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ログイン一日目<依頼>

 ◆   ◆


【クエスト】エイプリル宅の草むしり

「依頼者」エイプリル(88歳)/「依頼内容」敷地内の草むしり

「場所」住宅街外れのエイプリル宅

「達成報酬」100G


 ◆   ◆


 依頼の場所に移動して思ったのは、庭の広さだった。

 煉瓦造りの家を中心に半径500メートルくらいの四角形の囲いがある。その中に無数の雑草が、所狭しと並んでおり、必要そうな者が畑から出ている物の、その範囲は微々たる物。その殆どが雑草で──マジかぁ。

 これ、依頼料に対して内容がえげつない気がするんだけど。もしかして此処のお婆さんって結構酷い人なのかなぁ。

 まあ、ともかく。まずは依頼人に合うのが先決だよね。


「すみません、ギルドで依頼を受けて来ました翠と言います。エイプリルさん、いらっしゃいますか?」


 暫くすると、扉がゆっくりと開き、そこから黄色、……金色? の瞳が真っ黒の闇の中で浮かび上がり、そこから死人のような顔色の老人が、ぬっと体を出してきた。

 正直、ホラー。

 腰の曲がったそのお婆さんは、しかし、目だけは爛々と輝いていて正直こわい。

 

「坊が依頼を受けてくれたんか」

「はい、侍の翠といいます。よろしくお願いします」

「……早速頼むよ、全部は無理だろうから、そうさね。半分くらいできたらお金を払っても良い」


 ……でも、全部やった方がお婆さん助かるよね?

 優しいお婆さんなんだろうけど、仕事だからしっかりやらないと駄目だよね。

 よし、さっさと終わらせよう。


「それじゃあやってきます」

「頼んだよ、坊」

 

 家の中に戻っていくお婆さんを見送った後、僕は雑草を抜き始める。

 黙々と、淡々と、機械的に作業を繰り返していく。この世界にはスタミナと言う厄介なモノがないので延々と単純作業を続けられるのはありがたい。まあ、その分精神的に厳しいところもあるんだけどね。

 ひたすらに同じ作業を繰返すのってなれがないと案外厳しいって今日気付きました。ひたすらに同じ作業を繰り返してると疲れない筈なのに消耗しているのがわかるよ。

 

 それから僕はひたすらに作業を続けていく。

 沈んでいく夕日、輝き始める星々、青く照らす仮想の月。

 それを眺め、たまに腰を叩いて、街灯なしでも明るい夜の中をただ雑草を抜き続ける。

 そしてそろそろゲーム内時間で11時、現実で1時間……何分くらいだろう。多分55分くらい?

 田舎の全く勉強してない高校一年生代表だからなぁ。赤点すれすれの低空ドロップキック当たり前、現実10分が仮想2時間くらいかなとか適当に計算してみたけど結果どれくらいかは正直分かんないや。計算間違いとかよくやらかすしなぁ。


「──ふぅ。まあ、何はともあれお仕事終了。

 あー、……疲れたぁ」


 綺麗に雑草を抜き終わった庭は案外綺麗に見えるものだ。

 雑多に散った無数の落ち葉は近場の森へとぶちまけて、掘り返した際に出来た穴も全部綺麗に埋めておいた。これ以上は時間的に猶予がないので無理だったけど、仕事としては十分頑張ったと思う。

 心地よい疲労に支配された体を必死に動かして、僕はまたエイプリルさんのところへと移動した。

 ノックは二回、待つこと数秒。さっきと変わることなく、目だけが爛々としたエイプリルさんが、ぬっとその体を出して現れる。


「遅くまでありがとう、ご飯を用意したから食べてきな」

「ありがとうございます」

「──仕事を真面目に、最後まで頑張ってくれたからねぇ」


 頑張った甲斐がある言葉頂きました。

 必死になってよかった。こういう言葉を貰えるだけで嬉しいものなんだよね。

 

 エイプリルさんの家の中は薄暗く、灯りは小さなろうそくだけだった。

 机の中央に配置されたろうそくに照らされた机上には、サラダと、乳白色のスープと、柔らかそうなパンがある。ただ片方には大きなチキンステーキがあって流石に驚いた。多分、300gぐらいあるんじゃないかな。


「その肉は坊のだよ」

「え、良いんですか」

「わしは、肉は好かんからのう」

 

 それじゃありがたくいただきますか。

 頂きますと手を合わせて、匙を手に取りスープを一口。

 クリームシチューのような見た目だけど、味はどちらかと言うとポトフだった。見た目が白いのは何故だろうかと思ったものの、まあゲームだしね。こういう食材があるんだろう。──ちなみに聞いてみたけど、浮かんでいる青色のブロッコリーみたいなのを煮込むとこの色になるそうな。


