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【本編02】プロローグ2 日常が終わる朝

この時ばかりは、純は己の基本的に無感情という性質に深く感謝をした。

まぁ、見えるは見える、見えまくる。あの、ドSな地母神が無理やり突っ込んでいった瞳は日常の隅々に人知れず存在していた神秘を一切の差別なく白日のもとに晒したのだ。


「父さん、あんまり悩むと禿げるよ」

朝刊を片手に目玉焼きをかじっていた父の背後には薄暗いもやがかかっている。

「優香、今度は誰を好きになったんだ?」

トーストにマーガリンを薄く塗っている妹は、薄いピンク色だ。


純がそれなりに外交的な性格をしていたならば、間違い無くそのようにツッコミを入れ、家族の中に一大センセーションを巻き起こしていたことだろう。しかし、彼はいつもどおり物静かに「おはよう」とだけ言って、自分の席についた。


「いい忘れていたのだが」

あれからも何度かイザナミは夢に出てきた。純の瞳であると思われる左は美しい青色で、オッドアイの女神となっていた。幸いな事にちゃんと着衣であったが、時代考証を誤ったのか何故か巫女服であった。

「私の瞳、そなたの左目は思念レイヤーを見通す。そなたはこれから人の思いと、その思いが凝り固まって生まれる鬼を見ることになるであろう」


鬼ねぇ…。昨日の夢を反芻しつつ、純は自分のコップに牛乳を注ぎ、目玉焼きに醤油を垂らす。

「もう3日くらい経つけど、まだ瞳の充血治らないのね」

視線を目玉焼きから上げると、母が洗い物の手を止めて自分をのぞき込んでいた。

「水曜日は、帰り早いでしょ? 眼科に行って来なさい」

その背後に、うっすらと青いもやが立ち上がる。心配されているようだ。


「リアル邪気眼だね、お兄ちゃん」

トーストをかじりながらケタケタ笑う優香。恋するピンクにほんの少し青が滲んだところを見ると、彼女も心配をしてくれているようだ。

「やかましい」

しかしながら邪気眼。その冗談が最も真理に近いというのはなかなかに皮肉だ。


「なんだぁ? ジャキガンって?」

新聞をたたみ父がのんびりと問いかけてくる。

子どもたちに語りかける父の背後では暗い靄を押しのけるように黄色の靄が立ち上がる。子煩悩な父は、会話に喜びを見出しているようだ。

「どう説明すればいいんだろ?」

「ヒーローごっこが中高生になっても抜けてない、かわいそうな人が取る行動でしょ?」

首をひねる純の言葉を引き取って、二人分のコーヒーを持って母も食卓に付く。

「はい、お父さん、コーヒー」

「ん」

一口すすって「美味いな」と父が呟くと、母から喜びの念が溢れた。


話題はアレだけど。

純は目玉焼きをトーストに乗っけて一口かじった。

絵に描いたような朝の風景だよな、と思う。出来すぎていて、そのまま何かのCMに使えてしまうんじゃないかとさえ思う。


僕は、家族に恵まれてたんだな。

今まで気にかけたこともなかったが、感情が見えるようになってしまったせいで、いかに両親が、そして妹が、自分を思ってくれていたのかが分かるようになってしまった。

それゆえに。


それゆえに、注意を払わねばならん。とイザナミは言葉を継ぐ。

「感情は色がついた靄のように見える。それはやがて空に溶けていくだろう。だが、溶けきれぬほどの感情が一所で凝ってしまった場合、飽和した溶液の中で結晶が成長するように鬼となる」

彼女はそこで言葉を切ると、

「思念を御する力のないうちは、純、鬼とは目を合わせるな。見ても、見えていないふりを貫くのだ」

そう、厳かに言った。


「なぜ?」

もうこれは夢ではない。夢の形を借りた未知との遭遇だ。

そう理解してから、純は積極的にイザナミと語らうようになった。

「見えるということは、その存在を認めるということだ。そして、見えたことを悟られれば、鬼は、自らが存在しているということを悟って、そなたらの世界、物理レイヤーに実体を持って現れることになる」

