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第二話 晩餐

 その日の晩、サイードは王宮にアリスや大使を初めとして、諸島連合王国出身(キングダム・オブ・アイランズ)の主だった人間を招き、晩餐会を開いた。三隻の納入を祝ってのことである。


 そこに並ぶ料理は、海岸の国の料理である。海岸の国(サワーヒル)の主要な収入源の一つに、香辛料貿易が含まれていることから、それらの料理には香辛料が贅沢に使われている。


 例えば、マグブースという料理は、ふんだんにサフランを使って焚いた米に、丁寧に煮込んだ魚が添えられていた料理だし、シュウワという料理は、肉をナツメグがターメリックなどでしっかりと味付けしてから一日かけていぶした料理である。胡椒など一部の香辛料の価格が下落して久しいが、それでもサフランやナツメグなどはまだまだ高級品だった。


「アリス殿。ここまで長旅で疲れたでしょう。まぁ、ゆるりとこの晩餐を愉しんでください」


 ヤシ酒の入った杯を傾けながら、サイードはアリスの長旅を労った。


「かたじけない。ご馳走になります」


 頭を下げるアリスは白い絹のドレスを纏っていた。日中に、遠目に見た軍服姿とはまったくことなる印象を人に与えた。どのような印象かといえば、それは的確に次の一言で表現することができた。


「アリス殿は、こうしてみるとお姫様見たいだなぁ」


サイードは、改めて彫像のように整った、彫りの深い造形美をしたアリスの顔を見た。そこには軍人としての凛々しさが備わっていた。


 だが、そんな彼女が纏っているのは、軍服ではなく、白い色のドレスだった。少し開いた胸元からは、豊満なふくらみが色香を出している。反対に背中の方も切れ込みが入っていて、大胆に肌が覗いている。白い肌は見るからにすべすべとしていて、白磁の様であった。その背中を上へと辿って行くと、眩しい金色の髪を、シニヨンにしているので、艶かしいうなじが晒されている。


「いてっ・・・・・・」


 まじまじとアリスを見ていたサイードは、何者かに頭を叩かれた。振り返ると、そこには遅れて入室してきたマリヘフが居た。


「どこを見ているのかしら、サイード?」


 どこか拗ねたような表情のマリヘフに、サイードは笑って答えた。


「どこを褒めようか迷っていたのさ。褒めるところが多すぎて目移りしてしまってね」


「だからと云って胸元を褒めるのははしたないし、うなじや背中を褒めるのは変態みたいだからやめておきなさいな」


 姉の正論に、サイードがやれやれと首を横に振った。





 そこで会話が一段落したのを見た、諸島連合王国の大使が、ナイフとフォークを置き、口をナプキンで拭ってから、サイードに尋ねた。


「陛下、今日は祝い意外に何か大切な話があると聞いたのですが、なんでございましょうか?」


「ああ、うん。お前たち、こないだ商人から買った大きな地図を持って向こうに立っておくれ」


 サイードはすぐに問いに答えることはせず、後ろに控えていた侍女たちにそう命じた。彼女たちは、あらかじめ傍に畳み置いていた地図を持って、晩餐が並ぶ机の前に広げた。


「僕ら海岸の国(サワーヒル)がこの月海交易路をこの国の支配下に置くことにした。諸島連合(アイランズ)はもちろん、許可してくれるよね」


「は?」


 いきなりのサイードの言葉に大使は言葉を失った。サイードの姉であるマリヘフも、サイードからあの三隻の戦列艦を購入した意図を聞くのは初めてであり、驚きを隠せなかった。だが、それでも彼女は、あまりにも壮大な計画の問題点を指摘する事はできた。


「待って。海では三隻があれば覇権を握れるでしょう。けれど、上陸し城塞を攻略し、それを維持する兵力が今のこの国にはないわ」


 マリヘフの指摘は的を得ていた。海岸の国(サワーヒル)の総人口は約七十万人であり、人口小国と云ってもよかった。この小規模な人口から、大国である牡馬の帝国(ファフール)との国境を守る兵士や、砂漠の盗賊や月海の海賊討伐の為の軍隊をなんとか捻り出しているのが実態だった。それ故、以上の領土拡大は困難に思われた。


「兵ならいくらでもかき集めることができるよ」


 にもかかわらず、サイードはきっぱりと断言した。


「傭兵、というのは無理よ。戦列艦3隻と、六百人の水夫の調練費用、戦列艦の砲弾等の物資に支払った金は二三〇kg。これ以上、国庫から大金を出すことには絶対に賛同できません」


「傭兵なんて、最初から宛てにはしてないよ、姉上」


 いいながら、サイードは食事の手を止めて立ち上がった。そして、地図の前に立った。


「僕がこれから攻略する都市は、次の通りだ」


 サイードは地図上の位置を指差しながら、攻略する予定の都市の名を列挙していく。


象牙の都市(アイージャ)錫の都市(カスティール)、そして奴隷の都(アバダ)・・・・・・」

 サイードは当面の攻略対象である三つの都市の名前を挙げた。そして、姉やアリスの方へと視線を向けた。


「これらの都市の特徴はなにかわかる?」


「――っ」


 すぐさま、アリスは何かに気がついたように、目を見開いた。


「アリス殿は何か閃いたようだね。答えてくれるかい?」


「・・・・・・奴隷が、人口の半分を占めている」


 サイードに促されたアリスが答えると、サイードは微笑んだ。


「そう。彼らに自由を与えると約束すれば喜んで我々の手引きをしてくれるはずさ」


「それは、奴隷解放を大義名分として戦争をするということ?」



「今が、奴隷制を廃止する好機なのさ、姉上」


「その根拠は?」


「かつて、月海の全てを我々、海岸の国が支配していた時代がありました。その当時は、奴隷貿易の中心はこの錨の都でした。が、わが国の衰退と共に、奴隷貿易の中心と利権は奴隷の都に移っていきました。そして、諸島連合(アイランズ)との同盟の際に、我々は奴隷制度の廃止を決定し、この国には奴隷承認も奴隷を持つ者が居ません」


