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百物語

第二王子

作者: よる

第二王子の名前はシュヴァル・ロードミルズ。

ロードミルズ王家の第一番目の王子ではない。

王様と後を継ぐ予定のない二番目の王子、ロア王に二人目に生まれた息子だ。

王様には王妃様との間に四人の子供がいる。

十年と少し前、美しい王妃様が最初に生んだのは男の子で、王子の誕生には国中が喜んだという。

次に生まれたのはお姫様で、王妃様によく似た顔立ちの美しい赤ん坊で国中の者が笑顔になったという。

三番目に生まれたのは王子様だった。二人目の二番目の男の子。そしてその赤ん坊は色があまり王様に似ていなかったから、みんな心の中でとても驚いたという。

四番目はお姫様だった。第一王子と姉姫にそっくりな元気で可愛い赤ん坊で、笑顔を忘れつつあった者たちが思い出して微笑んだという。


第二王子様に取り巻く問題の原因は、二人目の男の子で“また”が付いたことではなくて、髪の色が変わっていたということでもなく、その頃にはただ国がゆっくりと疲れ出していたのだとアスランは思うのだ。

世界には、二番目と言われる男の子や女の子が生まれ続ける。末のお姫様だって二番目のお姫様だったが、大切に愛されている。

そして、親とそっくりではない子供だって、あちこちにいて、からかわれることはあってもたいていは大きな問題にならないことを知っていた。

アスランの育った村の村長さんの娘さんは村長と違って折れそうに細い人で、髪も禿げていなかったし、赤毛のおしゃべりマージィは家族の一人だけ赤毛だったけれど笑っていて、マージィの母が責められることもなかった。

たまたま似ていないって事だって珍しくないと思うのだけれど、王都ではそうは考えないようだ。


でも囁かれるような噂話が、もしも本当だったとして、でもそれならなおさら、その第二王子の責任ではないはずでーーー。

そんなことで責められるのは不当だった。

そして、だから可哀想。

よくわからないけど、たぶんアスランはそんな風に考えていた。

だから第二王子は、特別何も悪くないのに、少しだけ、王子さまなんだけど、可哀想な奴———。

可哀想な奴だから、少し気になって、少しだけ他の奴らと違った気持ちで見ることができたのだ。




王都の中央には王宮がある。

内部にこんもり大きな森があるような広い敷地を、塀がぐるりと取り囲んでいる。永遠に続くような高い塀と正面大門には何人もの衛兵が配備されている。

そして王宮の近くに犇めくように建てられた重厚な建物群には王都でも特に重要な機関や組織が集まっている。貴族の屋敷もこの警備の厳重な街の中心部にあり、一般庶民には立ち入るだけで息が詰まりそうな高級地区を形成していた。

そしてアスランがいる、王立のアゼラ学院もその一画にあった。

アゼラ学院とは、国の中でも最高峰の学舎で、国中から選びぬかれた未来を担う優秀な子供たちが集まって学問を学ぶ場所———だった。

入るのは大変だが、入ってしまえばもう貧富など関係のない理想郷があると信じていた。信じられていた。

でも入ってみると、すぐにほとんどが貴族の子弟や裕福で権力すら手にする金持ちの子供たちばかりだと気付くことになる。

建前は、やはり建前に過ぎず、全国から集められた子供などという者は全体の一割もいない。年々合格者数は減って、アスランの学年では、アスランを入れてわずか三人だけで、一人は半年持たずにやめてしまい、もう一人は病気を拗らせ休養中だった。

体調が良くなって、彼がもう一度学舎に帰ってくることはないとアスランは思っていた。

だからアスランは、卒業するまでずっと一人なのだ。

ここにやって来て心の病気になったのだから、ここにいては治るわけがない。戻らないことも別に、悪いことではない。

アスランのようにどうしてもと言う目的がないのなら。

諦め挫折できるのなら、それはそれで彼にとって良いことーーー。

でもアスランは退けないから、学年で一人になっても奨学生続けるしかない。

庶民でありながら、難関の選抜試験を突破して学ぶ事が許された子供は、奨学生として学費も生活費もすべて免除される。卒業後の将来も確約されて、国の中枢に近い役職に就くことになる。

