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「夏、海行こう」
日本の真ん中あたりに位置する県の西部地域にある数珠市。その小さい市の中に、四季文房具店という古ぼけた文房具店がある。家と店舗が一緒になっていて、一階は店舗、二階は居住スペースとなっていた。文房具店内には、小銭で買える鉛筆消しゴムから、諭吉が何人か要るほどの高級万年筆まで並べられていた。そして店舗へと直接階段でつながっている二階のダイニングでは、春一がソファにうなだれながら夏輝に話しかけていた。
四季春一。彼の垂れた目にはやる気が感じられず、短めに立った茶髪のサイドには銀色のメッシュが三本入っている。耳にはピアスが二つ、行儀よく並んでいた。服装はいたって不良で、胸元がはだけた黒いYシャツにジーンズをはいていた。百七十七センチという長身をソファに埋めて、だらけている。対する夏輝は細長の優しさであふれている目に、整った顔立ち。少し長めの黒い艶やかな髪をしっかり整え、白い清潔なYシャツと黒の折り目のついたズボンをはいていた。春一よりも十センチ背が高く、姿勢よく椅子に腰かけている。この二人の写真を額縁に入れるのなら、優等生と劣等生、そんなタイトルを付けて飾っておきたいくらいだ。
「もうすぐ九月ですよ?」
「まだ八月だ」
夏輝のいつもの敬語に、春一は堂々と返す。年齢で言ったら夏輝の方が七つ年上なのだが、彼はいつも敬語で喋る。妖関係になると春一が師匠になるからだ。彼の元来の癖というのもある。
「数珠海岸の海の家は八月三十一日までやってる。つまり、明日までは海が開かれている。というわけで、行こう」
「何で突然」
「一言で言おう。暑いからだ」
今年の夏は猛暑日が続いた。夏の間、太陽はどうやら休むことをしなかったようで、日差しはさんさんと降り注ぎ、人々の体力と水分を奪った。涼を感じられるグッズが飛ぶように売れ、試しに四季文房具店でもアイスを売り始めてみたら即完売した。春一は「冬は肉まんかな」などと言っている。
九月を前にした現在でも猛暑は続き、夜になっても熱帯夜の毎日だった。
「何故今日なのです?」
「今日は特別暑い。そしてこの時期なら宿題に追われる学生諸君が家に閉じこもっているから、海も空いてきただろうという俺の推理による」
「ハルじゃないんですから、みんな宿題はもう終わらせてますよ」
「俺は小学校から高校まで、宿題を夏休みの最後にやったことはない」
「どうせ、そもそも宿題をやらなかったんでしょう?」
「小学校一年生の時は怒られたが、二年目からは先生たちも諦めて何も言われなくなった」
はぁ、と溜息をつく夏輝に舌を出してから、春一はようやくソファから腰を浮かした。
「とにかく、俺はもう海モードだから、海に行こう」