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Not Knock  作者: モク
第1章 ブラックシューター
7/21

 二人は同時に、飛ぶ。フレイムキッドの手のひらからは灼熱の火の玉が、ブラックシューターの銃からは漆黒の弾丸が、それぞれ猛威を振るう。


 ノットの双銃は装填の必要がない。フレイムキッドの炎と同じように、彼自身の能力による弾であるため物質的な補給を必要としないのだ。


 互いが互いの攻撃を打ち消していく。一つだって体に届くものはない。ただ広がっていくのは両者の間で弾ける黒煙のみ。どちらかがほんの少しでも手を緩めれば一瞬にして勝負がついてしまう、そんな緊迫がその空間を支配する。


 見ていろと言われたが、そんな言葉がなくともチェルシーはもう声も出ない。

 ヒーローと悪の本当の戦いを直に見るのは初めてだった。テレビなどの映像を通じてであれば、それはもう何度だって目にしてきた。


 だがやはり違う。テレビで気楽に見ていたショーじゃない。この場には沢山のものが混じってる。緊張も恐怖も快楽も、彼女にとっては初めて得る感情ばかりだ。



(確かにあたしなんかじゃあ、とても手の出せるものじゃないですよねー)



 痛みが和らいできたところで、チェルシーは地面に完全に体重を預け素直に見ていることにした。


 戦況は未だに拮抗。

 共に攻撃が届く気配はない。



「昨日よりはまだ防げてるけど。あんた手加減してねぇだろうなー?」


「そのつもりはないが。すまないが昨日のことはよく覚えていないんだ」


「はあ?何だよそりゃ。まあ、おっかなかったよ昨日のあんた」


「……それは、申し訳なかった」



 そんなやりとりも無論、手を止めることなく交わされたものだ。

 ふと、ノットが気づく。



「そういえばもう一人の彼女は──」



 最後まで言わせない、そんな風に打撃は後方から風を切る音と共に向かってきた。



「なるほど、君は隙を突くやり方か」



 でも、惜しいな。



「確実に仕留めたければ音も気配も、限りなく完全に消すことだ」



 ノットは片手でフレイムキッドに応戦したまま、もう片方の銃口を顔の横に添えた。間を空けずに発砲。人一人を包み込む程の大きさをした闇色の魔弾が放たれた。



「くっ!」



 女のヒーローは逃げる術を失った。間に合わない。闇の色が視界を覆い尽す瞬間、彼女の脳裏に膨大な思考が駆け巡る。

 気づかれた。今まで一度も失敗したことのない、背後からの不意打ちがあっさりと見抜かれた。自分は負けるんだ。


 しかしほんの少しだけ嬉しいと思った。悪の組織でも特に有名なブラックシューターと戦い、真正面から敗北した。何故だか清々しかった。


 直後、彼女は弾丸に包まれ吹き飛ばされた。



「偶に心配になる。ゼロ距離からの攻撃で命を落としたりしないのだろうか」



 途端にフレイムキッドは呆れてため息をついた。



「心配言う割に呑気な言い方だけどさ、大丈夫だろ。俺らは鉄筋コンクリートでぺしゃんこにされたって死なねぇぜ。多分、ナイフで心臓刺されたって十分、十五分は生きてるよ」


「なるほど、ある意味化け物だな私たちは」



 微かに自嘲を混ぜた笑みを浮かべながら、ノットは再び双銃をフレイムキッドに向けた。


 仲間が倒されたからといって、そちらに意識をやってしまうわけにはいかない。それこそ致命的なミスになる。ブラックシューターはやはり強い、一筋縄で倒せる奴じゃない。しかしこの状態が続いても勝負はつかない。


 どうする。



「考えていることは同じらしいな」


「わかんの?」


「そんな気がしただけだ」



 案外エリートの考えることは適当なこともあるらしい。だが若干拍子抜けはしたものの、事実は事実だ。このままでは埒があかない。現状を打破するにはどちらかが動くしかない。


 その瞬間は思いの外すぐに訪れた。

 ノットはその場所から姿を消す。標的を失った炎の塊が彼方へ消えていく。しかしフレイムキッドも怯まなかった。すぐさま振り向き真反対の方向へ攻撃を飛ばすと、その先にノットが姿を現した。



「!」



 しかし直撃の寸前に再びの瞬間移動。捉えたようにも見えたが、どうやら避けられたらしい。



(読むか……やはり流石だな)



 こうなれば戦術を出し惜しみしている場合ではなくなった。



「隙を狙ってんなら無駄だぜ」


「ああ」



 諦めか、それとも別の策があるのか。応答する声は四方から聞こえる気がした。ノットはフレイムキッドの周りに彼を惑わすように現れては消えを繰り返す。フレイムキッドの攻撃は、狙いが外れているわけではないが当たらない。

 その訳は明らかだ。



(速っ……)



 一度消える度に速度が上がっていく。姿を見せた瞬間すらもはや捉えられなくなった。

 若きヒーローが焦り始めたそのときだった。風を纏って迫り来るような音が空気を震わせ貫く。その正体に気づく前に漆黒の弾丸が脇を掠めた。



「な、え!?」



 にわかには飲み込めず、彼方へ過ぎ去っていくそれをじっと見る。するとようやく理解出来た。さっきのあれは間違いなくブラックシューターの弾丸だ。


 ありえない。

 認めざるを得ないのか? 彼はこの状況で、こちらからは影すら見えないこの一瞬でほぼ正確にフレイムキッドに攻撃を仕掛けてきたのだ。



(こんな……狙って当てられるもんなのか!?)



