チュートリアル
僕が最初に目にしたのは筋肉ムッキムキのマッチョマンだった。
上半身裸のその男性は、下半身だけ迷彩柄のズボンを着ていた。ソレ以外は何も身に着けていないようで、正直視界に物理的な圧迫感を与えるような、なんというか、なんというかだった。
「新規ログインの方ですね、私はゲーム説明を務める指導員と呼ばれるNPCです。短い間ですが宜しくお願いいたします」
「ど、どうもご丁寧に──僕は翠と言います。よろしくお願いします」
「翠様ですね、ようこそ<HISTORIA>へ!」
見た目のインパクトに反して中身は凄くまともな方でした。
それにしてもNPCか、確かノンプレイヤーキャラクターの略語だよね。
もっとこう、授業とかで出てくる説明プログラムみたいに機械的な物を想像していたけど、中々どうして人間味がある。
やっぱり脳の研究が進んだ結果なのかな。最近じゃロボットとかも色々と人間みたいな行動が取れるようになってきたし、VR世界のNPCがこんな感じでも案外不思議ではないのかも。
それはそうとチュートリアルだ、ここでちゃんと説明を聞けば多分色々と分かるだろう。
「まず、翠様のVRMMO経験を教えていただけますか?」
「経験はないし、このゲームの事は殆ど知らないです。あ、でも長いのは勘弁して下さい」
「了解しました。では最低限覚えていただきたい事のみお伝えします」
まずですね、と半裸のマッチョマンは腕を組んだ。うん、強面と相まって威圧感が半端じゃない。
「まず本ゲーム<HISTORIA>の説明から始めさせていただきます。
はじめに、この世界での一日は現実世界での二時間となっております。こちらは2年前に開発に成功した体感時間の短縮技術を使用しておりますので、現実の時間とかわりなく游ぶことが可能となっております。また、メニューのシステム機能よりタイマーをセットする事が出来、指定した現実の時間の10分前に注意、時間にログアウトの是非を求める事が可能です。何か大切な用事がある場合はこちらを使うことを推奨しております、──推奨しております」
大事な事なんですねわかります。
「次にこのゲームはレベル制を採用させていただいています。その為スキル制と比べるとやはり自由度に劣ってしまいますが、このゲームの売り言葉である貴方の行動次第ではどのような物になるのか、それが変わってくる事をお伝えします。同じ職業であっても、無数に枝分かれした可能性があり、あらゆる職業を試した先にのみ現れる可能性が存在します。全てはプレイヤーの行動次第となっておりますのでどうぞ自らの赴くままに行動してください。
またレベルは複数存在しており、アバターレベル、ジョブレベル、???レベルの3つなっております。
アバターレベルはプレイヤーの仮初の肉体であるアバターそのもののレベルです。所謂肉体レベルとでもいえば良いのでしょうか。行動や戦闘方法等でレベル上昇時の変化ステータスが変わってきます。
ジョブレベルはメイン職業、サブ職業のレベルです。戦闘や生産を熟する事で成長し、成長が一定を過ぎる事で職業ごとのスキルを習得します。また、職業を一定レベルまで成長させる事で上位職へと変更するかは選択する事が可能となっております。成長させた場合、成長前の職業と比べ強力な技能を覚える事が出来、また職業ごとの固有能力も強化、ないし変化が起こります。
最後に???レベルですが、こちらはプレイヤーから確認することが出来ません。ただしそれはプレイヤーの行動次第で多くの可能性を見せるものであるとだけお伝えします」
僕が確認できない事を僕に言う意味があるのだろうか。
多分ないけど言わなければならないから言ったんだろうなぁ。
それはそうとプレイヤーの行動次第で変化する、か。つまり脳筋行動を繰り返せば脳筋らしく、魔法一辺倒で戦えば魔法バカらしくなっていくわけだ。うんうん、分かりやすい。
「また、このゲームに明白な目的はありません」
え、ないの?