 サイードの言うとおり、海岸の国の商人(サワーヒル)には、奴隷に利権を持つ者は一切いなかった。


「第二に、アリス殿の母国である諸島連合(アイランズ)を初めとして、西方の列強各国からの奴隷制度の廃止を求める圧力が大きいこと。あんまり無視していると、野蛮な国扱いされて侵略の口実を与えかねないからね」


「・・・・・・・・・・・・」


 このサイードの言葉には、諸島連合(アイランズ)の大使は表情を強張らせた。つい五年ほど前も、諸島連合は奴隷制があることを理由に、とある国を”野蛮な国”と断じて、野蛮な彼らを”文明化”するとして併合したばかりだったのである。


「第三に、奴隷の産地である大地の帝国(トゥルバ)が、列強の圧力で段階的に奴隷廃止を宣言したこと。月海周辺の最大の奴隷産出国、大地の帝国(トゥルバ)が奴隷制度を廃止すれば、いずれこの月海での奴隷貿易は衰退する。それなら、今廃止しても構わないはずだよ」


 月海で取引される奴隷の過半を産出する大地の帝国(トゥルバ)は、暗黒大陸唯一の文明国を自認している。その彼らは、現在まで、文明的な自分たちが、周辺の未開部族を攻撃し、捕虜にして奴隷として輸出するという行為を平然と行っていた。しかし、先帝の時代に、列強に倣って奴隷制度を順次廃止することを決定していた。即座に廃止できないのは、貴族たちの既得権益に配慮してのことであった。


「そこまで考えているのなら、もう私はなにもいいません」


 マリヘフは、母親が異なる、一つ下の弟に、感心した。彼女は、まるで幼子のように突拍子のない行動をすることが多い、破天荒で手のかかる弟が、しばしば非常に才気走ったところを見せることに気がついていた。だが、まさかこれほどまでに大局を見ることができる器量だとは思っていなかったのである。


「それで、諸島連合(アイランズ)の方はどうかな?」


 諸島連合(アイランズ)の巨大な植民地であるバナジは月海に面している。大規模な領土の拡大を彼らの了承なしで行うことは後々の火種になりかねなかった。


「もとより、わが諸島連合(アイランズ)海岸の国(サワーヒル)は同盟国。わが国の交易が妨げられない限り、海岸の国(サワーヒル)の勢力拡大には全面的に賛同いたしますぞ」

 とはいえ、サイードは大使のこのような答えを事前に予想していた。諸島連合(アイランズ)は、先の列強の一角であるラヴァール共和国との戦争で国を大きく疲弊させていたのである。それ故に、新鋭の戦列艦を海岸の国(サワーヒル)に売り払ってまで金を欲したという事情があったのである。


「と、いう訳だから、姉上。十日後には象牙の都市(アイージャ)へ向けて遠征するよ。兵糧や武器の準備をよろしく」


 マリヘフは、サイードに宰相代理を命じられ、国家運営の大部分を任されているから、これから戦争の準備のために奔走しなければならないだろう。


「それから、アリス殿に軍事顧問として同行をお願いしたいのだけど駄目かな?」


 アリスは、立ち上がり、サイードに敬礼しながら答えた。


「御意。喜んで同行させていただきます。私が育ててきた兵たちです。ここまで来て放っておくなど自分の性分に合いません」


 サイードはアリスから承諾の言葉を引き出すと、今度は大使の方に確認するように視線を向けた。


「軍の方で問題がないのならば、わたしにどうこういう権限はないのでしてね。構いませんよ」


「軍からは、海岸の国の君主の意向に従うように言われております」


 実は、以前海岸の国に武官として赴任したアリスを、サイードがとても気に入り、船の購入代金を金十kg増やす代わりに、自軍の人材に欲しいと諸島連合(アイランズ)の上層部に申し出ていたのである。このことを知っているのは、サイードとごく一部の近習だけだった。


「頼りにしているよ、アリス殿」


 サイードのアリスに対する評価は高かった。金十kg以上の仕事をしてくれるということを確信しているから、それだけの金塊を払ったのである。したがって、これは社交辞令でもなんでもなく、サイードの本音であった。


「お任せください、陛下」


 アリスの返事を耳にして、サイードは満足そうに頷き、席に戻った。そして、侍女にすっかり冷めた料理を交換するように命じた。やがて、再び料理が運ばれてきて、晩餐会が再開された。


 だが、サイードの関心はもはや食事よりも、もはや確定事項となった戦争に移っていた。


――この十七歳の少年君主が、後に大王と尊称されることになることを、まだ、誰も知らなかった。

第二話です。

物語の舞台は一話の地図を見ての通り、アラビア半島からインド洋をモデルにしています。不勉強で、アラビア感が微妙かも知れませんが、今後もって出していければな、と思います。


※サイードやマリヘフの衣装についてはアラビアの服を勉強中なので、今後、描写追加の予定です。

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