2話
そして朝、俺は学校に向かう。
教室に入ると佳代子が俺に話しかけてくる。
「ラジオどうだった?」
「うーん、電気屋のオヤジは別に何ともないっていってた」
「そうなの? じゃあまた今日もラジオ聞けるね!」
佳代子は嬉しそうに微笑むが、俺は今日もちゃんとラジオが聞けるかどうか心配だった。
「そうそう祐司君、明日の卒業式終わったら二人で何かお祝いしない?」
突然の佳代子の提案。
「そうだな。しようお祝い!」
俺は佳代子にそう笑顔で返す。
そして卒業式の予行演習を終わらせ、俺と佳代子はいつも通り一端家に帰り、夕方に海岸で待ち合わせをした。
夕日が照らす海岸、俺はラジオの電源を入れる。
スピーカーからはザーザーと言う音を出すだけで、昨日と同じように音楽をそのスピーカーから流すことはなかった。
「やっぱり壊れちゃったのかな・・・・・・」
佳代子は寂しそうにそう呟く。
『全将・・・・・・ライオンは・・・・・・・・・・・・繰り・・・・・・・・・・・・めた・・・・・・』
突然ラジオから微かだが何か聞こえ、俺と佳代子はラジオから流れる音に耳をすませたが、その放送以降また何も聞こえなくなった。
「ライオン? 何だろう?」
佳代子も何の事だか分からない様子だったがラジオから何かが聞こえた事で少し元気になったようだ。
「でも、ラジオは壊れてなかったね! また明日にでも聞いてみようよ」
「そうだな、明日卒業式が終わったらまた聞いてみよう」
俺と佳代子はそう言って別れ、それぞれの家路につく。
俺は家に帰り、部屋でラジオの事を考えていた。
あの放送は何だったんだろう? 放送の内容が無性に気になった。
一人あれこれと思い悩み、ついウトウトとしてしまう。
すると突然親父が俺の部屋に入ってくる。
「祐司、なんだ寝てるのか? 起きろ、ちょっと大事な話がある」
寝ぼけ眼で俺は親父を見る。
「なんだよ・・・・・・眠いんだよ。寝かせてくれよ」
「いいから起きろ!」
親父は俺を無理やり起こし、俺の目の前に座る。
「お前明日で卒業だな」
いやな予感しかしない。
「解ってると思うが、お前には家の仕事を継いでもらう。解ってるな」
やっぱりだ、しかしこれはある意味俺の考えを話すいい機会だ。俺はそう思い、本土に行きたいと言う話を親父にする事にした。
「なあ親父、その事なんだけど・・・・・・」
「うん? どうした?」
意を決して俺は親父に俺の思いを伝える。
「実は親父、俺本土に行きたいんだ。それでもっといろいろ勉強したい! もちろん自分で働いて金を稼ぐから親父には迷惑はかけない。だから本土に行かせてくれないか?」
俺の言葉に親父は激高し、俺の左頬を力任せに殴りつける。
「お前誰がここまで育ててやったと思ってるんだ! いいからお前は俺の言うことを聞いて俺の仕事を継いで漁師になればいいんだ!」
殴られた頬が熱く激しく痛んだが、それでも俺は自分の夢を捨てれなかった。
「俺は親父のおもちゃじゃない! 俺は誰がなんと言おうと本土に行く!」
「そうか、わかったじゃあ出ていけ。本土でもどこでも行って勝手に野垂れ死ねばいい!」
親父はそう言うと俺の部屋を出て行く。
「ああ、わかったよ! 出て行ってやるよこんな家! もう二度と戻らねーよ!」
俺はそう言うと荷物を纏め、部屋を出る。
「じゃあな親父!」
俺は居間にいる親父にそう告げて家を出て行く。
母親は俺を引き止めようとするが、親父がそれを「ほっとけ!」と怒鳴りつけて止める。
俺は勢いよく玄関を閉め、夜の町に出る。
とはいえ、特に行くあてなどは無い。ぶらぶらと歩いてるうちにいつもの海岸に出る。
遠くで光る船の警告灯を見ながらこれからの事を考えていた。
とにかく本土に行こう、そうすれば何とかなるはずだ。こんなしょぼい島にいるよりは仕事も沢山あるだろう。
俺はそう思うとフェリー乗り場に向かう。しかし心残りが一つある。そう、佳代子のことだ。
俺はフェリー乗り場に行く前に佳代子の所に向かった。
佳代子の部屋は家の二階にある。
俺と佳代子だけがわかる合図で佳代子に合図を送り、佳代子が窓から顔を出す。
「祐二君、どうしたのこんな時間に?」
