬の耳がついていることだ。

それ以外は特別変わった部分はない、頭脳や遺伝子の話をしたらきりがないが、人と変わらぬ姿を持った者たちの末期の目。

 突然の死に、一瞬前と同じように開いたままの目。

張り付いた顔の皮ごと博士は躍起になって剥がしていた。

犬の耳は人間の耳がある部分から直線上の上にある、顎下に入れたメス、切れ目に手を突っ込み毛皮の皮剥ぎの要領で頭蓋を引き剥がすと犬耳のむき出し穴へとつながる

「おお、この穴……いつ見ても奇怪だが、これに未来がある」

 薄皮と血と肉、そして頭蓋骨にある2センチ程度の穴2つ。

骨と肉に挟まった薄皮に張り付いた神経のラインが見える、穴を通し脳へとつながるラインを丁寧に切ってしまわないように引いていく

「やはり耳からのラインが小脳につながるか、大脳を支配できない? 大脳では指揮系統に問題を残す? どちらだ……」

 皮をひっくり返した頭蓋を並べ検証するラッセン博士の姿は、地獄で人に刑罰を加える鬼の検査官のようだ。

少なくともまともな人間がすることでないのをピラ少佐は如実に感じ怒りに震えていた

「ドク・ラッセン!! 何をしているのか!!」

「研究ですよ!! これほどに資料がそろっているのは珍しい!! 欲を言えばもう少し下半身を撃っていただきたかった。頭はこうやって解剖し中身を開けてしっかりと……」

「倫理観というものが貴方にはないのか!!」

「戦場に一番不要なもの、そう存じていますよ」

 言葉の圧力。

希望する思いと、真実のせめぎ合いで時が止まる。

あっけらかんとしたラッセン博士と、血みどろの大地に意識を泳がせているピラ少佐

「貴方にはすべきことがあるはずだ!!」

「ですからこうして検証を」

 ガッチリと装備で身を固めた少佐の怒りが、目の前に転がされた亜人兵の頭を蹴飛ばした

「兵の治療!! ここの兵員を助けることだ!!」

 サッカーボールのように転がる頭に、悲鳴をあげて走っていくラッセン博士。

広がる土手下は人と亜人の屍体が溢れる地獄の釜だ

悲鳴をあげることもままならなかっだろう数分前の生き体たちの中を、科学者は小難しい理屈を早口で叫びまわっていた



「よしと……これでいい」

「……、私……私……」

 マナカ・チックは左肩をかすった傷で泣き叫び転がっていた。

ヘルメットは見あたらず、泥と血をはらんだ髪が雑巾のようにヘタリ顔に張り付いている。

地べたを這って転がって、仲間と亜人の屍体に挟まっていたところをルツに見つけられて

「私は……」

 言葉がうまく出てこないマナカを淡々と治療するルツ。

聞く耳などもちろん持っていなかった、戦いが終われば後は治療を必要とする者を助けるのが仕事。

何も終わっていないから。

腕に湿布をはりガムテープで止める、冷めた表情で

「助かって良かった、ビアンカを埋めてあげて」

 ボロボロだった。

マナカは自分が銃撃の嵐がやむまで何をしていたのか思い出せなかった。

転がり回ったせいで、流れた血を攪拌し服が抹茶色になっていることと、怪我をしたことだけはよくわかっていた

呆然とした目はルツの治療を受け、自分が何もかもできなかった悔恨はまだ実感に至らないところにあった

「ビアンカは?」

「……」

「あの、ビアンカはどこに居ますか?」

 手当を得たマナカは、足早に次の負傷者の元へと急ぐルツの腕を掴んだ。

まだ定まらない目、すがる顔、一人で残されるにはあまりにも悲惨な光景が少しずつ広がった視野に入り、震えが止まらない

