7-3
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夏輝が物音を探るためにダイニングのドアを開けた瞬間、彼は信じられないものを目にした。自分と同じ顔が、そこにあったからだ。
体格、顔、髪型、雰囲気、全てが自分と瓜二つ。まるで鏡を見ているような気分に陥った。今家の中に入ってきた彼は、まさに自分そのままだった。夏輝の頭にドッペルゲンガーという単語が浮かんで消える。
「ああ、こんにちは」
物静かな落ち着いた声は、自分よりも年上に感じる。冷静さを取り戻してみると、彼の顔は自分よりも十歳かそれ以上年上に見える。
「こんにちは。え……と」
夏輝が対応に困って立ち尽くしていると、彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。上品で皺ひとつなく仕立て上げられたスーツを見事に着こなして、シンプルだがお洒落な柄のネクタイがそれをさらに映えさせている。
「同居人の方ですか?」
「は、はい」
彼は夏輝の前で立ち止まり、問いかけた。眼鏡の奥の眼光は優しく柔和な雰囲気を感じさせる。
「申し遅れました。私、春一の父で龍青と申します。春一がいつもお世話になっております」
龍青は小さく頭を下げた。しかし、そんな行為は夏輝の目には映っていなかった。いや、目には映っていたが、脳がそれを認識しなかった。それほどまでに、衝撃が強い。
(ハルの……父親?ハルに……父親?)
正直、「いたのか」という気持ちだ。彼がちゃんと人から産まれた存在で良かった。
そこまで考えて、夏輝は自分の無礼に気が付いた。相手にだけ自己紹介をさせておいて自分は黙るなど、失礼にも程がある。
「こちらこそ申し遅れました。同居人の夏輝と申します。ハルにはいつもお世話になっています」
一通りの自己紹介を終えて、二人は部屋の中に入った。夏輝が龍青にコーヒーを差し出す。
「すみません。自分の家なのにもてなしていただいて」
「いえ」
龍青はコーヒーを一口啜り、「おいしいです」と微笑んだ。笑い方がどことなく春一に似ている。
「ハルは今不在ですか?」
「ええ。サッカーの試合を見に行っています。先程試合は終わったようですから、少しすれば帰ってくると思います」
「そうですか。ハルは昔からスポーツが好きでしたからね。未だにステッレを応援しているのかな?」
「はい。それはもう、熱烈に」
「変わらないな」
龍青は苦笑交じりに笑った。昔から今のような感じだったらしい。
「龍青さんは、何をされているのですか?ハルからは何も聞かないので……」
「やはり、そうですか。私は、今はアメリカの大学で地質学の研究をしています。今回、学会が日本であるので、三年ぶりに帰省を。あなたのことは前に手紙に書いてありました。『一緒に住むことになった奴がいる』と」
「それだけですか……」
春一らしい。しかし、それだけで事情を了承するとは、龍青はやはり春一の父親だ。
「手紙もそれ一通だけですけどね。便りがないのは元気な証拠とはよく言ったものです。こっちも置いてきた身なので、強く言えなくて」
三年前と言えば、夏輝と春一が出会った時だ。龍青とは入れ違いになったらしい。
「ハルは何かご迷惑をおかけしていませんか?」
「いえ、そんな。寧ろ私が迷惑をかけているくらいです」
そんな話をしていたら、玄関のドアが開く音がした。今度こそ春一だ。
そして、現在に至る。