築雲高等学校の七不思議
河野剛司は頭を抱えていた。
確かに彼女は境遇を同じくする仲間であるということができる。そして、瑠璃に紹介されたのだから、事前に面識のある相手であるということもできる。しかし、1回だ。まだ1回しか顔を合わせていないのだ。であるからしてこれが2回目の対面、ということになるのだが。
「あっ、クマだぁっ!」
彼女は言いきった。音に乗せて発してしまった。
「誰がクマだっ!」
そして、思わず剛司もツッコんでしまった。
場が、一瞬にして静まり返る。今、スマートフォンのカメラ越しにこの場を俯瞰していれば、おそら大量の「恐怖」と、「期待」の思念が立ち上るのが見て取れたはずだ。
なぜならそこは教室で、河野剛司は転校生で、今まさに教壇に立ち担任に紹介されて一言答えようとしていたところなのだ。
「クマはクマだよぉ」
剛司はガタイがよく、学ラン越しでもその胸板が、腕が、太ももが、筋肉で張り詰めていることが見て取れる。
しかも角刈りの強面、加えて「逸話」持ちだ。曰く、前の学校では並み居る不良どもの頂点に居ただの、河原の乱闘で最後に立っていたのはこの男だっただの、前の高校を暴力が原因で退学処分になり、親のコネでこの築雲高校にやってきただの。よって、クラスが一致団結して関わりあうのはよそうと決めた相手だったのだ。が。
「か、夏苗ぇ、ダメだよぉ、やめなよぉ」
中村夏苗だけが剛司に指を突き付け、けらけらと笑っている。隣で彼女を必死にいさめる友人は、すでに涙目だ。
黙らせるか無視するか、剛司が後者を選択しようとしたその時、驚愕の言葉が彼女の口から滑り出た。
「あはは、だいじょーぶだって。だって、私とクマは幼馴染だもんっ」
美女と野獣。
剛司と夏苗の関係は、一瞬でその概念に置き換えられた。それゆえに。
「ね、やりやすくなったでしょ?」
昼休み、これが彼女の本当なのか「クマ宣言」の時よりずっと柔らかな声音で尋ねられて、剛司は思わず声の主を探してしまった。
「…お前」
「これから2人で行動することが増えるんだから、何か理由を作っとかないと、いちいち説明するのめんどくさいじゃない」
ボリュームのある髪がツインテールになって揺れている。くせ毛なのか、彼女の元気を表現するように好き勝手にウェーブしている。
大きな瞳は好奇心に満ちた輝きで、まっすぐ剛司を見上げている。
「あー、でもね」
彼女はニシシと笑う。
「剛司がクマだってのは本心。もう、一目見た時からビビっときたもん。あっ、クマだっ、って」
「お前、瑠璃姉から俺の能力のこと、聞いてんのか?」
「んーん、聞いてないよ、なんで?」
「いや、ならいい」
熊星童子。剛司が生まれた時から剛司の中にあった存在。
好き勝手に暴れ、破壊衝動をまき散らす厄介な存在で、鬼の子などと揶揄された剛司だが、瑠璃との出会いでそれは己を鎧う忠実な武器に変わった。
ゆえに剛司の「型」は憑依師。
「えー? なになに? 気になる。気になるよー」
能力まで「クマ」であることが知れたら、夏苗は嬉々としてそれを指摘するだろう。
「気にするな」
判明するのは時間の問題だが、今は面倒くさいから伏せておこう。剛司はそう判断した。
「気になるー、気になるー」
じゃれあっているようにしか見えない2人に、クラスメイトが微笑ましいような、不思議なものを見るような視線を投げかけてくる。
美女と野獣。身長差およそ40cmのカップル誕生の噂は、築雲高等学校七不思議の最新項目に加えられた。