1-1 暗闇の中で
時間が……無い…
目を開けると、そこには闇が広がっていた。
目印になるものが何もない、暗闇。右か左か、前か後ろか、上か下かさえわからない。
混濁した意識の中、俺はここが死後の世界なのだと理解した。
三途の川があるわけでは無い。閻魔様に罪を問われ、地獄行きか天国行きかを言い渡されるわけでもない。
恐らく、ここに居ても何が始まるわけでも無い。俺は本能的にそう感じていた。
ラノベみたいに、神が現れ、何かしらのチート能力を与えられて転生するわけでも。
あるいや、死神や地獄の死者やらに連れられ、人が思い描くような死後の世界に連れられるわけでも無い。
ここが、俺の死後の終着点なのだ。ここから先は何も無い。ここで終わり。
転生も、地獄行きも、天国行きも無い。もしかしたら地獄行きよりも辛いものかもしれない
自分の不幸が死後まで付きまとってしまったのかもしれない。
本来であれば、どこか別の所に行くはずだったのに、そこにたどり着く前にこの何もない闇の中に迷い込んでしまったみたいな。
あるいは、不幸が何者かにかけられた呪いによるもので、本当の死後の世界にたどり着けず、この闇の中に閉じ込められてしまったとか。
体が無いからか、眠気も空腹も感じないが、意識だけは嫌にはっきりしている。
ただただ意識だけがあり、常に思考をしているみたいだ。
何も考えたくない。そう思うことすら思考を覚醒させる。
何も無い空間で、ただただ無限の時を過ごす、そんな地獄。
意識が無ければ、どんなに楽だったか。
思考をしない生物だったら、どれだけ幸せだったことか。
死後すら理不尽だなんて、この世界は本当に
―――理不尽な世界だ
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どれだけの時間が経ったのだろうか。それすらもわからない。
一日だけのようにも思えるし一時間しか経ってないかもしれない。
一年かもしれないし一週間かもしれない。あるいはもっともっと長い時間かもしれない。
時の流れすらわからない、本当に何も無い、終わった世界
そんな、すでに終わった俺の世界に
闇しか存在しない俺の世界に
光が舞い降りた
「椎名春樹。ずっと其方を探していた。其方達の暦で五百二十七年かかったが、ようやく見つけることが出来た」
終わった世界に差した光は、やがて形を持ち、人の姿に変わっていく。
その光に当てられ、意識だけの存在であった俺までも、人の形を取り戻しつつあった。
「今、其方の体を再生している。多少の違和感はあると思うが、我慢してくれたまえ」
視覚が完全に再生され、目の前の光の眩しさを改めて実感する。
やがて、光がこの暗闇全体を照らし、世界が明るい光に包まれる。
「たった今、其方の体の再生が完了した。おはよう。椎名春樹」
目の前に姿を現したのは、人間離れした美しさを持った少年だった。
年は生前の俺と同じくらい、15、16くらいだが、その身に纏う雰囲気が、彼を人間よりも位の上の者と認識させる。
あなたは――
と、声に出そうと思うも、うまく声が出せない。長い間の意識だけの生活の中で、声の出し方というものを忘れてしまったのだろう。
体を動かそうとしても、動かせない。生前は無意識に出来たことが出来ないことに違和感がある
「名乗りが遅れたね。私は世界と世界の橋渡しをする神、アルエッタ。君にちょっとしたお願いがあって来たんだ。だけどその前に、君にその体の使い方を教えないといけないようだね」
そういって、俺の前にたった神を名乗るアルエッタという男が、俺の額に、美しい手をあてる。
かざした手から出た光が俺の体を包み、莫大な量の情報が頭に流れ込むのがわかった。
「っかは…はぁ……こ、声が出る…体が動かせる…?」
光が収束し情報の流れが収まると、俺は自然に発声し、体を動かすことが出来るようになっていた。
「荒療治ではあるが、許して欲しい。正直あまり時間が無いのでね」
「あーあー…おお、本当に声が出る、体が動く…俺の声ってこんな感じだったんだなぁ」
自分の体をぺたぺたと触る。手もある。足もある。体もしっかりとある。
どうやら本当に再生されているらしい。
「自分に実体があることに感動するのもいいのだが、話を聞いては貰えないだろうか。悪いが、本当に時間が無いんだ。このままではせっかく君の体を再生したのに、それが無駄になってしまう」
柔和な笑みを浮かべながら、少年はまっすぐに俺を見つめる。
何か重要なことがあるのだろう。自分の体の確認をやめ、少年の視線に答える。
「ありがとう。聞きわけが良くて助かるよ。これも、五百年の思考のお陰かな。私が切羽詰まってることを端々の情報から察したとでもいうことか」
なんてうれしそうに語る少年。五百年の思考というのは、俺がここで過ごした時間のことだろう。
続けてもいいかね、といった感じの視線を送る少年に俺が頷くと、少年の顔に笑みが増した。
「本当に素晴らしいね…。さて、早速本題に入ってしまおう。君には世界を救ってほしい。っといっても君が居た、日本という国がある世界じゃ無い。君たちの言葉で言うところの、異世界かな」
「つまりは、異世界に送る際にチート級の能力を持たせてあげるからさっさと魔王を倒してくださいみたいな感じでいいのか?」
こういう場合のセオリーは大体転生の特典でチート級能力をもらって、異世界でオラオラして適当に魔王を倒せってことだろう。
俺じゃ無くてもそれは出来るのではとも思うが、何か理由があるのだろう。
「その通りだね。といっても、それだけなら君じゃ無くてもいい。死者を適当に見繕って異世界にチートを持たせて送れば、いつかは魔王は倒されるだろう。普通なら、ね」
「つまり、あんたらのいう異世界の魔王は普通ではない。そしてその魔王を倒せるのは俺だけってことなのか?」
少年は頷いて肯定した。
「その理由、というのは出来れば転生先で話させて欲しい。説明も無しにこんな無茶な願いをしてしまって申し訳ない」
「それはいいよ。それよりも、もし俺がそれを断った場合はどうなるんだ?もう一度俺がいた世界に赤子として生まれ変われたりするのか?」
この質問に対し、これまで微笑みしか浮かべていなかった少年が初めてその表情を崩し、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「……ここの空間に、永遠に居てもらうことになる。僕が橋渡し出来るのは君たちの世界と異世界だけ。そして、この空間にいる君は生まれ変わることは出来ないんだ……」
この少年は、なんて言った?
永遠にここに居ることになる?生まれ変わることは出来ない?
「言いたいことはわかる。だがすまない。本当に時間が無いんだ。後五分、君に考える時間をあげよう」
少年は、俺の前に小さな砂時計を浮かばせる。
この砂時計がタイムリミットで、砂が完全に下に落ちたら俺はこの世界で永遠に過ごさなければならなくなるということか。
「君には選択肢がある。このままこの闇の中を永遠と彷徨い続けるか、異世界に転生し、呪いの元凶である魔王を討伐し元いた世界に戻るか。どちらを選ぶも君の自由だ。魔王に怖気づいてこのままこの闇の中を彷徨ったとしても、咎めるつもりもない」
目の前の神を名乗る少年の出した二択に、苦笑いをする。
そんなの、決まってるじゃ無いか。
考える必要も無い。神が評価する俺の思考とやらを使う必要も無い。
最初から答えは決まっていたのだから
顔に出ていたのか、俺の表情を見て少年がその年相応な笑顔を見せた
「しょうがない。この空間に居るのも飽きたし、いっちょ世界とやらを救ってやりますか」
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