第4話
そうして部活三回分ほどテーブルに突っ伏して今に至る、というわけだ。
「なあ、部長。本当にこれ以外にやることないのか?」
部活創立から六回目だが、その内五回こうやってテーブルの上に突っ伏している。
「だから無いと言ったじゃない。こうしてることが今回のテーマを体言することなのよ」
そんなこと言われても、明らかに時間を浪費しているとしか思えない。
琥珀なんて動きたいと言わんばかりにもぞもぞしている。天原さんに至ってはどこか気分が悪そうな顔をしている。
「そうね、このままだと精神が大変なことになりそうね。じゃあ少し待ってて」
そう言うと逢坂さんは教室を早足で出て行ってしまった。どこに行ったんだろうか?
「桜ちゃんどこ行ったんだろうね、トイレかな~?」
「いや違うだろ」
何かすることを思いついたんじゃないのか? もう少し考えよう琥珀さん。
ふと、マリンを見ると微動だにしてない。突っ伏したままの状態をキープしている。どうなってんだ?
「皆、待たせたわね」
ドアを開けて入ってきた逢坂さんの方を向くと後ろに誰か立っていた。見たところ、極普通の男子生徒である。
「桜、誰ですか、その人は?」
「この生徒は谷山君。怠惰歴五年のベテランよ。まあ軽くモブキャラだと思えばいいわ」
「その扱いは酷いだろ、見た目は完全に男子生徒Bだけども!」
思わずツッコミをいれてしまったよ。突拍子もないことを突然言うなよ。
「ようやくツッコむようになったわね。でもそれはひとまずスルーして、本題に入るわ。なぜ谷山君を連れて来たかというと、ベテランの怠惰っぷりを観察するためよ」
言動だけに留まらず行動も突拍子がないな。
「それじゃあ谷山君、下校した後の様子をいつも通りにやってくれるかしら?」
なんと、碌に自己紹介もさせてもらえないとは。本当にモブキャラ扱いなんだな、なんだか可哀想だぜ谷山君。
谷山君は軽く頷くと、床に「よいしょ」と言って座り、ボーッとしだした。
十分後、谷山君はまだ座ってボーッとしていた。座り方を二、三回変えた以外ほとんど動いていない。
そして俺達は部長の指示で再びテーブルに突っ伏している。いや、マリンだけは最初からずっとこの体勢だから再びじゃないか。そんなことはどうでもいいけどな。
何だろう? こうしてると全てがどうでもよくなってくる。まさか、これが怠惰の影響なのだろうか。
「待てーい! これ止めよう、本気で止めよう。危ないぞこの体験」
「何よ、そんなことどうでもいいじゃない。ずっとこうしてれば」
部長が、部長が堕ちたーーー! マズい、これはマズいぞ。
「天原さん、この活動止めましょう。部長に何か言ってください」
………………?
「寝てるーーーーーーーーーーーーーーー!」
怠惰に捕まってはないだろうと思ってたけどまさか眠っているとは。
くそー、猫みたいな寝顔が起きてる時の大和撫子のイメージとギャップありすぎて可愛いじゃないかよ、チクショー。
……はっ、何考えてんだ、俺。早くこの部室の空気を換えなければ。窓を開けて換気するくらいじゃ足りない。どうすればいいんだ?
「おい、琥珀。お前これじゃあ満足出来ないだろ? 体を動かそうぜ、な?」
「いいよ~スイ、そんなことしなくても~。これ楽だから~」
くそ、琥珀まで。何か、何かこうなった原因があるはずだ。
辺りを見回した俺の目が一番最初に捕らえたのはほとんど動かない谷山君の姿だった。
「お前か、この空気を作ったのは。谷山君、役目は終わったから帰っていいぞ」
谷山君が帰ればこの部屋の空気は元に戻るはず。
「いや」
「は?」
「だから、イヤ」
「何で?」
「動くの面倒臭い」
怠けてやがる!
流石怠惰歴五年のベテラン、完全に怠けてやがる。どうやって動かそうかな。
谷山君の興味を引く物が分かれば誘導できるんだが、分からないからなぁ。
あ、聞けばいいのか。となるとすぐに聞き出して用意をしなければ。
「谷山君、今谷山君が興味がある物は何だ?」
「怠けること、休むこと、一息つくこと」
「ほとんど同じじゃねーか!」
こうなったら連れて来た本人に聞くしかない。
「部長、谷山君が好きな物って何ですか?」
「知らないわよ、自分で調べなさいよ、面倒臭い」
調べようがないから聞いてんだろうが!