「このゲームに目的はなく、プレイヤーが自由に行動する事が可能です。善行、悪行、どちらも構いません。
ただし街や国がありますので、当然法が存在します。法を犯した者にはバツが下り、場合によってはアバター削除となりますのでご注意ください。また、善行、悪行を繰返すことで特殊なイベントが発生する可能性があります──これが本ゲームの説明となりますがソレ以外で何か質問はありますか?」
質問するような事は特に思いつかないので別に質問しないと返答する。
これでゲームシステム的な内容は終わりらしいし、次はようやく遊べるんだろうかとワクワクしていると、途端に場面が変わった。
場所は道場のような木造建築。畳が敷かれた部屋の端には昔懐かしい巻藁があり、その隣には使い古された丸太が存在していた。両者ともズタボロで、特に丸太に至っては見るに耐えないレベルで切り刻まれていたりするのがなんとも印象的だった。
もしかしてまたNPCがいるのかな、そう思って周囲を見るも誰もいない。ただ出入り口の向こう側で人が移動しているのが見えるだけだ。もしかしてこれってここからスタートって事なのかな?
とりあえずそうなのかもと頷いて外に出ようと足を踏み出して、──出られない。
なんというか、見えない壁? 圧? みたいなのをビンビン感じてる。それがじゃましてそれ以上体が前に進まない。
それに周囲からも僕が見えていないように思える。なんというか、こちらを見ても一切の疑問を持っていないというか、そもそも見えていないというか。
「どうにか出られないものかねぇ」
「チュートリアルが終われば出られるぞ」
「どぶはっ!?」
耳元で囁かれた渋い声に変な声が出た。
飛びのいて背後を見るとそこにはいかにも冒険者と言った出で立ちの青年がいる。──いや、青年というか、壮年だけど若々しいおっさんだが。
そのなんとも愛嬌のある笑みを浮かべた髭面冒険者は、背中に何故か色々な武器が入った籠を背負って目元を隠すバイザーを上に上げた。
「待たせたな」
「待たせたなっていうか、……誰?」
「……指導員何も言わなかったのか?」
「え? 特に何もなく終わりましたが」
頭を振って心情を表したNPC──多分、間違いない──が背中の籠を勢い良く置き、そのままこちらへと近づいてきた。
なんだなんだと混乱している僕の肩を叩くと、これまたいい笑顔で背中を叩いて、
「まあ、よろしく頼む新入り、俺は教官だ。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないからよろしくな」
「長いかもしれないんですか」
「ああ、チュートリアル後も此処に通えるからな」
「そう言えばさっきも言ってましたが、チュートリアルって何を教わるんですか?」
「基本的な事だけだからすぐに終わるぜ。まあ、後は武器の提供とちょっとした質問を一つしたいだけだな」
と言う訳だと、教官は一つの腕輪を取り出してソレを自らの腕に通す。
これがどういう意味なのか、分からずに小首を傾げた私に笑いながら教官はソレの説明をする。
曰く、その腕輪はプレイヤーが有する機能をNPCが一時的に使用可能にする特殊なアイテムなのだとか。
当然プレイヤーが入手する手段はなく、同時にプレイヤーが入手しても意味がないものだった。
「まずはメニューの開き方だが、これは脳内出力で開くので案外簡単だ。──脳内でメニューを開くことを意識してくれ。携帯端末でファイルを開くような感覚で大丈夫だ」
成る程分かりやすい。
いつものような感覚で思考を操作を行うと、脳内に情報が浮かび上がる。
それは父のパソコンに入っていたRPGゲームのようなもので、右側に私の名前と顔写真、そしてHPとMPを表すバーと数字が記されている。左側はアイテム、スキル、装備、ステータス、システム、世界情報、ログアウトだ。──顔写真は鏡みたいに状態で変化したりするのかね?
