1-2 最悪な出会い
まだ続きますよ?
人という生き物は、生きていれば様々な経験をすることだろう。
俺だってこの世に生を受け、16年間を平和とは言えないまでも、生活してきて様々な経験をしたものだ。
小学校では給食の牛乳が俺の分だけ賞味期限が切れていて腹を壊したり。クラスのみんなで集まろうとなった際に俺にだけ連絡がいってなかったり。卒業式では俺だけ卒業証書が無かったりもしたな…。
今思い返すとロクなことが無いな俺の人生!
こんなのは小学校だけだと思いたいが、年を重ねるごとに不幸の質、そして量が増えていっていたことを思い出し頭を抱えたくなる。
しかし今はそれすら叶わない。
抱えるための腕は、ある一部分を隠すために使われているのだ。
現在わたくしこと椎名春樹は町中を全裸で走り回っている。
いくら不幸な俺でも、生前にこんな経験をしたことは無かった。
というか、全裸で外に出たら職質されて、逃げ回ってます☆なんて経験あってたまるか。
そもそもなんでこんなことになった。どうしてこうなることを予想出来なかった。対策のしようはあったんじゃないのか。と元凶である奴に問い詰めたいがそれも出来ない。
元凶である男、橋渡しの神というアルエッタは俺を全裸でこの世界に転生させてそそくさとどこかに消えてしまった。
奴の去り際の一言が未だに頭に残っている。それは、この世界に転生した俺にかける言葉などではなく
『あ、服を着させるの忘れてた』
そういって逃げるようにアルエッタは消えた。
それはもう見事に消えた。一瞬の出来事すぎて声も出なかった。
そりゃ神様なんだし、テレポートみたいなものを使えるのは当然だろうけども。
一人全裸で取り残された俺は当然町の人達に通報され、警察みたいなものに追われる始末。
一緒にテレポートさせてくれてもよかったんじゃないですかね神様!俺あなたのせいで前科持ちになりそうなんですけど!!
とりあえず、次あったら文句の一つでも言ってやろう。
「いたぞ!あそこだ!!」
「嫌だ!!再会するにしても檻の中だけはいやだああああああああああああああああ!!!」
路地裏へ入り、右へ左へ逃げる逃げる。
こんなところで捕まってたまるか…!転生した初日に前科持ちになるなんて絶対に嫌だ!しかも罪状が『全裸で町に赴く変態』みたいな感じになるなんて絶対に嫌だ!!
追っての声も遠くなり、辺りが静かになったことを確認して俺は足を止める。
蘇生したばかりなのにこんなに激しい運動をしても大丈夫かと思ったが、体の方に異常はみられない。せいぜい息が上がっている程度だ。
いやまて。全裸の男がはぁはぁ言ってるのって絵面的に相当まずいものがある。
こんなところ誰かに見られ――いやまてこれはッ!!
俺は咄嗟の判断で思考を中断し、近場にあったゴミ箱として使っているであろう木箱に身を隠し、辺りを見回す。
人の姿は…無い。
「あ、危なかった…今のは完全にフラグ、つまりあのまま最後まで言葉が繋がっていたら、俺は今頃誰とも知らぬ美少女に悲鳴をあげられ、弁解しようとするも悲鳴を聞きつけた人達によって取り押さえられ、HENTAIの汚名を一生着せられ、暗い豚箱でこの余生を過ごすことになっていた……」
そんなことにはならないしさせない。フラグが立とうとしているなら、立つ前に折ればいいんだ!!
周りに人が居ないとこを再確認して安心したからだろうか。全裸であることに対する羞恥心が少し削がれた気がする。
町中で全裸という普通に生きていれば絶対に経験することの無いシチュエーションだが、それが今は無性に楽めるような状況なんじゃないかと思えてきた。
そうだよ、せっかく町中で合法的に全裸になってるんだ!俺は悪く無い、悪いのは服をくれなかった神様です!でいいじゃないか!ちゃんとした理由があれば裁判にだって勝てるぞ!今は思う存分、二度と経験することが無いだろうこの状況を楽しもうじゃないか!