画期的で、時間は掛かるがアスランにぴったりの制度で、これに選ばれればいずれ、辿り着けるーーー。

選ばれたのだから、あとはもう少しーーー。

小さな幸運枠に無事に、必死に勝ち取ったアスランだったが、今ではすっかり、その瞬間に感じた喜びなど忘れてしまって、自分は宝石箱に混じり込んだ小石だと考えるようになっていた。

国中の子供から選抜された難関を突破しようが、小石はただの小石でいくら磨いても宝石にはならない。

卒業後のアスランの目的だって、馬鹿な夢を見てしまっただけなのではと揺らぐようになっていた。

でも他に思い付かないからーーー。

小石は、ここに入ったことで宝石にはなれないと強く強く思い知らされるのだ。

アスランにも、心の病は忍び寄っていた。




場違いの居たたまれない思いが身体中に詰まっている。

目的があるから決死の覚悟で学院に入ったのに、目的があるから逃げることも出来ない。アスランも静かに壊れようとしていた。

小石は頑丈なんだ。たいていの宝石より硬いんだ。こんなことぐらい平気、ぜんぜん平気、しばらくの我慢だけ、だからーーー。

だから、第二王子の姿を見かけることだけが少し楽しい。

毎日の中でそれだけが少しだけ楽しいから、つい目を向ける。

中庭の隅の椎の大木の根元に座って本を読んでいたアスランの前を、笑顔の華やかな集団が通り過ぎようとした。

髪が長いうえに衣装も長いから、二番目の王子様でも、まるでお姫様のように見える。

お姫様なら笑っているのが似合いそうでも、二番目の王子なのでにこりともしていないのだ。

いつも仏頂面で、不機嫌そうなところが、一層、この王子のことが好きなんだとアスランももう気付いていた。

王子様も、楽しくないから。

自分と同じで、毎日を楽しんでいない。それが支えだった。自分一人だけではないから。

それが嬉しいのだ。

今日もほら、ちっとも、楽しそうではない。

素早くこっそり確認して、心の中でほくそ笑んだとき、アスランにとって予想外のことが起こっていた。

見つめる先で、銀色の髪がふっと揺れて顔がこっちを向いた。

一瞬、王子と目が合ってしまったから、慌てて俯いて本に目を落とした。

心臓がどきどきと高鳴っていた。

嫌な汗が噴き出した。

田舎者のくせに。

あいつは土の匂いが染みついている。匂いが移ったら嫌だな。

地位も身分もない者が、一緒に学んで、何か意味があるのかしら。

第二王子とは話をしたことはないから、そんな悪口だってまだ聞いていない相手だったけれど、自分で切っ掛けを作ってしまったから、遠からず聞くことになるのだろう。

そんなことを思ったから、王子を見た後でもアスランの憂鬱さはぐんと増した。




講義以外の時間、雨が降らない限り、アスランはいつも椎の木の下に居た。

講義室に留まって、誰かの陽気なしゃべり声を聞いていたくなかったからだ。

笑い声を聞いていると自分があざけられているような気分になってくる。

いつもいつも自分のことを見て、笑っているなど思い上がりで、被害妄想だと思った。

でも本当のところ間違ってやしないだろうとも考えていた。

なぜってアスラン以外は、王族や王族に繋がる近親者、有力な貴族、大金持ちの子供ばかりだから、どれでもないアスランは一人どうしようもなく浮いているし彼らにしてみると目障りだろう。

村では断とつ優秀で、国内共通の学力試験を受けさせてもらって、上位者だけが受験資格を与えられた選抜試験だった。見事勝ち抜いたアスランを、村の誇りだとみんなが涙ながらに湛えてくれた。

