設定解説02《型》―麻里衣とナオ、そして創
嬉しそうに微笑みながら、スマートフォンに文字を打ち込んでいるのは斜め前のクラスメイトだ。確か、花田麻里衣とか言っていた。彼女はすでに《持っている》らしい。全く羨ましいことだ。
「さて、どうしたものか」
渡来創はため息を付いて、教師が送ってきたプレゼンテーションを見る。困ったことに、自身は全くの《持たざる者》だ。運動神経もなければ度胸もない、強力な式神や守護者など居るはずもなく、この一変してしまった日常を、裸一貫、歩いていかなければならないらしい。
式神使い・傀儡使い・憑依師・符術師・発気師。
そして、戦闘か、生産か。
「まったく。これ、なんてネトゲさ?」
そしてもう一度、大きくため息をつく。ただ、そこに諦観はない。在るのは喜び。
プログラムではないゆえに広がる無限の自由度を前に、一人のゲーマーが喜びに打ち震えているのだ。
そう。渡来創はゲーマーだ。ただ《廃》がつくほどのめり込めるゲームにはいまだ出会えてはおらず、ある程度自キャラを育て、やりたいこととできることのギャップに徐々に冷めてゆき、次のゲームを探すといったプレイをしていた。
最も長くプレイをしたゲームはスキル制を採用した最古参MMORPG。王道の構築は一切行わず、錬金術士が作る爆弾ポーションで世界を渡り歩いていたという筋金入りの縛りプレイヤーだった。
その彼が、自分自身のスキルを構築できるチャンスに恵まれた。しかも、自由度は青天井に見える。
燃える。そして萌える。
おそらく喜びの思念が溢れ続け《鬼》の一匹でも生まれるんじゃないかと思う辺りで、長い、長い尻尾が彼の眼前を横切った。
「ご、ごめんねぇ。ナオがね、あなたの喜びが美味しそうだって言うから」
その声に、資料から目をあげる。
ミディアムショートの真っ直ぐな黒髪。綺麗に弧を描くまゆと、細く優しげな瞳。どこかおどおどした表情に見える、かの花田麻里衣が申し訳無さそうに創を見ていた。
時刻は19時を少し回った所。
《就職クラス》の授業は終わり、三々五々、生徒たちは帰宅を始めている。
「いや、気にしないで。どうせ自分の思念は自分で回収できないから」
同時に、一人の思念だけでは《鬼》は生まれない。それは《思念》がもつ絶対の法則の一つだ。また、単系統の思念で構成された《鬼》は人を襲いやすく、複数の思念が混じって生まれた《鬼》とはコミュニケーションが成り立つことが多いといった法則も存在する。そう、創たちはこの《就職クラス》で学んできた。
『にゃ。マリーと違って、この男、スルー力がなかなか高いにゃ。いい浄念師になるにゃよ』
創は長尾の白猫が眼前を横切っても、目で追うどころか表情一つ変えなかった。それをナオは指摘する。
「いまだ《型》の一つも持ってませんがね」
イヤフォンを付けたかのような、とても近くから聞こえてくるその《声》に、創は丁寧に答えた。
「えっとぉ、なんで敬語、なの?」
麻里衣にとっては飼い猫に敬語で話しかけるような違和感。思わず疑問が口に出てしまう。
「多分僕たちより年上だから」
「えっ?」
「ですよね、ナオさん」
創の机上にあるPC。その筐体の上で丸くなり、長い、長い先端が二股となった尻尾を揺らす白猫。
『マリー。あきちは仕える相手を間違えたにゃ』
「ちょ、ちょっと、どういうことよ?」
ずいぶんと信頼関係があるんだな、と、創はそのやりとりを見て思う。
麻里衣は創とはおどおどと話すが、ナオとはまるで姉妹のように話す。そこに二人の時間を感じると同時に、
「やっぱりユニークは違う」
と、当たり前の感想を漏らす。
「ユニーク?」
「ああ。僕や花田さんみたいに《唯一の存在》、ってこと。その反対がバルク」
創は自分のスマートフォンを取り出すと、アプリ《式神工房》を起動させる。キュルキュルというノイズが発生。画面が何度か明滅し、ナオと麻里衣の目の前に、紫色の人魂が舞い降りる。