「開けたみたいだな、じゃあこのアイテムを渡そう」
「──葉っぱ?」
それは大葉のような草だった。
受け取り、ソレをヒラヒラと動かしてみたが、別になんともなく、どうにも普通の草らしい。
「そいつは薬草だ。鑑定する必要もない普通のものだからな──ああ、もし基本的な情報がすぐ欲しいのなら世界情報の自動取得をシステムでONにしてみな」
言われた通りメニューのシステムを選択する。
痛覚再現度、流血表現、性的表現、システムアシスト、世界情報の自動取得、アラーム設定の6つの項目があり、その中に性的表現のみ黒く塗りつぶされて押すことが出来ない──まあ、当然か。
ともかく、世界情報の自動取得をONにしてもう一度薬草を眺める。薬草の下に情報取得を意味する回る橙色の光が左回りに回り始めて、秒にも満たない僅かな間で脳内に情報が開示された。
◆薬草
傷口を塞ぎ失った体力を僅かに回復させる効果のある草。生命力が強く割とどこにでも生えている。
HP+40
うん、薬草だ。まさしく薬草だ。これ以上ないほどに薬草だ。
「薬草だ」
「薬草だろ。──じゃあ、ソレを次はそれを回収しな。やり方は説明する必要あるか?」
「多分ないと思う」
薬草をアイテムに入れる。それは見えない箱に薬草を入れるようなイメージをすれば簡単に終わった。
携帯端末で画像データを落とす際のイメージとさほど変わらない。
「入れたらアイテムを確認しな、入っているはずだからな」
アイテムを開くと4種類の分類があり、アイテム、武器、防具、大事な物という分類だった。
その中のアイテムの中に確かに薬草が入っており、どうやら問題なく出来たようだと頬が上がる。
「嬉しそうだなお前さん。まあ、基本的にアイテムに関してはこんな感じでいい。次のスキルは覚えた技──まあこれをスキルって言うんだが、ソレの確認が出来るんだ。それは後で自分で確認してもらうとして、次は装備についての説明をするぞ」
背後にある籠を指差して、教官はまた僕の肩を叩いた。
ほら選べと笑顔で言われてようやく気がつく。そこにあるのは僕の武器だったのだと。
籠の中にあるのは3口の刀だ。木刀、錆びたの、なまくら刀。どれも色々と言いたくなるようなラインナップである。
◆木刀
木を削り作られた武器。見た目同様切れ味など皆無だが、練習用にはちょうどいい。
ATK+5 耐久25 重量+1
◆錆刀
赤錆により最早使い物にならない刀。何故か壊れないが使い物にならない。
ATK+2 破壊不可能 重量+5
◆なまくら刀
素人が適当に作った刀。そもそも刃がない、ただの鈍器。
ATK+10 耐久40 重量+5
……真ん中酷い。
でも耐久が書いてないし、文章にも壊れないと記されているから結構いいものかな?