けどここではそんな価値など一切通用しないのだ。

同じ年の学院生の中でも自分は賢い方だとアスランは思っている。奢りではなくて、試験で一位を取ったから事実だ。

でもそんなこともきっと意味はないのだ。

アスランは学科だけでなく、質大範囲の制限がない教養試験でも上位だった。それは、自分はいつも本を読んでいるからなのだろう。

他にすることもないから勉強し、本を読んでいる。ただそれだけのことだと感じている。

学院生は自由の図書館の本を読むことを許されていて、奨学生だろうと例外でなく恰好の暇つぶしになってくれる。

それでいい。それだけでいい。

学院を卒業したら、王都の中でもそこそこの位置に就くことができるはず。

自分の目的はその先にあるだけだから。

今は、こんな風につまらなくても仕方がない。

集中して本を読んでいたら、時間などあっという間に過ぎる。

すべてすべて集中したら、きっとあっという間に卒業になる。

それは本当だろうかと、考えるとじわじわと苦しくなってくるので、考えない、疑わないで、目の前の本をーーー。

いつも通りのそんな昼下がりだった。

「本は、おもしろい?」

声が振ってきた。

驚いた。

はじめて聞く声だった。

いやはじめて耳にする言葉———悪意のない言葉だ。

アスランの他に、近くで本を読んでいる者はいないから、アスランに向けられていた。

「いつも読んでいるね」

声の主を探したが、アスランが根本に座っている椎の木を挟んだ後ろ側にいるようで、声は近くても姿は見えなかった。

立ち上がって確認しようかと思ったけど、すぐにやめた。

そんなことをしても姿は見られない気がした。

自分に話しかけるような物好きな奴でも、アスランが迂闊に動いたら気持ちを変えてどこかに行ってしまうだろう。

見る代わりに口を動かした。

「・・・あんまり面白くない」

予想以上に低い声になって焦ったけれど、ちゃんと届いたようだ。

「どんな、本?」

「冒険者の活躍物語」

昨日だったら良かったのに、昔の偉人の伝記だったのに。

そう伝えようとしたけれど、舌がこわばっていて思うように言葉が出ない。それほど誰かと話をすることが久しぶりなのだと気が付いた。

「冒険者?」

繰り返されていた。

ああ、わからないのかとアスランは思った。

男か女か判断のつかない声の相手は、街で生きる上流の人間には間違いないから世界を旅する冒険者などきっと知らないのだろう。

だから、もう少し詳しく言ってみた。

「旅をしながら一人生活している戦士の話だ。困った人を助けたり、魔獣に襲われて怪我をしたりーーー」

創作空想話だったが、魔族が登場すると知ってこの話を選んだ。

魔族は主人公に倒されて死んだ。想像をしていた展開だったがアスランにとっては憂鬱だった。

でもそれ以前の問題で、こんな冒険者の物語など、野蛮だと切り捨てられそうだった。

でも違った。

「じゃあ、面白い話だ!そういう話、好きだ。でもあんまり本を読むことが好きじゃないけど・・・」

また驚くことになった。

声がとても弾んでいた。アスランの後ろにいる者にとって、仲間もなく根無し草に生きる男はなんらかの価値があるんだということが、とても不思議な気分にさせられていた。

冒険者など、ここにいる奴らはこの場合、野蛮、下品、下賤とか、貧民とか愚者とか。アスランがここに来るまでほとんど使ったことがなかった言葉を並べ立てるだろうと思っていた。

「変わっているな・・・」

「・・・そうかな?」

でもそのあと、そうだねと、静かに言った。

「でも僕は、そういう冒険者になりたいと思っているよ。強くなって、世界を渡るんだ。すべて自分で出来るように強くなって、知恵もある強さを身に付けて、一人で自由に生きられる大人になりたいんだ。・・・そう言ったら、きみも笑う?」

「笑わない」

答えながら思ったことは、僕と言ったのでこいつは男なのか、だ。

「でも変わっている」

でももう一度、同じことを言っていた。

「・・・貴族や金持ちは、お金や地位がある。おれ達には想像できないような安定した生活が出来るのにそんな生活をしたいのか?・・・それなのに、わざわざ必要もない危険なことを選ぶなんて・・・」

返事はいつまで経っても来なかった。

痺れを切らしたアスランは立ち上がって、木の後ろに回った。

足音も茂みが揺れる音もしなかったけれど、もうそこには誰もいなくて、まるで夢を見た気分になっていた。




夢を見たわけではなかったと知るのは、翌日だった。

また一人で座っていると、声が聞こえたのだ。

「本は、面白い?」

待っていたわけではない。

でも待っていたんだと気付いた。声がして、ひどく嬉しかったから。

もう貴族だからとか、つまらないことは言わないつもりでいた。

ここにいるのは、アスラン以外、すべて貴族か貴族に匹敵する金持ちで、貴い者たちなのだ。貴族が貴族と言われることは、本当のことだからきっと言われると腹が立つのだろうと理解することにした。

