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かくして、春一達は海へと乗り出した。海はまだ人がいっぱいいて、砂浜のそこかしこにパラソルやシートが敷いてある。
「おー、俺海久しぶりだヨ!」
「ハル、誘ってくれてありがとー」
幼馴染の丈と琉妃香も誘ったら、二つ返事で来るというので、彼らも車に乗せて海にやってきた。丈は春一よりも明るい茶髪に黒いメッシュを三本入れ、幼さが残る顔ではしゃいでいる。琉妃香は肩の少し下まである金髪をカールさせて、その大きな瞳を輝かせている。
それぞれ水着に着替え、海の家近くの空いているスペースに腰を下ろす。
「お、おいジョー」
「あ、ああ、ハル」
春一と丈は二人でそわそわしていた。理由は琉妃香にある。
「二人とも何下ばっか見てんの?カニでもいるの?」
琉妃香のビキニ姿がとてつもなく可愛く、艶めかしさすら醸し出しているため、二人は今更になって幼馴染を直視できなくなったのだ。
「な、なぁ、琉妃香ってあんなに女っぽかったっけ?」
「知らねーヨ!」
小声でこそこそと話している春一と丈に、琉妃香が近づく。すると二人とも顔を赤くして急いで視線を空へと逸らした。
「ははーん、さてはあたしの水着姿に見とれてるな?」
「んなわけねーだろ!お前の水着姿なんてしょっちゅう見てたしよ」
「そうだゼ、小学校も中学も一緒に水泳の授業やったロ!」
「それスクール水着だろ!」
琉妃香が二人の頭を引っ叩く。二人は前につんのめって、そこを琉妃香に体当たりされて砂に倒れた。
「お前ら埋めてやろーか?」
悪戯っぽく笑う琉妃香に、二人はたじたじだった。
「あれ?夏兄水着じゃないの?」
春一と丈が顔を見合わせてどうしようかとしているときに、琉妃香が夏輝に話しかけた。夏兄というのは、琉妃香なりの呼び方だ。
当の夏輝は、ショートパンツにシャツを着て、ボタンはいつもよりも外しているものの、水着ではない。砂浜で観覧を決め込むらしい。
「もう海で遊ぶ年でもないので」
控えめに断る夏輝に、琉妃香はつまらなそうに足で砂をかけた。夏輝は口の中に入った砂を吐き出している。
「ナッちゃん、ノリわりーナ」
「こいつ、名前は夏のくせに夏苦手なんだよ。暑いとすぐばてる」
「おもしレー」
「あたし海入ってくるよー」
琉妃香が一足先に海へと向かう。夏輝はシートの上に座り込んで、春一と丈は砂浜にうつぶせになって寝ている。
「女の子は元気だねー」
「若いしナ」
「それを言ったら私はどうなるんですか」
なんてくだらない会話を三人の男たちでしていると、水の中に入って出てきた琉妃香に一人の男が近づいた。ナンパのつもりらしい。三人は特に心配もせず、それを見守っていた。琉妃香のことだから、その内平手打ちの一発でもかまして立ち去るだろう。
しばらく男の方が話していても、琉妃香は聞く耳を持たなかった。そっぽを向いて、小さい子供に手を振っている。そこで男が強引に琉妃香の手を掴んだ。すると、すかさず反対の手が男の頬に飛んできた。
「ほら、やっぱり」
「かわいソー」
しかし、それでも男は諦めない。無理やり腕を引っ張って、琉妃香を連れて行こうとする。
「行きますか」
春一がそういうと、丈と二人で男の方に近づく。春一が男の後ろからがしっと肩を組んで、丈が下から睨みを利かせる。
「こんちはー。俺らの幼馴染に何か用すか?」
「おにーさん、いい年こいてそんなことすると俺ら黙ってないっすヨ?」
「あああああ!」
二人が出ていくと、男は突如大きな声を出してその場にへたり込んだ。尻餅をつく格好になった男は、がくがくと震えて三人を指さしている。
「何?俺らまだ何もしてないけど」
「あ、あんたら、トランプだろ!すみませんでしたっ、トランプの方だとは知らずに……。オレ、中学の時アンタらに喧嘩売って返り討ちにされたんですよ、すみません、もうしません!」
三人は中学時代の記憶を一つずつ思い出していったが、どうにも出てこない。彼らに中学時代喧嘩を売って返り討ちにされた人間など、数知れない。
「あ、あのっ、オレそこの海の家の店主なんです。何でもタダでいいんで、許してくださいっ」
そういって男は海の家へと駆けこんだ。三人はぽかんとその場に立ち尽くした。