3-2
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一年生の教室がある校舎の東側には、プールがある。プールはちょうど棟と棟の間にあるので、他の場所からは見えにくく、影になっている。
二人がプールの方に駆けつけると、柵に追い詰められた琉妃香と、それを取り囲む五人の三年生がいた。琉妃香は泣きそうになっていて、目に溜まった涙が震えている。
「「何してんだぁっ!」」
春一と丈が同時に叫ぶ。その声に琉妃香と三年生たちが一斉に二人を見る。
「琉妃香に何してんだ、テメェラ!」
丈が叫ぶと、三年生の中でも特に体の大きいリーダーが一歩前へ出てきた。
「コイツが生意気だから話聞いてんだよ!弱いくせに薙刀なんてやって、調子乗ってるからな!あの木刀がないと何もできないくせに」
琉妃香は幼稚園の頃から薙刀を始めていた。その才能は早くから開花し、年上の相手でも琉妃香には敵わないほどだった。またスポーツも万能で、男子にも引けを取らないその運動神経と、小学校一年生とは思えない美貌で多くの生徒から憧れの目で見られていた。七歳という年でも、彼女に好意を持つ生徒は少なくなかった。
しかし、それは同時に妬みも生み出した。自分にはないものを持っている他人を、人は時に羨み、時に妬む。常に一番でありたいという子供らしい欲求を持つ一部の生徒にとって、琉妃香は妬みの対象だった。
三年生の内の一人が琉妃香の髪を引っ張ろうとするので、春一はその腕を掴んで止めた。この二人もスポーツをやらせたら万能だ。力だってそこら辺の上級生には負けない。
「お前ら、一年生が三年生に勝てると思ってんのか!」
「そうだ、こっちは五人もいるんだぞ!」
「だから何だよ……?」
春一がとても一年生とは思えない凄みを利かせて三年生の前に立ちはだかる。
「このっ……!」
春一に腕を掴まれていた三年生が、春一の腕を叩いた。春一は手を離し、その手を握り固めてその三年生の顔面を思い切り殴った。
「やったな!」
それに他の三年生が二人に殴りかかった。やはり相手は上級生だけあって、強い。殴る拳は痛いが、手を休めたらこちらが殴られる。春一と丈はぼろぼろになりながら、この喧嘩に勝利した。やられた三年生はめいめいに泣いて逃げ出し、後には三人が残された。
「あー……いってー」
「ちくしょー思い切り殴りやがっテ」
顔をごしごしと乱暴に手で拭って、それでまた痛くなって顔を顰める。だが、二人は琉妃香に笑顔を見せた。
「琉妃香、大丈夫か?」
「何もされなかったカ?」
二人の笑顔がとても痛々しくて、琉妃香は大声を上げて泣いた。春一と丈は最初、初めて見る琉妃香の涙に呆けていたが、すぐに自分たちが泣かせてしまったと思って慌てふためいた。
「る、琉妃香!」
「悪かったヨ、泣くなんて思ってなかったかラ……」
おろおろするばかりの二人に、琉妃香はしゃくりあげながら首をぶんぶんと振った。
「ちが……違うの。あたしのために……ごめ、ごめんね、ハル、ジョー」
その言葉を聞くと、おろおろとしていた二人の態度が一変。二人は太陽のように二カッと笑った。
「そんなの、何も悪かねーヨ」
「そうそう、こんなん痛くも痒くもねーし」
「お前さっき痛いって言ってただロ!」
「そ……そんなん忘れたよ!」
ギャーギャーと騒ぐ二人に、琉妃香は自然と笑顔になった。それが嬉しくて、二人は言い合いを忘れて笑った。三人はひとしきり笑って、教室に戻った。
程なくして、三人は職員室に呼ばれ、春一と丈はこっぴどく叱られた。しかし琉妃香が庇ったため、時間はそれほど長くならなかった。
それからだ。琉妃香が薙刀だけでなく護身術や居合も覚え、二人を負かすまでになったのは。
彼らは琉妃香の涙をあれ以来一度も見ていない。腕っぷしもだが、心も強い女性なのだと二人は信じている。その信頼こそが、琉妃香の心を強くする一番の要因なのだ。それは二人には言っていないが、言う必要もない。三人それぞれが皆同じことを思っていることは、見えないことだが火を見るより明らかだからだ。