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春一と丈は海の中に入って様子を見ることにした。それぞれ少し距離を取って、様子をうかがう。試しに水の中に潜ってみても、変わったものは何もなかった。
「!!」
そんな中、春一と丈がばっと同じ方向を見た。微かに感じられる妖気が、こちらに近づいてくる。妖気は歩くスピードで春一の方へと向かっている。春一は体勢を整えて、来るべき時を待った。
「来たなっ!」
春一が叫ぶ。彼の右足に手が絡まり、海の中へと引きずり込まれる。春一は敢えてそれに逆らわず、水中に潜って自分の足を掴んでいる手を逆に捕えた。目を凝らすと、相手は人魚のような姿かたちをした妖怪だった。長い髪に、半身が魚のように尻尾になっている。彼女はびくりと体を震わせて、逃げようとしたがそれを簡単に逃がす春一ではない。すぐに丈もやってきて、人魚は海上に顔を出した。
「琉妃香、ボート持ってきて!」
春一が岸に向かって叫ぶと、琉妃香が小さめの筏のようなゴムボートを持ってきた。三人でそのゴムボートに乗って、人魚の話を聞く。春一はもう手を離しているのだが、それでも彼女には逃げる気配がない。
「逃げる素振りがないってことは、観念したってことでいいのかな?ミス・マーメイド」
「ごめんなさい……」
人魚は下を向いたまま、小さな声で謝罪した。その双眸からは今にも涙が溢れ出しそうである。
「ごめんで済んだら枢要院いらないよ。何であんなことしたのさ?一歩間違えれば事故になってた」
「すみません……」
言葉を変えて再び謝罪する人魚に、春一ははぁとため息をついて、頭を掻いた。彼は琉妃香以外の女が苦手である。
「俺も別に怒ってるわけじゃないんだ。素直に話してくれれば、それでいい」
彼なりに声音を優しくして言うと、人魚は春一達を窺い見た。そして、意を決したように口を開いた。
「この海が汚くなったから……」
「この海が?」
「はい。私は見た通り人魚の妖怪です。私たちの種族は、綺麗な水がないと生きていけません。この海は最初、とても綺麗な海でした。だから私達もここに棲むことを決めました。でも……」
「汚くなってしまった」
春一が言葉の続きを代わりに話すと、人魚は再び悲しそうな顔をして目を伏せた。
「そうです。人間達がこの海を荒らすようになって、私達の住処が段々狭まっていったんです。あそこに海の家があるでしょう?あそこの店主は、最近ごみを海に流すようになりました。処理が面倒になったのかは知れませんが、彼が私達の住処を小さくしているのは確かです。だから、小さな騒ぎを起こして、ここに人を近づけないようにしてやれと……。すみませんでした」
人魚の目から涙がぽろぽろと流れ落ちる。春一は困ったようにまた頭を掻いて、考えあぐねた結果、人差し指でそっと彼女の涙をぬぐった。
「俺が、協力しよう」
その一言に、人魚はばっと顔を上げて春一を見た。その両目は驚きで開かれている。
「俺が、その店主にもう海を汚くしないように言っておこう」
「何で、そこまでしてくれるんですか?見ず知らずの妖怪のために……」
「俺は妖万屋の四季春一。見ず知らずの妖怪のために動くのが仕事さ」
そういうと、人魚は笑顔になって、今度は嬉し涙をぽろぽろと流した。
「おいおい……俺は女の子に泣かれるとどうしたらいいかわかんないんだよ。琉妃香、こういう時はどうすればいいんだ?」
「そのままでいいんだよ。見守ってあげれば」
「ふ~ん」
困ったように頬をポリポリと掻く春一は、最後に人魚の頭にポンと手を載せて、笑いかけた。
「俺を信じて」
人魚は涙を流しながら、何度も何度も頷いた。