6-3
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「ハル坊、お疲れ」
「由良さん、タケさん」
勝負を見届けた二人が、山を下って春一の元へとやってきた。由良の顔は少し悲しげだった。それに気づいた春一が、淋しそうに微笑む。
「このFC……もう、秋志のものじゃないんだね」
FCのボンネットをその細い指で撫でながら、由良は言った。まるで、今生の別れのようにFCを撫でる。
「FCも言ってるのかな。『俺の相棒は春一だ』って。さっきね、見てて思ったの。……秋志はもういない。秋志が走らせたFCはもうない。私が愛した秋志は……死んじゃったんだなぁって」
一筋の涙が、由良の頬を伝う。しずくが、FCに落ちた。
「でも由良さんは一人じゃない」
由良が顔を上げると、優しく微笑む春一がいた。そして、ちらりと武史を見る。
「その涙を拭ってくれる人が、由良さんにはいるじゃん」
それを聞いて、由良と武史の顔が火を噴くように赤くなる。武史はあたふたと落ち着かずにいたが、やがて由良の前に立った。人差し指でそっと由良の涙をぬぐう。
「もう、泣くなよ。由良には、俺がいる」
武史の口から紡がれた言葉に、由良は頷いた。
それを見届けた春一が、NSXの後ろに回り込んで、ステッカーをべりっと剥がした。
「もうここに貼るステッカーは『SUPERSONIC』じゃないよね?これからは、『FIRERED』だ」
「そう……だね。でも、せっかく秋志が作ったチームがなくなるのはやっぱりさみしいね」
「スーパーソニックは、失くさないよ」
「え?」
春一は由良にニコッと笑って、ポケットからあるものを取り出した。それは、今まで由良がNSXにつけていたものよりも少しデザインが変わったスーパーソニックのステッカーだった。
「俺もチームがなくなるのは悲しい。だから、俺が引き継ぐ。これからはドライビングチームとして、俺が引っ張るよ」
「ハル……」
「由良」
剥がしたステッカーを春一から受け取った武史が、それを由良に渡した。そして、胸ポケットからライターを取り出して、ふたを開けた。
「秋志がリーダーのスーパーソニックは幕引きだ。最後のステッカーは、お前が秋志の元に送ってやれ」
「武史……」
由良は武史からライターを受け取り、ステッカーの端に火をつけた。メラメラとゆっくり燃えたステッカーは、やがて灰になって風に運ばれた。
(バイバイ、秋志。ありがとう。忘れないから)
心で秋志に別れを告げた由良は、NSXのキーを武史に渡した。
「今日は送ってくれるんでしょ?」
「勿論」
武史は力強く頷いて、由良をエスコートした。