ゲームの世界の主人公がRPG初心者だった件に関して
ゴブリンを相手に耐久力だけで勝ち抜いた俺だが、その10分後草原のど真ん中で説教を喰らっていた。
なんでだと思う?なんでだろうね?
「ちょっと!!ゴーマン聞いているの?!
ゴブリンはねあーんなブサイクで変な動きをしていて、緑色で、キモカワキャラクターが王都で売られたりしているけれど、人を襲うとーっても悪い魔物なんだよっ!!」
「そうそう!!人間の女の子に……その……え、エッチな事をして孕ませたりすることもあるし、大群を率いて村を襲うこともある怖い魔物なんだからっ!!」
「えっと、だから数を減らそうと……」
「「言い訳しないっ!!」」
「……すみません」
ゴブリンとの戦闘について怒られています。どうやら、この世界ではゴブリンにあったら逃げるが最優先の選択肢だそうです。
あはは。なんだろう。正論が理不尽にしかこの頃聞こえない。
どうやら彼女たちにとって、ゴブリンとの戦闘は死の危険をあわせ持つ危険な行為だったようだ。
うん。間違ってはいないけど、正論だけど、ゲームの主人公としては何かが致命的に間違っているような気がする。
なおも右と左に立っている二人にステレオで叱られる。
「それに、なんで相手を全滅させるまで戦うかな?!一人だ、って気がついた瞬間に逃げなきゃ万が一だってあるよ!!」
「そうだよ!男の子だからLVとか武勇伝にこだわるところがあることくらいわかっているけど、命は一つしかないんだよ!!」
すげえ。あまりのごもっともな台詞に何も言葉が出ない。
でも、転生した俺が言うのもなんだけど、命は一つしかないから頑張っているんだけれどな。
しかし、困った。見敵必逃のRPG主人公なんてどうハッピーエンドに持っていけばいいのかわからない。
とりあえず苦し紛れに貴族の心得だーとか適当に誤魔化そうか。主人公に戦ってもらえるように説得するのはそれからだな。
「き、貴族のつとめにはそういうのが入って……」
「それがどうかしたの?!」
「あたしたちだけじゃなくて、もっと大人もいるときにやりなさい!!」
と、取り付く島もないぞ……い、いや今からだ!!
「そ、そんなことはない。
き、貴族だったらどんな弱い人だってゴブリン10匹くらい単独で狩れ。
女性……その……貴族の奥さんならば」
「だから何?!」
「……いや、何でもない」
そう言って、深々と頭を下げておく。
俺、弱っ!
でも、少しだけ嬉しかったりもする。何が、って本気で怒られたことだ。
勿論、本気で怒られるほどの信頼関係がいつの間に結ばれたんだろう、という疑問はあるがやっぱり俺の人間の部分は心配されることを嬉しく思っている。
それに、主人公はやっぱり主人公でヒロインはやっぱりヒロインだ、って確認できたことも大きい。だって、世界を救う人間はいい人であるのが望ましいと俺は思うからだ。
決してマゾだからではないぞ?
さて、どうやって本格的に好感度を下げよう、明日から。
そして、この主人公たちをどうやって戦闘に参加させよう。
そんなことを考えていると、幸運なことにその糸口は簡単に開いた。
「で?」
「はい?なん……だ?」
リラとミハネが急に俺から視線を外す。それからリラは急に空を向き、ミハネは自分の髪をいじり始める。
一体何でしょうか、この状況は。
「その……なんというか……後学のために貴族にはどの程度の強さが求められるかなぁ~、なんて聞いておきたいっていうか。
ね、リラ」
「うん。あくまで後学のためなんだけどね。特に女性がどのくらいを求められるのかなぁ、とか」
え。あれ両サイドからの説教攻撃から逃れるための方便なんですけど。
こうなるとでまかせを言っていた自分がピンチとなる。完全なるでまかせ、というわけではないのだが……さて、どのくらいの強さを基準にしよう。
なんとなく。なんとなくの勘ではあるがとにかく強い基準を言え、と心が叫んでいた。
「えっと……龍の単独討伐が出来るくらいになれば……ようやく認められるくらいだろう」
「「そ、そんなに?!」」
「うぉ!!近い近い!!」
何やら慌てた様子で俺に詰め寄る二人。興奮した様子で、俺の身体を二人で持ち上げている。
うにゃあ。可愛い女の子の顔がこんなに近くに。もう死んでもいいかも。
心臓が早鐘のように打つ。頭を回転させて次するべき行動を模索するが、全く思いつかない。
いや、ここはしっかりと心を保って、二人に戦闘させて経験値を与え、Lvアップさせないと!
