03 駐留地
かつては酪農も盛んで工業都としても名を派せたユタ州、夏は暑いが乾燥した地域であり過ごしやすく、冬は雪に恵まれウィンタスポーツも盛んな土地だった。
今は年間を通して一番の問題であるイエローストーンの煤煙で四季のうち3つは蒸し暑く、冬は寒い。
それでもアメリカ全体を見れば人が過ごしやすい土地が残っている方だ。
偏西風によって流れ続ける爆煙は東アメリカの気温を10度近く落としており、噴石や積もり続ける灰により農作物の実りが多くを望めない。
地元民と移民が合流して暮らすなど最初から無理な土地になっていた。
だからこそ、豊かである西アメリカを目指し東アメリカは侵攻を続けている。
ユタ州はアメリカが分かたれた中央に位置する緩衝地帯、戦線がぶつかり土地の壁であり現在膠着化した戦場という庭でもある。
風は涼しげ、砂埃は多め混ざる火山灰に呼吸はガラガラ。
味気ない風景をひたすらに広げている荒野の下、15ビバークの3人は狩りに出ていた。
なぜそんな事をしているのかといえば
「そろそろ新鮮な肉が食いたいのよね」
というアデーレの一言からそうなっている。
配給で食料の届くビバークだが、基本的に長持ち保存を優先とするレーションオンリー。
銀の密封紙のついたペラペラのプラスチックトレー、開ければ発熱するタイプのものもあるが、こんな末端である年少兵のところに来る事は滅多ない。
大半は栄養剤の大型版のような、スナックだったりする。
結果どのビバークも規模の大小はあるが、駐留が決まれば畑を作っていたりする。
乾燥に強い食物が優先されジャガイモは主品目、次はトウモロコシ、いかにも食い続けるのが困難な品種。
冬場は雪を溶かしてスープを作るため重宝するが、育ち盛りの子供たちにとって野菜だけというのはなんとも寂しいもの。
そのため、陽の高い日中を利用した狩りはある意味重要な任務でもある。
アメリカが1つだった頃のユタ州は鉱物資源の多くを産出した街だった。ゴールドラッシュも経験している。
だがそれは食べられないので、今やどうだっていい過去の栄光だ。
特にソルトレイクを東アメリカ軍が占領してからは、工業産業の全てが停滞したと言っていい。
住んでいた人ごと移住を行った結果として酪農家の厩舎から動物たちは自然へと帰り、自由に枯れた土地のあちこちを彷徨っている。
15ビバークの近くにも定期的にさまよう牛の群れなどが現れる。
現れなくても狩りに行く、肉を欲する子供たちの戦いはこんなところにもある。
「下手!! もっと近づいてから撃ってよ!!」
乾燥でのどを焼く大地に、アデーレは熱くなった銃に頬を寄せて息む
「うるさいわね!! あんたと違ってあたいは普通の目なんだから!! それに今のは練習よ、次で仕留めるんだから!!」
クリクリの金髪、迷路を頭に乗っけたような髪を振ってアデーレは、先日の戦利品であるゴーグルを顔につけたルツに怒鳴っている
逃した獲物の影に頬を膨らまし不満と見せて
「あー、目なんか見えればなんだっていいよ、そんな事より大声ださない! 獲物が逃げちゃうよー」
風上を探し、獲物の後を追う。
かつては従順に食肉として死を享受していた牛も、野生化した今はかなり凶暴だ。
銃器をむければ大人しくなるなんて事はない、むしろ外した一発の後を追いかけ、ぶつかってくる事だって少なくない。
もとより巨大な生き物だ、テキサスロングホーンのような凶悪さはないが少女たちの体なら一撃で砕くだろう体躯は近づいて狩れるような生易しい存在でもない。
それでも15ビバークの少女兵はカウガールとしてこいつらを服従させ肉にありつきたい。
そんな願いをよそにアデーレはすでに3頭目の牛を見逃していた
「はぐれなんて珍しいんだから外さないでよ。あとは私がやるからさ、練習なんて無し無し」