練習用なら木刀が良いんだろうけど、耐久度が低いのが怖いな。ただ軽いし使いやすそうなイメージはある。一時期京都で木刀買ってドハマりしてたからなぁ。
なまくら刀は鈍器じゃん。まあ、ATKが高いし、何より耐久がそれなりにあるので安定して使えそうだけどね。攻撃力を手っ取り早く欲しいならこれを選ぶべきかな。
軽さを取るか、耐久性を取るか、攻撃力を取るか。
そんな感じの三択問題だね。
「何を選んでも使い勝手が変わる程度だ、お前さんが一番惹かれる物を選んだら良い」
惹かれるね。
別段どれも同じに見えるけど、どれが一番興味を引くかと言われればやっぱり真ん中の錆刀だ。
こうも酷いとどうにも興味を引かれてしまう。しょうがない、他のが普通すぎるのだから。
持ち上げてみて、その重さに驚いた。ズッシリとした重量が、なんとなく恐ろしい。
問題なく振れるものの、風切り音はなく、バットを振ったかのようなブンッと言う重々しい音しかならない。
そんな武器を選んだ僕を、教官は興味ありげに顎に手を当てている。
いや、実際に興味があったんだろう。迷わずこう聞いてきたのだから。
「お前さん、本当にソレで良いのか」
「もちろん、僕の武器はこれだ」
「まあ、何も言わねえけどさ、──じゃあほら、ソレをさくっと装備しな」
「もうしてるよ」
「なら装備開いて確認してみてくれ」
開いて中の情報を見る。
右手、左手、頭部、胴体、脚、靴、装飾品の分類の中で、左手の中に錆刀の文字がある。
持っているのが左だからか装備されているのは左手だ。右手も持ち帰るとすぐさま右に移動した。どうやら間違いないらしい。今度は頭に柄頭を置いてバランスを取ってみたが、これは装備扱いにならない。
「何やってんだお前さん?」
「遊んでいる以外に何に見える?」
「馬鹿やってないで次やるぞ」
「はい」
教官の指示通りに僕は移動した。
場所はボロボロの巻藁の前、ニヤリと笑う教官が指差したのはその丸太で、どうやらこれを叩き斬れと言う指示らしい。
どうすればいいのかを聞けばお好きなようにと笑われた。
だったら、まあ、普通に大上段に刀を構える。敵が動かないのなら、こちらも大振りで問題はない。
さて、なんの漫画だったか、刀で斬るのには体重移動が重要だとか、刀は滑らせる事で斬るとか云々言っていたような。体重移動は体育の剣道で習ったやつで良いのかしら? 滑らせるってのは包丁みたいに引けって事かね?
「まあ、なんでもいいか」
踏み出す一歩に合わせて刀を振るう。
足を踏み出すよりも早く刀が先に当たるように、当たる直前に腕を引きながらやってみた結果、──腕が痛かった。
中にある棒、それに刀が入った時点で衝撃で腕が痺れてる。痛い、と言うか泣きそう。
これアレだ、金属バットでフルスイングした時に近くの鉄棒の柱に思い切り叩きつけちゃった時のアレだ。何が言いたいかって本当に痛いんだよこんちくしょう。
「いやぁ、いい振りだったなぁ」
「嫌味かこのやろう」
「いやいや、十分だろうさ。他の奴らみたいに考えもせずに居合抜きだの、平突だのやらないあたり好印象だよおっさん的には。それにちゃんと考えて振っていたしな──あ、ちなみにシステムでアシストの有無を変更できるぞ。今は無い状態やったみたいだけど入れてれば多少はマシだったんじゃないか」
先に教えろと吠えたが、それに対しての返答はアシスト無しで上達した方がいいと思うぞとニヤニヤした笑みの前では無意味だった。──まあ、そりゃそうだけどさ。実際に振れる方が何倍も格好いいし。
それにしても、居合抜きなんて実際にやる人いるんだね。アレ、実際にやったら絶対に鞘から抜けなさそうでやりたくないんだけど。まあ、格好いいから気持ちは分かるけどね。
「まあ、それはそうとこれでチュートリアルは終わりだな。後はやってれば覚えるだろうし、魔法系は専門外だからどっか別の機会にでも誰かに教えてもらいな」
「おいチュートリアル」
「しょうがないだろう、俺、脳筋だし」
まあ、確かにそんな感じだけれども。
「それではプレイヤー<翠>のチュートリアルは此処で終了とする。──じゃあな」
それだけ残してさっさと教官はどこかへと消えた。本当に消えた。
NPCがフリーダム過ぎるんだけど、これ、もう本当に終わったのか?
試しに先ほどの出口に向かっていく。もうそろそろで壁にぶつかるはず、そう思って足を進めると、なんの抵抗もなく、普通に外に出る事が出来た。
「……本当に終わったのか」
このゲームの製作者、適当なキャラクターに教官にするあたり本当に理解できない。
そんな事を心から思いながら、とりあえず初めて見る煉瓦の町並みに心を踊らせて歩を進めるのだった。