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Not Knock  作者: モク
第1章 ブラックシューター
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 このアンドレッドシティにも一般人に紛れてヒーローや悪の組織が大勢暮らしている。特にこの街には暁帝国ともう一つ、ヒーロー側の大手会社『ブレイブスピリット』がある。


 プライベートで通りを歩いている間に何人の敵と遭遇しているか知れないが、警戒するものでもなかった。何故なら英雄戦線協定のとある一文により、コスチュームを身につけていない者との戦闘は一切禁止されているからだ。

 その前にほとんどのヒーローはマスクやら仮面やらで顔を隠しているため、素顔の彼らに出逢ったところで気づかない。


 隠す理由は一般人だ。

 一般人にヒーローの顔が知られればまず、ちやほやされる。だがそのちやほやの度が過ぎるケースがあるのだ。芸能人よろしく、どこで突き止めてきたのか自宅へファンが押し寄せたという例もある。正義の味方も楽ではないらしい。


 一方で悪の組織は世間からの人気が薄い。紛いなりにも世界を支配しようとしているのだから当然だ。素顔がバレれば日常生活が困難になる。

 だがほとんどの者は隠さない。

 理由は簡単、悪から逃げる一般人は彼らの顔など見てる余裕がないのだ。職業柄纏っている奇抜なコスチュームを覚えられることはあっても顔の認識は希薄だ。


 そういうものなのだ。

 顔を見せたがらない奴がいるとすれば、それは万が一バレたらということを予想する心配症か、コスチュームの都合上外せないパーツであるかだろう。ノットの衣装は白のラインが施された黒いコートにダークブラウンのブーツ。全身のほとんどが真っ黒な為、コートの模様でブラックシューターだと判別されている。かなりシンプルな方だ。

 特に素顔を隠す理由もなかった。


 街を通るときはいつも、やはり自分たちも人間なのだと実感する。ほんの少し、常識の世界の壁から一歩、足が出ているだけだ。他は何も変わらない。だから眠い。いやこの睡魔は一般人も知りえないだろう。この仕事がどれだけ大変か。

 そんなことを考えながら真っ直ぐに飛んでいたときだ。



「ブ、ブラックシューター!?」



 後ろから声がした。あまりに唐突なことに怯みノットも思わず動きを止めてしまう。

 ああ、嫌な予感だ。

 完全に失念していた。今、彼が纏っているのは他でもない、ブラックシューターの衣服だった。


 ゆっくりと振り向けば、そこにはノットと同じく浮遊する赤いスーツの少年ヒーロー。見たところ十代後半といったところか。恐らく最近活躍が目立つフレイムキッドという奴だろう。



「くそっ、ナンパしに行く約束なのに……あーもう、仕方ねぇ!」



 フレイムキッドが悔しそうに頭を抱えた。それと同時に、ノットの中で何かの切れる音がする。


 ナンパだ? 仕方ないだ? なるほどやはり若い世代は気に食わない。

 漆黒の目が鋭く光る。ノットは組織の制度を恨んだ。


 ヒーローや悪の組織には、勤務時間がない。敵と逢えば一触即発。たとえ睡眠不足とストレスと新人の教育係という面倒な仕事が重なった上に若いヒーローの不真面目な一面を目の当たりにした不運な日であってもだ。


 お前の煩悩と私の睡眠時間、一体どちらが大切だ? ノットはホルスターに収納されている二丁の銃に手を掛けた。



「加減が出来るかは保証しないぞ、小僧」



 今日のブラックシューターは、すこぶる機嫌が悪かった。

 地平線に微かに光を残しながら太陽が沈む。




 ▼





 翌日の朝ノットが目覚めたのは早朝のことだった。昨日のことは例外として、普段はどれだけ疲れていようとも毎朝決まった時間に目が覚めてしまう。しかし今朝も昨日に続きベッドで安眠というわけではなかったようだ。

 ソファーに突っ伏す体勢で、またもやコンタクトをつけたまま、さらにコートまで着ている。武器だけは取り外しテーブルに置かれている。


 結局のところ、疲れは半分程もとれていなかった。それどころか、昨夜フレイムキッドと対峙した所までは覚えているもののそれ以降、今目が覚めたこの瞬間までの記憶がない。負傷による痛みはない為、恐らくは勝ったのだろうが彼はどうなったのだろう。