「ま、まあ仕方ないなぁ。うん。男の子は見えを張りたいものだもんね。
こ、このミハネちゃんが手伝ってあげるよ」
「本当に男の子って仕方がないよね!あたしも手伝うよ!」
そう気合を入れた瞬間、なぜだか俺にとって都合のいい展開になっていた。
どうやら何かは知らないが、彼女たちを戦闘させたい気分にさせるものがあったようだ。
でも、そのことに関して深く考えようとすると悪寒が走り、逆に考えまいとすると現実逃避の4文字が浮かんでくるのは何故だろうか。
で、二回目のゴブリンとの遭遇。そして、戦いの結果なのだが……
結果から言ってしまえば、勝った。ゴブリン6匹に対して圧勝した。
別にそこの部分に問題はない。負けたらゲームオーバーなのだから。
問題なのは内容だ。この世界で明確にターンはないので以下は自己解釈で今の戦いを説明しよう。
1ターン目
俺の攻撃。ゴブリンCに20のダメージ。
ミハネの攻撃。ミハネはスキルを発動した。“疾風の舞”。ゴブリンEに118のダメージ。ゴブリンEは倒れた。ゴブリンBに98のダメージ。ゴブリンBは倒れた。
リラの攻撃。リラはスペシャルスキルを発動した。“断罪の光剣”!ゴブリンDに1080のダメージ。ゴブリンDは倒れた。
……………………………あっほかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!
何あんな雑魚にいきなりスペシャルスキル使っているの?!ねぇ!!なんで?!
RPGの基本、雑魚は通常攻撃で倒せ!を根底から覆してやがる。いや、俺だけの固定観念かもしれないけどさぁ!
というわけで、俺は今二人を正座させてRPG戦闘法基礎編を行っている。
「だって、持てる力を振り絞って敵を排除するのって当たり前じゃない?」
キョトン、とした顔で言い訳をするのは、主人公様だ。
しかし、今回ばかりは方便とかではなくちゃんとした理由があるのだ。
「いいか。余力と奥の手は常に残しておかないといけない。じゃないといざというときに困る」
このゲームではMPのみが存在し、スキルを使うときにはMPを消費して使う。
雑魚戦でMP使いすぎてボス戦でスキルを使えない、という程笑えない事態はない。
疑問を持った方、試しに通常攻撃だけでボスに突っ込んでくれ。
“レベルを上げて物理で殴れ”の名言を残したソフト以外ならばその無謀さがわかるはずだ。
とりあえず、スキルを使わないことを確約させて次の獲物を探す。
え?完璧にお前主人公の仲間になっているって?
うん。自分でも脚を一本くらい突っ込んでいるような気がする。
けどね。一つ、聞かせて。
どんなに上手に育成しても、雑魚相手にスキルを連発する主人公が連戦のあと、ボスに勝てると思いますか?しかも、“おしゃれな服”に所持金全部投入した女の子がですよ。
俺は無理だと思う。だから、今日中にある程度はRPGの戦術を覚えさせないと。
通常攻撃でスライムをぶった斬り、昼ごはんを見晴らしのいい丘で食べ、またゴブリンを討伐していると日が暮れてきた。
エンカウントは6回。前回の悪魔の分も含めて経験値計算をすると主人公はレベル8に上がったくらいだな。
……まあ、目標は達せられたか。
その時、地面が大きく揺れて体が沈む。震源を見てみると、草原から帰ろうとする僕たちの横手から体高3メートルくらいの大きな亀があらわれた。
ビッグタートルだ。この草原で普通のエンカウントで現れる中で最も出にくいモンスターである。
グラフィックの時も大きかったが実際に見てみるとさらに大きい。
「よしっ!あいつ倒しに行くよミハネちゃん!」
「うん!」
「いや……ちょっと待ったァァァァ!!」
最初の草原で現れるモンスターってなんであんなに弱いんだろう。
あなたはそんなことを思ったことはございませんか?
はじめの村の辺りは状況が悲惨とか言っているくせに、出てくるモンスターは全く強くない。それに疑問を感じたことはありませんか?
