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「……まぁ、そういうこと。この妖怪は姿を消すことができるっていう能力を持ってて、逃げ足も速いもんだから、急いで追いかけてたんだ。気配だけで負うってのは意外と難しいもんでね。アンタの所で足を止めてくれて助かったよ。……さぁ、この話を信じる?信じない?まぁ、アンタの自由だ。笑い飛ばしてくれてもいいし、警察を呼んでくれてもいいよ。逃げるから」
そこまで堂々と言い放つと逆にすごい。
「信じます」
夏輝は、静かに言った。
「今まで、何のことかわからなかった。自分の感じている感覚が何故常人とは違うのか。やっとわかりました。それに、あなたは嘘を言いそうにない」
夏輝がそう言って彼を見ると、彼は照れ隠しのために首の後ろを手でもみながら、視線を逸らした。
「……まぁ、自分に無益な嘘は言わないけど」
その仕草がどこか幼く、かわいらしく見えて、夏輝は思わず微笑んだ。
その後、妖怪を枢要院へと引き渡すために後ろ手を縛ると、そこに一人の男が現れた。
「父さん」
「夏輝、まだここにいたか。楽団から電話があったぞ。練習を無断欠席したそうだな」
夏輝が俯くと、父は少年を値踏みするように見た。
「誰だ、君は」
「どうも、初めまして。が、先だと思うけど」
「父さん、彼に話を聞いていたんだ」
「話?何のだ?」
そこで夏輝は父に全部を話した。たった今少年から聞いたことを。
「お前、よもやそんな話を本気で信じているわけじゃないだろうな」
父は怒りで声が震えている。
「僕は……」
「お前もお前だ!どこの誰かはわからんが、私の息子に変なことを吹き込むな!」
彼が少年に怒鳴り散らすと、少年は挑発的に首を竦めて、更に挑発的な言葉を続けた。
「お宅の息子さんは話のひとつも満足に自分で判断できないんですか?そうなると教育の問題だと思いますがね」
「お前……っ!」
「血圧を下げるには大豆がいいですよ」
父の怒りをひらりと躱して、おちょくる。夏輝にはこの光景が信じられなかった。
「お前、勝手なことを言うと許さんぞ!そもそも何だその髪は!分別ってものを持ってないのか!」
「お父さんこそ、人を見かけで判断しないという分別はお持ちでないんですか?」
「っ……とにかく!変なことを息子に吹き込むな、迷惑だ!」
「そう言われてもねぇ……もう言っちゃったし」
べ、と舌を出す少年に、父は顔が真っ赤になるくらい憤慨した。
「もういい!夏輝、早く家へ帰れ。お前は一回医者に見せる。お前の言うことは信じられん!」
チェロを早くしまうように父が夏輝の腕を押す。しかし彼は、それに反抗した。
「そもそも彼が言ったことが真実だ!」
「お前のことは信じられないと言っているだろう!」
抑え込まれてしまった夏輝に、少年が横から口をはさんだ。
「人ん家の親子喧嘩に水差すような真似したくねえけどよ……アンタそれでも父親かよ!」
急に声を荒らげた少年に、夏輝と父の体がびくっと震える。それほどまでに、この少年は声に力を持っている。
「子供の言うこと百パーセント信じるのが親なんじゃねーの?信じられるから親なんじゃねーの?だから子供は安心して、親を信じるんじゃねーの?ガキの戯言って思うかよ?そりゃ結構だけどよ、まず自分顧みろよ!」
今度は父が抑え込まれる番だった。いつもなら再び怒鳴り散らすなりしていただろうが、今回はそれができなかった。この少年がそれをさせなくしていた。そうさせない雰囲気を、彼は持っていた。
「ぐっ……」
「あーあ、やっぱ柄じゃねーわ。ごめん、続けて」
少年は詰まる父を知ってか知らずか欠伸をして、その場から一歩引いた。
「あの……あなたは?」
「俺?俺は四季春一。妖万屋さ」
名乗った彼の横を、風が吹き抜けた。その時彼が輝いて見えたのは、太陽のせいだけだろうか。
「ねぇ、ナツキさん、だっけ。俺と来ないか?」
「え?」
「俺と妖万屋をやらないか?アンタなら歓迎する」
輝き、嬉しそうに笑う彼の顔に、自然と笑顔がこぼれる。
「夏輝!」
無粋な父の声も、今は聞こえない。
「はい」
春一は遊園地に行くことが決まった子供のように笑った。夏輝が理解者に出会えた瞬間だった。