だから、昨日いきなりいなくなってしまったのだから、もう同じ失敗はしない。

でもそうはいかなかった。

「あのね、貴族でもだよ」

いきなり言われていた。

本は面白いかの質問に答えないうちからだった。

まだ冒険者の本を抱えている。本当は読み終わっていたが返す気になれなくて持っている。

「貴族でも、僕は駄目な貴族だ」

そんな短く言われたって、アスランにはわからなかった。

位が低いとでも言っているのか。それとも頭が悪いってことだろうか。

身分と成績という二つの階級が学院内には存在している。勿論、奨学生のアスランを除いてだ。

アスランは特別なので、半期末の試験を一位で通過しても疎ましがられるだけで敬われることなどは一切無いのだ。

駄目だという声は、とても明るい調子だったから、聞くことができた。

「どうしてだ」

返事は早くて、また短い。

「居場所がないんだ」

澄んだ高い声で、性別などまるでわからない声が、楽しそうに意味をわかっていっているのかと疑問になるほど重いことを言った。

急に、アスランは面倒な気分になっていた。

恵まれた奴が贅沢な悩みを言い出したのだと思った。

ひがみだったのかもしれないけど、聞いて腹が立っていた。

それはいつか読んだ本に書いてあったことだ。

「居場所は自分で作るものだーーー」

我ながら、かなり不機嫌な声になっていたと思う。言った後、恥ずかしいと後悔したほどに。

でも相手は少しも気に留めないようだった。またすぐに答えた。

「うん、そう思う。だから僕は、自分で居場所を作るよ。強くなって、冒険者になる。戦士になる。一人旅をする強い男になる!」

世界には魔物や魔族が溢れていて、昨今ではとくに危険になっているのに、貴族のお坊ちゃんだとそんなことも知らないのだろうか。

でも声はあまりに屈託なくて、希望に満ちていて、嬉しそうに話す夢に水を差すほどアスランも心は狭くなかった。

「なれるといいな」

「ありがとう!」

これには最高に驚いた。

お礼を言われることなど、なにかあっただろうか。

「この話をして、応援してくれたの、きみがはじめでだ!」

えっと思った。

べつに応援したわけじゃない、そんないいものではない。ちゃんと訂正したほうがいいのだろうかと迷っていると、ざわざわと大勢の気配がしてアスランは顔を上げた。何人もの生徒が建物から中庭に出てきてアスランの近くにやってきた。

王子の取り巻きの奴らだと気付いたとき、「またね」アスランに届くだけの小さな声がそっと言った。

ああ、と声を出して応じてしまったアスランに、目の前にいた背の高い少年が目を向ける。

ふんと、声が聞こえそうな勢いで顔を背けられていたが、こっちはーーーそんなことはどうでもよかった。

後ろの方が気になっていたのだが、結局、訂正も、また姿を見ることもできずに、アスランは今日も一人取り残されてしまった。

すばしっこい栗鼠のような奴だった。もしかするとこいつだと冒険者になっても栗鼠のように上手く生きてゆけるのかもと、少し思った。




三日目もあった。

もう今度は、本はおもしろいかと聞かなかった。

アスランも、本を膝の上に置いているだけで読んでいなかった。

待っていたのだ。待ちながら、考えていた。

本の世界のことだけではなく考えなくてはいけないことが生まれていた。

取り巻きたちが、王子を一生懸命捜して、アスランの前を何度も往復している。何人も群れていながら、一人を見失うなんてこいつら馬鹿だなと思いながら考えていると、後ろに気配がして、声は言った。