◆ブルッコリー

見た目が青いブロッコリーの変異種。煮込むと何故かとろみが加わり、同時に乳白色に変化する。また、同名のモンスターが存在するが、年月を積み重ねたブルッコリーがモンスター化したものと考えられている。

食材アイテム 


 ……流石ゲーム、とんでもねえ。

 次はサラダを食べてみたが、こちらは変わったものは使用されていなかった。きゅうりとレタス、トマトのサラダに、クルトンが掛けられている。ドレッシング代わりに刻んだ玉ねぎと、出汁を混ぜて煮込んだ物を使っているらしい。これがまた美味しいのなんのって。

 最後にパンだけど、ふっくらと柔らかに仕上げられていて、一口食べると多幸感が腹のそこから溢れてくる。ほんのりと小麦の甘さと風味が口の中で広がって、薄く塗ったバターとの相性は最早言うまでもない。

 そんな素晴らしい夕食に舌太鼓を打ちながら、僕はひたすらに食べ続けた。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさん──坊はいい顔で食うなぁ」

「美味しかったので」


 笑ってごまかすと、エイプリルさんもまた朗らかに笑ってくれた。

 ……老人とかならこうして朗らかに話せるんだけどなぁ。どうしてだろう。

 それから僕は食器を片付けるのを手伝い、どこかに野宿でもしようと家を出ようとした際、もう遅いからと止められた。わざわざ二階の部屋にベッドを用意してくれているらしい。

 こういう時はありがたく借りるとしよう。

 そうして、エイプリルさんの二階のベッドに寝転がりながら、僕の最初のゲーム体験は終了した。

 ──結構楽しかったかも。



 ☓☓☓☓☓


 現実に戻った僕は、とりあえず風呂に入る事にした。

 休日だったこともあり、貰ったのは昼ごろだったけれど、2時間も眠り続けていたら、流石に体が少しだるい。さっぱりとしたいと思うのはどうしたってしょうがないだろう。

 それから、しばらくは宿題を適当に終わらせて、適当に漫画でも読み漁っていた。

 暇つぶしに漫画があるだけで十分だ。もっとも、晴れていたなら散歩でもしてきたんだけど、あいにくと、梅雨時らしく本日は雨天である。雨々降れ降れ寝てる間に、起きたら晴れろ五月晴れってね。──誕生日くらいは晴れて欲しいもんだよ、まったく。

 のんべんだらりと過ごしていると、ノックが響いて扉が開いた。

 いたのは父さんだ。手にはおぼんを持っていて、おぼんの上にはティーポットとスコーン置いてある。

 

「翡翠ちゃん、おやつ作ったけどいる?」

「うん、ありがとう」


 受け取って、二人してベッドに座る。父さんは小柄だから全然狭くないんだよなぁ。これが母さんだと結構──いや、太くはないんだけど、性格的に威圧感が凄いというか、物理的には細いはずなんだけど。

 ま、まあともかく。父さんと二人だと全然楽に座れるんだよね。


「そう言えば翡翠ちゃん、初めてはどうだった?」

「セクハラにしか聞こえないって──まあ、楽しかったよ」

「そっかぁ、よかったぁ。翡翠ちゃん友達いないからてっきり周囲の人と馴染めないかと思ってたよ」

「馴染んでないよ。僕はいつもどおりぼっちだったから」

「せっかくのMMOなんだからちゃんと友達作りなさい」


 半眼で睨んでくる父さんだけど全然怖くない。だってこの人小さいし、見た目だけなら僕より若いし。

 ただ、この人に泣かれると母さんが切れるからなぁ。本当、普通立場逆じゃないかなぁ?


「わかりました、今度やるときは人に声を掛けてみます」

「うん、その方が絶対に楽しいよ──あ、お父さんもたまにログインしてるから今度一緒にやろうよ」

「やだよ、どうせ父さんもリアルアバターなんでしょう?」

「うん、そうだよ。僕の場合、イメージアバターだと現実との差で動きが微妙にずれたりするからね。……それがどうかしたの?」


 小首を傾げてクエスチョンマークを浮かべる見た目中学生の父親に、ため息混じりに答えてあげた。


「あのね、──何が悲しくてゲームでまで父親に負けなければならないのさ」

「それはしょうがないよ、僕の方がゲーム歴長いから」


 ──そういう意味じゃないんだよ美少女野郎(お父さん)

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