過去
私は、どんなに不安でも、暁人の前では「物分かりのいい完璧な彼女」でいようと心に誓っていた。
だけど――最近、暁人の周りがおかしい。
「あきとクーン! おはよー!」
「ねぇねぇ、この前のゲームの続き教えてよぉ」
教室でも、廊下でも、中庭でも。
派手な女子たちが、やたらと暁人にベタベタと距離を詰めてくるようになったのだ。
暁人は「うざい」「離れろ」と冷たくあしらっているけれど、あの子たちは全く気にする素振りを見せず、暁人の腕に胸を押し当てたり、肩に腕を回したりしてくる。
(……やだ。触らないで。暁人は、私のなのに)
胸の奥で、ドス黒い靄が渦を巻く。
今すぐあの子たちの髪の毛を掴んで、暁人から引き剥がして、ボコボコにしてやりたい。
でも、そんな狂った真似をしたら、また暁人に引かれてしまう。嫌われて、捨てられてしまう。
だから私は、爪が手のひらに食い込んで血が滲むほど我慢して、笑顔を作っていた。
そんな私のギリギリの精神状態に、スッと入り込んできたのは、最近仲良くなったクラスの女の子だった。
『空ちゃん、最近すごく辛そう。……もしかして、暁人くんのこと?』
『うん……』
『だよね。あの子たち、露骨すぎるもん。……ねぇ、空ちゃんは優しすぎるよ。あんなの、彼女として怒って当然だよ?』
親身になって話を聞いてくれるその子の言葉は、私の心の奥の「黒い感情」を、甘く、優しく肯定してくれた。
『男の人って、ハッキリ言わないと流されちゃう生き物だから。空ちゃんがしっかり手綱を握ってないと、絶対浮気されちゃうよ?』
『浮気……っ、そんなの、絶対にやだ……!』
『私なら、他の女子と話すの絶対禁止にするなー。空ちゃんも、それくらい言っていいんだよ。暁人くんを守るためにもさ』
――暁人を、守るため。
その言葉が、私の頭の中でカチリと音を立ててハマった。
そうだ。私が我慢してるから、あの泥棒猫たちが調子に乗るんだ。
暁人は悪くない。悪い虫が寄り付く環境が悪いんだ。私が、暁人を守ってあげなきゃ。
⸻
その日の放課後。
私は、誰もいない教室で暁人を問い詰めた。
「ねぇ、暁人。もう、他の女子と話すの禁止にして」
「……は?」
暁人は、信じられないものを見るような顔をした。
「何言ってんだよ。俺から話しかけてるわけじゃねぇし、挨拶されたら返すくらい普通だろ」
「挨拶もダメ! 目も合わせないで! ……あと、男友達と遊ぶのも極力減らして。暁人があの子たちに会うかもしれない場所には、絶対に行かないで」
私が一気にまくしたてると、暁人の顔に明らかな「苛立ち」と「呆れ」が浮かんだ。
「お前……最近マジでおかしいぞ。さすがにそれは異常だろ。だるいわ」
――異常。息が詰まる。
その言葉が、私の脳の血管をブチッと切った。
「ッ……なんで!? なんでわかってくれないの!?」
ドンッ!
私は感情のままに、暁人の胸を強く突き飛ばした。
「私は、暁人が大好きなのに!! 他の誰かに盗られるのが怖くて、狂いそうなのに!! なんで私の気持ちをわかってくれないの!?」
「おい、空……やめ……」
バシッ!!
私の右手が、無意識に暁人の頬を思い切り張っていた。
「……っ」
暁人が、目を見開いて私を見る。
私も、自分が何をしたのか一瞬わからなかった。でも、私の手は止まらなかった。
「暁人が悪いんだよ!! 私の言うこと聞いてくれないから!!」
ポカポカと胸を叩き、足を蹴り、泣き叫ぶ。
「私だけを見て!! 私以外、誰も見ないでよぉッ!!」
暴力なんて振りたくない。傷つけたくない。
でも、こうして力ずくでわからせないと、暁人が私の手からこぼれ落ちてしまう気がして、恐ろしくてたまらなかった。
「……はぁ、はぁっ……」
一通り暴れて泣き崩れる私を、暁人はただ呆然と、怯えたような、絶望したような瞳で見下ろしていた。
(あ……怖い顔、してる)
でも、もういい。引かれたっていい
私の愛が重くて逃げ出したいなら、絶対に逃げられないように、手足を切り落としてでも私の側に縛り付けておけばいいんだから。
翌日、私は暁人のスマホに、隠しアイコンで位置情報共有アプリをインストールした。
さらに、二時間おきに自分の状況を私にメッセージで報告するよう義務付けた。少しでも遅れたら、何度でも電話を鳴らし続けた。
あはは……あははははっ!
安心する。スマホの画面を見れば、暁人が今どこにいるか、いつでもわかる。
暁人を苦しめる女たちは、私が全部排除してあげる。
暁人は、私がいなきゃダメなんだから。
永遠に、私だけの箱舟の中に閉じ込めて、愛してあげるからね。
――私は、もう二度と「物分かりのいい彼女」には戻れない。
ただひたすらに、彼のすべてを喰い尽くす、貪欲な化物になっていた。




