アバター作成
仮想現実大規模多人数オンライン──所謂VRMMOと呼ばれる物が普及されたのは僕が七歳の頃だ。
当時は画期的だ、なんて新しい、夢が現実に、……なんて大人が騒がしかったのを今でも覚えているものだ。
特に僕の父は、学生時代に読んだ小説の影響から、狂喜乱舞して散財し、母から中華鍋でド突かれると言う漫画チックな事をやらかしていたものだ。
その当時の僕はゲームに興味もなく、外で走り回れればそれだけで十分だった。だから父の感激に共感なんて出来なくて、へー、なんて可愛げもなく返事をしていた、ような気がする。
そんな八年前から現れた新しいゲームシステムは、現代においてもまだ人気が強く、最近では味の再現、五感の再現、それに伴う倫理コードの強化や、果ては携帯端末からのログインなんてのも行えるようになっている。
わざわざ携帯までしたいのか。──ゲーマーの熱意が凄いのか、開発陣がアホなのか。
まあ、ともかく僕には縁のない世界であるのは間違いない。
だから僕はそれだけ発展したところで関わる機会などないと、……思っていたんだけどなぁ。
今、僕の掌には珍妙な端末がある。
それは一見すると僕達が日常的に使用している携帯端末に似た形状をしている。
こちらも近年では珍しくもないVRシステム利用型の物品で、操作をすることで脳内に映像や音楽を直接流したりすることが可能となっている。ただしこれの説明は一高校生が言えるような代物ではないので割愛したい。ちなみに授業中に使うとバレる。何故だ。
まあ、ともかくこの携帯端末に似た端末は全VRMMOで使用可能だという謳い文句で先日販売され、僕の両親──正確にはゲーマーな父と、現実的な母親からのプレゼントとして渡されたものだった。ちなみに母は最後までこのプレゼントを渋っていたらしいが、父が土下座三時間でどうにか交渉したらしい。更に言うなら僕の誕生日に母は真新しいエプロンをつけていた。猫柄で可愛いと思ったが、どうやらアレは父の手製らしい。──父が凄いのか、それとも母が凄いのか。
ともかく、こうして贈られたプレゼントに感謝しつつ、とりあえず説明書を読んでみたのだ。
といっても、僕は機械関係が全くダメ、とまでは言わないものの、それなりにアウトな人種なので父がどうにかしたのだけど。
そして、父が嬉々として見守る中、僕は日常とは違うVRを体感する事となる。
父が端末と共にプレゼントしてくれたゲーム名は<HISTORIA>──人生初ゲームだが、一体どんな風に遊べばいいのやら。
☓☓☓☓☓
慣れ親しんだ脳内情報に僕はひとつため息を吐く。
このゲームと呼ばれる物ではアバター、仮想現実用の体を自ら用意しなければならない。
方法は多岐に渡り、脳内で描いたその姿に変化するイメージアバターを筆頭に、自らの容姿を弄る事で作成するリアルアバター、公式が用意しているアバターデザインから選択するデザインアバターなんてものもある。
とりあえず本名から「翠」と名付けて、僕は一番楽そうなリアルアバターを選択した。そもそも自分の姿が違うと戸惑うこと間違いない。
とりあえず髪の色と瞳の色を変更して僕のアバター作成は終了した。実にシンプルである。
これで終われば楽なのだけど、次は職業を選ばなければならないらしい。しかもメインとサブを。副業とか余裕あるな。現実的に考えて一つの仕事を熟すだけでもかなり難しのに。
まあ、ともかく。
職業は全部で十五職ある。
戦闘職と呼ばれる<戦士><武闘家><侍><騎士><盗賊>
魔法職と呼ばれる<魔術師><聖職者><巫術師><人形師><召喚士>
生産職と呼ばれる<鍛冶師><調合師><錬金術士><薬師><魔具師>
計一五職だが、その中から二つの職業を選択する事になる。
