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Not Knock  作者: モク
第1章 ブラックシューター
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ブレイブスピリット・医務室



「大袈裟だな、シュノンさん。大したことないって」


「駄目だよエル、そんなこと言ってちゃあ。ブラックシューターとやり合ったんでしょ? わたしに任せなさいって」



 エル──役名・フレイムキッド──の腕を取って、ブレイブスピリット専属看護師のシュノンは肌が全く見えなくなるまで包帯を巻いていく。

 連日の怪我ということもあり、大丈夫だと言っても彼女は信じてくれない。事実、エルの全身は火傷に似た傷がびっしりとついていた。とても軽傷とは言えない。



「俺たち一般人と違って治るの早いし、さ。それにシュノンさん不器用だから……痛い」



 包帯が重なる度に締めつけが強くなる。心なしか巻き方も雑だ。



「うん、やっぱり何か腹に入れた方が早く治る気がするな。ってことでもう十分だよ、ありがとう」


「あっ、エル!」



 つい不意をついて医務室を飛び出した。

 きつい包帯が傷口を圧迫して余計に痛みがはしる。



(シュノンさんいい人なんだけどなあ)



 腕は何とも言えないが人が良い上に二十代、つまりは年上というわけで言葉を濁して逃げる以外の選択肢がわからなかった。

 一緒にブラックシューターにやられたもう一人の彼女は医務室に置いてきてしまったのだが、ベッドで熟睡していたから仕方ない。 元々、当番の日が同じだったというだけでコンビではないし、それ程仲がいいわけでもない。だからまあ、いいかとエルは自分に言い聞かせた。


 上から服を着ているとはいえ、全身包帯は目立つ。社外に出るとき以外は私服であるのだが、袖やら何やらから覗く白い布は、明らかに周りの目を惹いていた。 ここまで酷く負けてくる奴はそういないらしい。

 すれ違う度に視線を浴びるのにいたたまれなくなってエルはぎこちない動作で歩きながら僅かに下を向いた。


 ややあってぴたりと立ち止まる。足を踏み出そうとした先に、誰かが立っている。



「酷い怪我だね。歩いて平気なのかい」



 エルが顔を上げるより先に頭上から声をかけられる。

 遅れて声の主と目を合わせると、切れ長の目をした青年がいかにも女性受けしそうな薄い笑みを浮かべていた。細い金髪が風もないのに揺れている。



「はあ、まあ。大したことないっすよ」


(う……胡散臭え)



 特におかしなやりとりも交わしていないのに、戸惑いが表に出てしまっていた。

 彼も恐らくヒーロー業をしているのだろうが、見知った顔ではない。稀に見る、濃い奴だと直感した。


 青年は真っ白な歯を見せながら目を細め、わざとらしく安堵する。



「そうかそうか、それならいいんだけど。……あ、そうか、君がフレイムキッドだね。いやあ噂通り、活気のありそうな少年だ」


「そりゃどうも」


「ブラックシューターに負けたんだってね」



 前触れもなく触れられたことにたじろぐが、青年が微笑んでいるのを見て向かっ腹を立てる。

 故意なのか無意識なのか知らないが、馬鹿にされている。



「はは、悪かったよ、そんなに睨まないでくれ。仕方ないさ、ブラックシューターは負けを知らないと聞くからね」



 微塵も悪びれる様子もなく前髪をかきあげると、青年は「さて」と腰に手を当てた。



「名乗るのが遅れたね。僕はヒューイ、五年程ここでヒーローをやってる」


「エル、です」


「よろしく」



 軽く握手を求めたあと、特別に用があるわけでもなかったようで、ヒューイは去っていった。

 エルは彼の背をしばらく見ていたが、五年もブレイブスピリットで働いているというのにやはり彼とどこかですれ違った記憶すらない。一目見れば忘れられない独特の雰囲気を纏っているというのに。



(誰だったんだあの人)