「……マナカ、ビアンカは死んだ、塹壕にいる。装備を回収したら屍体を埋めるんだ」

「死んでませんよ。早く治療を……」

 斜面に出ていることで塹壕の中が、ビアンカの影が少しだけみ見られる。

壁に寄りかかったまま漆黒の空を向いた目、声も息も発さないのに半端に開いた口から血の泡が黒ずんで見える

「早く行動する、装備を回収!! 屍体は集めて埋める!!」

「死んでませんから!! ビアンカは死んでませんから!! 治療を……」

 突然目が覚めたように強い力ですがった腕をルツは切り返しねじ伏せるように掴み返して頬を張った。

そのまま首根っこを捕まえて塹壕まで引きずる。

自分より少し大きなマナカの体には、少しも力が入っていなかった。

ただ誰かに捕まって、自分の目の前で起こった事柄を嘘だと思いたい気持ちに溺れていた

「見ろ!! マナカ!! ビアンカは死んだ!!」

 蝋人形のようなテカリ、大声になんの反応も示さないビアンカの顔に、マナカの顔を押し付けた

「見ろ!! 生きてるか?!!」

 死後硬直の始まった生暖かい体、鼻血と口血と、破砕された肩口、鮮度のない血の塊がマナカの顔に着く

「はっはっはぁ……はっはっは……離し……て、くだはい……」

「生きてるか!! どうかと聞いているんだよ!!」

 怯えて顔をはがそうとするマナカの姿、周りは止めることもできない負傷した仲間たち。

死は溢れている。

一発当たっただけでも死ぬ、当たらなくても爆風で死ぬ、命は簡単に壊れ体から抜ける。

そこかしこに残る湯気、それが儚く散った命の残り香だ。

 顔を押し付けられたマナカは泣いていた。

もう泣けなくなった相方の隣に、崩れるように抱きついて

「泣くな」

 時間が惜しい、押し付けていた手を離し立ち上がった

「ビアンカの装備を取れ、屍体は焼くから集めろ」

「そんな酷いことできません、兵士としてこのまま埋めて……あげて」

「装備を取って、埋めるのはお前の仕事だ!! マナカ!!」

「鬼畜!! 鬼!! 悪魔!!」

 金切り声に張り手をしたのはライリーだった

「だまらっしゃい、みんな疲れてるんだぜ。お前さんだけが疲れてるってわけじゃねーんですよ。仕事してから文句はいいなさいな」

「だけろ!! この人は鬼だ!! 装備とれなんて!!」

「普通なんだよ、鉄則だしね、死人にゃもう必要ねーんですから」

 回らない呂律のマナカを抱きしめた

「わかってっから、友達が死んじまってつれーのはわかってるから、でも止まっていらんないんですよ」

 マナカのルツの間を割ったのは善意ばかりではなかった、ライリーはルツに面倒臭そうに手を振って

「衛生兵さんは早く仕事に行っておくれよ。こいつの世話で止まってられたんじゃあ、助かる奴も助からねぇーですよ」

 となりにはアデーレ、2人は死者から装備を取り集めていた。

「なんなのよ、新兵ってこれだからいやなのよね」

 アデーレはススで汚れた顔を歪めていた、戦闘で死人を見るのは初めてじゃあない。

死んだ仲間から装備を剥ぎ取るのだって、初めてじゃない。

戦える者が、自分を生かすために当然のことをしなければいけない、唯一死者にできるのは時間があれば葬式、なければ野ざらしの身に祈るだけだ

「そういいなさんなって、可愛いアデーレよ」

 ライリーにはわかっていた。

ジェシーに世話役を頼まれたルツが戦場での最後までを教えようと新兵のマナカに付き添っていたことを、だけどそんなことにかまけられては困るほど15ビバークの仲間たちは疲弊し傷ついていた