この“タンポポとクローバー”がRPGとして人気であった理由として挙げられるのは、そこら辺の理由がスッキリと解決されているところにある。
このナズナ草原はゴブリン、スライムと一見弱いモンスターで固められている。
が、しかし、このビッグタートルというモンスターだけは別格である。
こいつら、スピードは早くない、というか1で固定なのだけれども、その他の数値が軒並み高い設定となっている。
このビッグタートルはスピードが1なので絶対に逃走には成功するのだが、序盤に出てくるボスなんか全然問題にならないくらいの強さなのである。物語の終盤になるまで、この亀が出たら脇目もふらずに逃げるボタンを押すのが鉄則と言われている。
なお、ゲームではビッグタートルがナズナ高原の王者をしているため繁殖力が高いゴブリンとスライム以外はこの高原を去った、という設定が説明されている。
俺の静止の声も聞かずに二人はビッグタートルへと突っ込んでいく。
あ、瞬く間にリラとミハネが瞬殺された。こういう時RPGって本当にいい。
パーティーの最後の仲間が倒れるまで死にはしないのだから。
まあ、自分一人逃げるなんて暗い考えも少し浮かんだけれど…………見捨てる、なんて選択肢はないわけでして。
「ごめんなさあああああいいいいいいい!」
頭を下げながら二人を大八車で回収。すぐにその場から逃げ去ることにした。
「全く、とんだ目にあった」
月影の下、いまだ気絶したままの二人を大八車に乗せて歩く。あの後ビッグタートルは俺たちへの興味を失ったかのように、そこら辺にある草とスライムを食べていたがモンスターの気持ちなんていつかわるかわからない。
結果、闇雲に走り回りナズナ高原から出られたのも、さっきだったりする。
まあ、今回のことはビッグタートルのことを伝え忘れた自分の自業自得だ。
次はないと思うが、次があったらちゃんと注意しよう。この反省も何度したことやら。
「……でも、まあ」
楽しかったかな。
思えば、主人公達にはずいぶん精神的な面で助けられているような気がする。
可憐な容姿とか、可愛い笑顔だとかそこら辺は随分と清涼剤になってくれている。
って、思い浮かぶのは容姿のことだけかいな?!
思って少し笑う。俺は本当にしょうもない人間だ。そう自覚できたことに対して。
でも、そんな脇役体質の俺でもせめて主人公の活躍の礎くらいにはなりたいんだ。
「ありがとう」
少し大きめの声で言う。聞こえたっていい。むしろ聞かせようと意識して少し大きめの声で言ったのだから。
夜、部屋に帰るとそこにはフィリップとソルの姿があった。
何故かソルがボコボコにされた上、簀巻きになって部屋の隅に転がされているが、俺の貞操的にはそちらのほうが安全なので何も言わない。
「で、フィリップ。今日頼んだことは?」
「へい。こちらにありやす」
「おいっ!!スルーするな!!」
俺はフィリップから、数冊の報告書を手渡される。
そこには今日のある人物の行動録とそれから今日運動場に仕掛けられた罠、更にはある人物の部屋に不法侵入して点検してもらった所持品のリストが書かれている。
“俺を影から見守る会”とかいう不気味な会を総動員して作り上げた、これにはやはり自分の予想通りの結果が出ている。となると、結論も自分の想像に近いだろう。
「……はぁ、予想通りか」
恐らく、であるが何者かが俺に恨みをもっていて俺への嫌がらせを扇動している。でなければ、入学当日から貴族にあんな風に突っかかって行くはずはない。新しい農法や紙、仁教など幼い頃転生チートを活かしたことで、他の領地持ちの貴族から恨みを買っているのは明白だしな。
まあ、その他にもうちの今の財政状況っていうのが厳しく貴族らしい生活ができないのもあるのだろうが……
「ゴーマン様?」
「いや。フィリップはまだ知らなくていい」
「おいっ!!これをどうにかしろ!!」
おっと、いけない。やることはしっかりやっておかないと。
俺はソルの方を向くと聞きたい情報を聞く。
「なあ、ソル。お前、貴族の派閥表とか持っているか?」
「いや!!俺に聞く前にこの状態どうにかしろ!!……って、ああ?派閥表だと?
学校内の勢力図ならともかくそんなもの」
「おし!それでいい。くれ、いや、ください」
流石はゲームの新聞部。情報を持ちすぎていて将来が恐ろしいぜ。縄を解くことを条件にその勢力図を貸してもらって見てみると、やはりある一勢力に力が偏っている。
ただ、ここまでとは……やっぱり、下手に動かなくて正解だったかもしれない。
「イーナテカ・ブラッド」
“タンポポとクローバー”において最も考え方が邪悪とされるその人は俺の予想以上に学園を蝕んでいた。