「ええと…」

いまいちピンとこない。


「その前に、鬼って? 青鬼とか赤鬼とかの、あの鬼?」

「その理解で間違いはないな」

イザナミは頷く。長い黒髪がこぼれ落ち、彼女はそれを指ですくって耳にかけた。

「私のような、人が、神話やお伽話で想像した存在でかつ、人に害を及ぼす輩を我々は鬼と呼称している。私とて、成り立ちは鬼と同じだ。保有している感情の量はケタ違いだがな」

「なるほど」

と、純は得心する。そして、彼女の発した「我々」という言葉に彼女の背後関係を連想、聞いていいものかと迷っているうちに「理解できたか?」とイザナミに問われる。

咄嗟に、

「だからお姉さんは苛めっ子属性なんだね」

と、答えたところ、彼女の瞳が明らかに喜色に彩られ、純の背筋には悪寒が走った。


「私も常々思うのだが、おぬしの本質はイジられキャラではなかろうか?」

いきなり声は耳元で聞こえ、柔らかく、温かい感触を背中全体で受ける。つまりは、イザナミに抱きすくめられていた。

「故に、私はそなたに我が軍勢の一兵卒を託す。鬼にイジられてはかなわんからな。来い、ヨモツイクサ」

「お姉さん、手が…?」

純の肩から回されたイザナミの腕が、うっすらと透けている。

「言うたろ? 私は半減しつつある、と。そなたとの幸せな逢瀬も、これが最後だ」


それが昨夜の夢。

「なに、また会えるさ」

イザナミは純から体を離すと淡く笑った。

「そんな顔をしてくれるな。そなたらしくもない。だが少し、いや、かなり嬉しいぞ」

自覚は全くなかった。その時自分は一体、どんな顔をしていたというのだう? 彼女は毎夜の安眠を妨げるドSな地母神でしかなかったはずなのだが。

牛乳をぐいと空け、ふぅ、とため息をつく。


「お兄ちゃん」

「なに? 優香」

その動作を見て妹が、にまりと笑う。

「そのため息は、恋、ね」

こい? 鯉、故意、濃い。脳内で正確な漢字変換ができず、思わず、

「なんだそりゃ?」

と問いかける。すると、

「あら、そうなの、優香」

ぱぁ、と、母の表情が明るくなった。恋多き我が妹は、間違いなく母親からその遺伝子の多くを受け継いでいるに違ない。母の背後に桃色オーラが立ち上がり、優香のそれと混じり合い、

小さなキューピッドがぽてりと食卓に落下した。思わず純は、それを目で追ってしまう。


「やっぱり中学生ねぇ。最近どんどんお父さんに似て寡黙になるんだから、お母さん心配してたのよ」

で、どんな人なの?

純は戦慄する。母の問いに対してではない。キューピッドが純と目を合わせ、たっぷりと1秒は目を合わせ、そして不気味に笑ったのだ。笑って弓つがえ、その照準はまっすぐ純の眉間へと届くことがイザナミの左目によって予め自覚され、純は余裕をもって首をかしげるかの仕草でその矢を回避し、

「ひやぁぁっ!」

盛大な音を立てた落下した壁掛け時計に優香が飛び上がって驚く。


「あちゃぁ、釘の打ち込みが弱かったかなぁ」

笑って席を立つ父。

その間にも、優香の驚きは小さな青鬼を生み、見てはいけないとはこういう事かと理解しつつある純の視線をとらえ、そして、その口を耳まで裂けさせて笑うと、かわいらしい金棒を振り上げて、

「ま、待てっ!」

と純は口に出せたのかどうか定かではないが、漆黒の何かにがんじがらめにされた。


「あー、完全に壊れたなぁ」

父は時計を手に取ると、残念そうに砕けたガラスと穴の開いた文字盤を眺める。

「お父さん、ガラスが飛び散って危ないわよ」

母は箒を取りに行く。

そして純は、

「これが…ヨモツイクサ?」

と、朝日が作る己の陰から生まれた漆黒の触手にただ茫然となったのだ。


それが故に。

高校生となった純は一人暮らしを始めた。有名私立高校に、スポーツ特待生として入学したのだ。物語はさらに1年の後。彼が高校2年生の春を迎えた時から始まる。

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