だからだろうか。周りの確認をロクにせずに大声をあげてしまったのは
「ふふ…なんてことは無い。やれる!やれるぞ!!今の俺なら魔王だって倒せるぞ。ハッハッハッハッハッ!!!!」
「……誰ですかこんな朝早くから…騒ぐなら森の方でやってくださ…………い?」
突然背後から声をかけられギョっとする。
どうやら、そこにあった木箱の中身はゴミ等では無く、人が入っていたようだ。
声の感じからして女性だろう。
なぜ木箱の中に居たんですか?とかもう昼ですよ?とか聞きいて世間話でもしたいところだが、今の俺はZENRAだ。恐ろしくて振り向くことが出来ない。
まずい。非常にまずいぞこの展開。異世界にきてはしゃぎすぎて失念していた。
――自分が、人の何倍も不幸であることを。
どうしにかしてこの状況を乗り切る方法を考えるんだ……!お前の頭は何のためについている!頭の中は何も入っていないのか?違うだろう!俺の頭の中にはこういう絶望的状況を覆すための策を練る、脳みそがぎっちぎちに詰まってるだろ!
思考を繰り返し脳をフル回転させ、答えに辿りついた――!!
――――――無理だわこれ
人間諦めが肝心。ここは下手に弁解するよりも、何事も無かったかのように通り過ぎる通行人になり切ろう。
女性に背を向けまま、早速作戦を実行する。
「やぁレディ。今日は良い天気だね。ところで朝早く、というがお天と様を見てごらん。ほら、あんなに高くに上がっているよ。少し君は生活のリズムが狂っているようだね。こんな時間まで寝ているということは夜更かしでもしているのかな?夜更かしはあまりよろしくないな。人の元気は生活リズムから!生活のリズムを整えれば人間自然と元気に生活できるんだよ。だからこれからはあまり夜更かしをしないようにしないとダメだぞ」
決まった。完璧だ。どっからどう見ても紳士だ。
これで後は何事も無いように立ち去るだけ。後ろの女性があっけにとられてるうちに――!!
「あの…あなたはなんで全裸なんですか?春といってもまだまだ寒い季節なんですから、しっかり服は着ないとダメですよ?」
おおーーっと華麗にスルー!!!
立ち去ることは出来なかったが、これはこれでいい方に転んだ。この女性、全裸の俺を見ても悲鳴をあげないではないか!
こういう時のテンプレは『この変態ーー!!』と怒り狂った女性の平手を受けて身動きが取れなくなり、悲鳴を聞きつけた警察に引き渡されるのがオチだと思っていたがまさか、まさかこんな展開になるとは……。
ふっ…これが俺の紳士力といったところか…
「なんだかちょっとイラっときました。とりあえず一発殴ってもいいですか?後姿を見てるとなんだか無性に殴りたくなるんです」
「まちたまえ、僕は紳士だ。決して変態では無いから安心してくれ」
「紳士は普通こんな所で全裸になりませんよ」
返す言葉もございません。
どうしたものか。全裸の理由なんて。馬鹿正直に実は異世界から転生したら全裸でした。なんて言っても信じて貰えないだろうし、それ以外で全裸で居る理由なんてそういうフェチズムの持ち主としか…!!
なかなか言い出さない俺を見かねて、あちら側から声をかけられた。
「もしかして、あなたは旅人で、追剥にでもあったんですか?」
――追剥。日本ではあまり聞かないがここは異世界なのだ。そういうのがあるのが普通なのだろう。
別に追剥にあったわけでは無いが、ここは追剥のせいにしておこう。
「じつはそうなんだよ。この町に来て色々見て回っていたら突然怖いお兄さんたちに捕まってね。持ち物と服をすべてもっていかれたんだよ」
「嘘ですね。この町で追剥事件なんて聞いたことがありません」
どうやらカマをかけられていたみたいだ。
カマかけに見事にひっかかり、下手な嘘や冗談を話せばすぐにでも警察に突き出されることになるだろう状況に。
一瞬だけ助かったとみせかけまた奈落の底に突き落とされた感じだ…ああなんて理不尽な世界。
こうなれば、本当のことを話して納得して貰うしかないだろう。
俺は意を決して、女の子の方に向き直る。
なんというか、その女の子はとても美しかった。
日の光に当たり美しく輝く銀色の長い髪に赤い眼を持ち、その顔立ちは可愛いと綺麗の中間を取ったような端整な顔立ち。
年は俺よりも一つ二つ下くらいだろうか。
少しやせ気味ではあるものの、そういう子が趣味な人にはたまらないであろう体つき。
美少女ゲームなんかに出演していれば、人気投票で一位を獲得しそうな感じ。
今までの人生での女性経験が極端に少なかったからか、目の前の美少女に委縮してしまったからか。上手く言葉が出てこない。
「あーっと…とりあえず、名前を…。俺は椎名春樹っていうものだ」
「あ、はい。私のことはリリアとでも呼んでください」
ところで…とリリアと名乗った少女が続ける。
「せめて前くらいは隠して欲しいのですが。ハルキさんはやっぱり変態さんなのですか?」
「おっと、これは失敬」
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