8-3
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その日の夜十時四十五分に、春一は家を出た。夏輝を後ろに乗せて、愛車の白いドラッグスターを走らせた。
市民球場の駐車場にバイクを停め、そこのすぐ近くにある公園へと足を向けた。するとそこには、一人の妖怪がいた。
「よう、お前か?こんなつまらん手紙を寄越したのは」
春一は手紙を掲げながら妖怪へと近づいた。妖怪は暗闇の中で身を縮めた。
「ん、お前『鉤爪』だな?」
頼りない照明の元で妖怪を見ると、春一はそう言った。夏輝の記憶によれば、鉤爪というのは、片方の手がその名の通り鉤のようになっている種族の妖怪だ。体格は至って小柄で、大人でも小学校四年生くらいの身長だろうか。性格もそれに比例して幼い所がある。そんな妖怪だ。
「は、はい。おれ、『鉤爪』の光牙です」
礼儀正しく返事をした光牙は、春一にぺこりと頭を下げた。彼はまだ三歳くらいに見える。紫色の髪が揺れた。
「おれ、父ちゃんから春一さんを連れて来いって言われて、来ました」
「何で父ちゃんが直接来なかったんだ?」
不快そうな顔をして尋ねる春一に、光牙は上目で彼を見遣りながら言った。
「一昨日と昨日は父ちゃんが来てたんですけど、春一さんが来ないから、今日はお前が行けって。だから僕が来ました。すみません」
申し訳なさそうに頭を下げる光牙に、春一は頬をポリポリと掻いて、手を振った。
「いや、悪いのは君じゃない。じゃあ、行こうか。君の父ちゃんの所に」
光牙に連れてこられたのは、球場から少し離れた所にある森の中だった。そこに小さな小屋があり、そこから妖気が出ている。
「父ちゃん、連れてきたよ」
光牙がドアを開けると、中にはくたびれたソファに座った彼の父がいた。父は少し驚いて、居住まいを正した。
「わ、本当に来てくれたんですね、春一さん」
「仕方なくね。早く片付けよう。話って何?」
春一は人様の家だというのに勝手にずかずかと上がり込み、ソファにどっかりと腰かけた。父は春一の正面に立って、へこへこと頭を下げている。
「あの、初めまして。おれは光牙の父親で黒牙ってもんです。四年前、生活苦に盗みを働いていたところを秋志さんに逮捕されまして。そん時に、これをもらったんです」
黒牙が見せたのは、所々擦り切れて、下の方が破れている赤いお守りだった。金糸で安産祈願と書かれているのが読み取れる。
「安産のお守りみたいだけど」
「はい。おれが捕まった時、光牙はまだ腹ん中で、もう少しで産まれる所だったんです。それを知った秋志さんが、このお守りをくれたんです。以来おれは、ずっとこのお守りを持ち歩いてます。光牙が産まれた後も、なんだか離せなくなって、持ち歩いてました。そしたらこの間、引っかかって破れちまったんです。そこから、これが出てきたんです」
黒牙が見せたのは、一枚の白い紙だった。いくつかに小さく折り畳まれていて、それがお守りの中に入っていたらしい。表裏何も書いていないただの紙だ。
「秋志さんはこれを渡すときに、こう言ったんです」
『息子は光牙って名前にするんだろ?だったらこれをお守りにするといい。俺からのメッセージだ』
「どういうことかと聞こうかと思ったんです。でもおれが枢要因を出た時、秋志さんはもう……。だから、その後を継いでる春一さんなら何か知ってるかと思って、呼び出したんです。……手紙のことは、すみませんでした。面白半分で、やりすぎました」
「手紙のことはもういい。その紙、見せてくれる?」
春一は、黒牙から手紙を受け取った。じっくりと見てみるが、見れば見るほど何の変哲もない普通の紙だ。
「ここに、メッセージなんてないように見えるけどね」
「そうなんです。この謎、解き明かしてくれますか?」
「……探偵業を始めたつもりはないんだけど、まぁやってみるか」