 全くの初対面だった。




 ▼




 翌日のこと。

 チェルシーは彼女の処分を告げにきたノットの言葉に目を丸くした。



「え、今なんて」


「三日。三日後に社を辞めてもらうと言ったんだ」


「すると、それまではどうすればいいんです?」


「君の好きにするといい。仕事をするなり荷造りをするなり」



 瞬きを三度する。

 自ら訊ねておきながらにわかには飲み込めない内容だった。

 すぐにクビにされると思っていたのだ。どうして三日も猶予があるのだろう。



「あのー……」


「何だ」



 理由を問おうとしてノットの表情に気がついた。

 うんざりだ、勘弁してくれ。そう目が言っているのは、まだ子どもであるチェルシーでも容易にわかる。

 きっと「今すぐ出ていって欲しかったものだ」と心中で物を言っているのだろう。


 この三日をどうするのかとチェルシーに問いかけているのは彼ではない。となると残るは、



(叔父さんですか)


『……貴様が血族共から何を言われようが知らんな、俺には関係のないことだ』



 自然と再生されたグルシェムの言葉。思わず可笑しくて噴き出してしまった。


 彼は一族の中でも特に優れた才を持って生まれ、血縁も赤の他人も例外なく、特別に冷たい人だったと聞いていた。

 まさかあんなことを言われるとは、そんな思いと同時にどことなく不器用な物言いをする彼の印象が少し変わったことが嬉しかった。



「……何がそんなに可笑しいんだ?」



 訝しげな視線を送ってくるノット。

 結局、待っていた質問が言葉にされることなく、しかも唐突に笑い出したのだから当然である。



「何でもないですよぅ」



 初めて見る年齢に相応しいチェルシーの笑顔に少し戸惑い、やはり何でもないことはないだろうと内心呟きながらも、ノットは小さく頷いた。



「そうか……。ところでその、気になってはいたのだが、君はいつまでその格好でいるつもりだ」


「仕方ないじゃないですか、これしか持ってないんですよ」



 両腕を広げる彼女が着ているのは、初日から変わらないカーキのコート。靴すら履いていない。



「荷物はどうした」


「非常食と……あとシャンプーとか!」


「何故着替えがない」



 ノットは苦い表情のあと眉間に指を当てた。



「寝るときはコンタクト外さなきゃ目に悪いですよ」


「え? ああ、スティーヴンか。余計なことを」



 したり顔の友人が浮かんだ。

 コンタクトを外さずに眠ってしまうことはよくあるが、その度にとりあえずは医者であるスティーヴンのため息を聞かされる。良くないとは承知していながら、一度やってしまうと妙に緊張が緩み繰り返してしまうようになったのだ。


 だがしかしスティーヴンも誠実な男じゃない。性根が腐っていなければ闇医者などとは名乗らない。



「あいつの言うことは、あまり間に受けない方がいいだろう」



 悪ふざけが過ぎるところは玉に瑕ということだ。記憶に新しい煙草のことも然り。



「あら、お友達なんですか?」


「腐れ縁と言った方が正しいな」


「ここに入る前からの?」


「まあ」



 短い返事で会話を一度終わらせると、ノットは腕を組みながらチェルシーをじっと見つめる。



「あのー、そんな見つめられたら照れ──」


「街へ出るぞ」


「はっ?」



 聞こえただろうというため息の次に、呆気に取られたチェルシーにもう一度告げる。



「街へ出る。君がいつまでもその格好だというのはいただけないからな。一応は、まだ私の部下でもある……どうした?」



 その言葉でチェルシーは我に返った。


 驚いた、という本心に相違はなかったのだが、ノットの表情に再び笑いを堪えきれなくなる。

 忙しなく目を泳がせる彼が、あまりにぎこちなかったものだから。自身では恐らく気づいていないのだろうが。



「さっきから笑ってばかりだな……」


「今のはノット様が悪いですよ……っはは!」



 苦しくなって咳き込んでから大きなため息。勢いにつられて滲んだ涙をチェルシーが指ですくうまで、ノットは不満と羞恥の混じった目をどこかへ向けていた。



「いやあ、ノット様があんまり可愛らしい顔してたものですから、つい」


「こ、言葉には気をつけたまえ」


「冗談ですって、半分は。実を言うとですね、慣れてないんですよ、そういうの」



 横目をやると案の定、ノットは返す言葉を探していた。彼がどんな反応をするものかと少しの期待を込めた意味も含む言葉だったのだが、やはり予想通り。不意に落とした言葉の意味を探している。

 だが彼が答えを悟ったところでそれはチェルシーの望む展開ではない。



「ささっ、行くんでしょうデート。善は急げと言いますでしょう」


「言い返すのも面倒だな」


 すたすたと跳ねるチェルシーの後ろを、やはり気乗りしない様子のノットがついて行く。

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