04 銃撃戦
15ビバークは西アメリカ軍の前線後衛基地エルコより100キロ東にある最前線ウェスト・ウェンドバー基地よりさらに70キロ離れたところにある。
トゥーイルという水開拓の入植者が作った小さなパイルドリル坑を起点とした小高い丘にあった作業所を改装、塹壕を張り巡らせた駐留地になっている。
年少兵員28名の小さな砦。
標的は敵東アメリカ軍の前線として大きく作られた砦にして水場であるソルト・レイク。
ルツたちに直接任務として言い渡されているのは、ソルト・レイクを守るように作られた亜人兵の衛星基地であるダグウェイの偵察である。
亜人兵は不定期に小型斥候を出すのが習慣のようになっている。
一個小隊とか定員の決まった規模ではなく、ごく最小である2人でくる事が多い。
大きく広がる荒野の中を夜中に走り、朝が来る前に見つけた獲物を狩るという、実に動物的な攻撃はここ最近多くなっていた。
「私は戦地に送られた事に悲観などしていません!! 刑期が終わるまでここで日常と懸け離れた経験をたくさん積んで、街に戻った時にそれを元に小説を書こうと考えていますから!!」
新兵のマナカ・チック1号はどんぐり眼を輝かせていた
「ビアンカ・チック2号です。よろしくお願いしまます!!」
もう一人の新人兵士ビアンカは、新人兵らしい落ち着かない顔で周りをチラチラと見回している
「……副隊長!! ジェシー副隊長!! なんで今更補給に新兵が入っているの」
「仕方ないでしょ、敵拠点の重点偵察が第一任務なんだから。目は多い方がいいってあんた言ってたでしょ」
ジェシーは乱れた金髪のまま、補給基地に残したマリア隊長と繋がりにくい通信を懸命に取りながら、手をシッシッと振る。
新兵はお荷物。面倒事をこれ以上受け持ちたくないという苦い顔。
最初からこのビバークにいたものなど一人もいない。
前線拡大でここが作られる前は別々の基地にいた。それぞれが初めての場所で苛烈な戦地を味わい、生き残った事でここに集められて15ビバークとして成立している。
それが1年前で、現在の固定のメンバーで今に至る。
新しい仲間ができる事が嫌というのではなく、不慣れな新兵が最前線であるここに入る事が不安なのだ。
特に「チック(ひよこ)」とあだ名をつけられた兵士は面倒臭い、マナカのように目を輝かせている者など扱いに困るというものだ
「ルツが面倒見て、歳も近いしちょうどいいでしょ」
「はっ! 歳関係なくない!!」
遠目に新兵に対する面倒臭い事をあれやこれやと思い浮かべていたところに命令はくる。
副隊長のジェシーは帰ったばかりのバンから補給物資を数え頭を掻く
「暇なんでしょ、そこにいるって事は。私は今仕事をしている、偵察任務にライリーとアデーレが出ている。コックはご飯を支度中、ダフィは夜警開けで休息中よ。誰がやるの? それとも仕事をしないつもりなの?」
早口になっている、単体のジェシーは会話も弾む面白い女だが副隊長という任務にいる時は厳しい
「働かざるもの、死すべしを実践するわよ」
「わかったよー、了解です!!」
そこは食うべからずだろう、スラムでよく聴いた格言はいくら無学なルツでもわかるが、食うより殺されるのは嫌というもの。
新人兵二人の世話を押し付けられた形だが、他に手が空かないのなら「仕事」をするしかない。
「おーし、2人共こっちに来て荷物を解いて」
「サー、イエッサー!!」
元気一番槍なマナカ、思わず顔をひねり声という塊を避けてしまうルツ。
一方で持ち場が決まらずオロオロするビアンカは背嚢を下ろして手順通りに中身を出していくのに、やはりマナカは順序お構いなし、ライフル弾を出すとやる気満々で迫っていた
