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設定解説05《暗躍組織》―《鬼》より恐ろしいのは

『まどろみの中にあった雛たちが、今日も幾羽か目醒めたようですね』

お決まりのその台詞とともに、男はそれぞれの分会に詳細を付したメールを送る。それが彼の、2つある日常業務のひとつだ。

業務用PC。その購入時に付属してきたなんの面白みもないクリーム色のキーボードで文章を作り、送信ボタンを押す。そして、安普請のオフィスチェアをきしませながらその場でくるりと回転すると、背後のキャビネットから無地の名刺シートを取り出した。


彼の、もう一つの日常業務。それは名刺の印刷なのだ。

名刺など、出入りの印刷業者に任せてしまえばいいのだが、彼らの組織においてはそういうわけにもいかない。


レーザープリンタの手差しトレイに市販の名刺シートを入れると、彼はPCから指示を出す。一定のリズムを持って厚紙がプリンタから吐出され、小気味良い音を奏でる。

「ああ~、めんどくせ~」

名刺用紙に刻まれたミシン目に沿って、1枚1枚丁寧に切り取っていく姿は、くたびれたスーツ姿とよくマッチし、どこかサラリーマンの哀愁を背負っているようにも見える。


しかしながら。

見る者が見れば、彼がサラリーマンであるはずがないないことなど一目瞭然だった。なぜなら、レーザープリンターの上に異形が鎮座しているから。


「調子いいか? べフェゴール」

キリスト教において、七つの大罪の一つを司る悪魔の名を呼ぶ。その命名は思いつきでしかないし、同然それはそこまでの力を持つ存在でもない。

レーザープリンタの上に座る、どこかスーツの男と似た哀愁を漂わせるその異形。それが、何かで見た、洋式便器に難しい顔で腰掛ける悪魔のイラストに、妙に似ているな、と思ったためだ。


「まぁ、仕方ねぇな。これもお勤めだもんなぁ」

彼は、こちら側の基準で言えば《生産系》の《式神使い》なのだろう。《符術師》に近いとも言える。なぜなら、悪魔の名を与えられた式神が座るレーザープリンタから吐出された名刺には、すべからく《思念》が宿っているのだから。




時刻は18時15分。

今日も《就職クラス》の授業が始まる。さほど多くないクラスメイトは、すでに各々の《型》を決め、《イメージ》を終えて、能力の確定までカリキュラムを進めている。

「さて、悲喜交交はあったと思うが、昨日の講義までに各々《式神》の契約は終えたことと思う」


すべての能力の種である《勾玉》。それを用いて、己が能力《式》を確定する作業は、誰であろうと1度しかすることができない。正確に言えば、チャレンジ自体は何度でもできるのだが、何度チャレンジしようとも、最初に確定された《式》が呼び出されてしまう。


それは、スマートフォンでの式神構築作業が、能力を作っているように見えて、実は己の魂の半身を規定しているという作業にほかならないためだ。


術や触媒、真言に陣、印、そして暦。

過去の術者たちは、今の若者達が数回のタップで成しうることを、数時間、場合によっては数日をかけて行わざるを得なかった。それでも、結果はまちまちで、時には術者や周辺環境に深刻な汚染を残す事態も発生した。


思念をデジタイズし、術をプログラム化する。

その画期的な発明がなかったら、《浄念師》という職業は今よりずっと専門性が高く、高校生がその技術を学ぶということはありえなかっただろう。人口が増え、娯楽が増え、そしてどこか閉塞感を感じるこの社会では、現状を持ってしても《浄念師》の数は不足気味であるにもかかわらず。




そのような内容で、淡々と今日の授業が進んでいく。

いつもパリっとしたスーツでやってくるあの教師は、ポイントを抑えた丁寧な指導をする。創が先週あっさりと成し遂げた《イメージ》には特に時間を裂いていた。

藤谷友也ふじたにともや。表の顔はこの高校の国語教師。30代後半。最近薄くなり始めた己の髪。その自虐ネタを得意としている「優しい」と評判の先生だ。


『あれも切れ者にゃ。創と似た匂いがするから要注意にゃ』

というのが、ナオの藤谷に対する印象。ナオの言う「要注意」は何に対して注意すべきなのか。要注意人物に認定済みである創は悩むももちろん答えは出ない。


その藤谷が、やや真剣な表情になって言葉を続ける。

「というわけで、君たちは力を得た。残念なことに、その力は行使せざるをえない力であると言える」

何故ならば。

それは《見える》ことを媒介とし、この世に立ち現れてくる異形、すなわち《鬼》に対して行使せざるを得ない力であり、同時に、《こちら側》にいるがゆえに降り掛かってくる火の粉を、独力で振り払うための力だからだ。




「君たちの主たる相手は《鬼》だ。まずは《鬼》に対して独力で対処できることが求められる。だが、《隠り世》にでも行かない限り強力な《鬼》に出会う確率は交通事故にあう程度のものだ。そのほとんどが、先輩の《浄念師》によって未然に処理されてしまうからな」

その辺に放置されている《鬼》程度なら、つまりは、一般人に見えない思念程度であれば生まれたての《式神》でも遅れを取ることはないらしい。

「ゆえに、今の君たちが最も気をつけるべきは」

《カルトに注意》

と、さすがは国語教師、藤谷はお手本のように整った文字で板書する。


「《鬼》よりも《人間》だな」

どうにも、能力に目覚めたばかりの者たちを言葉巧みに勧誘する組織がここ数年、各地で暗躍しているらしい。

「どのような時代でも、そしてどのような立場でも、やはり一番厄介なのは《人間》ということになる」

AI動作のモンスターより、同じ人間が操作するPKプレイヤー・キラーのほうが圧倒的に恐ろしいのと同じだな、と創は藤谷の言葉を脳内変換する。そして唐突にあの時の言葉を思い出した。

『覚醒めましたら、ぜひこちらをお尋ねください』

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