ゲームの宝箱が危なすぎる件に関して。
さて、いつまでも衝撃の事実に驚いている暇はない。俺は気を取り直して頬を叩く。
勿論、気がついたら夜更けで、自分の部屋のベッドに寝っ転がっていたからではない。
日課もちゃんとやったような跡があるし、多分意識は保てていた。
うん。そうしておこう。
よっ、と腹筋を使って跳ね起き、明日の計画の修正をしようとする。
しかし、目の前に広げた羊皮紙に書き込む修正案は鈍っていた。
「……これは考えどころだな」
フィールドで単独行動をしてアイテムを集めまわる、という第一案が潰れた場合の計画を俺は全くと言っていいほど考えていなかったのだ。
そもそも、倫理観で外出禁止をされるなんて予想誰が立てているものか。
少し幸運だったことといえば主人公の明日の行動を知れたことと、主人公の明日のフィールド散策(PICNICとは認めたくない)に同行できることのみだ。
勿論、無視していつも通り修行をするという手もあるが、フィールド上に落ちている宝箱の仕組みや敵とのエンカウント率など、早いうちに知っておきたいことは山ほどある。
それなら主人公に頼らず一人で外出許可なしにフィールドに突っ込め、という意見もあるかも知れないが、そこはファンタジー。
無駄に高い技術で、外出許可証を持っていない、または外出許可証を持っている代表者とともに行動している者でなければ、学園の入り口のゴーレムによって捕縛されてしまうのだ。
一応、無断で外出する手段も持っていないわけではないのだが、それをするとあるイベントが確実に発生すると思われる。
それは避けたい。というか、できるだけイベントは避けて通らないと連鎖して発生するイベントが多すぎて手が付けられなくなる。
「結局、一番利益になりそうなのは主人公パーティーについていくことか」
ならば、まず間違いなく彼らはナズナ草原に行くだろう。
ナズナ草原はゴブリン、スライム、ビッグタートル、あと別枠でミミックが出てくる、初心者向けの草原である。
一応、難易度が5番目に難しいと呼ばれる“古都の遺跡”の入り口が存在し、そこにはチート武器もあったりする。
もっとも、正攻法で挑んだら間違えなく全滅してゲームオーバーになるから、主人公達と一緒に挑むわけにはいかないのだけれども。
「まあ、とりあえず主人公パーティーについて行って異世界のフィールド見聞をしよう」
俺はとりあえず暫定の方針を決めて、フィリップにある頼みごとをしてベッドに横になる。なお、これだけのことを決めるためだけに起きたのか、と突っ込むのは勘弁して欲しい。
……誰よりも俺が痛感しているから。
とりあえず翌日。外出用に仕立てておいた“上質な服”を着て指定の場所に行く。
防御力に+7もの補正が付くこの服は、初期では破格の防具である。なお、武器が“錆びた剣”であることに突っ込みをいれてはならない。
貴族であるならもっとしっかりとした装備でフィールドに行け、という意見もあるだろう。
しかし、残念ながらお小遣いはアイテムにつぎ込んでしまったので、そこまでの余裕がなかったのだ。
「……それより、このポーションの類をどうしようか」
異世界なら、なんでも入る小さなカバンくらいあってもいいものだとは思うが、残念ながら知る限りそんな都合のいいものは存在しない。
ポーチにいくらかいれ、リュックに無理矢理詰めたところ、アイテム類はポーションを除いて持ち運ぶことができるようになったのだが、肝心のポーションは持ちきれずに手で抱えて持ってきている。
でも、そんな心配をしていたのは主人公が来るまでだった。
「お~い。ゴーマン!」
蓋のない四角い大きな箱にロの字になるようについた、取って。蓋の側面には大きな車輪が二つついている。
大八車。人力で転がすあれを主人公たちが持ってきたのだ。
なるほど。どうりでアイテムをいっぱい持っていけるし、持って帰れるわけだ。
うん。合理的だね!