「撃ちますか!! 120時間の集弾実戦試験をやりきってます!! すごいところ見せますよ!!」
「撃たないよ、そんな事よりヘルメットをきちんとかぶる」
あまりにも対照的すぎる2人の新兵。
ルツの注意に忠実なのは気弱ながらきっちりヘルメットをしているビアンカ。
直角運動、ロボットのような動作でヘルメットを締め直すが、マナカの方はあっけらかんと指示に反する
「ヘルメットなんて有っても無くても一緒ですよ、そんな事より威力偵察にいきましょうよ!!」
「いかないよ、なんで自分からそんなあぶない事するのさー」
「任務ですから!! それに経験値あげないと小説書けませんよ!!」
自分より少し年上と思われるマナカはアサルトライフルを前にグイグイ押し込んでくる。
さすがのルツでも心なしか粗暴に追い払いたくなる勢いだ
「今日は荷物の確認だけだよ、あとは寝床の案内するから……」
「ここは最前線ですよ!! 敵を見に行きましょうよ!!」
聞けよ!! 迫るマナカの頭に、ルツは面倒臭いとチョップを入れた
「わかった、とにかく働きたいのな。じゃ今日夜警ね、それで手を打とう」
手っ取り早い苦労を押し付けた方がいい。
戦闘訓練は受けていても、任務の重さを理解しない「強がり」というやつはどこにだっている。
この手の輩は、戦場の過酷さを極限まで味わった事のないおのぼりさんだから、退屈で時間を指折りするような夜警につけるのが良い薬だ
「がんばりまっす!!」
ルツの意図を組まないマナカは大喜びだが、ビアンカの方は怯えていた
「夜警は、一番危険だと聞いていますが……」
「まあね、あいつら夜にやたら動くからねー」
ビアンカは新兵らしい不安を素直に顔にだしている。
16歳の2人組、戦地に赴く気持ちでは大きな開きがあった。
下手に前線の軍人を見ていたマナカは、前線の少女兵を見よう見まねで真似た格好をしており、逆にビアンカは何らかのイジメにでもあったかのように身を固めている。
要するに2人とも扱いにくい補給であり、やっかいな新兵に変わりなかった
「大丈夫でしょうか、私のような新人兵の見張りなんかで」
「あーうーん、まあ、あれよ外出なきゃ大丈夫だよ、亜人兵はここに直接攻めてはこないから」
「本当ですか」
勿体ぶることなく心配が顔に出るビアンカ、脅すきはなかったが少し突き放しすぎたかとルツは補足する
「えーとね、そうは言ってもう、今まで一度もないから」
「一度もなくても、突然くる事はあるのでしょうか」
「そりゃ、あるかもね。でもここを突然襲わないよ、ここには他にも兵士がいるんだから」
気弱な眉が哀願するように聞き返す。
襲撃のあるなしは半分本当だ、夜を基本に行動を開始する亜人兵たちが最前線である15ビバークへと攻め込んでくる可能性がないとは言い切れない。
だが最近の傾向はおかしかった。
2週間前、ソルトレイクから200キロ以上離れたエルコ基地に、たった2人で襲撃をかけている。
同じような戦闘報告が3件ほど上げられている。
亜人軍は隊を動かしている、西へ。
ただ動かした後、前進している様子はなく最小規模で不思議な戦闘が散発していた
西アメリカの動きを見切るために、偵察として奥地まで早駆けをする亜人兵。
その兆しを見張れというのが今一番大事な命令であり、そのためにこの2人も来た
「しっかり見張っていれば何が起ても問題ないでしょ、そのために見張の目を増やしたわけだし」
「はい……」
両極端な2人を連れて、今日の夜警当番であるルツは食事の香りに踊っていた。
ジェシーに見えなきゃ大丈夫と、それが悪いお手本である事など気がつきもしないままで。
「ミドル大尉は内地の危惧を軽んじているとしか思えない。外様勤務が長いと国家の体系も見計れなくなる。だからこの手の仕事は中央の兵士で行うのが一番安全だ」