仕方が無い、運ぶか。そう決意した俺は早速中学生の時に習った傷病者の運び方を思い出しながら谷山君を教室の外まで運び出した。
「ふぅ、以外と重かったな。それにしても十分程度で空気をあれだけ変えられるとは」
そんなことを呟きながら部室に入ると、部長と琥珀が上半身を起こしていた。
「谷山君の怠惰がすごいという情報を入手したから連れて来てみたけど、まさか他人まで怠惰な状態にするとは、正直言って危なかったわ、人研始まって以来の危機だったわ」
まあ始まって一週間程度しか経ってないけどな。
「ねー見てよスイ、桜ちゃん。鏡花ちゃん寝てるよー」
そう言うと、琥珀は天原さんの頬を軽く摘んで引っ張った。どうなってもしらないぞ。
「本当ね、あの空気の中でよく寝れたわね。写真でも撮っておきましょう」
逢坂さんはカバンからデジカメを取り出すと、寝顔に標準を合わせてシャッターを押し始めた。最新のデジカメだからさぞ美麗に写っていることだろう。
正直言って撮れた写真をコピーしてもらいたいぐらいだ。
デジカメでの撮影を終えると、今度は逢坂さんと琥珀の二人でスマホのカメラで写真を撮り始めた。
「……って撮りすぎだろ!」
「いいのよ別に。減る物じゃないんだから」
酷いな、どうせ使い道は決まってる。でも琥珀は参加する意味があったのか?
「いいんだよ、スイ。写真は取っても減らないから。逆に枚数が増えるからお得だよ?」
その発言からすると取るじゃなくて撮るだけどな。なんか今琥珀らしくないことを言った?
「さてと、じゃあ最後に一枚だけ撮って撮影は終わりにしましょうか」
そう言って逢坂さんがシャッターのアイコンを押そうとした瞬間、天原さんの目がゆっくり開いた。 そしてスマホのカメラを自分に向けている逢坂さんに気付いた。
しかも運の悪いことに逢坂さんが目の前まで近づいて撮ろうとした瞬間に。
「「うわぁっ」」
起きた瞬間に目の前にいた逢坂さんに驚いた天原さんは、勢い良く椅子ごと後ろに倒れた。
逢坂さんの方も突然目を開いた天原さんに驚いてしりもちをつく体勢で後ろに倒れた。
「二人とも、大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
そう言った天原さんは先に椅子をどかして上半身を起こそうとした。
「私も大丈夫よ」
逢坂さんもそう言って偶然横向きで落ちていたスマホを掴んだ。その時、静まりかえった部室にパシャッというシャッター音が響いた。
「「「「え?」」」」
逢坂さんはレンズの向いていた方向を見ていたらしく、急いで撮れた写真を確認した。
「こ、これは。すごいわ、寝顔を撮ろうとしたらそれより上の写真が撮れてしまったわ」
それを聞いて琥珀がその写真が映っている画面を覗き込んだ。
「うわ~、これってスカートの中だよね?」
天原さんの顔が急激に赤くなる。その写真も使い道は決まってるんだろう。
「桜、そのスマートフォンをこっちに渡してください」
突然いつも以上に澄んだ天原さんの声が聞こえた。見るとその顔は笑っているが、体からオーラが出ているのが見えるかのような迫力があった。
「部長、これはスマホを大人しく差し出した方がいいんじゃないか?」
「それは絶対にダメよ、この写真は私のコレクション第一号にするんだから」
何だよ、そのコレクションって。
「渡す気が無いんですね? ふふ、いいでしょう、ならばこっちから行きますよ?」
そう言うと天原さんは一歩前へと足を踏み出した。全く関係の無い俺まで逢坂さんの隣にいるせいで尋常じゃないプレッシャーを感じる。
「本人から聞いたんだけど、鏡花ちゃん古武術とかやってるらしいのよね」
ますます危険なプレッシャーがかかり始めた。そして、遂に天原さんが前進を始めたと脳が認識した瞬間に3mほどあった逢坂さんと天原さんの距離は詰まっていた。
「え?」
そして天原さんは手を手刀の形に変え、振り下ろした。
逢坂さんは俺の襟を掴むと、自分と天原さんの間に盾として突き出した。手刀は見事に俺の首にヒットし、俺の意識はどんどん遠のいていく。
意識が消える前に見たものは逃げて行く逢坂さんとそれを追う天原さんだった。