「次は撃つわよ。だいたいチマチマ撃つのが間違ってるのよ!! 次は全弾叩き込んで息の根止めてやるわよ」
全弾、そんな事したらマリア隊長にぶっ殺される。
限りある資源にして、命を守る大切な弾丸をたかが狩りで全部使うなんて非常識すぎる
「5番が30発も入った牛なんて食べられないよー、肉噛んで弾かじるなんて絶対に嫌だし……無駄弾使うと言われるよ「サファリツアーにでも行ったのか」って」
サファリがどこかは知らないが、マリア隊長は狩りに失敗すると必ずそう言う。遊びで行くなと同意語だとルツは理解している
「うるさいよビースト、今日は私が狩るって決めてるのよ!! ねっライリー!!」
生意気な年上の兵士、アデーレ。
アデーレ・クウェイルは15ビバーク成立からの恋人ライリーにべったりで、物見胡散のように狩りに出張っていた。
セルロイドでできた人形みたいな容姿、粗野な戦地に不似合いなプラチナブロンドで、青い目が白目を圧迫するような顔。
顔のパーツがでかすぎるのではと思うほどの童顔、とはいえ15歳なのだから仕方ないが。
年齢といい身丈といい自分と大差ないわがままアデーレにルツはうんざりしていた
「だったら別々に行動したらいいのに……」
「やめとくれよルツ、みんなで楽しく必死に狩りをするんだぜ」
ライリーは女なのに男気溢れる言葉をキザに言う、どこで拾ったのかライダースの革ジャン、下に迷彩服、髪を短く刈り込んだ男役。
ビバークの隊長マリアにより狩りは必ず3人で行く事と決められている
獲物を確保しても、パイクに引っ掛け持ち帰りができないと困る。
狩りをしたら持ち帰るまでが狩りだ、肉を置いて帰るなんて言語道断で作業を円滑に進ませるために3人という編成になっている
「14時までは大丈夫だよ可愛いアデーレ、さあ後を追おうぜ」
ライリーは自分に絡みつくアデーレを撫でながらライフルを背負って先を歩く。
女というにはスレンダーで胸の膨らみもうすいライリー。
ルツを目の敵にするアデーレが、恋人を連れてまで狩りに出たのには理由があった。
まだ一度も狩りに成功していないという事もあるが、15ビバークのコック、マッカーシー・チキンの要望に応えたいという自己顕示欲。
「新鮮な肉を食べたいと思うのなら、肉を狩れる者になってくれよ、お嬢さん」
一昨日、夕闇が近づく3時間前。15ビバークのコック、マッカーシー・チキンは数少ないフライパンをふるって兵員たちの料理を作っていた。
今年22歳になるマッカーシーは若いが戦場歴6年の年長者。
少ないながらも28人いる15ビバーク全員の飯を切り盛りする、ストレートの黒髪を縛ったスパニッシュ系。
なにより一番の巨乳。
その双丘からミルクが搾れるんじゃないのかと噂される彼女に、鮮肉が食べたいと要望したアデーレが返されたのがその言葉だった。
所詮後から入ったアデーレ、飯の事で文句を言うなど10年早いという顔が
「取ってこいよ、血の滴るステーキを。アデーレ様のおごりだってよ!!」
食事時に大声でこう言われては行くしかなかった、それもちょうど肉の貯蔵を気にして狩りが必要かなとルツが発言した後の事で、有無を言わせぬ圧力で放り出された形だった
「なめてるわ、ママチキン(マッカーシーのあだ名)は私を一人前の兵士だと思ってないのね」
前線だから戦える事も大切だが、ここでは食料を調達できる者が尊ばれる。
アデーレは今まで借りに出た事はなかった、なかったのに苦情を言ったのは失言だった。
事実ルツとダフィは毎月狩りで牛を取ってくる。
ビバークに肉という恵みを与える2人組は飯におまけがつくほど貢献しており、一等良い兵士と周りからも尊敬されている。
ただ飯を頂くだけの立場にあるアデーレとは違う。
なのにアデーレは出された肉に新鮮さがないと文句を言ってしまった。
結果不慣れな狩りに、勇み足で出かけなければいけなくなった