ウイリアム・ピラ少佐は真新しいカモフラ軍服を来た顔をしかめたまま、メモリーバーをへし折った。
30代に入ったばかり、短く刈り込んだ頭と男らしい四角い顎、どちらかといえばスーツが似合いそうな優男は、メモリーバーから飛び出し映し出された作戦指示書を叩く。
サクラメントの国防省直属特務小隊がとして乗り込んだストライカーは1台。
もう1台は改装済みのロングボディータイプに、カーゴスペスをの上には2丁ずつM2機関銃のマウントが見える。
十分に装備を満たした車は中継地点であったキャンプ・エルコを出たばかりだった
「諸君、これより本作戦指示を発する。指揮は私ウィリアム・ピラが、本作戦の目標は同盟国エウロパからの実験体、および技術者の確保回収である。実に簡単な仕事だ」
指を鳴らし陽気に言うピラに対し、部下は手を挙げ質問した
「なぜ飛行機はエルコにこないのですか?」
当然の質問だった。
西アメリカに来る飛行機が戦線の真ん中に降りる理由はなぜかと
「知っているだろう、エウロパの飛行機が安全にここにこられる保証がなくなったからだ」
東西に分かれたアメリカ、西の同盟国であるエウロパとの間には、敵対国家である東アメリカという壁ができていた。
当然東アメリカはエウロパの技術を欲しており、無条件で飛行機を通してくれない状況。
東アメリカを避けて通る方法。
衛星及びGPSの使用が効かない現在、できる限りの最短距離と燃料の余裕を作るのならばこの航路しかなかった。
アイスランドから北極圏を通る方法が何度か策定されたが、気候変動に、いまだ止まらぬイエローストーンの噴火、煤煙による危険を考慮し北極圏飛行は断念された。
結果南からの西アメリカへの進入が策定され、アフリカユニオン・モーリタニアにあるヌアクショット空港からメキシコ湾を抜け西アメリカへと進入する方法がとられる事になった。
中南米の島国と、大陸のへその緒である地域はいまだ混乱の続く戦地であるが、空飛ぶものを落とす力はなかったからだ。
だが距離が長くなった事の燃料不足と、同じく衛星もGPSにも頼れないという要素が最後まで問題となった。
これを解消する時間は騒乱長引くエウロパ連合にはなく、苦肉の索がガイドビーコンだった。
作戦の6ヶ月前、ビーコン運んだ戦闘機が西アメリカ首都ロスアンゼルスに到着する事なく爆発したのだ。
エウロパがいか作戦に対して猶予がなく騒乱の影響が凄まじいものだったかを西アメリカ首脳部に知らせる事件でもあった。
戦闘機はアリゾナ州フェニックス上空で爆散、パイロットはおろか搭載の荷物に至るまで何も回収できないという悲惨な結果となり、本番である実験体と科学者の移送は無理かと思われた。
なのに、だ。
今週になってビーコンが発動している事がわかったのだ。
場所はユタ州ソルト・レイク、亜人軍の衛星基地であるダグウェイの近くに強く。
まるで資産した飛行機が一つに戻ろうとする図のように、各所に小さな波動それが折重なり大きな点滅を示していた
いずれにしろビーコンの発信がいつから行われていたのかはわからず、慌ててエウロパに連絡をとろうも音信途絶の状態。
混沌とした思案の中にあった西首脳部の元1つの伝聞が届いたのは2日前、「コマドリはワシの元へ」という打電が入り、現在に至る。
東アメリカ亜人軍と西アメリカ軍が互いを見張る緩衝地帯に飛行機は来る。
どうしてもそこに行かなければならない形になったのだ。
実際にそこに飛行機が来るとは考えにくいが、ビーコンは発信を続けエウロパの側では飛行機を飛ばしてしまっている。
大軍を動かせば一気に大規模戦闘再開となりかねない事から、ミドル大尉が一個小隊を準備していたところに、中央の判断という横槍としてピラ少佐がやって来た。
