一条 翼視点
「おい! デカ女!」
「巨人だー! 喰われるぞ!」
「逃げろー!」
――あの頃、私はただ背が高いというだけで、男子たちから笑い者にされていた。
それでも、泣くのは悔しかった。泣いたら、もっと笑われて惨めになるだけだ。そう思って、いつも一人で唇を噛みしめていた。
だけど、ひとりだけ――私に手を差し伸べてくれた人がいた。
「翼! サッカーしようぜ」
音村暁人。クラスで一番やんちゃで、いつも先生に怒られている問題児。
でも、私にだけはいつも優しかった。周りが私をからかっても、暁人は「お前ら、うるせぇぞ」と追い払って、どんな時も私の隣に立ってくれた。
私を“普通の女の子”として見てくれたのは、あの人だけだった。
――だから、好きにならない理由なんてなかった。
(この、二人だけの時間が永遠に続けばいいのに……)
何度そう願ったか分からない。でも、いつも“あいつ”――鳴上空が邪魔をした。
「暁人っ!」
弾むように走り寄ってきて、そのまま暁人の腕に飛びつき、唇を奪う。
「……んんっ♡」
周りの目なんて一切気にせず、自然に笑って、手を繋いで。特に私と遊んでいる時は、“暁人は私のモノだからね”とでも言いたげな、見せつけるような長めのキスをする。
「翼ちゃんも遊ぶ?」
あどけない笑顔。だけどその瞳の奥には、明確な支配の光とマウントがあった。
最初の頃はよく分からなかった。でも、キスがどういうものかを知るにつれ、私の心はドス黒い嫉妬で溢れかえった。
(ずるい、ずるい、ずるい! 私もしたい!)
そしてある日、私は衝動を抑えきれず、人のいない教室で暁人を押し倒した。
小学生の頃は、私の方がずっと体が大きかった。手首を押さえつけ、抵抗できない暁人に何度も、何度もキスをした。
アイツに負けないように、私はたくさん勉強した。たまたま拾った大人の本を隅から隅まで読んで、男女がどうやって愛し合うのかも知った。
ちなみに、暁人の“初めて”を奪ったのは私だ。
最初は上手くできなかったけれど、三回目でやっと成功した。痛くてよく分からなかったけれど、空に対する圧倒的な優越感で、心は満たされていた。
ファーストキスは空に取られちゃったけど、貞操は私がもらった。
この事実だけで、私は幸せだった。このまま暁人を完全に奪っちゃおう。そう思っていたのに――小学校の卒業式前、最悪の悲劇が起きた。
あの二人が、正式に付き合ってしまったのだ。
私は嫉妬で頭がおかしくなり、人生のすべてが嫌になった。
⸻
中学に上がってから、私は決意した。
絶対に「空に勝つ」と。勉強も、運動も、見た目も、全部。
偶然なのか、運命なのか、私と空は同じ女子バレー部に入った。そして二人とも、すぐにチームの主力になった。
「二人がいたら、どんな大会でも優勝しちゃいますよ!」
後輩が無邪気に笑う。
「うん! そーだね! これからも頑張ろーね、翼ちゃん」
「私達だけじゃなく、美希ちゃん達の力も必要だから、練習頑張りなよ」
「はい! 頑張ります!」
表向きは、最強のコンビ。でも、お互いの目は全く笑っていなかった。私たちは“仲間”なんかじゃない。常にお互いの背中を睨みつけ、張り合っていた。
「ねぇ、翼ちゃん」
練習帰り、体育館裏で空が声をかけてきた。
「暁人のこと、いい加減あきらめてくれない?」
汗に濡れた髪をかき上げながら、完璧な笑顔のままで言う。その目だけが、氷のように冷たかった。
「無理」
私は短く、一言だけ答えた。
「……私と暁人、愛し合ってるの。邪魔しないでよ」
「へー。じゃあ、たまに暁人が嫌そうな顔してるのは、なんでだろうね?」
空の笑顔が、わずかに引きつった。
――静かな、しかし殺意にも似た火花が散った。
それからは、会話の一つ一つが冷たい戦争だった。
暁人に勉強を教えている時も、マウントの取り合いだ。
「このピアス、暁人が私にくれたんだ〜♡」
「へぇ、いいじゃん。私も暁人から誕生日にこのネックレスもらったんだ。それに、私が誕生日にあげた香水、暁人ずっと使ってくれてるよ」
「……ふーん」
どちらも引かない。お互いの心を削り合うように、微笑みを貼りつけたまま。
⸻
高校に上がると、空はますます学校の中心的存在になった。
明るくて優しくて、誰にでも好かれる完璧な美少女。でも、暁人の前でだけは別人のように執着し、腕を絡めて離れようとしなかった。
暁人の首元に残る、彼女の生々しい痕跡。そのたびに、私の胸は憎悪で張り裂けそうになった。
状況は、明らかにアイツの方が優勢。このままだと負けてしまう。
そう焦っていた時――神様は、私に最高のチャンスをくれた。
暁人が、公園の死角で大◯を吸っているところを見てしまったのだ。
私は一切の躊躇なく、この絶対的な弱みで暁人を脅し、関係を持った。
しかも、ただ行為をするだけの都合のいい関係じゃない。
「私との子供を作ること」
それが私の突きつけた条件。私たちはそれから、毎日のように狂ったように子作りに励んだ。
その結果、私は見事に暁人の子供を授かった。
――勝った。
私は最高の優越感に浸った。でも、まだ満たされない。暁人の“心”も、完全に私だけのモノにしたい。
それから私は、空に直接は言わず、じわじわと暁人を追い詰めるように外堀を埋めていった。
そして、さらに素晴らしい出来事が起きた。
なんと、暁人と空が別れたのだ。私は嬉しすぎて一人で泣いた。……が、すぐに別の絶望が襲ってきた。
暁人に、“他の女”ができたらしい。
空とは無理矢理別れたらしく、アイツもまだ諦めていない。
私はすぐに、その新しい女について調べ上げた。“小鳥遊悠里”という女だった。
顔は確かに整っている。でも私の方が上、成績も、家の権力も私の方が上。胸もお尻だって、私の方がずっと大きくて魅力的だ。お金だって大して持っていなさそう。
なんで、よりによって私じゃなくて、あんな平凡な女を……。
……まぁ、いい。
どうせ、暁人を奪い取るという目的に変わりはない。立ち塞がる相手が空から悠里に変わっただけだ。
最後に勝つのは、この私。
暁人の身も心も、骨の髄まで私のモノにする。
そのための"材料"は、もう手元にあるんだから。
これからこの材料を最大限に利用して、暁人をがんじがらめに縛り付けてやる。
もし、これでも足りないなら……また脅せるチャンスを見つけて、“もう一つの材料”を作ればいいだけ。そうすれば、暁人は絶対に私のところから逃げられなくなる。
……絶対に。
諦めない。暁人は、私だけのモノなんだから――。




