02 逃亡者
「まぶしい、そして暑い」
正直な話ルツはここの景色か苦手だった。
塹壕として掘られた穴、上に拾った小木を並べた日よけ。
ルツ達のいるの15ビバークから60キロ離れたここは、偵察斥候の泊まりばとして作った小型駐留所。
必要最低限のものしかない、本拠地以上に何もない。
壁もH鋼に支えもないむき出しの土、ただの穴ぼこと言っていい場所だ
「砂がぁ、空がぁ、私を苦しめるぅ……」
苦手な景色にルツはフラフラと立ち上が外とを見ては穴に元るを繰り返していた
「苦痛だ、これはライブヘル(生き地獄)だ、折檻だー」
苦痛。
見渡す景色には何一つとして生産性を見つけられないのが第一の苦痛。
もう一つは彼女の持つ目こと「ビースト」にとって一面が青い空の輝きも、砂つぶが舞い光を乱反射させる大地も瞳孔を搾り切らないと頭痛を起こすという苦痛
「早く夜が来て欲しいよー」
穴に戻る、顔を洗いたい衝動の中で瞬きを繰り返すルツを、隣に座ったダフィーが小突く
「夜は……嫌だ、あいつらは……夜くるだろ」
「男も女のところには夜くるじゃん」
「それは……街の男だろ、男が夜くる意味も知らずに……言うなよ」
「プロレスするんでしょ、知ってるよ」
「した事……ないくせに」
軽口の応酬、外を覗くルツのとなりにいるのはダフィ・ダック。
狙撃銃であるM110を猫を撫でるように慈しむクリクリカールの髪、スパニッシュ系、ルツより2つ年上で年の割に色っぽい垂れ目、体の方もグラマラスすな彼女と同郷だが別のスラムからここにきた。
ダフィーの話し方は情熱的でふっくらした唇の見かけとは正反対で、途切れ途切れでボソボソと話す根暗系
遠目には落ち着いた雰囲気を出しているダフィーだが、今日ばかりは落ち着きなく外の情報を欲している
「朝から昼までの間が……一番安全、早くこいよ……」
今日は別の最前線斥候駐留地、22ビバークとの取引の日だ。
斥候がてらにこんな事をしているのにも理由がある。
彼女たちの持つ銃の弾は基本的には西アメリカ軍から補給されるのだが、必ず補給がくるわけでもない。
何しろ前線で働く年少兵に与えられる銃器基本セットは、M16A4とM9ベレ。
統一規格の銃弾セットに、申し訳程度のグレネード。
カモフラの軍服はワンセットの中古で、プロテクターなんて一切ないし、靴も中古、下手すれば屍体から剥ぎ取った再生品という不衛生極まりないもの尽くし。
無いよりはマシ、その程度の扱いである幼年犯罪者更生プログラムにおける年少兵の軍務パックでは、前線の先っぽで偵察や斥候をするに命綱として不足なのだ
「この子の弾が……あるといいな、私にはビーストがないから、弾は良いのが……ほしいのよ」
ダフィーの使うM110は、基本装備のM16とは使用弾が違った。
狙撃銃の配備がないビバークでは、正規兵のおこぼれにあずかるか、装備は同じものを使う東アメリカ亜人軍から奪ったものが使われる。
取引相手の22ビバークは正規軍が使用する空港の前線警備であり、彼らが取引にそれを持ってくる可能性は高かった
「楽しみ……だな、……この子に十分な弾をあげたいわ」
常に生死が良き隣人である前線は、後ろに本格的な防壁を持って基地を構える正規軍人達にとって、死人が出てから報告が来ても「良い」と認識されていた。
むしろ年少兵達が死ぬ事で、敵の行軍を感知するという非人道的なシフトなっているからこそ、自分を守り仲間を助ける物の取引は重要だった
「メディカルパックがあるといいなー、亜人のも悪くないけど薬が使えないからさー」
ルツはベストの左後ろにつけてあるポーチを軽く叩いた。
はっちゃけた性格のルツだが、孤児院にいた頃シスターに習って医療を勉強していた。
切り傷や打撲の面倒を見ていただけだが、ここにきてその知識は少しだけ役立ち衛生兵も兼任していた。
「止血帯と、人口肌に、万能血清があるといいなー」
