8-1
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夏輝が朝起きてまずすることは、着替えだ。大体はシャツに軽めのパンツを合わせる。カフェの店員のようだと春一に言われたことがある。
着替えが済むと部屋から出て、外に出る。郵便ポストの中に入っている新聞紙を取り出し、ダイニングに持っていく。
今日の朝も例にもれず、新聞紙を取り出すためにポストを開けた。すると、今日はいつもと様子が違った。新聞紙の上に、一通の手紙があった。夏輝がその手紙を見ると、表には「四季春一」とだけあり、裏には何も書かれていなかった。夏輝は不審に思ったが、本人に了承も得ないまま封を切るわけにもいかないので、そのまま持って行った。
夏輝が朝食のスクランブルハムエッグを作っていると、ダイニングに春一が入ってきた。あくびをしながら寝癖を直そうともせず、そのままソファにダイブする。
「おはようございます」
「おはよー、おやすみー」
本来一緒に使うことのない挨拶を組み合わせて、春一はソファで腹を掻いて横になった。
「ハル、手紙が来てますよ」
「手紙ぃ?誰から?」
「さぁ?差出人がありませんので。見てみてください」
「ああー?」
春一は面倒くさそうに立ち上がって、テーブルの椅子に座った。件の手紙を手に取ると、表裏をじっくりと見た。
「……これは手紙なのか?」
「……形状が手紙ですから」
春一は常に垂れ下がった目をいつも以上に白けさせて、表面をじっと見た。
「大体、何で『様』をつけないんだ。敢えて礼儀を無視しているようにしか見えないんだが」
「とりあえず、開けてみたらどうですか?」
ふむ、と一つ頷いて、春一は手紙の封を切った。中には、一枚の紙が入っていた。それを広げると、次のような文句が書かれていた。
『四季春一、俺は四年前アキシにタイホされた妖怪だ。お前に話がある。今日の夜十一時、市民求場の公園来い。バックれんじゃねーぞ』
その文面を最後まで読んだ春一は、迷うことなくその手紙を破り捨てた。
「ふざけんじゃねーぞ?」
彼の顔には悪魔も裸足で逃げ出しそうな笑みが浮かんでいた。血管の切れるビキビキという音が効果音には適しているだろう。
「誤字脱字がひどく、礼儀も言葉遣いもなっていない。そんな奴の言うことを聞いてやる義理は、どこにもない。俺はそこまで優しい人間じゃないんだよ。数珠市一善良な市民ではあるけれども」
その自称数珠市一善良な市民はどうにかならないか、と夏輝は密かに思ったが、それを口に出すのも憚られ、結局出来上がったスクランブルエッグを食卓に出した。