プロローグ
ヒーロー。
それはあらゆる悪の組織から世界の平和を守る者たち。
悪の組織。
それは『世界征服』という名の野望を掲げ暗躍する謎と闇に包まれた組織。
そして双方の間に結ばれた掟、それは『英雄戦線協定』。ヒーローと悪の組織との交戦において、ただの一人も殺してはいけないなど、その他諸々の決まりごとである。最低限の力の行使による平和的な解決を求めるが故の掟だ。
”正義は必ず勝つ”……全ては、ヒーローたちのその決め台詞の下に──。
「ぐ……もはやこれまでか」
「お前たちに世界は渡さない。戦線協定の下に、勝負は終わりだ」
所々、遠い昔に崩壊したビルの瓦礫の隙間から細い煙の立つとある旧都市。ここにもまた、今にも戦いを終わらせようとするヒーローと悪の二人がいた。
満身創痍の男の前に、もう一人の男は立ちはだかった。
たった今、勝敗は決した。ヒーローの敗北という形で。
「ヒーローが……悪に負けるなんて」
黄色と白を基調とする派手な全身スーツとマスクに身を包む男は、高い壁のように眼前に立つ、黒いコートのような長衣に身を包む男を睨みつけて言った。
「一体誰の戯言だ、”正義は必ず勝つ”……など」
コートの男は両手に一丁ずつ持っていた銀に黒の装飾が施されているペーパーボックスピストルをホルスターにしまう。そして切れ長で冷徹な漆黒の目を細め、睨んでくるヒーローを見下ろす。
「わたしの勝ちだ、レモネードマン」
「ブラックシューター……っ!」
レモネードマンが無念の叫びを発する。目を凝らすまでもなく、相手の体にはたった一つの傷もついていなかった。全く歯が立たず、歴然と聳える力の差を思い知らされた。
ここ最近、腕のたつ悪の銃使いがいるという噂は彼も耳にしていたが、まさかこれ程とは。
協定により、決着がついたためこれ以上ブラックシューターが攻撃を加えてくることはない。背を向け立ち去ろうとするブラックシューターを、動かない体に苛立ちながら見送るしかないのだ。
悔しさに痛みも厭わず唇を噛みしめ、表情を歪ませる。
ブラックシューターは背後の殺気を、取るに足らないと言うように気にも留めず、無言にしてレモネードマンから離れていく。
ブーツの鳴らす音の後に、ヒーローの唸る声が微かに残る。