「これって《勾玉》?」
「そう。こないだの授業で全員に配られた式神の《元》だね。これがバルク。大量生産品って感じかな。自律行動しないし、もちろん会話もできない。ここから僕たちが自由に構築していく能力の種だ」
創はゲーマー。
ゲームにのめり込んでくるとひたすら攻略サイトやプレイ動画から情報を収集するタイプの人間だ。よって、リアルがゲームの様相を呈してきた、と認識する今回も、《見習い》という立場で開示される情報を貪欲に吸収している。
「もっと言うと、僕は生命とロボットのような関係かなと思っている」
「えぇっと?」
それら知識から導き出した創の思考は、やや飛びすぎていて、麻里衣はあっという間に置いてきぼりとなる。
「人はロボットは作れるけど、生命は作れない。ゆえに《バルク》はロボット。《ユニーク》であるナオさんは生命だよ。だから敬ってるんだ」
自律行動ができて、会話ができるようになる。それには四半世紀以上の時間が必要であるとも読んだ。
「そして、ナオさんは少なくとも25歳以上ということになる」
「ええー?」
糸目の麻里衣が、彼女にしては大きく見開いてナオを見る。
『レディーの歳は詮索しちゃいけないのにゃ』
ナオはPC筐体の上で尻尾をくるくると回した。
『そしてマリー、さっきのはウソにゃ。この男はきっと賢すぎてめんどくさいにゃ。あきちはマリーみたいなおバカさんのほうがお付き合いがしやすくて好きにゃ』
そして『でも、マリーみたいなおバカさんとはお似合いのカップルになるかもにゃ』と付け加える。
「いや。ほぼ初対面ですし、僕たち」
何いってんの!? と突っ込みかけた麻里衣は、創に冷静かつ即座に否定され、なんとも言えない気分になる。
『だったら、創と麻里衣は協力関係を構築するといいにゃ』
「協力関係?」
さも当然といった感じで、PC筐体に座り直したナオは言う。長い尻尾をくるくると自分の足元に巻いてゆく。
『マリーはビビリだから生産系になるにゃ。創はその素材を採取してくるといいのにゃ。そして、経験豊富にゃあきち、ナオ様が参謀になるのにゃ。そして3人でガッポガッポ大儲けという寸法にゃ』
悪くない、と創は思う。
MMORPGでは、ソロは自由であったが効率は悪かった。そして何より死亡率も高かった。
これがゲームなら《死んで覚える》のもまたひとつの醍醐味であり選択なのだが、あいにくリアルの命は一つだけだ。むしろ。
「こら、ナオ。いきなりそんなこと言っちゃ、渡来くんに迷惑だよ」
「いや、ぜひ頼む。逆に僕からお願いしたいくらいだ」
「ほら、渡来くんだってそう言ってるしって、えぇ?」
むしろ、自分よりはるかに多くの知識を持っているだろうこの《ユニーク》、ナオの存在は千金に値する。
「頼めるか?」
予想外に真摯な声音。
「わ、私は、渡来くんがいいなら、いいよ」
先程即座に否定されたことで凹んでいた自尊心が少し持ち上げられる。
「いや、僕はナオさんに尋ねている」
そして、さらなる勢いで叩き落とされた。
「…えぇ?」
ズーン、と効果音が出たんじゃないかと思うくらい露骨に落ち込む麻里衣。
「あのぉ、使役者、私なんだけど…」
『だから言ったにゃ。この男は賢すぎてめんどくさいって』
「よよよ」
とうとう麻里衣は机の上に「の」の字を書き始める。
『いいにゃ。というか、こっちからそう提案したんにゃ。だから創は採集系に適するよう己の《型》を鍛えるにゃ』
「なるほど、分かった」
即座に脳裏に浮かぶのは、鉱山で延々と鉱石を掘っているゲームキャラだったが、それはそれで面白そうだと創は思う。
「やはり、採集してくるのは《思念》という事に?」
『そうにゃ』
「そうなると、僕たちの活動場所は」
『さすが、察しがいいにゃぁ』
ナオは満足そうに巻いたしっぽをピコピコ振って、すこしばかり溜めを作った。
『もちろん《隠り世》。ダンジョンにゃ!』