 これ程の高速で動けること自体厄介だというのに。驚愕のうちに次の攻撃が来る。今度は完全に的を捉えていた。前方から迫るそれは避けられたが、後ろからだったならば恐らく直撃だった。舌打ちする余裕もない。常にあらゆる向きに意識を注いでいなければならない。


 だがさらに、攻撃の段階が上がる。別々の方向からほとんど同時に弾丸が放たれた。まだスピードが上がっているということだ。

 逃げる程の時間はない。相殺という選択肢しか選べないことを悟ると同時に一直線に伸ばした手から炎を放つ。



「ぐ……!」



 弾丸そのものは打ち消せたものの、前後からの爆風による衝撃と黒煙が全身を激しく揺さぶりバランスを崩した。

 駄目だ、このままここにいては駄目だ。フレイムキッドは咄嗟に上へ飛んで見通しの悪い煙の中から抜け出した。


 そして、



「う、そ……だろっ!!」



 彼は見た。


 最上に達した高速移動による残像で何人にも見えるブラックシューターを。さらには彼”ら”が待ち構えていたように自分をぐるりと囲んでいるのを。


 その瞬間、フレイムキッドから一切の闘志が消え去った。

 全てのの影が同じように腕を上げ複数の銃口がフレイムキッドを捉える。実体はたった一人のはずなのに、何だろうこの感じは。ノットの影ひとつひとつに質量がある、そんな気さえしてくる。そんな予感があながち外れていないということは、すぐに理解出来た。



漆黒の流星群(ダークメテオ)



 影が一斉に発砲。

 全方位からの、猛攻。

 闇夜と同じ色をした流星群。


 最後に目に映ったのは、いくら覗きこんでも底の見えない深い漆黒の闇だった。




 ▼




 目を開けると、真っ青な空が飛び込んでくる。



「いっ……てぇ」


「目が覚めたか」



 事を知るのに、その一言は十分過ぎた。声の主、ブラックシューターは涼しい顔でフレイムキッドの傍に立っている。


 そうか、今度も負けたんだ。



「どれくらい寝てた、俺」


「十数分というところだ。思ったより早かったぞ」


「あんた俺のことよく褒めてくれるよな」


「事実を言っただけだ」



 結局、手も足も出せなかった。同じ相手に二度も負けるなんて情けない。だが、どうしてか悔しいはずなのに、それに勝る感情がある。



(はは、何だよそれ)



 つまるところ、楽しかったのだ。この男と一戦を交えたことが。力量の差は圧倒的で、やはり到底勝ち目などなかった。きっと絶望しチェックメイトの前に自ら降参してもおかしくはない程にノットは強かった。


 だが不思議だ。フレイムキッドにはそんな気持ちは少しだって襲ってこなかった、それどころか、どこかにあの歴然な差を埋めてしまう手はないか、いやあるはずだ‥‥そんな心地良い高揚感ばかりが積もっていった。

 諦めさせられることなく負けたのだ、実に清々しく。ノットにはその強大な力に驕り相手を威圧するという考えがなかった。


 お前と同じだ、私は相手を完封するまでの実力はない。お前は強い。


 尋ねれば多分、こんな返事が来るんだろうと予想した。



「立てるか?」


「ああ。でもその手はしまっときな」



 差し出された手を取ることなく仰向けのまま不敵な笑みを向けた。



「次はあんたが負ける番だ。その手を俺に引かれて起こされるのを待っとけ……!」


「‥‥期待しよう。暁帝国の者としてではなく、な」



 ノットも同じく口角を上げて宣戦布告を受け止めた。二人がそれ以上の言葉を交わすことはなく、ノットは身を翻し足を踏み出した。


 視線の先には胡座に頬杖という格好でふんぞり返る幼い部下。



「呆れたものだな。私や司令官の命令もなしに独断でヒーローの元へ赴き、あまつさえこの有様か。無論、言い訳は用意してあるな?」


「言い訳って程じゃないですけどねぇ……いてて」



 僅かに動かしただけで痛みの走る腕を抱いてチェルシーは空笑いした。今のノットは、出会ってからの中で特別に冷たい目をしている。思い当る節は有り余るが、彼の怒りさえなんでもないように思えるくらいに、チェルシーは密かに高揚していた。まさかこんなに早く確信を抱けるなんて。



「そうか、ならば言ってみろ」


「あーはい、じゃあ……そうですねぇ」



 ゆらりと首を傾げて見上げてくるチェルシーに、言ってからノットの背にぞくりと何かが走った。



「ノット様、知ってま‥‥」



 言葉は途切れて先を失った。ノットの体がぐらりと揺れ、そのまま崩れる。あっと思ったときには既に意識の飛んだ彼が目の前に倒れるところだった。



「ノット様!」

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