本省の意向を持って。
「ミドル大尉は事の重大さがわかっていない、だが正確地理情報を得るには彼が使っている兵を使わざる得ない。現場の偵察兵と合流し現地へと向かう。今の所亜人軍に動きはない、隠密行動だ。静かに寄り静かに会い静かに去る、これをまもれば問題のない作戦だ」
「客の規模はどのようなものですか」
淡々と兵士たちは必要と思う事を聞いていく
「科学者2人に実験体とそれに伴うなう資料、君たちがいれば十分に運べるものだけだ」
兵士たちに静かな笑が起こる、狭い車内に和やかな雰囲気を作っているそこに、エルコ基地から乗り合わせていた科学者は氷に冷やされたような顔を晒していた
「ピラ少佐、問題なく実験体を持ち帰れるのだよね……君達は作戦と名がつくと暴力的になる、破壊されては困るのでねぇ、けへへへへ」
指令書を睨むピラ少佐の前に座る科学者と助手の2人。
博士の方はくたびれた白衣を来たメガネの男は肩身を狭く縮めた形で椅子に座っていた。
なんども水を口にして落ち着きのない態度で
「失敬な事を言わないで欲しいラッセン博士、その言葉は私の部下を侮辱している事になりますよ。そんな事より遠足と違いトイレ休憩は取れませんから水を飲むのはほどほどにしてもらえないものか?」
「侮辱など、そんな事しないよ。ただ……落ち着かなくてね、ここは景色も見えないし」
「博士、あなたはこの地での亜人研究のスペシャリストだと聞いている。ミドル大尉からの嘆願があって同行を許している事を忘れてもらってはこまる」
ここは荒れ地、砂と埃の大地だ。車体を打つ砂つぶの音にラッセン博士は息苦しそうな顔を見せて
「空気がね、風に当たりたいというか」
「砂が入るだけですよ、それこそ博士たちの持ち込んだ機械の健康によろしくないですよ」
助手の方はただうつむき寝ているのかもしれない静かさだが、ラッセン博士は終始落ち着きがなかった
「陽のあるうちに15ビバークに着きますよね……」
「つきますよ、そこからは作戦行動に入りますから口出し無用でお願いしますよ」
突き放した態度、これは軍事行動。
本来ならありえない同行者をピラ少佐は煙たく思っていた。
前線を見回る医師兼科学者であるデザード・ラッセンは初老に差し掛かった男だが、身だしなみの整わない不衛生んな姿を平然と晒していた。
白髪混じりの髪はボサボサ、中途半端に伸ばしたヒゲに、メガネは片方ヒビ入り。
ひどい風亭の彼だが、今回の作戦に支障をきたさないという制約付きでこの車に乗っている。
なにより最初にこの地でビーコンの発信を見つけたのも彼であり、実験体に関する知識にも明るい科学者である事からミドル大尉に連れて行って欲しいと頼まれ、ここにいる。
だが見るほどに思う、小汚い、と
「前線の規律は緩んでいる、中央に帰ったら編成並びに指揮官の交代が必要だろう。ミドル大尉のように事なかれ主義では国が傾いてしまう」
ピラ少佐は久しぶりの戦地に出た事で、ミドル大尉の軍隊管理能力に不快を感じていた。
長い1日の始まる昼下がり、ウェスト・ウェンドバーで待ち合わせている15ビバークの隊長マリアと会う事で、彼の中にあるミドル大尉の評価はより下がっていく事になるのだった。
「食って寝る、これを乱すものを誅殺する!!」
夕暮れ時、15ビバークは銃撃戦を行う修羅場と化していた。
ほんの5分前まで交代で夕食にありついていたルツも、夜景のための先端の塹壕へと戻る道でこの事態に巻き込まれていた。
小高い丘に作られたビバークの本体が銃撃に気がついたのは、少し離れた観察所からの悲鳴だった。