「ライリーがいてくれれば絶対に大丈夫!! 愛しのダーリンとあたいの愛のパワーでなんとかなる!!」
「そうさ可愛いアデーレ、俺っちがついてるよ」
規則に従い3人が選出されたが、ライリーの他にルツが入れにられたのは完全な保険だった。
無駄弾にならないようにという隊長マリアのプレッシャーとともに、この苦痛の空間の中にルツはいる。
逃した獲物を追ってさまよった3人組は、危険地域を展望できる高台に至ったところで、最初の狩場に元る事にした。
グラニット・ピーク。
ユタ州の荒野にあるちょっとした山、この山を迂回する道にスターク・ロードがある。
山といっても木はなく、乾燥地帯に根付く植物が保表のように立っている場所で、見通しはかなり良い。
この山より向こうに行くと亜人兵が跋扈する領地ダグウェイにつながり、人の臭いを嗅ぎつけて出てくる可能性があるからだ。
亜人は臭いに敏感で、臭いのする方向にめくら撃ちしてくる事もある。
飯を狩りに来て、自分が飯として狩られるのは嬉しくない、見えない牛を追って苦労を続けるよりは近場の狩場に戻りチャンスを待つ方が安全で安心、ルツにそう諭されアデーレは納得しライリーはそれに従う形で帰路の途中で休憩していた
「こないだ本物(正規兵)が来たじゃない、その中になんか薄っい顔した兵隊がいたんだけどさ、ママチキンのこと「まぐろ」って言ってたのよ。あれなんなの?」
強くなった風から身を守るためにライリーに寄り添ったアデーレは、昼食に持ってきた硬いパンをかじっていた
「働かない女って意味だよ、可愛いアデーレ」
支給品とは違う男物の迷彩ポンチョ、ライリーは頭からかぶって風除けとなり恋人と語らう空間を作っていた
「えー、言っちゃなんだけどママチキンは働いてるとあたいは思うよ、そりゃあたいに優しくないけど料理はうまいし」
ビバークのコックであるマッカーシーは、飯炊き以外でも年長としてよく働いている。
マリア隊長が不在の時は、副隊長であるジェシーと共に駐留地を守る班長の1人でもある。
口をとがらせるアデーレに、ライリーは小さな笑みで言い直す
「そういう働かないじゃーねーすよ。つまり、ベッドで働かない女って意味だよ。日本人はそういうふうに言うらしいぜ」
「ベッド、なにそれ!! あの変な男ママチキンとやってたってこと?」
「じゃない、ママチキンは一度「夜業兵」になったことがあるらしいから。その時に励んだ男なんじゃーねぇのかな」
夜業兵。
少女兵は18歳になるとウェスト・ウェンドバー基地の内勤になることが出来た。
刑期が短縮されることはないが、前線で働くよりずっと安全な「塀の中」に入られることは少女達にとっても夢のような話である。
仕事は前線勤務の続く正規兵の「夜の」お相手をする事。
つまりは軍公認の娼婦になることだ。
器量好し、歯並びよし、性病を持っていないこと、後は女として魅力的な体を持っていれば18歳で誰でもなれる。
前線勤務の男たちにとって破格の値段で買える若い女は、正規兵にとって癒しであり息抜きにもなった。
さらに夜業兵の身から、正規兵と良い仲になり刑期を短縮するコネを得ることもできた。
いかにもギブアンドテイクのようなこのシステムだが、所詮刑期10年の少女たち、生きてこの地から帰られる可能性などほとんどないのをいいことに無茶なプレイを要求され精神を壊し原隊に戻されるものも多くいる。
公認の慰み者として生きるか死ぬかの中にあって、一度は安全を信じて夜業兵になったマッカーシーだったが、1年働いて戦地に戻った異色な経歴はそれなりに知られていた
「笑える!! あんなさえない男に足開いてたんだ」
マッカーシーは巨乳、今年22歳になる彼女はグラマラスで背も高い、175センチを自称する彼女にあのひょろりと細い日本人が抱きついていたと思うと、考えただけで笑えるというものだ
