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消しゴムって青いカバーのイメージが強いですよね。もちろん赤や黒だったりもしますけど。
お待たせしました(?)。第2章、・16話、開幕と同時に更新再開です。
「俺という奴は、どうしてこうも消しゴムなんすかね」
ブルーイレイザーはいたって真面目だった。
「ノット様。この人、唐突に自分のアイデンティティ崩しにかかりましたよ。自分から消しカスになろうとしてますよ」
「誰が消しカスだ、ちびっ子のお前の方がカスみたいな見た目してるだろ」
すぐ脇で向かい合うブルーイレイザーとチェルシーの声を聞かされながら、たった三つの年齢差でここまで文化の溝が開いているとかと思うと、ノットは途端に頭痛を覚えた。どうしてか彼の言葉のどこに意味が詰まっているのかが、さっぱりわからなかったのだ。若者とは、もはや別人種の域にあるのではないかと錯覚するほどに。
「もう少し、私にも理解できるよう話してもらえないだろうか」
「偉い人って頭カタイなぁ……ええっと端的に言うとっすね」
ブルーイレイザーは椅子代わりにしていた商売道具を持ち上げると、これねと二人に見せつけた。
「ダサくない?」
抱えられた巨大な”プラスチック消しゴム”を取り囲む彼らの間に、沈黙が流れた。
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ブルーイレイザーは両手に抱えたプラスチック消しゴムを武器としている、少し怠惰で髪の染料に目がなく、元カノに財産の半分を持ち逃げされた過去を持つ一般的な暁帝国社員なのだが、彼はこの日の朝気づいてしまった。
今の今まで気にもとめていなかったけれども、消しゴムが武器だなんて、滅茶苦茶にゆゆしきことなのでないか。ゆゆしきこととは、まとめると、この上なくダサいということなのではないか。そう考えると同僚たちの自分に対する、いつまでたっても他人行儀で平行線を走ろうとする意地の色濃い目つきにも合点がいくのだ。
彼は思いついたら行動が早い、悪く言えば初めの思い込みが強い男だった。
一旦「ダサい」の文字が頭に張りついてしまってからというもの、どうしようもない不安と、世の中に産み落とされた全ての消しゴムへの嫌悪感と、それによって今後自分は二度と鉛筆の文字を消せなくなるのではという恐怖に苛まれていた。
ここでまた付け加えると、彼は我慢が嫌いな青年だった。
このままダサい相棒と一緒に居たとして、ヒーローを思うままに倒せるだろうか。いや、倒せない。己のガラスのハートが、美的センスが、こんなもので戦うことを許さない。
かくして彼は、これらの最悪な思いを断ち切ってくれる頭の良い誰かを探す旅に出る決意をする。ところが不運なことに、仕事を放って放浪するお許しは出ないであろうことが予想された。相手はあの、グルシェムという悪魔の(正確には魔王の)手先の男だ。瞬きの間に首が飛ぶに違いない。あな恐ろし。よって暁帝国の中で救世主を探し始めることにしたのだった。
手始めに歳の近い同僚に声をかけてみると、「だったら仕事ヤメチマエ」と呪文のように一掃されてしまった。ブルーイレイザーはもっともな意見だと感心したし新しい視点からの革命的な選択肢に衝撃の稲妻を食らわされた気分だったが、安易に鵜呑みにしてはいけないことを忘れなかった。これも一つの参考であり、達成のための一欠片だ。たった一口を食しただけで有頂天になっていてはいけない。何せ最近の世には、一枚に四種類もの味を兼ね備えたピザがあるというじゃないか。それなら一周全部平らげなければいけない。食べ残すなど万死に値する。
しかし、何故か不機嫌そうな同僚の背を見送ったブルーイレイザーは同時に眉をひそめた。いくらピザと言えども、一口ずつしか集まらないのでは途方もないのは明白だ。今度は慎重に、効率の良さそうなアドバイスをくれそうな人物をまずは検索しなければならない。財産の半分を一夜にして奪われた翌日から、彼の辞書には”慎重”の文字が新たに大きく刻まれていた。
するとしかし、ここで新たな鉄筋コンクリートの壁に思考を阻まれる。ブルーイレイザーには、心の内に渦巻く濃紺の悩みをさらけ出せるほど信用を置く親友がいなかった(それというのも、件の消しゴムの気味悪さが原因である)。思えば初めに声をかけた同僚に接するにあたってブルーイレイザーは、いかに我が憂鬱を水で薄めてみせられるかと奮闘していた。知り合い以上、友達未満の相手に濃紺の絵の具をひけらかす勇気が彼にはなかったのだ。せめて薄い青程度ならば。そんな心意気で臨んだ結果がピザ一口だった。
それでは埒が明かないとなったまでは良かったのだが、迫り来る、指をかける突起すらないまっ平らな障壁を目前に、ブルーイレイザーは膝を折るしかなかった。
がくっ。
しかし途方に暮れる青年はこの後に奮い立つこととなる。
すぐ近くに気配を感じて顔を上げてみると、少女がブルーイレイザーを不思議そうに見下ろしていた。この顔、知ってるぞとブルーイレイザーは記憶の頁を捲った。確か、入社早々問題ばかりを引き起こしているという前代未聞の一四歳だ。なんだちびっ子じゃないか、お前なんかに用はない。そう捨てようとしてブルーイレイザーは寸前で踏みとどまった。
