5-2
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秋志と名乗ったのは、二十代後半くらいだろうか、若者だった。短く立った黒髪に、黒く丸いサングラス。背は高く、百八十センチに届こうかという長身だ。快活で、笑い顔がよく似合う。尤も、目は隠れているのだが。
「んだよ、俺ら年少送りにしようって気か!」
「上等だ、してみろヨ!」
「んな気はねぇよ。とりあえず落ち着けってんだろ。俺は知ってんだぜ?お前らのことをよ」
「俺らの何知ってんだヨ!初めて会ったくせにヨ!」
「ホラ吹きかテメー!」
秋志はやれやれと溜息をついて肩を落とした。幅の広い肩が垂れ下がる。
「お前らは本当に悪いことはしちゃいねーんだよな。お前らが喧嘩を吹っかける時は決まって誰かを助けるためだ。正義のヒーローって言えば聞こえはいいか?」
二人の目が点になる。それはそうだ。今まで否定しかされてこなかった自分達の行動が、初めて理解された。
「お前ら根はいい奴なんだよな。お前らの仲間、もう一人いんだろ?美人な女の子」
「琉妃香に何しよーって気だ!」
「手ぇ出したらタダじゃおかねぇゾ!」
「だーかーらー」
秋志は面倒くさそうに一語一語を伸ばして二人に顔を近づけた。
「再三言うぞ、落ち着け。お前らどんだけ血の気多いのよ?お前らのお姫様に手は出さん。何もしてない」
それだけ聞いて、二人の怒り肩が少し落ち着く。
「お前らの仲間の女の子も同じだ。本当に悪いことはしてない。更にお前らはその子を絶対に逃がしてる。まぁ、女の子の方はしてることも少ないから、お前らに比べれば大分マシだけどな。随分オットコ前じゃん?」
「オイ」
椅子にどっかりと座って足を組む秋志に、春一が立ち上がってズイと威圧した。周りの刑事達は臨戦態勢に入っている。
「俺らおちょくって何が楽しいんよ?そんなに喧嘩買ってほしいんなら、買ってやんぜ!」
血管を浮き上がらせる春一に対し、秋志は立って彼を見下ろした。春一の肩をドンと押し、無理やり座らせた。
「これが最後だ。落ち着け。俺はお前らのことをおちょくってるわけじゃない。認めてんだ」
再び立ち上がろうとした春一の動きが止まる。隣で丈も止まっている。自分達のしたことが認められるなど、初めての経験だった。
「けどな、お前らのしてることはあんまり褒められるものでもねぇ。確かに間違っちゃいねぇが、正解でもねぇ。その力、もっと違うとこに使え」
二人は打ちひしがれた。今まで彼らを相手にしてきた刑事達はみな口々に怒鳴りつけ、同じことを言った。彼らはそれに反発し、時に殴り掛かった。だが、秋志には声静かに諭され、それに心を挫かれた。
間違ってはいない。だが、正解でもない。
「女の子にもさっき会ってきたよ。だから遅れたんだが……。あの子もお前らと一緒で根はいい子だった。んでもって、お前らと一緒で俺に噛みついてきた。『ハルとジョーに何かしたのか』ってな。お前ら三人、似た者同士だ」
そこで秋志はサングラスの奥の目を覗かせ、笑った。
「お前らの結束力がありゃ、きっと俺らみたいな警察には屈しないだろう。これからずっとこんなことを繰り返すこともできるだろう。……けどな、俺はそれと同じくらい、お前らがまっとうに生きていける可能性があると思う。そんでもって俺は、そっちの方が楽しいだろうとも思う。監獄に入って三人別々になるよりは、青空の下で一緒になってた方が断然いい。そう思わないか?」
春一と丈は黙った。こんなの、自分達を抑えるために適当を言っているに決まっている。そうやってわかったフリをして、結局は信じていない。扉の外に出れば、「あんな奴ら社会のゴミだ」と言うに決まっている。
だが、二人は歯を噛みしめるだけで、それを言動に出すことができなかった。いつもなら殴り掛かる乃至、声を荒らげているなりしているはずだ。なのに、今回はそれができなかった。何故かはわからない。秋志という人間が持つ雰囲気。そうとしか言えなかった。
「ハッハッハ!」
いきなり秋志が笑った。二人は何事かと、彼を見上げた。
「お前らおもしれーよ!まるで女の子と同じ反応するんだもんなぁ。お前ら三人の結束力、実はちょっとだけみくびってた。悪かった。……正直言うとな、お前らがこのままブタ箱ぶち込まれようが、俺には関係ねぇ。だがその絆、大事にしろよ。他の人間にはなかなかそんな強い絆は作れねぇ。お前らは、一生かかっても作れねぇもんを、もう持ってるんだ。それは誇れ」
今度は、歯の食いしばりもなくなった。筋肉が緩み、呆気にとられる。彼らは、今まで当たり前すぎて気づいていなかった絆の強さを、しかと感じだ。それは、多大なる安心感を与えてくれるものだと、今になって気付いた。
「お前ら、もう帰っていいぞ。俺昨日からここに赴任してきて、やらなきゃいけないことが山積みなの。お前らの相手なんてしてる暇ないから」
早く帰れと手を振る秋志に、二人はもう何も言えなくなった。襟首を掴まれて無理に立たされ、背中を手の平で押された。二人はどちらともなく歩き出し、署を後にした。