 気にはなるがまずは社に赴くが先だ。




 ▼




「フレイムキッドを倒したそうだな」



 にやりと笑うグルシェムの言葉でノットは安堵した。理性が飛び勢いに任せてあの少年ヒーローを殺しはしなかっただろうかと心配していたのだが、司令官の口調からしてそれはなさそうだ。


 命を奪えば英雄戦線協定に反し、重罪とみなされる。



「貴様は相変わらず良い仕事をする。調子に乗っていた青二才だ、敗北したことで勢いは少なからず衰えるだろう」


「はあ……」



 狙ってやったわけではない、とは言い出せなかった。ストレスに耐えかねて生まれた突発的な衝動でヒーローを倒したと口にすれば、途端にグルシェムは怒り出すだろう。

「そんなものはブラックシューターのキャラではない」と。



「それはそうとブラックシューター、新入りはどうした?」


「ああ、昨夜は私の部屋に泊まらせたのですが今朝はまだ姿を見ておりません」


「貴様と同じ部屋にか?」



 食いつくのはそこか。



「いえ。社内の部屋を彼女に使わせ、私は自宅へ」



 弁解するとグルシェムはつまらんなと呟いて、椅子に深く腰掛けた。



「馬鹿正直め。まあさっさと奴を戦力として使えるようにするのが貴様の仕事だブラックシューター」


「心得ております」



 改めて言われるとつくづく嫌になる。一日足らずでチェルシーという少女の人格は大よそ知れた。とてもではないが好ましい人柄とは言い難い。ノットとはまるで正反対のような印象を覚える。


 一先ず彼女を探そう。司令室へ来るまでに寄った部屋の中には誰もいなかった。一体どこを彷徨っているのかあの少女は。



「司令官」



 ノットは部屋を去る前に、ふと疑問を口にした。



「何故、彼女を私に」



 教育係ならば他に暇な適役の者がいるだろう。何故わざわざ自分が任されたのか。

 それ程意味のない、どうでもいいような質問だった。グルシェムは表情を変えない。



「奴が貴様を希望した、それだけだ」


「……そうですか」



 頭を下げ、ノットは司令室を後にした。




 ▼




「まったく、派手に負けて」


「仕方ねぇだろ。無茶苦茶に強いよ……ブラックシューター。いてて」



 四肢には包帯、顔には三箇所程に貼られた絆創膏。フレイムキッドは同僚と共に街を歩いていた。アンドレッドシティにある暁帝国を警戒してのパトロール、彼は今日の当番だった。



「正義の味方が悪の組織なんかに歯がたたないだなんて、世話ないわね」



 彼女はブラックシューターに逢ったことがないからこんなことを言えるのだ。一度戦えばわかる。

 フレイムキッド自身も、先日一方的にやられて帰ってきたレモネードマンを情けないと呆れたものだが、今なら彼の気持ちがよく理解出来た。


 とはいえ彼女の苦言の通りヒーローが悪に負けるなど本来ならあってはならないのだ。



「でもここ最近、妙にあいつら強くなってきたと思わない?」


「そうだなぁ。前はもっと雑魚ばかりだった気もするよ」



 二人は心当たりを巡らせた。この数年負けて戻ってくるヒーローが増えている。決して彼らの実力が乏しいわけではない。少し前まではかなり戦績を上げてきた者たちの多くも、近頃は業績が伸び悩んでいる。ブラックシューターを相手にすれば必ず負け、それ以外の悪にも勝つことが難しくなってきている。フレイムキッドが両手を頭の後ろで組む。



「なーんかなぁ、舐めてたのかなあ」


「はぁーい、そこのお似合いなお二人さんっ」



 能天気な声に二人は振り向く。鮮やかな色のショートカットの少女が後ろに手を組んで立っていた。年は十代の前半あたりだろうか。裸足にカーキのモッズコートという奇妙な出で立ちだ。



「君は?」


「いえいえいえ、怪しい者じゃないですよぅ」



 妙に演技がかった物言いで少女はひらひらと手を振って見せる。そして美しい金色の瞳を光らせた。



「あたし、暁帝国の者でして」

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