よく考えてみれば、聞く話が本当ならば、なんて滅茶苦茶で破天荒なちびっ子なのだろう。彼女なら常軌を逸した回答をくれるかも知れない。上記した通り、ブルーイレイザーは行動が早かった。
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チェルシーはアイアン・アトラスの一件があってからというもの、悩める少女を自称していた。少女はたった今も思い悩んでいる。
「交友関係が、狭いっ!」
チェルシーは周囲の目を集めない程度の小声で嘆いた。彼女にとって今ざっくり”仲が良い”と称せる人物と言えば、ノット、ヴェストラル、フレイアルテとスティーヴンくらいだった(厳密に言えばノットとは上司・部下の関係でありそれ以上はないし、スティーヴンのザ・ヘビースモーカーな点は正直御免だった)。
チェルシーは焦り始めていた。彼女がエリート上司の元へ強引に潜り込んで、はや二週間が過ぎようとしている。このままでは、自分は周りの人間からまったくの他人としての地位を知らず知らず確立してしまう。
危機感は募りに募っていた。
そんな池の淵に浮かんでいる気分で彼女が今日も暁帝国を徘徊していたときだった。何やら「がくっ」という音が聞こえてくる。見ると、なんとも奇怪な光景があった。
悪の組織には珍しい真っ青な全身スーツを着込んだ青年が、巨大な四角を背に乗せた四つん這いの状態で項垂れていた。なるほど、「がくっ」はこの人の効果音だったのだなとチェルシーは納得した。
おんぶされた物体はよく見ると見慣れたプラスチック消しゴムのようで、青年のスーツは消しゴムと、色もデザインも同じペアルックという堂々ぶりである。きっと彼は消しゴム愛好家か何かだと察した。チェルシーがあれやこれやと想像をふくらませていると、青年も彼女の存在に気づいたらしく顔を上げた。運命的にも、その場にはスポットライトが当てられているわけでもないのに、チェルシーと青年の二人がぽつんと固まるだけの静寂しかない。
これはまずい。チェルシーは冷や汗を噴いた。
「お前、噂の新人だな。俺今すごーく困ってんだけど、お前でいいから助けて」
「開口一番が無礼極まりないですね」
予想通りに青年が助けを求めてきたことでチェルシーは苦い顔をした。面倒くさいし、突然のお前呼ばわりに腹もたった。
しかしチェルシーは「おや」とひらめいた。好機だ。そうだ、この人と仲良くなればいいのではないか。相手が誰であれ声をかけられるということはチャンスだ。もはや己の窮地を脱するに人選を事細かにやっている場合ではないとチェルシーは踏んだ。もっと気の合う人物が後々に現れたならば、この全く反りの合わなさそうな男とはすっぱり縁を切ってしまえば良いのだ。そのために、つまりは彼の困り事とやらが解決するよう尽力すれば良い。
チェルシーは胸をどんと叩いて言った。
「ま。そういうことなら、あたしが完全無欠な相談相手をご紹介してさしあげますよ」
彼女の掲げる尽力の範囲は狭かった。
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ノットは、この沈黙を破る役目が自分に回っていることに気づき始めていた。チェルシーは早々に視線を壁の方へやってしまっていて、消しゴムを挟んでにらめっこ状態のノットとブルーイレイザーが取り残されている。
ここでもう「ダサくない?」の問いかけに応えうる人物が確定されていた。ところがブルーイレイザーの方が待ちきれなかった。
「先生、どうすか」
「先生」
「そう、あんた。ダサくないすか?」
「いや……」
目を逸らしたいのは山々だが、気質がそれを許さなかった。
厄介事をこっちにまで持ち込んでくるのはいつもチェルシーだ。ノットが彼女への説教文句を考えて現実から逃げようかと思案していると、再びブルーイレイザーが応答を催促して引き戻す。ブルーイレイザーの期待に応えてやりたいと思うものの、そもそも何を期待されているのかも想像がつかない。
ふと、ノットはその消しゴムに触れてみれば、かけるべき言葉のヒントくらいは見つかるかも知れぬと考えついた。
「あーもう、ちびっ子チェルシーよ。ブラックシューター様だんまりだぜ」
「そりゃあ、あなたが……ん?」
仕方なしに顔を上げたチェルシーは台詞も半ばに目を丸くして、ブルーイレイザーの対面する方を指さした。
「ノット様は?」
ブルーイレイザーが問いかけの意味もわからず指さされるまま正面に視線を戻すと、そこにノットの姿がない。
「ありゃっ」
ブルーイレイザーが素っ頓狂な声を上げた。
「触っちゃったか!」
チェルシーはきょとんとして、一人頭を抱えるブルーイレイザーを訝しげな目で見ている。すぐにはっとしたブルーイレイザーはチェルシーに向き直り、
「あのだな、その。この消しゴムは触れた相手を消すんだよ」
「はあっ!?」
「待て、待て! 消して、違う場所に飛ばすんだよ」
事の重大さをようやく共感したチェルシーの剣幕は素早かった。殴りかかるような勢いを一瞬にしてつける彼女をブルーイレイザーはなんとか抑えたい。
「それで、ノット様は今どこに!」
「わ、わからん。半径五キロメートルでランダムだ。ひとまずこの街の中だろうから、探せばいいんじゃ──」
ブルーイレイザーが言い終わる前にチェルシーは、小さな拳で彼の頬を思い切り殴りつけた。勢いはもはや止められない。続いて、チェルシーはさながら怒った豹のごとく吠えた。
「お前も探せぇっ!!」