「貰い物のお菓子がある。半分食べる?」

「・・・いや、いい」

「そんなこと言わないでよ。甘くて食べきれないんだ!」

なんだかとても変な気分になっていたためだ。

「要らない物を、俺に食わせるの?」

アスランは、ついそんないじわるなことを言ってしまって、息を呑む気配がした。

「悪い」

すぐに謝っていた。

「たださ、なんか、こういうの勘違いするぞ・・・友人になったみたいだって・・・」

もっと息を呑んでいると思った。

やっぱり、それは迷惑なんだろう。

相手にはそこまでの気持ちはなかったことのようで、なんだと少し安心したような気分がした。

そして、一人勝手に思い込まなくてよかったともアスランは思った。

思い切って、切り出してみてよかった。まだがっかり感は浅い。もっと深くなってからじゃなくてよかったじゃないか。

元通りの時間。

一人で本を読めばいいだけのことだ。

卒業まで、本を読む。そうしていれば時間は過ぎて行く。

アスランは膝の上の置きっぱなしになっていた本の表紙に手を伸ばして、開こうとした。

「———それは、きみは、僕の友人になってくれるってことだよね?」

明るい声。弾んで、アスランの心の中に跳び込んで、淀んだ物をすべて蹴散らしていた。

思わず、「えっ」と言ってしまうと、「もう遅いから」と言われた。

「友人なら、半分食べてくれるよね?」

本当は菓子なんていう贅沢な物を貰うことが躊躇われたのだ。

食事さえまともに食べられない者がアスランの故郷、世界には溢れているのだから。興味があっても食べると軽々しく答えられなかった。

お菓子を食べるなんてこそばゆい。

人からそんなものを貰うなんてもっとこそばゆい。

でも相手は貧しいアスランと違って裕福な貴族なのだから、もしかすると気にすることなく貰ってしまっていればいいのかもしれない。

お菓子も貴族も両方、アスランとは別種の人間で、夢みたいな存在で許されてしまうような気もしてきた。

「食べてもいいけど・・・」

「じゃあ、はい」

すぐに腕が伸びてきて、白い手が見えた。手首に金の細い腕輪をしていた。

見たことある腕輪の手から、アスランはお菓子を受け取った。

変な気分になっていた。

それはこんなに近くで目にするはずの腕輪ではなかった。

「これって・・・半分か?」

「半分だよ、嘘じゃないっ」

声は慌てたように説明していたが、きれいに包んであり、包みはリボンで縛ってあった。

これが、半分というなら二つ持っていて、二つを貰ってきたというのは少し変で、用意されていたみたいだとはアスランの考えすぎだろうか。

しかも、菓子でも高級なケーキだ。

ふかふかの柔らかいパンのようなものに甘いクリームやナッツが挟んでありまわりはチョコレートが覆っている。包みの外にまで甘いいい匂いが広がってくる。

こんな上品な物を今まで食べたことなどない。

でも本当に、友人からこんなものを本当に貰っていいものだろうか。

そんなこういう関係はやはり友人などではないと思うのだ。

自分が浅ましくて、嫌な人間になった気がした。

そして、こいつもとても嫌な人間だという気がしていた。

「どうしたの、これはきらい?」

「なんで、これ持ってきたの?・・・俺を釣るために用意したのか?」

目的のために用意された、言わば餌———。

相手は想像以上の者だったから、アスランの中に強い不安感が生まれていた。

恐怖感に近い。

「違うよ、そうじゃないっ」

声が必死に否定していた。

でもそれは嘘だったのだ。

素直な性格でそれを言ったあと、そいつは、自分ですぐに認めて白状したのだ。

「・・・本当はそうかも。だって、話し方がわからなかったから、話題を用意しないと、と思った・・・人と話すの苦手だから用意した・・・嘘をついた・・・ごめんなさい・・・」

謝罪の言葉が届き、頭が垂れる気配がした。でもその前に、アスランの気分は回復していた。

話が上手くできなくならないか心配で、策を練るといった考え方はとても理解できるのものだったからだ。

自分もやっているではないか。ケーキは用意できないけど、用もないのに読み終えた本を抱えている。好きだと言った冒険者の本だった。話しの切っ掛けのため、きっと毎日いろいろ、いい方法を探すのだろうと考えていた。

だから率直な理由を聞いたら不愉快などころか、正反対で、急に相手がとても近くに感じられた。

もう高級なケーキも気にならなかった。これは喋るための材料なのだ。

「俺さ、田舎から来た奨学生だから、いいもん貰っても、お返し何も出来ないからな。貰うだけで、味をしめると、そのうちもっと持ってこいってたかり出すかもな。・・・それ、わかってやれよ?」

ふふふっと笑い声が返ってきた。

「わかったら、持ってきてもいいんだよね。僕はお話しすることに自信がもてるようになるまで、ずっと持ってくるから。今から言っておくよ、毎回持ってくる」

「・・・べつにいいけどーーー」

偉そうなことを言ってしまったけど、美味しいお菓子が食べられるアスランは文句など言う立場でもないのだ。


宣言した通り、次の時もお菓子付きだった。

椎の木の後ろから声を掛けられていた。

椎の木の前と後ろで話をする友人関係だった。

それぞれ事情があるから、仕方がない。アスランは十分満足していた。

これでも信じられない、夢のような話だった。

アスランが座っている前を、また王子の取り巻きたちが右往左往走って捜している。仏頂面でいつも囲まれて歩いていた王子様の笑い声を、アスランは聞いたことがある。丸ごとでたらめで、嘘のような話だ。