「ああ、ライリー」

 引き離されたルツは疲れた顔を隠すように背を向けた

「あんらだって!! 獣と同じやないか!! 目ぇ光らせて!! 鬼やろ!!」

 怒りで正気に戻ったマナカは、遠ざかるルツの背中に怒鳴り散らしたが周りは感心を示すことはなかった。

みんな戦場に慣れていた。

戦場の一番先っぽで生きてきた者たちにとって、新人の瑞々しい咆哮は一度は通った道であり、はるか昔を苦く思い出す枷でしかないからだ。



 15ビバーク隊長であるマリア・ハトは昨日とは違うあまりに荒れ果てたマイホームを見て声を失っていた。

痩身にして背の高い彼女には、皮肉なことに戦火に塗れた自分たちの住処を一望することができていた。

そこかしこに焼けた跡、相手は爆弾を使わなかったが陣地にあった爆薬に引火し火は飛び散っていた。

花火さながらに広がった火種で、燃えるものは燃え中途半端に焼けた肉の臭いが機械の香りと混ざり鼻を押さえてもこびりつく悪夢の様相だ。

簡素ながらもしっかり屋根のあった詰所は、柱を外側に吹っ飛ばし溶けたプリンのようになっている。

陣地の防衛を受け持っていた少女たちに無傷の者はおらず切り傷と火傷を負って座り込んでいる

「ジェシー、マッカーシー……」

 隊長を迎えた2人、ジェシーは爆薬の引火で怪我をしていた。

右腕と右足に破片を喰らい、止血帯を結んだ姿は痛いしいものだった。

白い肌に食い込んだ破片が赤黒い肉の花を咲かせた身、引きずった足と体でマリアの姿を確認するとその場に座り込み、ただ「生存」と手を挙げて見せた

「すまないね。いい肉が入ったんで豪勢な夕飯作ってたんだけど、残しておけなかったよ」

 言葉のないジェシーに代わり、マッカーシーが状況報告のために前へと出た。

ススに汚れた顔に疲れはしっかり見えていた

「大丈夫か」

 ふらついていたマッカーシーの腕を取ったのはピラだった。

馬鹿騒ぎの狂人であるラッセン博士のことは部下に任せ、自ら状況の完全確認をするために15ビバークの隊長であるマリアの後に付いていたのだ

「誰さ……この男は?」

 ピラ少佐に支えられたマッカーシーは怪訝なかおで聞いた

「特殊作戦部隊、ウィリアム・ピラ少佐よ」

「状況を……間に合って良かったとは言い難いが」

 フル装備のウイリアム・ピラ少佐率いる一個小隊は、15ビバークの危機的状況に介入、戦闘を停止させせる事に成功していた。

ストライカーに積んだM2を使い、先行して飛ばしたドローンにて測定射撃することで。

あと一歩で駐留地陥落へと迫っていた亜人軍を止めた。

 突然の攻撃に防御もままならない亜人兵たちは土砂崩れのように次々に打ち倒され、後陣は背中を向けて逃げる有様だったが、救助には遅すぎた介入だった。

 目の前に広がる惨状。

屍となった少女たちの姿に、ピラ少佐は言葉を失っていた

「女ばかりなのは聞いていたが、こんな……子供ばかり、補給兵じゃなかったのか?」

「先行補給部隊です、偵察もしていました」

 身振り大げさに声を荒げるピラに、ウェスト・ウェンドバーから案内のために乗り込んだマリア隊長が前に立つが、確かに現場はひどかった。

 敵の攻撃の大半が発煙弾だった事で陣地に大きな損傷はなかったが、煙に紛れた攻撃で人的被害は目を覆いたくなるものだった。

ほとんどの少女がタクティカルベストも着ない状態で、1発ならまだしも複数の弾丸を体に受けて転がっている。

中には細い腕や足にライフル弾の命中を受け肉を破砕させ皮で繋がった、緩んだ操り人形の四肢のように手足をぶら下げた子たちもいる

「前線すぎる、ミドル大尉はこんな奥深くまでを君たちに任せているのか?」

「攻撃や迎撃の任務はありません、今回の作戦における補給と偵察が任務です。最低限の迎撃訓練は受けていますが、私たちに対処できる術はありませんでした。少佐のおかげで全滅を免れた、それだけです」

 目の前に転がっているのは仲間の屍体なのだから、ピラの驚き以上にマリアの悲しみの方が深い、今も目の前に瀕死の少女がいる

「マリア……隊長……」

 くちびるを真っ赤に染めた少女の傷は深かった。

ゆるいカールのかかった髪をぐっしょりと濡らした血の重みに体はぴくりとも動かない。

頭をかすめ胸かと腹、3発は喰らった銃創で来ていたTシャツは焦げ、弾けた肉が各所にこびりついている。

すでに止まった血で、これ以上溢れる命もない事をよく示していた

「痛いか……」

 無粋な問いだ。

もう彼女は痛いなんて感覚はないだろう、そういうものだ。

死に近づく体は色々な感覚を失っていく、同じように痛みも消える。

 痺れとむず痒い感覚が、まだ生きられるのではという錯覚を起こし最後のあがきへと導く。

戦場という神の望まぬ世界で与えられる死は、実に残酷な段階を持っていた

「た……いちょ、私……まだ、働けます……から……、うちにかえるの……だから」

「わかってる、これを飲んで、痛みが引く」

 メディカルパックから取り出したのは頭痛薬、こんな大怪我を治す薬などどこにもない

「い……やです、それは」

 気がついている。

気休めだ、治療をしてくれないと死ぬと彼女が求める目線をマリアは見つめ、その口と鼻を塞いだ。

手の平を強く顔に押し付けて

「安らかな死を、黙って逝ってくれ」

「何をしている!!」

 マリアの手をはねのけたのはピラ少佐だった。

明らかに異常な行動と目に映っていた、瀕死の仲間に逝けと引導を渡す姿が正常に見えるわけがない

「仲間を殺す気か!!」

「生かしてくれるんですか!!」

 助けろという段階を超えた、マリアの怒りは一直線にピラに向かっていた

「この状態を治療するために、ヘリを出してくれるんですか……本隊に連絡を取ってくれるんですか、私たちのような年少兵のためにそんな事をしてくれる人はいません。だったら早く楽にしてやるのが私の務めです」