「ちょっと出れないか?」
「ちょっと待ってて」
そう言うと佳代子は窓を閉め、身支度を整えて外に出てくる。
「ごめんこんな時間に」
「ううん、いいよ。でもどうしたの?」
「ちょっと散歩でもしないか?」
俺はそう言って今来た海岸への道を歩き始める。
佳代子も黙って俺の横に並んで歩く。
暗い道を海に向かって二人歩き、波の音が近付いてくる。
そしていつもの砂浜に着きいつもの場所に腰を下ろす。
「祐二君、それどうしたの?」
俺の左の頬を見て佳代子は驚く。
「え、ああ、ちょっと親父とな・・・・・・」
「ちょっと見せて」
佳代子に弱い自分を見られるのが嫌で俺は佳代子の手を遮った。
「触らないでくれ!」
思わず大きな声になってしまう。でも佳代子は俺の言葉を聞いても気にすることなく、痛む俺の頬をそっと撫でてくれた。
「ごめん、佳代子・・・・・・」
佳代子が頬を撫でる度に俺はなぜか涙が溢れ、それを見た佳代子はそっと俺の頭を包み込むように、その佳代子の胸に抱いてくれた。
俺はなぜか止まらない涙を佳代子の胸の中で流す。その俺の頭をそっと母親のように優しく撫でながら、佳代子はずっと俺をいたわってくれた。
そうやって佳代子が俺の頭を撫でてくれるのが妙に落ち着き、やがて俺の涙は止まり、そしてようやく佳代子に話ができるほど落ち着いた。
「佳代子、ちょっと話があるんだ」
黙ったまま佳代子は俺の話を聞いてくれた。
「俺は明日くるフェリーに乗って本土に行くことにする」
俺の頭を撫でていた手が一瞬止まる。
「明日、お祝いをしようって約束守れそうにない。ごめん」
「もう一日・・・・・・もう一週間延ばせないの?」
俺の頭を撫でてくれる佳代子の手が少し震えているのが解る。
「ああ、明日を逃すと俺はまた今の日常に戻ってしまう。それに明日はちょうどフェリーが着く日だし、それを逃すとまた一週間待たないといけなくなる」
暗くてよく佳代子の顔が解らないが、震える手と少し暖かい雫が俺の身体に触れることで佳代子の表情は理解できた。
「わかった、じゃあ私も明日祐司君と一緒に行く」
その言葉を俺は嬉しく思い、思わず佳代子を抱き締めたくなるが、その感情を押し殺す。
俺は佳代子の胸に預けた身体をゆっくり起こし、佳代子の表情が見えるくらいまで顔を近付ける。
「駄目だ。佳代子はここに残って俺を待っていてくれ! 一年、そう必ず一年後には佳代子を迎えにくる。だから、佳代子はここで待っていてくれ!」
「どうして? 一緒に本土に行こうって、約束したじゃない。ねえ、何で?」
一緒に行かせてと懇願する真っ直ぐな眼差しを俺はしっかりと受け止める。
「俺達はまだ中学を卒業したところだ。そんな二人が本土に行ってもまともに生きていけるか解らない。でも、俺一人なら何とかなる。だからお願いだ、俺のことを信じてこの島で待っていてくれ!」
佳代子は黙ったまま涙を流し、俺の目を見続ける。
雲に隠れていた月が顔を出し、涙を浮かべる佳代子の顔をその光でそっと照らし出す。
そして俺は佳代子にそっと、しかし俺の熱い気持ちを込めたキスをする。
佳代子もそれを素直に受け入れ、俺達は月の光に照らされた海岸で、一つになった。
それから俺と佳代子は朝になるまで海岸で抱き合い、二人の身体が溶け合ってしまい、もともと一つの身体だったかのように俺は佳代子を、そして佳代子は俺を受け止めた。
そして朝日が登り、俺は佳代子とその海岸で別れる。
「佳代子・・・・・・一年、一年だ!そしたら必ず佳代子を・・・・・・」
最後まで言い切る前に佳代子は俺の口を塞ぐように口付けをする。
「待ってるから・・・・・・ちゃんと祐司君のこと待ってるから!」
佳代子は俺にそう言って、今まで見たことも無いほどの笑顔を見せる。
「じゃあ、祐司君。しばらく会えないけど、元気で・・・・・・」
「ああ、佳代子も元気で・・・・・・」
俺はそう言うと佳代子の背中が見えなくなるまで見守り続ける。
佳代子は一度も俺の事を振り返らず、そのまま力強く歩いていく。
そして、佳代子の背中が見えなくなると俺はフェリー乗り場に向かい、朝一番で出航する船に乗り込み、二等席の雑魚寝の席に陣取り出航を待つ。