「ママチキンはそういうのが嫌になって前線に戻ってきたんだぜ、出戻りさんだから。まぁ俺に言わせれば男とセックスするなんて気持ち悪い事だと理解してくれたかな」
ライリーは同性愛者だ。
ここに来る前、ロスのダウンタウンにあるレズビアンバーで働いていた。
15歳の時、男にレイプされそうになって相手を殺した。それでここにやってきたという筋金入りのレズだ
「あたいも男って大嫌い、あたいのママは毎日日替わりで男とやってたもん。台所でもリビングでもトイレでも、気持ち悪いったらないわ。玄関開けたら合体してるところが丸見えなのよ、新聞配達には見られるは近所に声が聞こえるわで大迷惑。相手の男も超最低、ママにした事をあたいにもやろうとした、だから刺してやったのよ」
アデーレとライリーは同じような境遇で罪を犯しここにやってきた。
互いの過去が近いことから仲良くなったのもうなずける。
実際この手の出来事により犯罪を犯した少女は少なくない、東アメリカより繁栄した人類国家として成立した西アメリカ共和国だが、中身の腐敗はひどかった。
先進都市に指定された首都ロスアンゼルス以下、サンディエゴ、サクラメント、サンフランシスコはハイソサリティには楽園だったが、下層階級の人間は出入りでない聖域であり、ダウンタウンでは犯罪は溢れていた。
罪は日常的にあり、そこから罰に応じて少年少女は徴用される。
格差社会を極めた国家、それが西アメリカ共和国
「ところでさ、日本人って何? どこの州の人なの?」
2人の濃い会話を聞きながら、草原の向こう側に目をと尖らせていたルツはそれが気になっていた。
色んな人種がいる西アメリカだが、ルツがここにきたのは12歳の時。
修道院以外の世界はほとんど知らない、だから人の話を聞くのは好きだが興味のポイントはいつも少しずれていた
「……同盟国ちゃんだろ、たしか海の向こうの島国とかって」
「別の国の人なんだ、そんな人がなんで前線に? 亜人でも見に来たのかな」
ライリーはちょっとイラついていた。
ルツは夜業兵の話になるとまったく聞く耳を持たない、壁を作っているかのように聞こうとしない。
もっと深く言えばレズであるライリーにとって男との睦ごとに興味を示さないのはオッケーだったが、女も見向きもしないルツが、自分たちの関係を汚らしく見ているようにしか思えないからだ
「しりゃしませんぜ、安く女が買えるから遊びにきたんじゃねぇーのかね。日本人ってのは痩せた民族らしいから豊満な女に張り付きたいのさ、ルツも早く出るとこ出っぱらせた女になれよ。俺っちが可愛がってやるからよ」
男も知らない、女も知らない、だから隔たりがある。
自分たちの側に引っ張ってやろうというライリーの顔をルツは惚けた顔で見る
「私達には全然関係ない人か、女なんかどこでも買えるだろうにわざわざ戦場にくるんだから、もっと何か良い事あるのかと思ったけど、つまんないね」
安い女を抱きたいがために、命が安い戦場に来るなんてバカなやつ。
ライリーの誘いに対してルツの認識はそんな程度、隔たりを渡る気は微塵もなかった
「世間知らずだなルツ、男を知れよ、夜業兵になってさ。狩りをする必要もないし戦う必要もなくなる、楽になれる。ここで世間を知ろうと思うならそれが一番てっとり早い」
男を知れば女に興味を持つ
「18からなんて言ってるけど、若けりゃ若いほどあいつらは喜ぶ。なんだったら男の詰まってるビバークで適当に誰かに突っ込んで貰えば……」
「いーよ、こないだダフィに食いついてた野郎を見たけど、汚いケツ出したまま死んだよ。あーいうのはいらないよ」
うんざりな会話だった。
興味がないのに、なぜそっちへと誘うのかという気持ち。
熱量真逆のお寒い話、ダフィやジェシーと話をした時はもっと面白そうだと感じたが、ライリーやアデーレのそれはヌルみを感じる不快でしかなかった。