 戦場で仲間が死ぬという経験はピラ少佐にも少なからずあった。

だが、こんな乱戦の下で、自ら部下に手をかけるような最後を見たことがなく、正直一歩も二歩も体が怯え下がってしまうショックを受けていた

 マリアの手の下、少女の息はか細く抜ける一方のものに変わっていた。

もう助からない、空気の抜ける風船のように、静かな息は終わりを告げていた。

 信じられない最後に、ピラは唇を何度も舐めた。

干上がる思いを体の芯に感じ、周りを見回して

「衛生兵はいないのか、ここには」

 小隊の衛生兵は動いていなかった。

この先に任務がある彼らがピラの命令なしに少女たちを治療する事はできないのも、また事実だが、手振りでメディカルパックを下ろせと合図はしていた

「衛生兵!! 衛生兵はいないのか!!」

「ここにいますよー」

 気の無い返事は前方で仲間を治療していたルツの背中だった。

小さな背中は横たわる仲間に包帯を巻いている、戦闘終により集められる仲間を助けできる治療を施していた

「早くこちらにこい!! 少しならメディカルパックを出せる……」



「なっ、なんだこいつわ!!」

 振り向いたルツの姿にピラの足は引いており、周りで警戒をしていた小隊は身構えていた。

真っ赤に光ったままのルツの目に。

くすぶる煙の中に揺れる赤い提灯のようなそれを、恐れるなというのが無理な話。

「亜人だな!! 危険だ!! 近寄るな!!」

 構えた銃に囲まれたルツは、たいくつそうに首を揺らして見せていた

「助けたいのか? 殺したいのか? はっきりしてよ」

「動くなと言っている!! なんだその目は!!」

「はー……目なんか見えればなんだっていいよ。それともメクラのままで傷口を縫えって言うの?」

 いつもの口調にも覇気はない、すれた声で肩をすくめるルツに小隊は身構えたままだ

「そんなことは聞いていない、お前は一体何者だ」

「ああ所属のことですか、西アメリカ陸軍15ビバーク所属、衛生兵もやってるルイツ・クロウ一等兵ですが、何か?」

「何か? 貴様の目について聞きたいことがある。それについてミドル大尉の周知はあるのか?」

 小隊が無言のまま低く銃身を構える中で、ルツは驚くでもない態度で答えた

「もちろん知ってますよ、知らない人間を部隊に置いたりしませんよー」

「人間なのだな、信じられん……つまり、年少兵を使った生態実験をしているなど都市伝説だと思っていたが……本当にあったということか」

 年少兵を使った実験の話は、まことしやかに軍内部でささやかれていたもの。

軍部の規律が正しければこんな恐ろしい実験などあり得ないと考えていたピラの想像をルツという存在が軽く超えた結果を見せていた。

 首を振り否定と自分に言い聞かす。

いかにも内地における常識人らしい反応を前に、ルツは普通だった

「で、私は怪我人を見たいのだけど、少佐殿はどうしたいので?」

 遠目に見た階級章に、随分と低い敬意を見せるほどに

「捕縛する。この基地に監禁し作戦終了後に本隊へと連行する」

ピラの中にあるミドル大尉の評は地どころか奈落へと。

嫌悪すべき相手である亜人の力を戦場で実験という形で使っていたことの発覚に、存在が証拠となるルツを面前で軍事裁判を受けさせると固く誓い捕縛の指示を

「待って待って!! まってください!!」

 硬直化した場、ルツをかばおうと間に入ろうとしてマリアを押しのけたのはラッセン博士だった。

すでに白衣というより赤衣と呼んで問題ないだろう服に、顔を血で飾った老人は飛んで現場に入り込んでいた

「あっはははははははははは、いやいやいやいやいや、これはルイツ、元気そうでなによりだよぉぉぉ、私は嬉しい!!」

 周りをライフルで囲まれているなどお構いなしの博士は、ルツの肩を抱いて頬ずりしていた。

それこそ砂粒状に生える無精髭でルツの頬を研磨するがごとく

「ああ、赤いね、いいー目だ」

 親しげな顔、懐かしい孫でも見る優しい目は次の瞬間殴られていた。

上から下へ、大地に叩きつけるようなフルスイングの拳で

「てめーぇ、気持ち悪いんだよ!!」

 今まで飄々としていたルツは、突然怒っていた。

ピラ少佐という見たことのない上位佐官を目にしても態度を変えなかったルツが、誰の目にもわかる、いやわかりやすい、烈火の炎に萌える赤目で怒っている。

