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四半世紀前

概念。それは世界であると言い換えていい。

定義。それも世界であると言い換えていい。

言葉。やはりそれも世界である。


なぜならば、世界は人によって観測されることで在るからだ。


そして人は、言葉でそれを伝え、表現し、定義し、そして概念を形成するからだ。さらには「世界」も「世界」という言葉であり、定義であり、そして概念であるからだ。


「だからね、概念を作り出すってことがミソなんだ。空気や雰囲気、って言ってもいいかもね」


その初老の男は黒革張りのソファーに腰掛け、同じく緊張した面持ちでソファーに腰掛ける若者たちにそう説いてゆく。

「キミたちは幹部候補生だから知っといてほしいんだけど…」

ロマンスグレーの男は悪戯っぽく笑う。60歳に届くかどうかといった年齢の、細面の男だ。背筋はしっかりと伸び、映画俳優かと思えるほど整った顔立ちをしている。組織内の女性にファンが多いのも頷ける。


「不思議に思ったことって、ないかな? なんでボク達のことが大っぴらにならないのかって」

「そうおっしゃるということは、会長」

豊かな黒髪をオールバックにして、しっかりとワックスで固めた若者が物怖じせず問いかける。


「現場の隠蔽工作以外に、なにか理由があるということですか?」

「あるに決まってるじゃない」

会長と呼ばれた初老の男はこらえきれず、といった感じで笑う。


「そりゃ、烏間くん、君は仕事が優秀だからね」と、会長は続ける。

「でも、隠蔽工作て言ったって、限度があるよ。こないだだって満員のデパートで出たじゃない、欲望と喜びの混じった奴がさ」

「あれは、ガス爆発と、残留したガスを吸ったことによる集団幻覚だとマスコミを通して発表させましたが...」

「うんうん、あの手際は見事だったよ。『被害を受けた買い物客の中には幻覚を見たという者もおり』と定義したのが秀逸だ。あの説明で被害者は『私は見たが、見なかった人もいるのか』という心理になる」

「お褒めに預かり光栄です」

烏間は頭を下げる。


「じゃあ、質問」

静かに、だがよく通る声で会長が告げる。

「キミたちは、その説明で納得するかい?」

一拍おいて、別の男が答える。

「わ、我々は事実を知っていますから」

「そりゃそうだ。んじゃ、キミが事実を知らない一般人だったとしたら?」

間髪おかず、会長がさらに問をかぶせる。

「…信じると思います」

少し考え、男は答えた。

「なぜ?」

科学的・・・、だからですかね?」


あはは。と会長は子どものように笑った。なにか拙い回答をしたのだろうか、男は体を硬くする。

「うんうん、模範解答だ。バーゲンセールによって増大した欲望と喜びの思念が閾値を超えて、向こう側から鬼が顕現してしまいました、なんて真実は非科学的・・・・だよねぇ」


がたん、と、ソファーが揺れる。


烏間が一瞬腰を浮かせて、そしてまた腰掛け直したのだ。姿勢を正したわけではない。表情が、異常だった。

「烏間、どうした?」

と、同僚が問いかける。

「まさか、いや、そんな、だが、ありうる。この変化は、確かに異常だ…」

しかし、烏間はその問いかけに一切返答せず、ぶつぶつと思考を外に漏らしている。そして、それにも気づいている様子がない。


「あれれ?」

会長は、手を組んでそれを額に押し付け、必死に何かを考え始めた烏間の顔を覗きこんだ。

「烏間くん、もしかして気づいちゃった?」

「か、会長」

つう、と、烏間の肉感の薄い頬に汗が流れ落ちる。目が、らんらんと輝いている。溢れ出る思念は、ここに座す者たちであればすぐに分かる。好奇心だ。


言ってみ? と会長がその緊張状態に針をついた。

「会長は、概念・・を作ることがミソであるとおっしゃた」

それは、ともすれば溢れ出そうな感情のうねりを、意志で押し留めるような低い声音だった。

「言ったね。協会にはその力を持つ存在が居ると」

会長は楽しくてしかたがないといった微笑みを浮かべて肯定する。


「科学万能の概念・・・・・・・。あなたは、それを協会が創った、と言いたいのですか?」

語尾が、感情を抑えきれずに上ずる。

烏間のその発言に、同じようにぎょっとするものと、意味を解さず、きょろきょろとあたりを伺う者とに、世界が2分された。


「手品ってのはね」

その分かたれし世界の狭間に立ち、会長は、やはり楽しくてしかたがないといった微笑みを浮かべて肯定する。

「驚かし続けるのも楽しいけど、種明かしをする瞬間がってのがやっぱり一番だよね」


その笑みは、いたずらっ子の、と形容するにはやや邪悪であった。

「その通り。変えたのはボクたちだ。ボクたちが、この八百万の神を信望していた日本の概念を、その神々を、そっくりそのまま、科学に変えた。以降、日本は神々に対する信仰を失い、科学を第一に信望するようになったんだ」


場がざわつく。

ざわついているのは、理解していない者たちだ。あるいは、いきなりの理解を無意識に拒んだ者たちだ。理解した者は、その真実に打ちのめされただ呆然としている。


「それ故、八百万の神を扱うボクたちは、今日まで、平穏無事に隠されてきたんだよ」

銀幕スターさながらに、圧倒的なカリスマを放ちながら会長は続ける。

「理解した? この組織の重さを」

会長はソファーから音もなく立ち上がる。そして、自身の言葉が居並ぶ若者たちに染みこんでいくのをゆっくりと待ち、告げる。


「でもね、この真実を知ってていいのは会長たるボクと、ボクの右腕たる副会長だけなんだ」

だからね、悪いんだけど。

もしかして、消される? 理解の早い者たちが、ぎょっとした表情になる。しかし、最も理解の早い者であった烏間は好奇心の満たされた恍惚感と、己の世界が書き換わった高揚感に震えている。


「姫神」


と会長が囁く。

『呼び給うたか、愛しの君よ』

「この男以外の」

と、彼は烏間を指し示す。

「記憶を2時間分だけ喰らえ」


「なんだろうなぁ?」

と、男は自分のデスクでひとりごちた。

今日、なにか世界が変わるような、すごいことを体感した気がしたのだが。

その疑問に、甘やかなものが割り込む。

そして、ものすごく美しい声を聞き、ものすごく美しいものを見たような気がするのだが。


デスクの電話が鳴る。

「はい、思念管理課です」

「はい、その件は、ええ。手配済みです。まもなく決裁がおりるでしょう」

そして、それら疑問すらも、きれいに日常に押し流された。

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