携帯型メディカルパックもまた定期的に補充はあるが、余剰があっても足りない時が訪れる前線にはまったく行き渡ってないのが現状だ
「薬は……あいつらもださない……と思うよ」
「だよねー、どこも無いものねー」
玉の汗、ルツの腕時計は10時に後2分のところに入り、見上げた地平、逃げ水の中に4人の人影揺れて見えていた。
「悪いね、砂嵐が酷くて遅れた」
荒野を歩いてきた4人は揃って喉を枯らしていた。
顔を巻くフードに細かく張り付いた砂塵、穴に飛び込み払う手で息を詰まらせたマスクを取る
「砂が詰まって死ぬかと思ったぜ」
野太い声、女子とは違うざらついた音、フードをとった4人の少年というには少しばかり身丈を伸ばした青年ぞろいだったが、砂に揉まれた事で一応に疲れていた。
フル装備のベストに2丁ずつアサルトライフルを引っ掛け、後ろには背嚢を持つという大荷物。
取引は小物が原則の中にあって、引越しでもするのかという量だ
「ひゃー、繁盛してるなー、22にはそんなに亜人くるのか?」
「くるよ、ただ鈍臭いのが多い。音響弾使わなくてもルシンにくる補給機の音でフラフラしてるやつらもいる。正規兵だって遊びに来るような場所なんだ」
「ラッキーじゃん、うちには絶対に本物(正規兵)こないし、来てもいい事ないけど、こんなにおこぼれもらえるなら考えちゃうなー」
跳ねる跳ねる、飛んでカバンに抱きついて
「メディカルパックはある? それとナットの5番と交換しよう。どう!!」
自己紹介も待たずに交渉を始めるルツは、勢いバックも開けてしまうというテンションだ
「あるけど、……ナットの5はうちにも」
「いいよ。メディカル2セット、弾2セットで交換しよう」
「うっひょう!! 格安じゃん!! ありがとー!!」
NATO5.56弾はここの基本弾、どこのビバークにも定期的に補給がある。
これで取引をしようとする女に驚く仲間を、プロテクトグラブをつけた手で先頭の男が止める
「初回限定のサービスだよ、待たせたからな」
身体中の砂を払い、少年兵のリーダー格はダフィーの前でフードをとった
「この砂嵐の中で元気だね、目当てものがあるならどんどん言ってくれ。遅刻したのもあるけど多少のサービスはさせてもらうよ」
短く刈り込んだ頭に、生えかけのヒゲ、歳はダフィーより少し上に見える。
少年というより青年は愛嬌良く自分の背負っていた荷物を広げて見せた
「メディカルパックは今回余剰があるからね、こっちが欲しいのは自動浮遊地雷なんだけど、持っているかい」
「そんないいものがあったら私が欲しいよ」
即答だった、面制圧兵器はあるほどに嬉しいが管理も難しい。
特にライフルとは違い、設置や動作に設定が必要となるものは配備されないから、基本的におこぼれと盗品だ。
荷物にダイブして頬を膨らませるルツ
「だよな、あればどこだって持っていたい。でも言ってみないわからないから言ってみた」
あっけらかんとして、残念と肩をすぼめると壁に寄りかかった
「あー、疲れた、君は衛生兵?」
「まーそんなとこかな」
降ろされた荷物を片っ端から広げようとしているルツは、最初に目標物が見つかって上機嫌だ
自分のところから出せるものはそんなに多くないが、互いの関係が和かであるうちに欲しいものは取ってしまおうという勢いだ
「ゆっくり見てくれよ、そのためにたくさん持って来たんだからさ」
ルツの忙しない動き、男たちの顔を確認したダフィーは小首を傾げた
「あんた……見ない顔ね……、他のも初めて……見るわ。ロジャーはどうしたの?」
自分のライフルを放り投げて山盛りの荷物に飛びつくルツとは別に、ダフィーは自分の銃を抱いたまま伸ばされた手に握手をする
「ああ挨拶が遅れてすまん、俺はトビー。ロジャーは留守番さ、隊長がいないと本物(正規兵)がうるさいだろ」
愛想良い顔で太めの眉をしかめ肩をすぼめるトビー。