よだれを垂らして襲いかかった男の惨めな最期にも似た泥沼の愛欲みたいに感じて、顔を合わせているのに遠い何かを見ているような目にルツはなっていた
「なによ、ルツってなに? セックス知らないのにいらないって言ってるの?」
少しずつ後ろに下がる、2人から距離をとるルツに、ライリーの相方であるアデーレが食いついた。
今日までルツに何一つ勝った事のない心が、相手の弱い部分を見つけた事に喜びの顔を見せて
「なんだったらあたいが教えてあげようか、すっごく気持ち良くしてあげるよ」
「いいよ、知ってるよ、でも不必要」
「うそうそ、あんたはあたいより年下だもん。男なんて知らないし、女も知らない寂しいやつなのよ。仲間に入れてあげるわ」
にじりより歯を見せて笑うアデーレに向けて、ルツの目は突然真っ赤に輝いた
「今はそんな事より、これの方が好きなんだ」
ビースト、獣の目である赤い光は黒色レンズのゴーグルの下で瞳孔をきつく搾り、前に持ったM4に、そのトリガーに指をかける。
静かに吹く風の中で、ルツ以外の2人はじっとりとした冷や汗を背筋に走らせていた。
ルツは15ビバークでは常に前線の切っ先に立つ狂人だ、戦い過ぎで殺す事に躊躇がない、ここで撃たれても不思議でなかった事を思い出して
「……何々、何怒ってるのよ、ちょっと戯れただけじゃないの」
目の光に同調するように食いしばった歯、変化に同期する牙が唇の端に見える
「おい、やめなさいなルツさんよ、可愛いアデーレのちょっとしたジョークじゃないか、本気で怒るなんて……」
及び腰で後ずさりをするアデーレを胸に、ライリーは待ったと手を前に出して、静止を求めるがルツの尖った目の色が変わる事はなかった。
「動かないでね……2人とも」
這うように低い声が、牙を伸ばした少女の口にある。
戸惑う2人の前に、ルツは自慢のライフルM4を向けていた
「ちょっと……ちょっと……ジョークって言ってるでしょ!」
アデーレの荒げた声の前で、銃口は少し揺れ、そして火を吹いていた。
フラッシュハインダーの中を走り抜ける黒鉄と、瞬差で弾けた光にアデーレは地面に倒れこみ、ライリーは銃身を跳ね上げていた
「ルツぅ!!!」
当たらなかった、弾は2人の間を抜けた。
ライリーは真紅の目玉が丸く戻ったのを確認しながら突進していた、押さえ込もうと一気に立ち上がった彼女の脇をルツは軽く抜けると飛び上がって言った
「仕留めたよ!! 黒牛だ!!」
「へぇぇぇえ……」
ゴーグルから消えた赤い光、口を大きく広げた笑みでルツは指差した
「やったやった!! 黒だよ黒!! さあ早く持って帰ろう!!」
「はぁ?!! どっ……どこよぉ……」
立ち上がったライリーの下で、頭を抱え腰を抜かしたアデーレが涙目で体を起こす。
見渡す限りの平地の果てに小さな粒のような黒い物体が見える。
300メートルぐらい向こうに倒れた牛、走り出したルツにライリーは息を疲れた顔で聞いた
「今は銃の方が好きって、戦争が好きって事なのかい?」
走る背中は小さく揺れ、一度だけ振り返ると答えた
「好きだよ!! 撃って殺すって簡単でしょ、誰かの腹の下でウダウダ何かを考えるよりシンプルで、面白いじゃん!!」
狂ってる。
ライリーは満面の笑みを見せて獲物へと走っていくルツの背中を見て呟いた。
幼い容姿に可愛い顔、アデーレのようにファッションに興味を持っても不思議でない歳のルツが、殺すことに執着しているのは、ただ楽しいから。それも自分が楽しいからという意見に苦笑いを見せた。
「でもここじゃそれぐらいの楽しみしかねぇっしねぇ」
一瞬、15歳まで街で暮らし裏社会に片足をつっこんでいた自分を省みるライリー。