さて、どれを選ぶとしようか。まずは説明文でも読んでから決めるとしよう。
■職業一覧
戦闘職
<戦士>武器を扱うエキスパートであり、接近戦では無類の強さを発揮する/メイン使用時、急所攻撃の威力が上昇する。
<武闘家>肉体の限界に挑み、巧みな連続攻撃で敵を翻弄する戦闘者/メイン使用時、連続攻撃中のクールタイムが減少する。
<侍>己の肉体と一振りの刀を武器とする東の戦士であり、対人戦に特化している/メイン使用時、特定の動作中に別行動を起すことでキャンセルが可能。
<騎士>害悪を前にして退かぬ守り手は何者にも屈さぬタフネスを誇る/メイン使用時、盾の守備範囲、防御性能が底上げされる。
<盗賊>攻撃そのものは軽いものの状態異常を引き起こす術を有するトリッキーな存在/メイン使用時、攻撃中確率でアイテムを強奪する。
魔法職
<魔術師>様々な魔術により敵の弱点を突く術師。一撃の威力が高く、強固なモンスター相手でも遠距離から倒す事が可能/メイン使用時、習得している属性魔術数により耐性が底上げされる。
<聖職者>神々に祈りを捧げる事で奇跡を起す祈祷師。神々の奇跡は死者すらも蘇生させる力がある/メイン使用時、稀にMPを消費せずに回復魔術を使用可能。
<巫術師>東方独特の魔術により様々な現象を起す呪い師。環境や生物そのものに影響を及ぼす魔術を行使する/メイン使用時、受けた魔法を呪符として保存できる。
<人形師>人形を操り戦闘を行う魔術師。使用する人形により様々な現象が発生する/メイン使用時、人形の耐久値が自動的に回復する(ただし破壊された人形は修復されない)。
<召喚士>モンスターを召喚して戦闘を行う魔術師。召喚したモンスターは送還せずに留める事が可能/メイン使用時、召喚したモンスターの能力が底上げされる。
生産職
<鍛冶師>武器、防具の作成者。鍛冶のみならず、裁縫等も行う生産のエキスパート/メイン使用時、稀に武器防具が突然変異を起す。
<調合師>数種類のアイテム同士を掛け合わせる事で別のアイテムを作成する商売人。失敗するとトンデモナイモノが発生する事も……!?/メイン使用時、高品質のアイテムに特殊な効果が付加される。
<錬金術士>同種のアイテム掛け合わせる事で上位のアイテムを作成する研究者。その分野はあまり発展していないが故に可能性に満ちている/メイン使用時、稀にアイテムが同系統別種のアイテムに変化する。
<薬師>様々な薬を作成するエキスパート。薬師にのみ作成可能な薬は基本的に強力な物ばかりである/メイン使用時、高品質の薬に特殊な効果が付加され、売却額が上がる。
<魔具師>魔術を込めた道具を生み出す研究者。その実態は謎に包まれているが、彼等の生み出した道具は人々の生活には欠かせない/メイン使用時、作成した魔具の使用可能回数が底上げされる。
──めんどくさい。
正直に言おう。めんどくさい。
ランダム選択ボタンがあるのでそちらを使用させてもらう事にした。
結果、メイン職業<侍>サブ職業<巫術師>。狙ってるんじゃないかってくらいにそのものズバリに純和風である。
それはそうと、説明書に記されていたストーリーではどう考えても西洋系ファンタジーなのにどうして侍ってのは出るんだろうか。東って言葉ひとつで万事解決ってのは酷くない?
いや、別にいいんだけどさ。
ともかくこれでアバター作成は終了したらしい。
早速ゲームを開始しますかと言うメッセージが脳内に響き渡り、それにYESを選択して僕はその時を待つ。
〝──ようこそ<HISTORIA>へ〟
どうやらその時が来たらしい。
動画が変わる瞬間のように、一瞬だけ視界が、正確には脳内映像が暗転して──気が付けば脳内映像ではなくて、視界映像に切り替わった。