正規兵が実験的に亜人兵を狩りに来るところでは当然の処置だという顔に、ダフィーは片目を隠した顔を見せた
「22の隊長は……マッケイでしょ、ロジャーは……そんなに偉くない」
「……」
言葉に詰まるトビー、連れていた少年達も困った顔を見せる
「死んだの? ロジャー?」
風の音が巻いて砂が塹壕の上を走る中で、ルツは陽気な顔で確信に迫る
「あっ……ああ、死んだ」
重い口調のトビーは塹壕の壁に心の重荷を預けるようにもたれた
いつも15ビバーク相手に取引をしていた22ビバークの商売人、お祭り男だったロジャーの死を。
「おれ達の駐留地は先月までパークバレーだったんだが、最近に少し西側に移った、理由は北から亜人が来なくなったからだ」
座らない4人、物色を続行しているルツとは別にダフィーは静かに聞いている
「来なく……なったのに……死んだの?」
「ああ、こなくれば、いる所を見つける。それが俺たちの仕事だろ」
砂嵐が視界を奪ったその日、ウェスト・ウェンドバー基地から「移動して前進斥候せよ」の命令が来た。
砂の粒子が幾重にもかさなり、顔にぶつかる感覚がまるで分厚い枕に顔を突っ込むような圧力になっていた。
「なあ、湖に近づくのはまずいだろう。引き返して適当に報告をあげようぜ」
22の隊長であるマッケイはゴーグルの下で磁気コンパスを睨んでいたが、荒れ模様の天気の中では人の感覚の方が機械を無視して狂う可能性もあり、正確な位置を見失う事を危惧した。
出撃した時以上に濃い砂の層、目の前には小さく隆起した岩が見えたのが幸いだった
「ここで休もう。岩に沿って固まれ」
ソルト・レイクは東アメリカ軍最前線基地、それを守るために拡散配備された亜人兵が小さなビバークを作っている。
それに遭遇するのも怖いが、間違って湖に出てしまえばボーダーラインを完全に超えた事になる。
いくら人数がいても敵の支配地に入るのは自殺行為。ここで待機し視界を確保してから動くのは上策に思えた。
止まない轟音の中で全員目を閉じ、身心共に休まらない時間の中で何が起こったのかはわからない
「でも嵐は止まなかった」
トビーの暗い目が後の事を簡潔に告げた
「翌日の朝、マッケイはいなくなった。夜の間に近づいた亜人がいたかもしれないから……連れ去られたのかもしれない」
「死んだの……では……ない?」
「わからないんだ、朝起きた時にはいなくなっていた。逃げたんじゃないのかって噂もある」
汗ばむ額に張り付く砂、トビーの深刻そうな声を吹っ飛ばすようにルツは笑った
「それはないっしょ、どこに逃げるの? 町に戻る方法なんてないのでしょ。お互い前科ものなんだし」
すっかりあれこれと欲しいものを掘り出した顔が言うのは、本当の事だ。
ここにいる少年少女はみんな「前科者」だ。
罪人だから、更生プログラムに従ってこの戦地に送られた。
罪人だから、逃げれば当然罪を贖う最終形として殺される、逃亡罪として。
ここは戦地にして処刑場なのだ。
「もしかしたら東に亡命したのかもな?」
トビーは苦く顔を歪めてみせた。
そこにはスラムであっても戦闘のなかった街を思う望郷の念が見えていた。
「やはり誘導用のビーコンが仕込まれていました」
ミドル大尉の部屋はクラッシックを重んじたデザインで作られている。
西アメリカ軍国防省があるハイテク都市サクラメントを考えるに、少しこだわりすぎた作りでもある。
わざわざブラウン管を模した箱に設置されたモニターで、報告を聞く口元にはパイプをくわえ煙を揺らす
「東の技術か?」
重厚なクラッシックだが、軍部の連絡を取るのに同一企画のマシンを入れないわけにはいかない、こげ茶のテーブルの四方にかざられた真円の装飾から光のラインが走ると、軍本部からの情報が映し出される
「東アメリカ州郡国の部品を多数使っています。あちらの物でまちがいありませんが、偽装が各所にみられます」