12歳でここに来たルツは修道院という囲いからこの地獄にやってきた、楽しみの一つも確立させずにきた彼女にとって、戦争だけが趣味であり殺しだけが楽しみだとしても普通なのだ。
前を行くルツの後ろを、慌てて立ち上がったアデーレが大声をあげてついて行く。
小走りに足を漕ぐ子犬のように
「私が撃ったことにしないなら、もう一匹狩るまで帰らないからー!!」
「いいよ!! アデーレにあげるから帰ろー!!」
元気いっぱいの少女たち、花畑を走るように、その肩にアサルトライフルを引っさげて。
今日は狩り、敵と戦わない殺生の花園を3人は楽しんだ。
15ビバークはいつになくにぎやかだった。
新鮮な肉がやってきた事に、夜警当番の者たちまでもが大喜びになっていた
「絶対にお肉残しておいてくださいよー!!」
ビバークから飛び出した先端の塹壕へ夜景に向かう者たちがヨダレを我慢できないほどの良い香り。
調味料はそれほど多くはないが、鮮度の高い肉が焼けるだけで鼻腔はくすぐられ放題だ
「届けてやるから、早く行きな!!」
調理場に張り付く雛鳥の群れ、戦場の先端にあるここがドジャー・スタジアムのホットドック売り場のように黄色い声で満ちている。
はしゃぐ少女たちの前で、一番有頂天になっているのはアデーレだった。
自分でとったわけではないが、そういうことにした。
だから今日一番の大手柄、その賞賛を全身に受けて顔が焼肉の油も相まってテカテカだ
「感謝しなさーい!! あたいがズドンと1発で仕留めてやったのよ!! 腹を空かせたみんなのためにねー!!」
絶頂の喜び、賞賛はそこそこだったが口々に言う「いただきます」にご満悦だ。
自分で煽り高いところで踊ってしまうほどに
「アデーレの奴、調子に乗りまくってるじゃあないか。本当に狩ったのはルツ、あんたなんだろう」
「うんう、アデーレが獲ったの、それでいいじゃん」
目的を達した今、誰が刈ったにしても肉が食えればそれでいい
手づかみで食べる肉のせいで口周りをベトベトに汚した顔が年相応の子供に見える。
マッカーシーは布巾を差し出し、ルツは舌を回して唇をテカらす
「ねーねーそんなことより、マリア隊長はどうしたの? ジェシーもいないみたいだけど報告したいんだよね」
本来なら書類が必要だが、ここでの狩りは非合法だ。
消費した弾がいかほどになったかを口頭で報告しておくのは礼儀みたいなものだ
「ああ、基地に行ったよ。ミドル大尉に呼び出されて」
「……感じ悪いなー、大尉の命令って変なのばっかだしぃ」
「まあまあ、ミドル大尉は出戻りの私やあんたのようなはぐれ者にも目をかけてくれてるわけでしょう、あんたも大尉の命令はよく聞くし」
「良く聞くっていうか、なんかそういう……気かな?」
油で汚れた指で額をクリクリと指差す顔に、苦笑いのマッカーシー
「気ってなによ」
調理場を部下の一等兵に任せたマッカーシーは、手に持ったタバコを見せびらかせて隣に座った。
人にみせるほど上等でなく、少しガタの来た配管のようなタバコだが、趣向品は贅沢の頂点であるここでは珍しい
「タバコ、どうしたのー?」
「拾った。昼間枯れ谷を見に行ったら、亜人兵の屍体が転がってたのよ。後ろから撃たれた感じだから脱走かな? 一緒にいた何人かは人間で……まあそいつらも死んでたけど荷物にタバコがあったのよ」
トゥーイルから南に下ったところに、かつてフィッシュ・スプリング野生動物保護区と呼ばれた場所がある。
荒地の水場であるそこは、西アメリカも東アメリカも欲していた土地でもあるが、亜人軍が東アメリカ軍の拠点としてソルトレイクを占領した今、特別に苦労をしてここまで水をとりにくる必要もないため15ビバークの臨時の水場として使われている。
「脱走かな、向こうは夏がないって本当?」
「さあ、こんなのも拾った」
噴火や気象の問題など、学のない2人に知りようもないこと。