地べたに顔面を打ち付けられた博士をめちゃくちゃに蹴飛ばし、転がしているが博士もまたタフな対応を見せる

「あー何々、反抗期か、ああでもいいよ、ルイツは可愛いから許す!! 我が子よ!!」

 痛いは二の次、立ち上がり覆うように小さなルツに抱きついていく

「誰がてめぇの子だ!! 離せこのキチガイ!!」

 緊張にピンっと張っていた糸はあっけなく切られている。

目の前に繰り広げられた、おかしな親子ゲンカに

「……博士!! ラッセン博士!! 説明を!!」

 しばしあっけにとられていたピラは、真ん前でプロレス技をくらいながらも喜びの声を上げる博士と、いきり立ったルツを分ける

「どういうことで」

「これは私の作品、1028番。亜人のテクノロジーを使って眼球破損から復帰させた我が子ですわ!!」

「違う!! 変態エロジジイ!!」

 かぶさる博士の顔をまたも拳がぶん殴る。

あまりの騒ぎにマリアとマッカーシーがルツの体を止めに入った

「ルツ!! 落ち着いて」

「どうしたって言うんだい!!」

「あーぁぁぁあああぁぁあ!! 殺してやる!! ブッコロしてやる!!」

 今まで見たことのない暴れっぷりに、二人掛かりでなんとか体を抑える

牙剥くルツの顔をマリアは隠し、ピラは博士を捕まえていた

「博士、作品とは? どういうことだ」

 騒然とした場、戦場の突端、渦巻く疑問に博士は朗らかに答えた

「私が作った、ルイツの目に亜人の網膜組織を移植した。数少ない成功例だ」と。

 それ前線の軍が確実に人体実験をしていたという完全な証拠でもあった。



「ミーム・ディグラッセ大尉、収奪作戦が失敗したようです」

 ソルトレイクから南に50キロ、東アメリカ州軍国の前線基地であるダグウェイ、そこからまっすぐ伸びるスタークロードに彼女は立っていた。

黄色い目に縁取りの黒、縦に絞られた黒目を光らせながら

「荷物はあったのか?」

「それが、撤退時にはビーコンが消えてしまい」

 実におとなしい静かな声、白い肌に淡いピンクの唇、紫色の髪の上には白銀の毛を飾った狼の耳がついている。

東の軍服もまた荒地仕様のデジタル迷彩、胴回りを囲むようにつけたマガジンに手榴弾、物騒を十分に抱えた影は落ちた夕日の向こう側、暗闇の空を見回した目は後ろに立つ副官の声を待っていた

「消えてどうした? イゴレッド軍曹」

「新しい点滅が発生しました」

「やはりそうだったか、今度のは移動しているだろう。空を飛ぶ速度で」

「ええ大尉のおっしゃる通りでした」

 イゴレットと呼ばれた軍曹は歳相応の大人らしい顔をしかめ、ここより後ろにある本隊基地ソルトレイクの側を見た。

亜人軍などと呼ばれてはいるが、大本命の基地中枢は人の軍人で占められている。

衛星基地に捨て石のように配備される亜人兵にとって、人の指揮下で戦うのほど不名誉なことはなかった。

つばを吐き捨てた石のようにごつい顔が、若い女性士官であるミームの背中を守っている

「私の忠告を聞かないから、マイトレイヤー少佐は部下を多数失うことになったわけだ」

「全くです、たかが人間の分際で我らを率いようなど腹立たしいこと。ミーム大尉、我らをここに引き止めて下さったことに感謝しかありません」

「お前たちは私の精鋭だ、あんなつまらぬ男に貸し与えるなど愚の骨頂よ」

 すでに装備を整えた部隊はイゴレットの後ろに並んでいる。

皆犬の耳を持つ屈強な男たちは、司令官であるミームの指示を待っていた

「負け犬の少佐が帰ってきたら、私が始末する。名誉の戦死をくれてやる」

 手元の通信機にひっきりなしに入る雑音。

男の声は小さくなったり大きくなったり、どちらのトーンでも救助を求める言葉でいっぱいだ

「今日失った仲間たちの分、命の糧を奴らから奪う」

 とても少女が発するとは思えない恐ろしい言葉に、亜人兵たちは喜びに震え銃を高く持ち上げていた

「勝つの我ら亜人である!! 勝利のために命を食らう晩餐へといざ進まん!!」

 2つの陣営は確実に迫るエウロパの翼へと向き合っていた。




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