映し出された機械の内面図が、赤と青のラインで分割されていく。
各所に使われている素材と精製元を書き込みして
「外殻パーツは基本的に東のもの、メインパーツに「天国の門」を使用していました」
線画で構築された立体図は、ウエスト・アメリカン・ニュースが戦地に持ち込んだ車の天井部分に設置されていたルーフボックスを描く。
下部を改造したパネルアンテナをダミーにした構造、パネル下に隠されていた大型ビーコン。
解体された箱の中にある紫の宝石にミドル大尉は目を細める
「本物なのか?」
パイプの煙の中に浮かぶ大尉の目は、細かい情報を煙たがっていた。
機械が描くラインが目に痛いのだ
「中身の解析からすると本物です、純度は96.3ですが。残念な事が」
「使えないのだな」
「はい」
閉じていく図面、元の状態に戻ったデスクに肘をつく
「奴らが実験体を手に入れたいのは、新しい人体進化のためだろう。東部の環境はいよいよ限界に近いようだな」
「亜人を作り出した実績がありますから、上位階級の人間に合わせた人体進化を必要としていると見るのが妥当でしょう」
入れ替わり額縁の方にカラーで映し出される「元合衆国の地図」
「中央部での火山活動は収束していませんし、偏西風の蛇行は例年以上に範囲を広げています。噴煙による有毒ガスの飛散が及ぼす気象状況の悪化は避けられませんから広域ビーコンを必要としたのでは?」
「ソルトレイクに詰めている亜人軍の動きは逐一目をつけている、最近西に向かって移動開始しているのでそれに合わせて我が軍も前線を移動させている」
「航路が狭まりましたから、やつらも必死なのでしょう」
すべての状況が図面に合わさっていく。
イエローストーンの噴火が起こったのはこの戦争が始まる40年も前の話だった。
当時の科学者たちは限界を超えたマグマだまりによる、地球破滅的爆発が起こると警告を続けていたが、それを回避したのも科学の力だった。
火山列島におこる島の隆起などを安定化させるためにつかわれる、所謂「意図的なガス抜き(クロップダスティング)」ができるようになったからだ。
地殻変動により浮き沈みを少しずつ表した太平洋で、実証されたその方法をイエローストーンでも使ったのだ。
ただ全面的成功を得られなかった。
そもそも限界に近ずいていたイエローストーン、モンタナ州とワイオミング州全域にガス抜きの坑道を作ったところでタイムアウトになってしまった。
人間の浅はかな所業に、自然は思い出したかのように怒りを炸裂させた。
人が作り上げた坑道を日が走り爆破を分散する事はできたが、結果的にセントラル・アメリカ全域を放棄する羽目になる。
この噴火及び四方の爆砕によって合衆国は二つに割れた。
移民政策や戦争など様々な問題を孕み国が割れ始めていたところに、決定打の一撃を打ち込む大惨事となった。
当然の混乱は起こり、合衆国は内乱へと突入、時を同じくして起こった全世界同時多発異変と呼ばれる自然の猛威を前に世界もまた混乱状態へと突入し、各々の国が自らを再生する事で手一杯となった
自然崩壊により世界は再編成をせまられる中、二つに割れたアメリカも国家の成立を急いだ。
世界各国でその動きが活発となって行く中、いち早く国家を作り上げた西アメリカ共和国にとってセントラル・アメリカの爆発は不幸中の幸いだった。
東部からエウロパ騒乱に乗じてアメリカに入り込んだ移民を食い止め、純粋人類の国家である西アメリカを守る壁となったから
「生き残るのは強い人類だ。亜人などという種は必ず殲滅する」
パイプの火を灰皿に、青白い執念がミドル大尉の目に光る
「先遣隊はこちらから出す、今の所はそれで十分だ」
一斉に消える光、あとはパイプの残り火が小さく揺れるだけだった。
「逃亡……誰が逃亡しているの?」
ダフィは抱いた銃に指をかけていた。