異世界の草原を大八車で走り回る。それが果たして異世界として正しいかどうかは、また別として。
さて、“タンポポとクローバー”では、マップからフィールドを選択すると、確認が出て、そのフィールドに飛ばされるという方式をとっている。
その流れをこの世界でも踏襲しているのか、ナズナ草原まで敵とのエンカウントはなかった。正直、そのせいで主人公たちとのコミュニケーション時間が増えたような気もするが……まあ、さしたる問題ではないだろう。
ナズナ草原、と突き立てられた古い木製の看板。ゲームではフィールドの入口にあり、“ナズナ草原 ビッグタートルとミミックに注意!!”と書かれた代物であった。
それを現実に見ると、なぜか感慨深いものがこみ上げてくる。
「さて、と……」
このフィールドに落ちている宝箱の位置は……まず、最初は入口から数歩左にいったところだったはず。
そして、“タンポポとクローバー”のエンカウント率の目安は十三歩に一回。とりあえず、戦闘が起こる前に宝箱の確認ができるだろう。
もちろん、これらはゲームでの話で実際はわからない。モンスターと宝箱につく前に戦闘になる可能性だってあるだろうし、宝箱の中身がとられている場合や、そもそも宝箱自体ない可能性だってあるだろう。
そう。わからないことだらけなのだ。
だからこそ、早めに知りたい。
「ぐ、愚……平民!あれは何だ?」
「あれってなに?」
「見渡す限り草原だけど」
「ほら、あれだ、あれ!!」
俺は大八車の取ってを握り、左側へ歩き出す。主人公様達もそんな俺についていく。
大体百歩くらい歩いた頃、ようやく目的のものの前にたどり着く。
上部だけ丸い長方形の箱。賊、金持ち、貴族なんかはその中に財宝を隠し、純粋無垢な子供はその中に夢を隠す。
男のロマンそのものを体現したもの――それが宝箱だと俺は思っている。
「あっ!!」
「宝箱っ!!」
どうやら、主人公様御一行(約二名)もその存在に気がついたらしい。
純粋無垢に瞳を輝かせ、リラが宝箱に近づいていく。
対して、ミハネは少し怯えたように距離をとり、宝箱を観察している。
「あたし、宝箱なんて初めて見た!!ねねっ!開けてみていい?」
「ふん。いいだろう。ミミックには気をつけろよ?」
「ミミックって?」
少し興奮したようなリラに俺は一応、警戒心を植え付けておく。
というのはこの世界では、ミミックという宝箱に偽装したモンスターが存在するからだ。
強さは中級。そこまで強くはないが、防御の値が高くて鬱陶しい。
とにかく、現在ミミックに遭遇した場合、俺以外は一撃でやられるほどのポテンシャルを秘めている。
「宝箱に偽装したモンスターのことだ」
「へ~?そんなのがいるんだ」
「ああ。結構強いから…………」
言葉を止めたのはミハネの様子が気になったからだ。
さっきから青い顔をしてフルフルと首を振り、脚を震わせている。
(??…………おかしい。
怯えているようだが、ミハネが怯えている理由がわからない)
何か精神的外傷でもあったのだろうか。
しかし、何度思い返してもミハネは宝箱が怖い、なんていう設定はなかったはずだ。
匂わせる素振りすらない。精々、怪談と裁縫が苦手、というものだったはず…………
と、ここで俺に名案が思いつく。それはある意味、悪魔の誘いだ。
それはこの世界でかつて望んでいて、しかし、ある不運から諦めざる負えなかったことだ。
そう。
(これを足がかりにミハネを攻略できるんじゃ……?)
できるかー、と突っ込んだ人もいるだろう。だが、あえて言おう。
精神的外傷の情報を握って解決してしまえば、あとはゲーム力がハッピーエンドに導いてくれるはず☆
あぅ、でも今主人公も微妙に気になっていたりするんだよな……口説けるのは卒業後だけれども。
うう、今ミハネを攻略しようとするのは不誠実なのかもしれない。
……いや、それ以前に俺、少なくとも女性に関してはふしだらだと思われているじゃん。
そう考えるとなんだか冷静になってくる。
俺は屋上で告白した際、美少女の攻略よりも世界をとったのだ。彼らを幸せにすると決め、本物のゴーマン君に似た存在になる、と決めたじゃないか。
状況が違うとは言え、その気持ちは変わらない。
だから、不確定な行為は慎もう。
「平民」
「ん、何?ゴーマン?」
「……おまえではない。ミハネ」
「な、何?」
「調子が悪いなら、そこの石にでも座っておけ」
近くの少し大きな石を指し、言う。この程度なら問題はないだろう。
俺は目を逸らし、宝箱を見る。そして、この草原にある宝箱の中身を思いだし始める。
“木の杖”“銅剣”“くすんだ指
「ミハネちゃん?どうしたの?気分でも悪いの?」
「リラ……あのね、本当にくだらないことなんだけど……
ちょっと昔の怪談を思い出しちゃって」
「どんな話なの?」
……主人公とミハネ。どちらも羨ましい。
男性諸君ならこの気持ちが少しはわかるだろうか?
人の心を癒せる人も癒される人にも、ちょっと憧れるよね?
しかし、この時俺はまだ知らない。
この後、しばらく俺が宝箱を見るたび震えるような発言がミハネから飛び出すことを。
「あのね……宝箱ってミミックの撒き餌なんだって」
ところで皆さんはRPGでなぜ宝箱が路上に放置されているのか、気になったことはないでしょうか?
もしくは、なぜミミックなんて宝箱に偽装するモンスターが出来たのか、疑問に思ったことはございませんか?
私ですか?私は今の今まで疑問でした。
“撒き餌”は釣り用語である。その名の通り、餌をまいて魚をおびき寄せて本命の餌に食いつかせて釣る漁法である。
つまり、宝箱がミミックの撒き餌である、という意味は
本命に警戒なく近づかせるため、偽物を創り出して拡散している。
もし、想像通りだとしたら、恐らくミミックの未受精卵みたいなものに、消化しきれなかったりしたものを入れて、あちらこちらにおいているのだろう。
そして、自分を宝箱だと思い込んだ冒険者をガブリと…………
………………そりゃ、手付かずに宝箱が残るよねえ!!
「リラ」
「何?ゴーマン……って顔色悪いよ?!
大丈夫?!」
どうやら主人公はそのことに気づいていないらしい。
これは僥倖と言えるだろう。
「僕に宝箱を開けさせろ」
「べ、別にいいけど……そんなに脚を震わせて大丈夫?!」
「一番高い防具を頼む」
「会話が繋がらないよ?!」
流石にこの話を聞いた後は怖くてリラに宝箱を開けさせる気にはなれなかった。
宝箱を開けた時にみえた、五枚の銀貨の輝きは何物にも代え難い、男のロマンが詰まっているような気がした。




