7-5
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夏輝は、その話を自身の父親に話した。あれは人知を超えた事象だと。あんなことができるのは妖怪くらいしかいないと。しかし父は、その話を一笑に付した。
「何かの見間違いだ。きっと疲れていたんだ。妖怪なんているはずない」
そう言って、まるで相手にしなかった。しかし、夏輝はあの時見たものがまやかしだとはとても思えなかった。確かに自分の見間違いと言ってしまえばそれまでかもしれない。だが、どうしてもそう思えなかった。
その理由は、彼があの時感じた違和感にある。あそこに存在した異形の者は、普通の人間とは異なった「気」を発していた。それが、夏輝には感じられた。
「父さん、あれは人間の仕業じゃない。僕にはわかるんだ」
「馬鹿なことを言うな。頭がおかしくなったのか?」
「でも……」
「いいか。あれはただの空き巣。この件は警察に任せておけばいい。お前は何も口を出すな」
それ以来、夏輝と彼の父親の間には、微妙な空気が流れ続けた。父は息子のことをいよいよ疑いはじめ、息子は理解してもらえないもどかしさから父を信じられなくなった。
夏輝には、お気に入りの場所があった。市内を流れる大きな川の、河川敷。車で川のすぐそばまで下りて、車のトランクを開け、そこに腰掛けながらチェロを弾く。それが、彼の楽しみだった。
今弾いているのはエドワード・エルガー作曲、チェロ協奏曲。戦後の荒廃した世界を謳った重く悲しいメロディーは、今の夏輝の心にはぴったりだった。
曲を第二楽章まで弾いた時、夏輝はふと視線を感じて、閉じていた目を開いた。すると、土手の上に誰かいて、こちらを見ている。自転車に跨った少年で、明るい茶髪が目立つ。まだ中学か高校かわからないくらいの年なのに、髪を染めているなんて。
自転車に跨った彼は、足を降ろしてじっと夏輝を見ていた。夏輝は彼の顔に見覚えはない。
(あの不良……誰だ?)
夏輝が彼をじっと見返すと、彼はちょっと驚いて、急いで自転車をこぎ出した。いつからいたのだろうか。夏輝は特に気にもせず、第三楽章を弾き始めた。
それが、初めての邂逅である。