警戒心の高さは狙撃兵として当たり前の反応を示していた
「ねぇ、逃亡してるの……って……あんた達なんじゃないの……」
和んでいた空気を割る、読んで合わせるという事はダフィーの選択にはなかったようだ。
銃を構える、もう一度聞いた
「ロジャーも……マッケイも……あんた達が殺したの?」
「そうだよ!!」
塹壕の中、トビーを中心とした男達は一斉に身構えていた。
アサルトライフルを前に、横一線の掃射ができる型に
「銃を下ろせ!! ダフィ、そっちのチビはそのまま伏せろ」
出遅れていたルツは取引の山に伏せる形、2対4の形になった塹壕の中でトビーは繰り返した
「銃を下ろせ!! 殺したくない!! 話をしよう」
相対はダフィにとって不利な状態になっていた。
完全に伏せの状態で頭に銃口を向けられているルツを見るに、どうあがいても死は免れない形だ
「わかった……わ」
降参と両手を挙げたダフィ、その体から銃を引き剥がすように奪い取る
「ちょっと……雑に扱わないでよ、その子……私の大事な子……なんだから」
引き離され壁に押し付けられても銃を心配するダフィ、それを見る男達の目は少々違っていた
「どうして俺たちが逃亡していると、本部から連絡があったのか?」
「ない……わよ、ただ変でしょう……その荷物」
ダフィは最初からトビーを疑っていた。
取引は少人数にして少量が鉄則、なのに彼らは4人でビバークにあるだろう銃器のほとんどを運び込んでいる。
理由は逃亡に必要だと考えた浅知恵が、あれもこれもと手にした結果と言い切れた
「そこまでわかっているなら話が早い、一緒に行かないか」
割座でトビーを見るダフィは鼻で笑う
「バカ……どこに……逃げるって言うよ……」
「南の方へ」
「ベガス・ラインで捕まるのが落ちだよー、死にたくないでしょ、やめなよこんなこと」
頭まで強くねじ伏せられたルツは、新品のヘルメットを半分かぶる形で変わらない軽口を聞かせ国外脱出の夢をせせら笑っていた
現在西アメリカが唯一国家として国交を開いているのは太平洋をまたいだ島国だけだ。
南下したところにはベガス・ラインという国境線が引かれており、南米からの移民流入を抑えている。
同時に内側から外に出る事は出来ないように警戒が厳守される地域
「南米にはいかない、捕まったら炭鉱送りになる。俺たちは海を使って逃げる、南洋の島には中立国が沢山あるから」
考えなしに逃げたわけではない。
トビーは自らの銃を降ろし力説した
「俺たちが犯した罪は戦地で死ななきゃいけないほどのものじゃない、こんな非道な刑罰に従う必要なんてないだろう」
脱走の理由を、拳を振るって
「どんな犯罪も一律10年刑期なんて、まずそこがおかしい。それに10年をこんな所で生き残るなんて不可能だ。こいつらは2年前入ったが、来年まで生きられると思うか? 俺は4年ここにいて理解したよ。ここは執行日が不明な処刑場だ。最初から俺たちはみんな死刑の判決を受けてるんだ。こんな不公平の中で死ねるわけないだろ!!」
文学的だな、ダフィは虚ろに下げた目線の中でそう思った。
トビーの話し方は理性的で、わかりやすいけど相手を威圧するような声に首を振る
「だったら……あんた達で……行ったら、止めないから」
「そうだよ、あと荷物を少し減らした方がいいよー。こんなの担いでたら途中でヘタるよ」
「黙れ!!」
ルツのヘルメットに銃の台尻が当たる
「一緒に来ないなら死ねよ!!」
「待て!!」
男達は逃げる事に執心しており、そのせいで苛立っていた。
自分たちの本心を見抜かれた事に対する恐怖と、逃げ出したい気持ちが逸り暴力的になり始めていた
「待て、どのみちこの砂嵐じゃ道に迷う、今日はここに」
遠い道のりだった、逃亡で怯えた心を抱え続けるには休息が必要だった
「殺しましょう!! トビーさん、こいつらと一緒にここに留まるなんて、俺には耐えられない!!」