長い一本道の塹壕が本体を円状にまく形で作られているのだが、そこから少し飛び出した場所が夜警の溜まり場で、ルツがそこに行く前、マナカとビアンカが先に行ったところで遭遇となっていた
「かなりの人数で来てる!! 全陣防御!! 急いで!!」
ジェシーは素早く指示を出し、夜警で準備を整えていた人数を前に向かわせる
「小隊規模じゃないの?」
すでに目を真っ赤に光らせたルツの情報に、銃器を持った戦うコック、マッカーシーは弾を運び壁に張り付いた
「やーねぇ、一緒にご飯でも食べたかったのかしら……」
気の利かないジョークだ。
巨乳のマッカーシーは副隊長のジェシーからライフルを受け取ると天棒の鏡で状況を確認した。
前陣には大盾、防御を前にライフル銃を持つ集団が写る
「あんな大勢じゃ、今日だけで食料がご破算しちゃうわ」
「獣なんだし、私たちを食べれば向こうは十分なんじゃない?」
横並びのルツは食べがいのありそうなマッカーシーの胸に肘鉄を食らわせると援護射撃に入った。
悲鳴が響くマナカとビアンカがいる塹壕まで走るには味方の援護不可欠の状況だ。
遮蔽物のないこの荒地を亜人たちは横一線、大盾を前ににじり寄る戦い方。これは占領を目的としている戦い方だから
「なんだってこんなところを占領したいのさ、あんな人数駐留できないだろうに!!」
「殲滅戦だったらどうとでもなるでしょ」
マッカーシーは料理を手伝っていた何人かにハンドサインを送り、円形に作られている本所の手薄なところへと配置して行く。
前ばかりを見ていたら、後ろから頭を撃たれる可能性だって大いにある状況だ
今現在隊長であるマリアがいないここでは、副隊長であるジェシーと共に古株のコックである彼女が陣取りを任されている形で声を上げる
「ダフィ!! 後続正面への狙撃を!! (*1)500メートル切ると確実に撃ち込まれるわよ!!」
「ヤードで……言って……よ、でも遠いの……」
夕闇を連れてくる側から進行してくる亜人兵たち、M110を偵察台で構えるダフィーの目には障害物がたくさん映っていた。
スコープ越しの砂塵と影、距離を狂わせる闇、できれば500メートル以内に入って欲しいとこだが、マッカーシーの心配は十分にわかっている。
ロケット弾の有効射程距離に入られるのはまずいという事
「わかるわ……好きなんのよね私の事、滅茶苦茶に……抱きたいんでしょ……もっと近くにいらっしゃい。熱いキッスをあげるから」
盾を前に進む前陣の後ろ、迫撃砲を運ぶ影が見える。
あれを撃たれると視界うんぬんではなくなる、陣地破壊が始まればこんな高いところに陣取ってはいられない。
ここで相手に狙撃がある事を分からせる必要がある。
仲間の救出に時間を作るためにもダフィは撃たなければならないところに来ていた。
縛った髪、額に溢れる汗、雑音から切り離され視界だけの世界へと自分を落とし込む。
今こそ情熱的に
「愛してるわよ……ニッキ!!」
我が子である愛銃の名とともに発砲、亜人の胴体を撃ち抜き赤い血を後ろに引く形で兵士を倒す。
致死である必要はない、届く事で恐れさせる事にダフィは成功した。
一発目の当たりで自信がハートを強くする
「行きな……さいよ!!」
「ラジャ!! 援護まかせる!!」
ダフィの援護は続く、銃声は規則正しく後陣の兵士を撃ち倒すが前陣はあと200メートルでマナカたちの塹壕に到達しそうだ。
M4を背負いルツは走る、それこそ塹壕の壁を蹴ってカーブを曲がる勢いで。
この間、5分もしないうちで、聞こえる声はマナカの悲鳴だけになっている。
前衛は盾の隙間からM16の掃射を開始ししている事からも被弾したのではという不安
「チックズ!!」
光の欠片が頭の上を飛び交う中でさ2人がいる塹壕へと飛び込んだルツは残念な光景を目にしていた。
