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「私は、ハルについてきて、本当に良かったと思います。……まぁ、あの性格なので苦労もありますが、それを補って余りある生活を送らせてもらっていますよ」
「そうですか。ハルも立派にやっているようですね。安心しました。妖怪の万屋をやっていると聞いてはいましたが、ちゃんと成り立っているようだ。それと、生活も」
「ハルには家政婦のようなものをつけなかったのですか?」
夏輝は疑問に思った。今は自分がいるからいいものの、龍青は昔の春一に必要だとは思わなかったのか。
「考えたんです。けれど、本人が要らないと言い張って。聞いていないかもしれませんが、ハルは出生の時に母親を亡くしているんです。私にハルを預けて、妻は先立ちました。それからか、ハルは女性が苦手なんです。大丈夫なのは琉妃香ちゃんくらいかな」
初めて知らされる事実に、夏輝は驚いていた。話題に出ないとは思っていたが、そんな事情があろうとは。
「本当は、父親も嫌いだったんです。私がこんななので仕方ないですが、あいつは孤独を貫き通して、自分は一人で生きると言っていた。あなたを受け入れたのは、きっと成長したからでしょう。昔のハルならば、きっと『家族』というものを敬遠していたはずです」
「そうでしたか……」
夏輝が言葉をなくすと、龍青は苦笑した。笑い方は春一そっくりだ。
「ハルは自分を多く語らないでしょう。そういうのが好きではないんです。まったく、素直じゃない。……ハルは、できるだけ一人で生きようとしてきた。丈君達も、ハルには相当苦労していると思いますよ。よくハルを見捨てずに今まで一緒にいてくれると思いますよ」
「龍青さんは、何か口を出したりされないんですか?」
「私は、あまり得意ではありませんから。ハルに口を出そうとすると決まって喧嘩になります。いけませんね。まったく、不甲斐ない」
龍青は首を振って、立ち上がった。
「久々に説教でもしてきましょう。柄ではないんですけどね」
「ハル、入りますよ」
龍青が春一の部屋に入ると、彼は不服そうな面持ちでベッドに背を預けていた。
「何の用だよ?」
「ハル、夏輝さんは家族でしょう?あんな態度を取ってはいけません」
「だからって殴ることないだろ」
「やりすぎましたね」
「ケッ。……まぁ、俺が悪かったよ」
「……大人になりましたね」
「んだよ、気持ち悪ぃ」
春一が顔を顰めると、それに反して龍青は笑顔になった。
「昔はそんなこと言いませんでした」
「俺だって成長してる。アンタが見てないだけだ」
「本当ですね」
「なぁ、どうしたんだ?アンタこそ、昔はそんなこと言わなかった」
そこで龍青は黙り、そこから静かに言葉を紡いだ。
「ハル、私は、このままイギリスに行こうと思っています」
「あ……?」
「オックスフォードの大学に誘われていまして。それに乗ろうと思っています。この家を本格的に空けるのはハルが心配だったんですが……今日見て安心しました。家族がいれば、ハルもやっていけるでしょう」
「本当の目的はそれか」
「ええ。多分、こっちにはもうほとんど戻らないでしょうから」
「……行けよ。俺なら大丈夫だ。親父は親父の道を行け。俺は……もう一人じゃない」
「安心しました」
それだけ言うと、龍青は春一の部屋を出ていった。
次の日の朝、夏輝がダイニングに行くと、春一がコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。珍しく春一の方が早い。
「親父ならもう行ったよ。イギリスに永住するんだと」
「そうですか」
「まったく、人騒がせな野郎だ。だから俺はあいつが嫌いなんだ」
「ハルの親は、本当にハルの親でした」
「どういう意味だよ」
顔を顰めて聞くと、夏輝はクスリと笑ってキッチンに入った。問いただす春一をかわしながら、夏輝は昨日の盗聴を心の中で詫びた。