「よせ!! だったらこっちのチビ方だけ殺せよ。こっちの女は楽しみたい……」
そう言うや、男は銃を投げダフィの体に覆いかぶさっていた
「いい匂いだ、女は久しぶりだ。初めてのやつだっているんだろ!! やろうぜ!!」
抑えていた理性、この荒野で少年兵から少し大人の体に成長した彼らには欲しいものがいっぱいだった。
14歳前後で戦場に来た彼らにとって、女は正規兵で見る存在でしかなかったが、見たときの興奮が思春期をよく示していた。
軍服の胸を膨らませた女という存在に、あと10年は得られない女を、その体をどう妄想するかなど決まりきったものだった
「いたい……じゃない……、ちょっと……」
自分の体を力で無理やり触る男の下でダフィは、苦しそうに手を振った
「やめ……て……よ、気持ち悪い……」
襲われるダフィを見ながらトビーは動かなかった、冷めた目は選択を誤ったバカな女と背を向けていた。
それを了解ととったのか銃声が響いた。
ルツの頭に向けていたライフルの音に、ダフィの目は大きく開いて声を失っていた
「死にたくねーだろ、おとなしくしてろよ、お互い気持ちいい方がいいだろ」
正当な行為を正当化する言い訳。
少年兵と呼ぶには少しばかり育った青年達にとって、ダフィの容姿は久しぶりの女過ぎた。
上着の迷彩服を脱ぎ、タンクトップ一枚の彼女の胸に、最初から釘付けだった
「ここ出たら国境越えるまで生きていられるかもわかりゃしないんだ、女を知らずに死にたくないだろ!! 今日はこいつを輪姦して景気付けしようぜ!!」
もうしゃかりきだった、押さえつけたダフィの服を無理やり脱がそうと男達の手が引き合い、あっという間にタンクトップを剥ぎ取っていた。
褐色の彼女の肌が舌舐めずりする男達の前にあらわになり、隠そうとする腕をみんなで押さえ込む
汚い笑みと真っ赤な舌は吸い付くように肌を舐め、ダフィは顔を歪ませ声をあげた
「早く……してよ!!」と。
「なんだよ、その気になってるのかよ!! 今挿れてやるぜ!!」
欲情で頭の中をドピンクに染めていた男達の視界を真っ赤な雫が乱舞する。
景気付け、最初の何かだと、熱に浮かされズボンを下げていた男の目の前に、狩り取られた頭が降っていた。
「はっ……ワァァァァァァァァァ!!!」
乱れたダフィーの髪のとなりに、間抜けな顔のまま絶命した男の首が。
恐怖だけが、欲情を冷ます特効薬、振り返った男達の前にあるのは狼の目だった。
下半身に熱は囚われたまま、逃げようにも腰砕けで顔が地面を舐める始末。
口を開き怯える男に真っ赤な光が流星の如く近づく。
「うわっうわぁ!!」
素っ頓狂な声を出す喉にもう一本のナイフは刺さり、生の呼吸を止める。
瞬く間に2人を殺したルツは、転がっていたライフルを取り上げていた。
輪姦から目をそらし背中を向けていたトビーと、ズボンを下ろし始めていた男が四つん這いで逃げる姿を確認し、間髪入れずにルツは撃っていた。
「遅い……もっと……早く殺しなよ……」
「いいじゃん着替えも手に入ったし」
ダフィは破かれたタンクトップの代わりを彼らの背嚢から探し出していた。
昼過ぎに入っ時間、砂に素肌を叩かれるのはごめんとそそくさと着込むと不平を零していた
「……胸みられた……最悪よ、こんな野郎どもに……」
自分を組み敷いた男達を蹴飛ばし哀れな末路に唾を吐く。
血と硝煙、小説に描かれる世界はここに普通にあった。
大型ナイフで骨ごと首を切られた男の首と、まっすぐ喉にナイフを刺された彼、半裸で背中からライフル弾をくらい倒れた男と、某然とした目を晒したトビーの屍体は狭苦しい塹壕の片側へと投げ込まれていた。
「ねっねっ、もうちょっと待ったらプロレスしてた?」
男女の睦ごとは聞くばかりで、したことないルツにとってライトな質問だったが、ダフィの唇はひん曲がっていた
「見た……かったの?」