左肩首根っこが花のように咲いて避けた肉、吹き出す血で塹壕と自分を真っ赤に染めて倒れ、空に向かって目玉を転がしているビアンカの姿に
「しっかりしろ!! 私を見ろ!!」
すでに痛いという感覚はないのだろう、ただ抜けていく血を前に卒倒した心だけが、命の縁にかろうじてしがみついている状態だ。
襟首を引き顔を突き合わす、指をさして繰り返す
「ビアンカ!! 私を見ろ!! 私の顔を見ろ!!」
赤く光る目を前に驚きも怖気も見えない、血の気の引いた青白い顔。
隣では腰を抜かしているマナカ、ビアンカの血を被ったのか顔の半分が赤色に染まっている
「マナカ!! 前を撃て!! とにかく撃て!!」
驚くような事じゃない、ここでは簡単に人は死ぬ。
半年前にここに来たなら、人死にを見た事がないなんて事はないはずだ。
場合によっては放置された亜人兵の屍体だってあるのだから、そう思うルツの前でマナカは大泣きだった。
言葉にならない声で、自分の首を絞める勢いで喉の前で手を合わせて
「ああもう!!」
立てないマナカを蹴倒す、腰砕けでも頭が見えていれば撃たれるから。
亜人兵はすでに突進の勢いだ、守りの盾から飛び出し走り出している。
ルツはマナカを隣に、持ってきた雑納を台座にして反撃を開始する。
撃ちながらも必死に声をかけて
「撃つんだ!! 撃たないと死ぬぞ!!」
「死にたくないです!! こんなの酷いです!!」
「だから撃て!!」
酷いとか酷くないとかどうでもいい事だ。
目前に迫っている相手を撃たなければ、あるのは酷く簡単な死だけだ。
「喰らえ!! ケダモノ!!」
台座に置いた銃、グレネードをベストから引いて次々に投げ銃を構え直す。
見えるギリギリで撃たないと効果が薄い、ルツの光る目はそれを追う数秒でも早く起爆の光を見るために
「マナカ!! ビアンカを助けるんだ!!」
銃器を手放してしまっているマナカには、戦う意思がない。
だったら別の意思を働かせ力に変えるしかない、怯えるマナカを足で蹴る
「仲間を助けろ!! ビアンカを殺すつもりか!!」
「いやぁいやぁいやあいやぁぁぁ!!」
マナカは走っていた。
もう誰かを助けるという気概も何もなかった、この凄まじいばかりの破壊の音が響く世界から逃げたい一心だった。
何も持たず、ルツの入ってきた塹壕を駆け上がるように走る。
「バカ!!」
止める手も出せない、自分の身の横にビアンカ前には亜人兵、銃弾飛び交う場へと飛びたしたマナカを止める術などなかった。
「国防省からそちらに特務出動したのはウイリアム・ピラ少佐だそうで」
ミドル大尉のデスクビジョンには、若々しく凛々しい顔のしい軍人が映し出されていた。
白襟の正装、顎の立った男らしい顔、輝かしい軍歴が次々に現れるが、大尉の目には羨ましいとは映らなかったようだ。
サウンドオンリーの会話の相手は、少しの笑みを見せたであろう息を落とし
「眉間にしわが寄っていますよ」と、心労を気遣った
「先ほど挨拶をしたが最近の左官は若いね、部隊もこちらで支度したものは脚下されたよ」
深く椅子に座り、パイプの支度を始める。
次々に映し出される情報に目を細め、メガネを取る。
普段はメガネをかけないミドル大尉だが、中空を浮くディスプレイや流れる情報を見るときにはメガネをかける、目が痛いからだ
「省内にはだいぶんと「資本主義」が入り混んでいるようだから仕方ないのかね」
「「新大陸」に習うという事でしょうか、馬鹿げた事です。生粋の軍人を最前線に追いやっただけでは事足りず、上層部を自分たちの手に入れてしまおうと画策しているようで」
まったく呆れるというのは声のトーンでわかる
「新貴族主義というやつかね、島国では流行っているようだしね」
