第一部「少女」②
けたたましいサイレンがコロニー中に響き渡る。
どうやら雨が降るようだ。
『警告!警告!雨が降りだします。屋外にいる人は早急に建物の中に入ってください。雨が降ります。』
雨ごときで大げさな、と思われるかもしれないが今の時代では雨はとても危険なものとなっている。戦時中に使われた化学兵器が原因で雨は毒性を持ち、赤く変色した。体の弱いものが浴びれば命に係わる。そうでなくてもしばらくは熱にうなされ、動けなくなることは間違いない。
「あちゃー、今かよ。食堂まで間に合わねーな。」
クルスはきょろきょろと周りを見渡す。そうそうに人が建物の中に入って行っている。赤い雨の怖さを皆が熟知しているようだ。
「おやっさんのところに行こう。ここから一番近い。」
「ん、そうだな。まあ・・・昼飯はあきらめるか」
クルスはがっくりと肩を落とす。
「どうせ、合成加工食品の味気のないものばっかだろ?食ったってしょうがないだろ。」
戦争の影響で地球の環境は激変した。主に化学兵器による汚染によって穀物は育たず、家畜もほとんと死に絶えてしまった。魚介類に関しても海そのものが汚染されてしまったため魚も当然いなくなってしまった。今の世界の食料問題を支えているのは合成加工食品に他ならない。合成加工食品といっても形やにおいを肉や魚にそっくりに作るだけであるため、味のほうはあまり期待はできない。ごく稀に天然食品が出回ることがあるが、その額は、一生遊んで暮らせる金とほぼ等しいほどの高値で取引される。ただ酒やたばこなどといった嗜好品もほぼなくなってしまっているため戦争以前より平均的に見れば健康寿命は延びているという結果はある意味皮肉としか思えない。
「それよりさっさと行こう、雨が降る。」
ランディとクルスは近くにある工場へと入っていった。
中に入ると男たちが溶接や組立などといった仕事をしていた。そのうちの一人が2人を見つけると「よう」と声をかけた。
「なんだ、お前らどうした?」
「ちょっと雨やどりをね、おやっさん。」
おやっさんと呼ばれる筋肉隆々で背は2mもある大男。頭は所謂スキンヘッドで、全身が日焼け浅黒い。この男がこの工場の責任者ブロード・グリントである。友人のほとんどにはおやっさんの愛称で親しまれている。
「なんだ、警報鳴ってたのか?作業に夢中で気づかんかったよ。」
工場は様々な機械が動いておりかなり騒々しい。確かにこれでは警報は聞こえない。
「そういやクルス、お前のヴァレリア整備できたぞ。動作試験やるからついてこい。」
「お、そっか。意外と早かったな。」
「当たり前だ。誰が整備したと思ってやがる。」
「へいへい、おやっさんの腕は信用してるよ。」
「あとランディ、お前のヴァレリアはもう少しかかる。どうにも動作系統にガタがきててな。正直あれは限界かもしれんな。」
「そうか・・・」
ヴァレリアを作るのは本来ある程度状態のいいものを発掘し、それを修理、改修して作る。ランディの場合はあまりいい状態のものが発掘できなかったのだが、急用でヴァレリアを使うこととなり、即席で組み上げたものが今のランディが乗っているヴァレリアだ。
「まあ、もとから即席で作ったもんだしな。つか、よくあんなの操縦できたな。」
と、クルスは言う。それに続くようにブロードは言う。
「あんなもん動かすだけで精一杯なはずなんだけどな。」
「そうそう、なのにランディこれで3機も墜としたんだぜ。」
急用というのは治安維持とは別に頼まれた依頼であった。
別のコロニーに輸送中の食料を奪ってほしいというものだった。この依頼を頼まれたとき、ランディは何にも思わなかった。世界が荒廃し、限られた資源を奪い合う世界では、こんな依頼は当たり前だった。
その際に護衛に5機のヴァレリアがあったのだがそのうち3機をランディが墜としていた。動作系統に不具合があったにも関わらず、簡単に墜としてみせた。
「たまたまだ」
「謙遜すんなよ。たまたまで殺された相手の身にもなってみろよ。」
クルスはからかうように言った。
「まあ、こっちはそのおかげで報酬の取り分が少なかったわけだけどよ。」
「お前はランディよりもいいヴァレリア使ってんだからもっと働け。」
「そんなこというなよ、おやっさん」
「まあいい。それよりさっさと動作試験やるぞ。」
「ういーす」
ブロードの後にランディとクルスはついて行った。