「そりゃ……」
ルツはそこまでいって空気を読んだ
「見たくないかな、男のケツって汚いし」
きっと嫌なんだ、それだけは気がついた。
ああいうのは仲間のでみたいとか願うものじゃないし、気持ち悪いと本心で思っていた。
プイッと顔を背けた年下のルツにダフィは耳打ちした
「ルツ、私が……女の快感……教えてあげよう……か?」
ぺろりと耳を舐める舌に、飛んで逃げるルツ
「冗談だから、ジョークだよ!! レイプ反対!! 次はもっと早く助けるよ!!」
ダフィは色っぽい、16歳とは思えない色気のある顔でルツを見つめる
さすがに背筋がむず痒いと距離を取る子供を笑う。
笑われて口を尖らすルツの様子にダフィは話題を切り替えてやった
「あんた……よく、弾……よけられた……ね」と。
「あっ、あんなのトリガーの音が聞こえればチョイとだよ、あいつ撃ったの確認しなかったし、1発しか撃たなかったし」
新兵だった彼は、ルツの頭蓋をヘルメット越しにしか撃てなかった。
いやヘルメットという遮蔽があったからこそ撃てたが、屍体の確認は怖じてしなかった。
至近距離の5.56弾では頭蓋が弾けて脳がマッシュポテトのように泡を吹いている、気持ちいい思いをしたいのに気持ち悪いものを見たら、いくら思春期真っ盛りで天井知らずにいきり立つ逸物でも萎える。
正直な欲情に負けたのだ。
だからルツがギリギリで弾を避けていた事に気がつけず、ヘルメットの穴だけで確認を済ました。
後は嬲られるダフイに興奮し視線が泳いだままあの世に行く事になった
「……ビースト、便利だよね……目は光る……けど」
「見えればなんだっていいよ、後はおまけみたいなものだしー」
真っ赤に光る目の中に絞った瞳孔を浮かせたルツは、ナイフを何本かバックに包んで外に投げる。
死人が運んだ物資を選別していく
「ミニミは持ってく?」
「持って……帰る、マリアが……欲しがってたし……あった!!」
ダフィは、やっとお目当てのものを見つけ、ここに来て初めての優しい笑みを見せていた。
彼女の「我が子」M110の弾が入ったボックスを発見、抱きしめて喜ぶ姿は子犬を抱いているように見えるほどだ
「これだけ……あれば……、後はいらない」
「ダメだよー、バイクに乗せられるだけは持って行こうよ」
「隠して……おけば……いいわよ、屍体が……人よけで役に立つわ」
「そりゃそうだけど、置いとけないよ!!」
死んだ人間も少しは役に立つ、ここで兵器の番をす汚らしい屍体として。
すっかり帰宅モードのダフィは、背嚢に弾をしまいこむと足早く塹壕から飛び出した
「ルツ、砂嵐が……あるうちに……帰ろう」
砂嵐は休憩するための時間じゃない、亜人兵も感覚を狂わせる砂の中こそが安全な道なのだから。
ここで死んだ楽園希望の夢想家だった男達にはそれがわかっていなかったようだ。
同い年の仲間を連れた盲目の案内人だったトビー、当惑して見開いたままの目を晒して死んだ男は砂漠のピエロだ。
いる必要のない存在だったとしかおもえなかった。
ルツは大入りの背嚢を二つ下から投げると、塹壕に残った荷物に向かって発砲した
「燃えちまえ」
塹壕には爆薬タイマーの音が、外には砂の音が続く
「もったいないけど、あんま持ってると疑われるからさー」
逃亡者達はここで仲間割れして撃ち合って死にました、で丁度いい。
興味なさげに現場から背を向けたルツは、ポケットからこないだ拾った箱を出していた
「同じものが見つけられるかと思ったけど無かったな」
四角四面のブラックボックス。
ここに来る前、正面と思わしき面が紫色に少しだけ輝いていた
「なんかいいことあるのかと思ったけど、武器が増えてよかったとしよう。おっ!! こっちこっち!!」
細かく打ち付けるモッシュの中で、ゴーグル越し目は見つけていた
先を行ったダフィがバイクに乗り、荷物を取りに来る姿に大きく手を振った。