最終話
しばらくすると船は汽笛を鳴らし、少しの振動と共に離岸し一日半の船旅が始まる。
船が出航してすぐ俺はデッキに立ち、少しずつ遠ざかる生まれ故郷の島を見続ける。
その島を見続け俺はこれからの事を考えていた。
大きな希望と少しの不安。そんな感情がごちゃ混ぜになった気持ちを胸に抱き、俺は一日でも早くこの島に佳代子の事を迎えにこれる日を考えていた。
島の方から吹く風は、少しだけあんなに嫌だった島の魚臭い匂いを運んできたが、今はその匂いでさえ心地よさを感じてしまう。
島からずいぶん離れ、もう島がほとんど海と同化して見えるくらいまで俺は島を見続けていた。
そして島が完全に海と同化し見えなくなってしまう頃、俺はようやく室内に戻り、自分の荷物のおいてある所に座る。
持ってきた荷物を枕代わりにし、一晩寝ていなかった疲れが波の心地よい揺れに誘われて俺は深い眠りに墜ちていった。
途中何か船内が騒がしかったが、疲れて寝ぼけた頭ではほとんど周りの人が何を言っているのか解らなかった。しかしそれは、人の声以外にも何か違う騒音が聞こえたような気がしたが、俺は気にせず眠り続けた。
そして俺は一日半、ほとんど目覚めることなく船の中で眠り続けた。
俺が完全に目を覚ましたのは船内の放送が入ってからだった。
『まもなく本船は港に接岸致します。危険ですのでデッキにはお出にならないようにお願い致します』
放送がかかると、皆荷物をまとめ外にでる準備を始める。
そして船が接岸し、下船の合図が流れると皆次々と船から降りだす。
俺もその人の流れに混じって下船し、フェリーターミナルに降り立つ。
船を降りた人達は皆次々にフェリー乗り場から出て行くが、出たところでみな一様に呆然と立ち尽くしていた。
俺は何があったのか解らなかったが、その人混みをかき分け人混みの先頭に立つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は言葉を失った。
フェリー乗り場こそ無事だったが、辺りはほとんどの建物が崩れ落ち、所々で火災まで発生していた。
「な、一体何があったんだ?」
周りの人達も今の理解できない状況を口にしていた。
「なあ、もしかして、あのフェリーで見たヘリの編隊ってもしかしてあの島に向かってたんじゃないか?」
「!?」
そう言った男に俺は詰め寄る。
「今なんて言った? ヘリの編隊ってなんだ!」
「お、おい何だよいきなり」
「お前見てなかったのかよ? 十機位の軍のヘリの編隊が島の方に向かって飛んでいったじゃないか」
「な!?」
嫌な予感しかしなかった、もしかしたらヘリの編隊は島を襲いに行ったんじゃないだろうか?
俺はそう考えるといても立ってもいられなくなり、ターミナルに戻り、チケット売り場に走った。
「島までのチケットを!」
「お客さん、残念だけど一週間後まで船は出ないよ。それに今は戦争中だ、来週になったら一般航路は封鎖されるかも知れないし・・・・・・」
途中からチケット売り場のオヤジの声は聞こえなくなっていた。
戦争って何だ? 島はどうなった? 親父や母さんは? 佳代子は・・・・・・
「ああああああああ・・・・・・」
俺はなんて事をしてしまったんだ! 何で親父の言うことを聞かなかったんだ? 何であの時俺は佳代子を一緒につれて来なかったんだ? なんで? なんで? なんで? なんで・・・・・・・・・・・・
俺は暫くその場から動けなかった。自分のしてしまったことと、しなかったことに激しく後悔し、生きていく気力さえ失いかけていた。
しかし、誰も俺の事なんかに気を使っている余裕なんて無く、俺はフェリー乗り場を追い出され、どこへ行くともなく街をさまよった。
どれくらい時間が経ったのか? はっきりとは覚えていない。ただ、いつの間にか俺は難民キャンプのようなところにたどり着いていた。
そして、そこに来た兵隊募集の看板を見て、俺は年齢をごまかし軍隊に入った。
そうでもしなくては俺は生きていくことが出来なかった。
軍隊に入って島でラジオが聞けなくなった理由が解った。隣国の軍隊はまず各地の電波塔を攻撃し、この国の軍隊を混乱させたのだ。そしてその影響で、この国の軍隊は混乱から抜け出せない状況が続いていた。
もしかしたらあの時ラジオに入ったかすかに聞こえた言葉は隣国の作戦開始の合図だったのかも知れない。しかし、今となってはもうどうでも良いことだった。
とにかく俺は軍隊で必死に戦った。あの生まれ故郷の島を取り戻す為に、佳代子にもう一度会うために。
そして一年後、ようやく隣国との和平協定が結ばれ、平和が訪れた。
それから少ししてようやく民間航路が再開され、俺は軍を退役するとすぐさまフェリーに飛び乗った。
島までの一日半、俺は佳代子の事ばかりを考えていた。
とにかく無事でいてくれ、それだけを願った。
そしてようやく島が見える所まで来ると、俺はずっとデッキから島の形を見ていた。
島は遠目から見ると、俺が出て行った時となにも変わっていないように見えた。
しかし、島の形がはっきりと解り出す頃、明らかに島のあちこちに俺がいた時には無かったような施設が建ち並んでいた。
そう、島は隣国に占領され、軍事基地にされていたのだ。
佳代子、無事でいてくれ・・・・・・
俺はただただそう願うことしか出来なかった。
船はようやく島に到着し、乗客は下船しだす。
船を降りると、俺は急いで佳代子の家に向かった。
俺は佳代子の家まで走った、足がもつれて何度も転びそうになりながらも俺は佳代子の家まで走った。
そしてたどり着いたそこにはもう佳代子の家は無く、軍の施設が並んでいるだけだった。
金網に囲われた軍の施設を見て、俺は絶望した。
金網に両手の指を掛け、その場に力無くうずくまる。
暫く俺はその場所を動けなかった。
どれくらい時間流れたのか、俺は佳代子の家だった場所を離れ、いつも佳代子とラジオを聞いたあの砂浜に向かい、鞄の中からあの時からずっと使っているラジオを取り出した。
そしてラジオは雑音混じりで音楽を流し始める。
ラジオを聴きながら、俺は海に沈み行こうとする夕日を眺めていた。
そしていつか佳代子とこの砂浜で聴いたあの曲が流れる。
その曲を聴きながら、俺はいつの間にか涙を流していた。
「佳代子・・・・・・」
ラジオから聞こえる音楽に歌声を重ねるように誰かが歌っている。
「遙か遠く続くこの海の向こう、いつか君とここで会えたら。いつかまたこの場所遠い空、見ていたい。いつか君の戻るこの場所でずっと」
その歌声に俺は振り向く。
俺に穏やかな笑顔を向ける佳代子がそこには立っていた。
「お帰り、祐司君」
「た、ただいま佳代子」
俺は涙を流しながら、ただその一言しか言えなかった。