「財政華族というやつですね、似たようなものですが真なるハイソサリティーの形成は例の……教団が中心になって進んでいます」
「それはまた聞こう、で例の少佐はなんでここに?」
「ああすいません、ご存知と思いますがピラ少佐は政府中枢アルベルト・ピラ政務補佐官自慢の息子です。ここで手柄をあげればそのまま中佐に昇進、4年を待たずに准将になる事でしょう」
「ふーん、36歳で准将かね」
パイプの煙を揺らす、大尉は目を細めたままで夕暮れ時になった窓の外を見つめる。
「大尉。実験隊は手に入るのでしょうか?」
突然踏み込んだ、声の主は微妙な間を気にしながら目下一番大切である話へと話題をふってきた
「わからん、戦争だからね。それにあれだけが要でもない、だが君と……大統領の威光に従って手は打っている」
「そうですか、しかしウェスト・ウェンドバーから隊を出していないと聞いていますが。ピラ少佐は自らの部隊だけで出たのでは?」
「ああ手駒以外は信用できないそうだ、まあ、なかなか仕事にルーズな感じだよねピラくんは」
手元に開いた名簿を人差し指で弾き、サウンドオンリーの表示へと当てる
「ラッセン博士を連れて行かせたのですか?」
「喜んでいたよ、自分の作品に会える事と。それにそれを超えた何かが見られる事を。作戦行動だというのにピクニックにでも行くような顔だった」
キャンプ・エルコを出る前に、博士と助手を隊に加えさらに1台ストライカーを与えた事を告げる
「大尉、人が悪いですよ。目星はついているという事じゃありませんか」
「最初から全て私の部隊でやるつもりだったからね。手違いがあるとするならばそちらのほうでは?」
「耳が痛いです、今後の処置に役立てます」
入れ替わり地図を移す画面。
「お聞きしてよろしいですか、中央が持っているはずのビーコンの持ち込みはどうやって」
「テレビ局の車にもって来させた、証拠は全部消した。回収した車は本省の指示どおり手渡しただろう、当然中身も一緒にね。君が確認して割れ物はそこにあっただろう。破損の激しい車はそのまま「我が兵」にプレゼントした、博士の作ったビーコンと一緒にね」
「一本取られましたね」
「察しろというやつだよ」
地図が示すビーコンのありか、ソルトレイクの南、亜人軍の衛星基地ダグウェイからグラニッド・ピークを挟んだ最前線駐留地ナンバー15・トゥーイル
「前線に実験体は来るわけですね」
「来る、秘密を素通りで中央に渡すつもりはないし、前線に好んで行くものはいないからね。それを良いように使いたかったわけだが。こういう不足の事態も起こるわけだ。後始末のほうは頼むよ、年少兵が何人死のうが問題ないが彼はやっかいだ」
「任せてください、それでは」
交信の終わりと共に電気の光は全て落ちた。
外を見るミドル大尉の目に黄色い夕日が長い影を作っていくのがわかる
「ウイリアム・ピラ少佐だったか、今はああいう左官がモテるのかな」
今年44歳、生粋の軍人一家に育ったミドル大尉の目にはウイリアム・ピラ少佐という男は、任務不適格なカレッジボーイとなんら変わる事ない存在として目に映っていた。
(*1)メートル
アメリカ合衆国は大国なのに世にも珍しいヤード・ポンドを使う3カ国の1つ。
残り2カ国しかないのに、頑固にヤード・ポンドを使う。
1992年ぐらいから、メートルに移行しようとしてみたけど未だ全州には至ってない、移行に積極的でもない。
作中では島国と同盟を組んだ西アメリカは財力回復を狙うために島国のメートル法に合わせてきているという感じです。
でも積極的じゃないから、マッカーシーとダフィーの教養の差が出ているという感じです。
ただしこれさえも知っている子が少ないのが年少兵の実情です。