マッカーシーは亜人兵が使う雑納から中身を無造作に広げた。
手榴弾とパック詰のレーション、それにM1911ガバメントと弾丸パック。
「ガバだ、他に銃はなかったの?」
「あったよ、でもダフィに売った。ライフル本体はなかったけど、弾はそのままだったから7番を3セット売ってやった」
「ボロもうけじゃん!!」
実際に金で取引するわけではない、年少兵にも毎月給与として少ないながらも軍票が配られる。
休みという決まった休息日もあまりないが、ウェスト・ウェンドバー基地内にあるPXに行けば軍規律の範囲の中で好きな物品との交換が効くのだ。
マッカーシーはそいつを20枚せしめたとルツに見せびらかし、残った銃に顔をしかめる
「まー、ガバは私が使うからとってきた」と。
亜人軍の銃器セットは西アメリカと大差ない。
元々1つの国だったのだからそうなるのだが、細部によって違うところはある。
動物種と混合され遺伝子操作によって作られた彼らの能力に合わせて武器の使用が違ってくるからだ
一般階級の兵士は犬種とのハイブリッド人間が大半だ、裸眼で1キロ先のものを見通す特性を生かした武器としてM40A1を携帯している部隊が多い。
弾はナットの7番、銃本体はなかなか手に入らないが弾共通なのがおいしいところだ
「ライフルがほしかったんだけど、偶然見つけたものにあれこれ注文つけるってわけにもいかんでしょう」
「そうだよねライフルはダフィが狙ってるし……これってさー、私の手には大きんだよね」
目の前に置かれた灰鉄色のハンドガン。
亜人軍一般兵が持つハンドガンで絶対的多数がガバメントだ。
広げられたそれをルツはつまらそうに見る、普段使っているペレッタよりグリップ部分が少し太いのが特徴だし、弾の交換制もないガバメントは西アメリカ軍の前線で戦う年少兵にとってもっと不評な銃でもある。
「こいつは本物(正規兵)との取引にも使えるし、私は好きなんだけどねー」
マッカーシーはベレも持っているが予備としてガバも使っていた。
ガバメントは正規兵に評判がよかった、西では数の少ない銃だから珍しがって欲しがっているのかとマッカーシーは考えていたが、実は「戦地に行った」「亜人を倒し役目を果たした」という記念品扱いされているなど知る由もなかった
「ナイフだけは好きなんだけど……ハンドガンはいらないなー」
野性味の強い亜人兵の持ち物でもっとも重宝するのはナイフだった。
M9バヨネット、米軍の銃剣としては古いタイプだがグリップ底が開いて小物の収容ができる。
重量も少女が持つには思いが、ルツは好きで使っている
「それにしてもさー、あっちもこっちも脱走があるんだねー」
「あっちもこっちも脱走するぐらい戦争がいやなのに、あっちもこっちもで殺しあってるのさ」
ガバの手入れをするマッカーシーの前でルツは惚けた顔をみせていた
夕餉の時を過ぎ、周囲がだんだんと暗い幕に制圧される夜へと変わっていく
風に混ざる灰で、ざらついた画面が続く時間は彼ら亜人兵の時間だ
「ルツ……アデーレもライリーも嫌いなんでしょ。なんで殺しちゃわなかったの」
夕闇が人の裏側を連れてくるのか、物騒な質問を耳打つマッカーシーにナイフをいじっていたルツは変わらない顔のままだった
「長生きしてる見張りの目は減らしたくないし、殺すのは一瞬ですむし、特に困ってなから」
あっけらかんとしたルツ
「そうね、好き嫌い言っていたらここじゃやっていけない。役に立てば万事よしってことよね」
「そそ」
磨いたナイフで肉を切り、切れ味を確認したルツは、ナイフを一回転させて軍票を1枚置いた
「これもらうね、でさ、ねっ今度はほらあれ作って、あれ」
「熟成肉だろ、早速仕込んでおくよ」
「そっそっ!!」
陽気な午後、夜が始まる星の空。
近づく満月の夜。
キャラクターの色をもう一押し明確にするために1話挟んでみました。