「捜しているみたいだけど、いいのか?」

「いいの」

「なんで?」

「だって本当は・・・」

声が途切れたのは話し声が近づいてきたからだ。

「———もうやめようよ。疲れた」

「駄目だよ。捜さなくちゃ。王子様だ、側にいないといけないよ」

二人の取り巻きが喋りながら歩いている。

「でも、シュヴァル王子は第二王子だよ。王様にはならないから、そんな価値ないかも。それに・・・だしーーー」

「それを言うな、不敬罪になる、こっちまで巻き込まれるだろ!」

「ごめん・・・」

叱りつけた後、気落ちした相手の様子に気を取り直すと

「エレクシヤ王子様は、僕らでは年も違って遠い方だから、僕らは僕らで出来ることをしなくちゃいけないんだ。将来有利になるように気に入られておくことに損はない。王様にはならなくても、その弟だ。まあ、銀髪でも多少は価値あるーーーおい、なんだ、何を見てるんだ、貴様っ!」

危うく絡まれそうになったが、他の二人が「よしなよ」といきり立つ仲間を引っ張るようにしてアスランの前から去っていった。

沈黙だった。

話の途中だった『だって』の続きを第三者から聞いてしまったからだ。

だって本当は、そんな価値がないと思われているんだよーーー。

最初に言っていた、駄目という理由もこれだと思った。

ひどい話だと思った。

友人として取り巻いているのではなく、有利になるために一緒にいる。

仏頂面の理由、話をするのが苦手な理由、椎の木の幹の後ろに隠れたがる理由。

友人と言ったら嬉しそうにした理由だった。

集団でいても、一人でいるアスランと同じでちっとも楽しくないわけだ。

「あのさあ・・・」

アスランは声を掛けた。

「今のは、あんたも悪いと思うよ、俺」

「どうしてだよっ」

湿った声だと思った。泣いているのかもと思ったけど、言いだしたのでもうやめられない。

「だって、隠れているじゃん。だから、そこにいること気付かずにあいつら喋ったんだ。いるのわかったら、言わなかったよ。あいつら、そんな勇気なんてない。・・・だからあいつら程度だと、隠れなければきっと言わないさ」

今度は怒ったような声になった。

「じゃあ、横に座っていいのか?そんなことすると、いっぱいいろいろ、きみが言われることになるよ。今よりもっと言われる。奨学生のくせに野心が強い、王子に取り入ろうとしているんだとか、悪口が増えるんだよ!」

アスランは、はあっと溜息を吐いて見せた。

「・・・だからさあ。それもさ、隠れずに横に座っていられると、たいていの風よけにもなって、俺も今より言われなくなると思うんだよね・・・」

普通に話をしてもいいのかなと思ったのだ。木の表と裏でなくて、贅沢だろうか。

心配になる必要はなかった。即刻、とても弾んだ声が返ってきた。

「きみって凄い、さすが一位だね。とても頭がいい!」

第二王子は明るく、屈託なくて、付き合いやすい性格だった。

言うが早いか、がさっと茂みが大きく鳴って、銀色の髪の少年がアスランの横に飛び出して立っていた。

はじめて真っ直ぐに声の主を見た。

銀色の髪が太陽にきらきら輝いていた。

王家は深い髪色の者が多い中、第二王子は銀の髪だった。

国王も王妃も兄王子も姉姫も妹姫もこんな髪をしていないから、王子の髪———髪だけでなく、そんな髪をして生まれた王子は腫れ物扱いをされていることをアスランも、知っていた。

褒めたらいいと思った。

銀の髪はとてもきれいなのだから。違っていても純粋にきれいだから、王都の複雑な事情は知らない田舎から来た奨学生の自分だけはーーー。

でも思っただけで褒められなかった。

第二王子の銀の髪よりもっと眩しかったのが笑顔だった。だから見ていたら照れくさくなってしまって、アスランも髪のことなど忘れてしまった。




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