5-7
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その戦いは、壮絶なものになった。鬼が腕を薙ぐだけで、春一達の所まで風圧が襲ってきた。秋志が拳を避けた時、鬼の拳が木に当たった。すると、その木はミシミシと音を立ててゆっくりと倒れた。
「マジですか」
言う割に、秋志の態度は飄々としたままだ。
春一達は、その場から動けなかった。秋志の助太刀をしようとしても、足が竦んで動けない。目の前で繰り広げられる戦いに、息を呑むことすらできない。
「おらっ!」
秋志のボディーブローが当たっても、鬼は痛がる素振りすら見せない。逆にハイキックを仕掛ける。……が、秋志の腕がそれを防ぐ。
集中力を最大限まで高めなければ追えないほどの動きの応酬。見ているだけの春一達にも汗が流れ始める。秋志は、既に荒い呼吸を整えようと必死だ。
「そろそろ決めるぞ……この野郎」
秋志がぐっと足に力を入れ、下から掬い上げるように拳を突き上げた。それは鬼の顎を砕き、鬼を倒した。
「ぐぅっ……」
その隙を見逃さず、秋志はここぞとばかりに畳み掛けた。鬼の腹に更なる拳を打ち込み、ハイキックを叩き込む。
「ちぃっ……!」
鬼は舌打ちしながら、倒れそうになる体を持ちこたえた。
「まだだぜ」
秋志は更なる攻勢をかけた。次々に打撃が鬼の体へと吸い込まれていく。
「くそうっ!こうなれば……」
鬼は自分が秋志に勝てないことを察した。そして、このまま引くことはできないと、ある苦肉の策を取った。
「ん?」
鬼は、急に秋志に急接近した。秋志を抱え込むようにして、密着する。そしてそのまま、奥にある崖へと歩を進める。
「テメェ!俺を道連れにしようって気か!」
鬼のしようとすることに気付いた秋志が、必死にもがく。しかし、密着しているせいで力が入らない。身をよじらせることはできても、引きはがすことはできない。
ずるずると、鬼は着実に一歩ずつ崖へと進んでいる。秋志はなされるがままになってしまっている。
「ちくしょおっ!」
「へ、終わりだ」
崖の先まで来て、鬼は体の重心をゆっくりと傾けた。
「ちっ……しょうがねぇ」
秋志はそうつぶやいて、もがくのをやめた。
「ハル、ジョー、琉妃香!」
秋志が三人に向かって声を上げた。三人ははっと我に返り、続く言葉を待った。
「俺も昔はオメーらみたいにヤンチャでよぉ、色んな悪さしてきたよ。けどな、それでもいい!何したっていい!それはお前らの自由だ。ただ、何するにしてもこれだけは忘れんな。自分の信条に従え!それだけは、絶対忘れんじゃねぇぞ!」
自分の信条に従え、それは、三人の心に強く響いた。自分の信条が何なのか、今の三人にはっきりしたものはない。しかし、それでも、これだけは忘れてはならないと思えた。そう思わせる強さが、秋志からは感じられた。
「由良、悪いな。今までありがとう」
秋志は由良にそうつぶやくと、最後に声を張り上げた。
「妖の悪は俺が止める!それが俺の、信条だ!」
秋志は鬼と共に、崖下へと転落した。
「秋志っ!」
春一達は崖へと身を乗り出した。しかし、底は暗く、どこが底部なのかもわからない。崖の下から吹く風が、四人の髪を揺らす。どこか現実感のない空気だった。
由良が悲鳴のような叫びと共に涙を流し、膝から崩れ落ちた。三人はやっと事の重大さに気づき、それに気づくと同時に足から力が抜けた。